HOME > 全文掲載 >

「「生存学」創成拠点事業推進担当者より (12)」

Paul Dumouchel 20110723 「生存学」創成拠点メールマガジン第16号.

last update:20110801

グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点では、事業推進担当者として教員計17人が活動しています。今回は本学大学院先端総合学術研究科、Paul Dumouchelのメッセージを掲載します。


人工的感情移入と模倣(Artificial Empathy and Imitation)

最近では、社会的文脈の中で相互作用することが期待されているロボット、すなわち電子メディアインターフェイスのような人工物が、ますます多く企てられつつある。これらの人工的な生き物creaturesは、三次元の空間で実在するものであれ、スクリーンの中で存在するだけのものであれ、社会的な相互作用の中で様々な役割を果たすこと、例えば、忠告、情報、娯楽などを提供することが求められている(その中にはもちろん性的なサービスも含まれる。このようなサービスは、未来世代のロボットや軍内利用のためのものと想定されるが、この問題に関する情報へのアクセスは限定されており、なおかつ困難である)。これらの技術的な発展のゴールは、ある社会的文脈において人間を人工の生き物と入れ替えることであり、すなわち私たちがそれらと(または彼/彼女らと?)「まるで人間であるかのように」確実に交流することができるようになることである。私たちはこの壮大な技術的試みを「人工的感情移入」と称することができ、それには重大な社会的、倫理的、認識論的な含意がある。これらの人工的な生き物の最も推奨される使われ方は、ヘルスケアの領域や、電車の駅、博物館、ビジネスや経営などの公共の場所における助言者、専門家、または情報の提供者としてのサービス産業一般の中に見られる。後者の使用は、単純に、ユーザーにとってより優しいコンピューター化されたサービスの試みのなかに見受けられる。しかし医療や教育の領域においては、ロボットは、学校であれ、病院であれ、老人ホームであれ、「友達」、そして「仲間」になることが運命づけられている。さらに時には、より「親密な友達」の代わりになることすら求められているのである。はたして人工的な感情移入は、「ケア」の未来の一部になっていくのだろうか?

事業的な展開など多くの難しく興味深い技術的な事柄を別にしても、人工的感情移入の問題は、なお重要な哲学的、倫理的、社会政治的な疑問を提示する。それはまた、私の過去の研究の多くで中心的な話題となった模倣の問題と関連して、興味深い課題や疑問を突き付ける。これには少なくとも三つの理由がある。第一に、ロボットを作る人々は、開かれた文脈のなかで人間と的確に交信できる人工的なエージェントを作るために、機械に前もって全ての社会的な関連情報をインプットできないことに気づく。彼らは学ぶことができる機械を作る必要があり、その社会学習の中心的なメカニズムは、彼らによれば、模倣である。言い換えるなら、もし彼らが人間のような人工的なエージェントを創り出したいなら、彼らは模倣できるエージェントを創る必要があるのだ。さらに言えば、私たちはここで、認知科学、心理学、コンピューターサイエンス、霊長類学、医学、神経科学、哲学、電子工学などの多くの異なる学範から来た研究者のコミュニティーを扱っているので、「模倣」とは何かについての予め共有された観念はない。これらの研究者は、必然的に「働いているもの」に関心を持っている。

これは第二の理由に関係している。このようなロボットをデザインしたり、実験に使ったりする人々は、彼ら自身が応用科学をしているとは考えていない。彼らは彼らの人工物、すなわち彼らの人工的なエージェントを、学びの性質とは何か、模倣とは何か、または社会的な愛着とは何かといったことを発見するための、科学的な道具として見ているのである。彼らは自身のことを、新しくより良い技術を生みだしているとみなしているというよりは、むしろ、理論をテストし、社会的な相互作用の性質を発見するための事業に関わっていると理解している。彼らは発見のプロセスに関与しており、模倣のあれこれの理論を適用しているロボットを作ろうとしているというよりは、むしろ、模倣できるロボットを作れた時には、模倣とは何かを知ることができるだろうと考えているのだ。

人工的感情移入の研究が、なぜ模倣の問題を熟考している人々の関心を引くのかという問題に密接に関係した、第三の理由がある:人工的なエージェントにおける模倣は必然的に非唯心論的である。模倣に応えるロボットの「頭」の中には、心的な状態はない。それゆえ、これはラディカルな意味で、表象のない模倣なのだ。Feelix Growing Project ( http://www.feelix-growing.org/ )のロラ・カニャメーロが主張するように、重要な点は、模倣や感情などの能力は、行為に対応するモジュールや特殊なサブシステムがロボットの中に無くとも、社会的な相互作用のみからじかに出現しうることなのだ(本学大学院先端総合学術研究科における2008年7月の講演より)

(日本語訳:加藤有希子・「生存学」創成拠点ポストドクトラルフェロー)

*本メーリングリストでは訳文のみを掲載しておりますが、原文(英文)は下記のページでお読みいただけます。
http://www.arsvi.com/2010/1107dp-e.htm

◇Paul Dumouchel(ポール・デュムシェル)。本学大学院先端総合学術研究科教授。主著にL'Enfer des choses (1979)[織田 年和・富永 茂樹訳 『物の地獄―ルネ・ジラールと経済の論理』1990]、Le sacrifice inutile essai sur la violence politique (2011)、Economia dell'invidia antropologia mimetica del capitalismo moderno (2011)。その他、編著、論文など多数。

◇関連リンク
・個人のページ(本拠点内)
http://www.arsvi.com/w/dp01.htm
・拠点事業推進担当者の一覧
http://www.arsvi.com/a/s.htm




*作成:大谷 通高
UP: 20110801 REV: 更新した日を全て
全文掲載  ◇Dumouchel, Paul ポール・デュムシェル 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)