●厚労省「看護職員等による吸引等の実施に関する検討会」の動き
厚労省の検討会で、いわゆる「医療的ケア」のうち、たんの吸引や経管栄養の実施をヘルパー等の介護職員にも業務として認めるための制度の在り方について、検討が続けられています。当初は、介護職員にケアの実施を認める条件として、介護福祉士に限定されるのではないか、過剰な研修を義務付けられるのではないかと懸念されましたが、唯一の当事者委員である橋本操さん(さくら会・日本ALS協会)をはじめ、実際に人工呼吸器をつけて生活している当事者や関係団体が声を届け続けたことにより、現在は、資格も介護福祉士に限定せず、研修も不特定多数の利用者に対応する施設や高齢者を対象にする場合と、特定の利用者に対応する在宅の重度障害者を対象にする場合とのふたつの基準を設ける方向で検討が進められているようです。
しかし、あくまで「医療的ケア」を「医行為」であるとする前提は変わらないまま、対象範囲も気管カニューレ内までの「たんの吸引」と「経管栄養」に限った検討です。
これから予定されている法制化が、障害者制度改革の基本理念に反して、地域での当たり前の生活の実現どころか、当事者の命を脅かし、生き方を縛る方向に働くのではという不安は拭えないままです。
●「なんで、生活まるごと引き受けられる制度ってことにならへんのかな?」
大阪の有未恵さん(23歳)は、親元を離れての自立生活を実現するために、ヘルパーの時間数を増やしてほしいと、大阪市に対して要望中ですが、今のところ重度障害者の一人暮らしの前例に倣って月342時間しか認められていません。これを24時間で割り算すると11日半にしかなりません。342時間というのは、おそらく、夜間などは、ヘルパーなしで切りぬけろという数字なのでしょう。自力呼吸ができない全介助の障害者にとって、空白の時間の存在は命にかかわります。2人介助が必要な場面の多い有未恵さんの場合、空白の時間はさらに多くなってしまいます。その実情をていねいに訴えても市の返答はこうでした。
「(国においてもやむを得ない措置として吸引はヘルパーにも認められているが)吸引するときの人工呼吸器の着脱などは人工呼吸器管理となり、医行為に当たるため、加算の対象とはならない。」
結局、有未恵さんの一人暮らしは、週2日程度しか実現せず、残りの日々、実家に帰って家族の介護に頼らざるを得ない状態です。もちろん、自立生活の実現をあきらめるつもりはないのですが、有未恵さんは法制化の行方を心配しながら、こう言います。
「なんで、生活まるごとを引き受けられる制度にするにはどうすればいいかって議論にならへんのかな。」
●「学校休みとうないんじゃけん!」
広島の天哉くん(小4)は、就学前に、教育委員会のすすめでお母さんと特別支援学校を見学に行きました。けれども、教育相談で、校内では吸引と経管栄養自己導尿の補助には対応できても、「医療的ケア」が必要な児童は、看護師が同乗していないことを理由に、通学バスに乗せてもらえないことが分かりました。また、気管カニューレが抜けた場合は学校では対応できないので救急車を呼ぶと言われました。つまり地域の学校だけでなく、看護師が配置された特別支援学校でも、親が常に付き添わざるを得ないということです。
結局、天哉くんは、本来の希望であった地域の小学校に入学しました。たくさんの友だちができて楽しい学校生活を送っていますが、お母さんが付き添えないと欠席を余儀なくされていることだけは、彼にはずっと納得がいきません。
●「医療的ケア」問題は、人権の問題
「医療的ケア」といっても、必要なケアの種類も内容もひとりひとり異なっています。ヘルパーによる吸引が業務として認められても、気管内吸引をカニューレ内だけに限定されれば、自分で咳が出せない人には間に合いません。吸引と経管栄養だけを介護職に認められても、それ以外のケアを必要とする人たちもたくさんいます。
例えば、多くのバクバクっ子の場合、家族は退院時研修でカニューレ交換の方法を習い、定期交換はもちろん、詰まったり抜けたりした場合でもすぐ対処できるようにして安全性を確保しています。学校の中やヘルパーによる対応が認められていないからと救急車で病院に搬送するしかないとされれば、命にかかわります。
また、呼吸器ユーザーに欠かせないアンビューバッグによる介助を認められなければ、入浴やプール介助はもちろん機器のトラブルや災害時の対応ができません。吸引が認められても人工呼吸器の蛇管の着脱が認められなければ吸引できないのは言わずもがな。どのケアもその人が元気に安全に暮らしていくために欠かすことができないケアです。
日常生活を送る上で常に必要なこれらのケアの行為者を医療職と家族に限定する限り、当事者の自立の機会は奪われ、安全性を低下させ、かつ家族の生存権をも奪われるという人権侵害の状況は改善されないでしょう。
さらに、医療的ケアの問題がひときわ注目されているこの時期に、非医療職による胃ろうへの注入やペン型インスリン注入器の操作に対して「医師法違反の疑い」というセンセーショナルな見出しの報道が相次ぎ、ケアを必要とする人たちと関わることの"怖れ"のみが世間に植え付けられかねない状況もあります。法律違反と言われれば、行政も事業所も、その人にとってどのようなサポートが必要かということよりも、1つ1つのケアを医療行為か医療行為でないかということにピリピリせざるを得ないでしょう。
昨年あたり、公共交通機関であるJRでさえ、病人搬送とは異なるただの旅行なのに、呼吸器ユーザーに対して「"医療行為"を必要とするお客様だから」と「承諾書」や「誓約書」の提出を執拗に求めるトラブルが多発しました。「何をもって"医療行為"なのか」と問えば、胸の上の呼吸器回路(ホース)を指さし「これ、これ」と言うばかり。しかも「吸引は医療行為だから電源の使用を認めない。」とか、誓約書を提出しないことを理由に誘導やホームから車両への渡し板の貸し出しも拒否される事件まで起こりました。このように、日常に欠かせないケアを「医行為」とされていることは、「素人は手出しならぬ」と社会の意識をも縛り、さまざまな差別や人と人の当たり前の関係をも分断するような事態も生み出しているということも忘れてはなりません。
「医療的ケア」の問題は、医療問題ではなく、人権問題といえます。
●「医行為」から「生活支援行為」へ
バクバクの会は、本人・家族が在宅で実施しているケアについては、一貫して「医行為」ではなく「生活支援行為」として、家族以外の非医療職(ヘルパーや教員)でも対応できるようにしてほしいと訴えてきました。ただし、無条件というわけではなく、特定の人のケアに対して、それに対応した研修を受けたうえで、その人にケアを実施する場合には、「生活支援行為」として認めてほしいということです。
医療との連携については、在宅療養指導管理料算定のために必要な月1回の受診だけで終わるのではなく、本人や家族の状況や希望に応じて、地域医、訪問看護師、訪問リハビリなどのサポートが受けられる仕組みができれば、より当事者も家族も家族以外の介護者も安心だと思います。特に小児医療体制の危機的状況の下、充分な退院指導や地域への橋渡しもなく、緊急時の受け入れも保障されないまま、在宅移行させられている事例が増え続けている今、親自身が、子どもの健康状態を見極めたり、創意工夫しながら子どもの生活の幅を広げたりしていけるように、身近で相談にのって下さる医療職の存在はどんなに心強いでしょうか。
ただし、それら医療職による在宅支援体制の充実はもちろん大切なことですが、介護職がケアにあたる条件として、必要以上に医療職によるコントロールを課すことだけは、避けていただきたいと思います。なぜなら、例えば訪問看護制度でいえば、居宅外でのサービス提供が認められていないこと(※注1)や、大都市以外では訪問看護を定期的に利用したくても訪問してもらえない状況があること(※注2)、自治体によっては特定疾患以外は訪問看護の利用に重度障害者医療費助成が認められていないこと(※注3)、現在でも留守番看護をしてもらえない事例があること(※注4)などの状況を考えると、結局ケアの担い手が広がらないだけでなく、現在、ヘルパーに必要なケアをすべて支えてもらっている人たちの生活が立ち行かなくなるおそれがあるからです。
--注--
※注1…医療保険では、訪問看護は、居宅内での派遣しか認められていません。在宅においては、病院での入院生活と違い、生活の場面は、居宅内に限らず、通園、通学、外出、旅行など、いろいろな場面があります。厚労省検討会の最初の施行案にあったように、経管栄養の接続は看護師というような縛りがあるとヘルパーだけの介助で長時間外出や旅行ができなくなってしまいます。
※注2…住む地域によっては、事業所数、訪問看護師数が限られているために、思うように訪問看護が利用できないという問題があります。大都会なら、事業所も、訪問看護師も数が多く、選択もでき、毎日利用できるというところも少なくありません。しかし、地方では、事業者そのものの数に限りがあり、事業所の都合が優先され、この月のこの日とこの日なら訪問できると言われればそれに合わせるしかなく、定期的な利用が困難という状況があります。
※注3…「小児慢性特定疾患」や「特定疾患」に認定されている病気の場合、人工呼吸器使用や気管切開、全介助などの状態で「重症認定」を受けていれば、全額公費で医療を受けることができます。しかし、人工呼吸器使用、気管切開、全介助など同様の状態にあっても、「小児慢性特定疾患」や「特定疾患」対象疾患でなければ、全額公費で医療を受けることができません。以前は、かかった医療費の3割自己負担分を自治体の「重度障害者医療」によって全額助成され、実質無料になるケースが多かったのですが、次第に助成額が削減傾向にあり、一部自己負担を求める自治体が多くなってきています。また、自治体によっては、「訪問看護」が「重度障害者医療費助成」の適用外とされています。そのような自治体では、いくら医療保険上、人工呼吸器装着であれば、訪問介護の週当たりの回数に制限は設けられていなくても、訪問看護を利用すれば利用するほど費用がかさんでしまうことになります。
注4…現在でも、訪問看護であっても、乳幼児であったり、医療的ケアが必要であると、常に家族の付き添いが求められ、留守番看護をしてもらえないという実態も少なくありません。中には、健康観察はするが、吸引などの医療的ケアは、親にまかせて手出しをしないという事例も見られます。訪問看護が訪問介護と違って、短時間の関わりということで、普段の生活の様子が把握しにくいということが要因としてあると思われます。
●あきらめずに声を届けよう!
検討会の議論を踏まえての法案提出は2月。今検討会では「医行為」概念そのものを見直すことはないと宣言されているので、この法案で「生活支援行為」として見直されることは難しいでしょう。当事者が生きにくくなるような法制化にだけはならないよう注視するとともに、それでも、あきらめずに、当たり前の暮らしの実現の一歩として「生活支援行為」と認められるよう、会としても国に対して求めていきたいと思います。
また、会員ひとりひとりも内閣府の障害者制度改革推進会議や地元議員へがんばって生の声を届けていきましょう。ちょうど各地で障害者制度改革地域フォーラムが開催されています。近くの会場に ぜひ出かけて私たちの要望を訴えていきましょう。ひとつひとつは小さな声であっても、集まれば大きな声となって届くと思います。