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「歴史(学)から社会理論を抽出することについて」

角崎 洋平 20101227 「インターディシプリンな歴史記述――石原俊氏に学ぶ」 指定質問
   於:立命館大学衣笠キャンパス創思館401
last update:20110105

●歴史学・社会学・歴史社会学
 ピーター・バーク(Peter Burke)は、社会学と歴史学の相違について、以下のように述べています。「社会学は、〔単数形の〕人間社会についての研究で、その構造と発展について一般化することを重視するもの、と定義されるだろう。歴史学は(中略)、複数の人間社会についての研究で、それらの社会の間の違いと、それぞれの社会において発生した諸々の変化を重視するものである、と定義される」〔傍点引用者〕(Burke 1992=2006: 2)、と。
もちろんピーター・バークのいう「一般化の重視」が、どこまで社会学的方法論の本質といえるか、ということは検討を要することに思われます。とはいえ私は、「ある特定の時代」かつ「ある特定の空間」における社会事象をできるだけ正確に記述しようという「歴史学」と、終局的には社会理論(換言すると、社会に対する一つの観点)を抽出・提示しようとする「社会学」というディシプリン間の差異を指摘する彼の主張は、やはり、的を射たものであろうと感じています。そして私は、(こうした彼の指摘を踏まえつつ)「歴史社会学」を、「歴史学」「社会学」という2つのディシプリンを相互補完しようとする試み、さらには、単に相互補完するのではなく歴史学的視点と方法論を組み込んで社会理論を抽出・提示しようとする社会学(社会科学)の試み、であると認識しています。
今回私は、歴史社会学者である先生の『近代日本と小笠原諸島』(以下、本書)についてもこのような、小笠原の歴史を丁寧に掘り起こしながら(単なる「小笠原史」ではなく)〈主権〉〈法〉〈帝国〉などについての社会的な理論や観点を提示(または検証)する試みとして読み、大きな刺激を受けました。しかし、同時に、〈歴史的事実の丁寧な分析〉から〈社会的な理論(観点)〉を提示することの難しさも感じました。以下、私が本書を読んで感じた「疑問」を先生に「ぶつけてみる」ことで、歴史(学)から社会理論を抽出する「技法」について学ぶことができれば、と考えています。

●「法の〈波打ち際〉からみた近代」は近代社会に何をもたらすのか?――
 本書では「法の〈波打ち際〉」の移動民の視点から〈主権〉・〈法〉・〈帝国〉が照射されています。そして「求められているのは、法の〈波打ち際〉を生きる人々の経験を焦点として、近代を洗い直す作業なのである」(石原 2007: 97)、「法の〈波打ち際〉に照準することは、周縁で起こっていることがらだけを問題視する作業ではなく、法と帝国そして近代の論じ方に再考を迫る試みである」、と述べられています。確かに本書では小笠原諸島に住む人々の、主権的エージェントに抗する、その中で「なんとかやっていかざるをえない」人々の姿が明瞭に描き出されています。そして先生はそこから、単に〈中心―周縁〉というフレームワークでは捉えきれない「〈脱周縁化〉する生」を提示しています。ここまではよく理解できます。
それでは、小笠原の〈歴史的事実の丁寧な分析〉から導きだされた(または検証された)「〈脱周縁化〉」という社会理論(または社会を視る観点)は、我々の住む近代社会のいかなる姿を洗い出すものなのでしょうか。小笠原の人々は確かに「〈脱周縁〉」的な活動をしていたのでしょう。しかしそれはあくまで強力な〈主権〉・〈法〉・〈帝国〉の〈中心−周縁〉の枠内であり、そのなかで彼/彼女らが「なんとかやってきた」とはいえ、徳川幕府、明治維新政府、その後の日本政府、占領軍の施政の圧力に苦しめられてきたのはまさに本書が示しているところです。そうした中であえて「脱周縁化」という動きに注目しても、やはり彼/彼女らが〈周縁〉であることの問題は何ら変化しません。既存の〈中心−周縁〉観が改変されるとも思えません。結局は、〈中心―周縁〉の動きでは描ききれずにこぼれてしまうような人々は「実は苦しいなかでもなんとかやってきているのだ」という記述・指摘になる、すなわち歴史社会学的研究から歴史学的研究に回帰しているようにも思えます。
「歴史社会学とはそうなのだ、そういうものだ、何を期待しているのだ」と言われそうな気もします。しかし本書の結論部の記述を読むに、先生はこの〈脱周縁化〉を「自己表象」という観点から改めて捉え直そうとしているようにお見受けします。先生は〈脱周縁化〉という概念から、近代社会のいかなる面を描きだそうとされたのか、そして今後どのように提示・展開されようとしているのか、ご教示ください。
 
【参考文献】
石原俊(2007)『近代日本と小笠原諸島――移動民の島々と帝国』平凡社
Burke, P.(1992)History and Social Theory, Cambridge University Press
(=2006,佐藤公彦訳『歴史学と社会理論』慶応義塾大学出版会)

作成:角崎 洋平
UP:20110105 REV:
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