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痛みをめぐる「障害」概念についての考察――韓国CRPS患友会の活動を中心に――

大野真由子 2010/11/26
第1回障害学国際研究セミナー
主催:韓国障害学研究会・立命館大学生存学研究センター 於:韓国・ソウル市


 T 問題と目的

ICF(国際生活機能分類)によれば、「障害(disability)」は「心身機能/構造」「活動」「参加」と「環境因子」「個人因子」が相互に作用しあうことによって発生すると考えられている。そのなかの「心身機能/構造」の第2章には「感覚機能と痛み」という分類が設けられており、「痛みの感覚」(b280)、「その他特定の、および詳細不明の、痛みの感覚」(289)がコード化されている。これは、痛みが「インペアメント(impairment)」、すなわち「障害」であることを示すものである。
だが、実際のところ社会において、痛みをもっていることが「障害(impairment)」として認識されているとはいいがたい。では、なぜ痛みは「障害」と認められ難いのだろうか。 本稿では、慢性的な疼痛を主症状とするCRPS(複合性局所疼痛症候群)1)を取り上げ、韓国患友会の活動を中心に、痛みをめぐる「障害」の概念について考察する。

注1) CRPSとは、骨折、組織傷害や神経損傷などを契機とし、感覚神経、運動神経、自律神経、免疫系等の病的変化によって発症する慢性疼痛症候群である。 
 
U 日本における痛みの「障害」概念をめぐる現状

日本では、CRPSは10万人に約5人(0.005%)の発症率と報告されており、国内におよそ6500人の患者が存在していると推測される。患者は身体的苦痛に加え、社会的地位の喪失、経済的負担など、日常生活を大きく阻害されているにもかかわらず、周囲の理解を得にくく、その苦しみは計り知れないものとなっている。

1.法律上の「障害者」の定義

・「障害者」とは…「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、継続的に日常生活又 は社会生活に相当な制限を受ける者」(障害者基本法第2条)
・「身体障害者」とは、「別表に掲げる身体上の障害を抱える十八歳以上の者であって、都道府県知事から身体障害者手帳の交付を受けたものをいう。」(身体障害者福祉法第4条)
障害者は、医療費助成、交通機関の割引、税金控除など各種サービスを受けることができる。CRPS患者がサービスを受けるためには、「障害者」であること、つまり障害者手帳の取得が必要となる。
 
2.身体障害者手帳の取得をめぐる問題
障害者手帳の申請やその決定はすべて「医学モデル」を前提とした機能障害の有無で判断されているため、CRPS患者には適応しにくいものとなっている。

(1)「障害」認定の問題
 身体障害者手帳の申請は症状が固定したときを起算点とする。「固定したとき」というのは必ずしも治癒を意味せず、医学上これ以上治療を継続しても回復がみられないと判断されたときを意味する 
だが、CRPSの場合、怪我が治癒しても病気としての症状が継続し、症状にも流動性があることから、固定したか否かの判定がしづらい。治癒する/しないという既存の分割システムを採用する障害認定制度の前に、怪我であり病気でもあるこの病気は行き場を失っている。

(2)等級認定の問題
CRPSは痛みを主症状とするため客観的測定が困難である。神経症状や痛みは臨床場面において軽視されており、障害認定はなされても手帳の交付外であることも多い。例えば、痛みによる肢体不自由の場合、障害等級7級に該当すると判断されることが多い。しかし、7級単独の障害では身体障害者手帳は交付されないため、実際上は何の保障も受けることができない。

(3)障害者基本法と身体障害者福祉法
障害者基本法第2条では「継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」と「障害者」は定義されているが、身体障害者福祉法第4条では「都道府県知事から身体障害者手帳の交付」を受けることが条件とされている。この「障害者」をめぐる定義の二重性に問題がある。
障害者基本法は、すべての障害にかかわる具体的な法制定や国および地方公共団体の施策の根拠となるものであり、その目的を実現するための手段として身体障害者福祉法が存在する。にもかかわらず、下位の法規範である身体障害者福祉法の「障害者」の定義が上位の法規範である障害者基本法の「障害」の射程を狭め、実質的に理念の実現を妨げるものとなっている。

V 韓国におけるCRPS患者会の活動と「障害」概念

韓国国内には少なくとも1万5000人〜2万人のCRPS患者がいると推測されている。 韓国のCRPS患者も身体的、社会・経済的、精神的側面において日本と同様の困難を抱えている。

1.法律上の「障害者」の定義
・「障碍人」とは…肢体障碍、視覚障碍、聴覚障碍、言語障碍又は精神遅滞等精神的欠陥(以下「障碍」という)により長期間にわたり日常生活又は社会生活に相当な制約を受ける者とし、大統領令で定める基準(視覚、聴覚、肢体、言語、精神遅滞)に該当する者を言う」(障碍人福祉法第2条)

韓国1988年に障害者福祉法のもと福祉カード(障害者手帳)の登録が始まった。福祉カードを所持している人は障害手当、医療費支援、健康保険料の減額、税金の控除、交通運賃の割引などのサービスが受けられる。だが、CRPS患者でこれを所持している人はほとんどいない。その理由は日本と同様、医学モデルによる機能障害に認定基準が依拠しているためである。
(日本の下肢障害6級にあたるものが韓国ではないこと、指数制度などの点で日本のほうがきめ細やかに判断するという点におい多少の異なりはあるが、)基本的に韓国と日本の障害認定制度や等級表は非常に近似している。

2.韓国CRPS患友会(CRPS Association in Korea)の活動

(1)活動内容
患友会は会長であるイ氏が、裁判を起こし、民間保険会社が規定する障害認定を勝ち取ったところからスタートした。(2002年設立)
主な活動内容は
、 @患者と家族に対する教育・相談活動 …セミナーの開催
A医療従事者への啓発活動 …CRPSカードの作成
Bメディアを利用した社会的認知の向上 …8年間で100件以上もの放送
 C他国患者会との交流 …米国患者会の協力、情報収集
である。

(2)成果
@医療費支援制度 
・ 2005年1月、稀少難治性疾患本人負担軽減事業の対象として認定された(本人負担率は10%にまで減額)
・ 同年8月、脊髄刺激装置に健康保険が適用された(1,360万ウォン→270万ウォンの負担)
・ 2006年2月、稀少難治性疾患医療費助成事業の対象として認定された(低所得者の場合、10%の負担も免除)

A徴兵の免除と補償問題
・ 入隊時の問題…2006年2月、徴兵身体検査規則が改正され、免除項目のなかにCRPSが含 まれた。
・ 補償の問題… 訓練中に怪我をしてCRPSを発症したとしても生活上の障害に見合った補償 がない。この点については、未だ解決はなされていないが、政府に対し問題提起を行ったこと自体が最初の大きなステップだと評価できる。

B保険の問題
・ 2010年7月、自動車保険紛争審議会についての法案3件が発議され、制定にむけて準備中である。 (保険約款の「障害」にCRPSが含まれるようになる?) 
 
C障害者福祉制度
・ ノムヒョン大統領に対しCRPSの障害認定を建議し、
・ 国会に対して疼痛を障害として認めてほしいと請願
・ 「障害をもっている人にも幸せに生きる権利がある」、「CRPS患者にも福祉カードを」と社会福祉部に訴え続けた。
その結果、
・ 2004年11月、国家人権委員会において「複合性局所疼痛症候群に関する法定障害制度改正法案シンポジウム」が開催。
・ 2007年3月、「第4回複合性局所疼痛症候群・障害制度改善セミナー」が開催。
現在、大韓医学会では障害認定ガイドラインの見直しが検討されており、そこにCRPSをいれるか否かが最大の争点となっている。
→当事者の生活上の困難を考慮した「障害」概念が構築されつつある。


W.考察
法定された「障害者」の定義は日韓でほとんど違いがないにもかかわらず、韓国患友会は司法、医療、徴兵、保険という様々な領域において多大な功績を納めてきた。10年前には痛み自体が病気であるという認識すらなかった韓国において、CRPSに関する制度がここまで整ったのはなぜだろうか。それは、患友会がメディアを通じて社会にCRPS患者の現状と課題を提起し、それまで不可視なものにとどめられてきた@CRPS患者の主観的心理的経験、およびACRPS患者の存在を社会的に可視化することができたためである。
障害学の理論的核心には社会モデルが存在する。これは、障害を「インペアメント」と「ディスアビリティ」の二つに分けて考え、「ディスアビリティ」について社会の側に責任を追及していくという考えである。ここでの「インペアメント」も単純に心身の機能障害を意味しており、可視化・数値化できるか否かは問われていない。 しかし、障害学領域においてすら、痛みのような個人の主観的体験を主症状とする身体障害についてはあまり議論されてこなかった。その理由のひとつとしては、障害者福祉に関するあらゆる政策が、医学的データとして可視化・数値化が可能な障害だけを対象としてきたことがあげられる。つまり、政府の政策によって「障害」の射程範囲が自ずと決定され、痛みもまた「機能障害」であるという当たり前のことが人々に見えにくくされてしまっていたのである。
 2009年12月、日本にも「障がい者制度改革推進本部」が設置された。そのなかでは障害者基本法改正案における「障害」や「障害者」の定義が検討されており、痛みといった数量化し難いものや難病などの流動性の高いものについても「障害」として幅広く捉えていこうという方向性が示されている。だが、現在の障害者基本法でも定義上はそれらは完全に除外されているわけではない。むしろ問題なのは、そういった障害をもつ人たちのための福祉や雇用を実現する制度がないということのほうにあるのではないだろうか。定義の問題はもちろん重要ではあるが、それを単なる理念として終わらせないためにも、具体的で実効性のある制度の構築が求められる。
韓国の事例から学んだことは、制度を構築することの重要性、そして、それを実現するためには社会の承認を得ることが不可欠だということである。そのためにできることは、人々に病気の正確な情報を伝え、問題を提起し続けるという地道な努力を積み重ねることにしかないのかもしれない。


X おわりに
アメリカ医師会(AMA)には疼痛障害基準が存在する。それは、痛みの強度と頻度、日常生活を維持するためにどれほどの変化を必要としたか、情緒的苦痛の有無、疼痛治療の内容や頻度、疼痛行動の有無などを基準として、痛みを「障害」として認めようとする試みである。韓国では今、これを例にあげて「障害」概念の見直しを行っている。
痛みというものがそもそも「感覚と情動の不快な体験」と定義されているにもかかわらず、主観的であることを理由に「障害」から除外することは誤りだといわざるを得ない。障害者を医学の対象としての「身体機能障害」という一面で見るのではなく、生活者としての「生活機能障害」という視点から捉えていく必要性を感じさせられる。
「障害」とは誰のため、何のための概念か、という原点にもう一度立ち返ることで、日 韓両国において、当事者の生活しやすさという観点からの新たな障害認定基準が設けられることが期待される。

*作成:大野真由子
UP: 20101204 REV:
グローバルCOE「生存学」創成拠点 国際プログラム(2010年秋期)  ◇複合性局所疼痛症候群 
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