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知的障害者の地域生活の現状に関する報告

三野宏治 2010/11/26
第1回障害学国際研究セミナー
主催:韓国障害学研究会・立命館大学生存学研究センター 於:韓国・ソウル市


 現在日本では大規模入所施設から地域生活へ移行する取り組みが行われている。これは国の政策転換をうけ始まったものである。ただ、地域生活といってもアパートなどで生活するものだけではなくグループホーム・ケアホームなどでの共同生活するものも多い。2006年に障害者自立支援法が施行されてから、グループホームは障害程度によってグループホームとケアホームに分けられた。ただ、新体系でのグループホーム入所対象者の障害程度区分が低く設定されているため、地域生活を希望する知的障害者のほとんどがケアホームで生活している。ただ、ケアホームの実態はグループホームの延長線上にあるといってよい。ケアホームでは、2名以上の住居を組み合わせで世話人が兼務することができ、複数のホーム合計30 名程度の規模で1事業とする。しかし実際は報酬単価の関係上4−6名のケアホームが多いようだ。グループホーム・ケアホームの標準的な支援内容としては食事の介護・援助、掃除、洗濯、買い物、脱着衣等の日常生活関連動作の介護・支援、健康管理、服薬管理、金銭管理の援助などである。先に述べた「2名以上の住居の組み合わせ」でよいといった規定からも分かるように、グループホーム・ケアホームを新たに建築するところは多くはない。例として、公営住宅を2軒借り1つを2名定員とするような例は多い。筆者がかかわる人たちもこのような形態のケアホームに住んでいる。ただ、借り受けた2軒が少し離れている場合、食事や風呂をどちらか一方で提供する場合が多く移動が不便であるということや、世話人がどちらかにしかいないこと、古い公営住宅にエレベーターがついておらず高層階に住む高齢障害者にとっては移動が困難である点なども問題としてある。
 このような潮流の中、ケアホームあるいは家族と離れて地域で暮らす知的障害者の事例を挙げ、その生活と支援に関する問題点を報告する。

【大規模入所施設から地域生活移行へ】
 1965年首相の諮問機関である「社会開発懇談会」の中間報告は大規模コロニーの設置推進策をうちだした。また同年、厚生省の「コロニー座談会」は「国、自治体に各1ブロック程度コロニーを設立する」という意見書に基づき、国立コロニーをはじめとして、各都道府県の政策の基、大規模入所施設が建設された。当時の入所施設の意義としては、知的障害者を保護し入所施設での生活に適応させるための枠であったという。
 ただ、2003年の「障害者基本計画」では入所施設の建設抑制を明言し、入所施設整備の数値目標設定も取りやめた。また、同年3月、厚生労働省の「国立コロニー独立行政法人化検討委員会」は、国が管理する唯一の重度知的障害者入所施設「国立コロニーのぞみの園」(群馬県高崎市)の511人の入所者を、段階的に地域のグループホームなどへ移すべきだとの中間意見をまとめるなど、大規模入所施設から地域生活へ生活の場を移す動きがみられる。
 ここで、グループホーム・ケアホームは入所施設ではないのかという問題がある。少なくとも国はそう判断していない側面はある。例えば、平成17年に行われた「知的障害児(者)基礎調査結果の概要」の調査対象者はその目的に「在宅知的障害児(者)の生活の実状とニーズを正しく把握し、今後における知的障害児(者)福祉行政の企画・推進の基礎資料を得ることを目的とした。」とあるように、社会福祉施設入所者(知的障害児施設、自閉症児施設、重症心身障害児施設、知的障害者更生施設(入所)、知的障害者授産施設(入所)は対象とされていない。しかし、グループホーム、通勤寮、福祉ホーム利用者は対象としている。また、将来の生活の場の希望の項目では、「「親と暮らしたい」「施設」等が減少しているのに対し、「ひとりで」「グループホーム」が増えている。」と明言していることから、施設とグループホームは別であるという認識と言える。
 グループホームに関しては1996年に公営住宅での開設が可能となり、また2000年にはグループホームの就労要件を撤廃され、ホームヘルプサービス事業の対象を重度者から中軽度者に拡充されるなど、地域での一人暮らしの支援策がとられた。2006年6月施行の障害者自立支援法を受け、障害者が入所施設を出て地域で暮らす地域移行がすすむと、地域での生活=グループホーム入居という方策が強調される。本来ホームヘルプ利用などをしての一人暮らしという暮らしという方法もあり得る筈だが、都道府県の障害担当課は「グループホーム設置が急務である」とし、新聞などのメディアも地域での生活=グループホームという前提のもと報道を行った。尚、このような潮流は現在でも変わっておらず、発表者が所属する支援団体でも2年の間でおよそ20人分グループホーム・ケアホームが開設された(*1)。 このような潮流の中、地域生活をする知的障害者に何が起きているのかを実例を挙げ報告する。

【Aさんの場合】
  Aさんは20年以上大規模入所施設で生活をしてきた。彼が暮らしてきた入所施設は野球場が何十も入るような広大な敷地であり、都市部から離れた山にある。当時のそ入所施設には600人ほどの知的障害者が暮らしていた。入所施設といっても600人が1か所の建物にいるわけではなく、10数か所の寮に別れて暮らしていたそうだ。
 そのような暮らしを続けていく中、先ほど述べた「地域移行」の流れにより彼もその大規模入所施設を出て地域生活を送ることを希望した。入所施設にいたときにも、職員とともにバスで近くの町まで出て、自分の好きな本やビデオや服などを買うことはあったようだ。地域生活を希望するにあたって彼は「地域での生活はいつでも買い物ができるからいい。地域に出て自由を得たい」と言った。
 Aさんの地域生活の基盤である住むところはケアホームである。公営住宅の2つをかり4人定員のケアホームとした、一室が彼の部屋である。ケアホーム暮らしの当初は「いつでも買い物ができる地域での生活」や集団生活から個人の生活に移ったこともあり概ね満足していたようだった。
  ただ、近頃では「入所施設の方が自由だった。施設に帰りたい」ということもある。それはなぜか。
 エピソードの1として、ケアホームで生活をし始めて彼は自転車に乗ることを希望した。「入所施設で自転車に乗る経験はあるのか」という問いに彼は「良くのっていた」という。それならと、自転車をボランティアが探して渡したが、信号を守らない。歩行者にぶつかる。車道の真ん中を走る等の危険な運転であったため、少し練習をすることを勧めたが、彼は「入所施設ではこれで良かった。どうして練習などしなければならないのか」という。  それから、支援者が付き添って自転車での外出を提案したが「見張られているのは嫌だ」という。結果として、現在は1人での自転車の使用は差し控えているようだ。 
 また、昼間は授産施設に通っている。彼は徒歩で通っていて20分ほどの時間がかかる。その道中疲れてか、良く道に寝そべる。歩道や道ばたのベンチなどではそれ程問題にされないのであろうが、車道のまん中や横断歩道の途中で寝ころぶことも多いようで、近隣住民やドライバーなどから警察に通報され保護されることがたびたびあった。その都度支援者は警察に出向き、彼に「ガイドヘルパーの利用」をすすめたが彼は「入所施設ではこれで良かった。」「見張られているのは嫌だ」という理由で断っている。
 ケアホームでも彼の夜中の独語やテレビラジオの音がうるさいとルームメイトから苦情が彼にストレスを与え「入所施設の方が自由だった。施設に帰りたい」という言葉につながったようだ。これらのエピソードと「入所施設の方が自由である」という発言は、その住む場所の物理的な環境とその環境を由来とする「支援の質」に違いがあるようだ。
  広大な敷地で車よりもそこで暮らす人のペースが優先される環境では、たとえどのような乗り方で自転車に乗っても注意されることはない。発表者は彼のいた大規模入所施設で2日間過ごしたが、その短い間でも地域生活とのちがいは見て取れた。
  まず、彼らが暮らす寮ではそれぞれの知的障害者が思い思いに過ごす。テレビを見る者や寮の中をうろうろするもの、敷地内を散歩するもの様々だ。そして、テレビの音量や話し声特段気にすることもなく、また苦情を言うものもいない。敷地内の散歩にしても靴を履かず、また下着だけで散歩しているものもいたし、それが特に「おかしなこと」として扱われていない。
  広大な敷地を持つ入所施設であるから可能になることこれらの事象は、広大な敷地という環境が関係している点と入所施設であるがゆえに可能になっている点が考えられる。 自転車の乗り方は人がいない・一般の車がないという理由から可能になっていると考えられるし、テレビの音量やはだしで外出なども「それは具合が悪い」という人がいないという環境から可能となっている。
 一方で、その2日間の調査でそれはやはり「おかしなことだ」と私などは考えてしまう。そのことを支援者に聞いた。その支援者は「良くない。おかしなことだと思うが、いままでそのように過ごしてきたことを急に、やめなさい。こうしなさい。というと非常に不安定になり、自傷行為などが出現する。入所施設ではそれら自傷行為などのリスクの方が高いと判断することが多い」という。
 この支援者の支援者の考えと先に述べたケアホームなどの支援者の考えはどこが違うのか。その人が快適に暮らせるようにという点では同じだろう。ただ、その環境によって「ゆるされる」幅に違いがあり、その幅をつくりだしている者が誰かという点に違いがある。地域生活ではその人が「良いこと」といっても「ゆるされない」ことはもちろんある。また支援者が「良い」といってもすまないことも多い。一方で入所施設では支援者の発言からも分かるように、支援者の判断で「よい」とされることは多い。ただ、その支援者の判断は、彼らがこの先ずっと同様の環境で過ごすことが前提となっている。下着のみでの外出が許されない環境に彼ら出ていくことになるならどうするのかを考えればわかる。許されない環境であれば、その環境に順応するために何かをするか、環境を変えることが当座求められるだろう。それらの違いもって「入所施設の方が自由である」という発言が出たのではないか。

【Bさんの場合】
 Bさんはアパートで1年前から一人暮らしをしている。それまでは姉の家族と住んでいた。姉の家とは徒歩で行き来できる距離であり、彼の生活費は年金と生活保護で賄っている。以前、姉家族と住んでいた時は、様々な犯罪に巻き込まれたという。喫茶店などで知り合った男に説明もされずに「押印」させられ高額商品を買わされた。パチンコ屋で知り合った男たちにそそのかされて、車窃盗に加担させられた等の経験を姉は話す。そのたびに彼女家族は契約解除のための申請を行い、警察にも出向いたという。
  今、彼の生活費は地域福祉権利擁護事業という公的なシステムによって管理が支援されている。地域福祉権利擁護事業とは行政関与を起源とする組織で、地域福祉の推進を図ることを目的とする社会福祉協議会が提供している支援策である。内容は、祉サービスについての情報提供、助言、福祉サービスを利用する際の手続き、福祉サービスの利用料の支払い手続き、福祉サービスについての苦情解決制度を利用する手続き  など福祉サービス利用援助と日常的金銭管理サービス、書類等の預かりサービスなどからなっている。 また、それ以外では犯罪に巻き込まれた際の対策として、姉が成年後見制度による保佐人となっている。昼間、彼は地域活動支援センターに来る。そして軽作業やレクリエーションに参加している。そのことについて彼は不満であるようだ。彼は「地域活動支援センターは良いこともある。だけど大人だから働いて結婚して自由にしたい」という。姉は「8歳ほどの発達しかしてない人を雇うところはない。センターにいくことで犯罪に巻き込まれるリスクは少ない。これまで10回以上も犯罪に巻き込まれてきた。自由にさせる、自立させることを良いという人がいるが、私はあの子が悪いことに巻き込まれるのはこれ以上見たくない」という。

【エピソードからみる生活と支援の問題を考える】
 知的障害がある人たちが一人で、あるいは家族以外の人と地域で生活していく例はあっただろう。しかし、行政も含めて今ほど地域生活が普通であるといい、それをおしすすめたことはない。地域生活移行への強引な政策転換は多い。また、地域生活移行に対しては直接反対はしないが、よりよい入所生活もあり得るという主張もみられる。
 また、事例からも地域で暮らすことは安いことではない。しかし、これをもって彼らが地域生活が出来ぬという考えは拙速だろう。地域移行がその人にとって好ましいものかそうでないか、あるいは入所施設での生活やそこでの支援も含めての入所施設という選択の可能性を考えなければならない。簡単に想像できるがおおきな問題として「入所施設という選択はすでにないもの」と考えてしまうと、地域へ移行できなかった/しなかった人はどうなるのか。そこでのより良い暮らしや支援は、議論され考えられることはなくなるだろう。街中で、障害者を見ないのは、決してその人たちがいないのではない無く、施設で生活していると考えるべきだろう。そして地域での生活とその支援策と同様に、施設で暮らす彼らの生活の質の向上やよりよい処遇を考えていく必要がある。

*1:同じ居住支援であるが、グループホームが自立支援法の訓練給付であるのに対し、ケアホームは介護給付である。具体的な支援内容は、グループホームが地域で共同生活を営む障碍者に、住居において共同生活を営むための相談や日常生活上の援助を行うのに対し、ケアホームは、障害者が共同生活している住居において、主に夜間の入浴・排泄・食事の介護を行う。一般的に、ケアホームでのサービス提供がこれに当たり、グループホームとは異なる。

参考文献

井上照美  岡田進一  2007  「知的障害者入所更生施設の歴史的課題の検討―知的障害者の「地域移行」に焦点を当てて―」  『生活科学研究雑誌』vol6:pp.209-223 大阪市立大学大学院生活科学研究科・生活科学部『生活科学研究誌』編集委員会
厚生省障害保健福祉部 「平成12年全国厚生関係部局長会議資料(障害保健福祉部)」
(20101108アクセス)
厚生労働省 社会・援護局障害保健福祉部  企画課HP 「平成17年度知的障害児(者)
基礎調査結果の概要」http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/titeki/index.html 
(20101108アクセス)
峰島敦・障害者生活支援システム研究会編  2003  『希望のもてる「脱施設化」とは−利用者・家族の実態・意向調査から−』  かもがわ出版
樽井康彦  2008  「知的障害者の脱施設化の論点に関する文献的研究」『生活科学研究雑誌』vol7:157-168 大阪市立大学大学院生活科学研究科・生活科学部『生活科学研究誌』編集委員会


*作成:三野宏治
UP: 20101205 REV:
全文掲載  ◇グローバルCOE「生存学」創成拠点 国際プログラム(2010年秋期)  ◇知的障害/知的障害者  ◇施設/脱施設  ◇障害学(Disability Studies) 
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