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「セーフガード崩れる尊厳死法の実態が明らかに」

児玉 真美 201010 月刊介護保険情報,2010年10月号

last update: 20110517

セーフガード崩れる尊厳死法の実態が明らかに

 近年、“死の自己決定権”に基づく自殺幇助合法化論が勢いを増している。障害者や高齢者の命の軽視や死ぬ義務への圧力が生じると懸念する声も根強いが、合法化ロビーからは、既に尊厳死法を作って合法化した国々で問題は起きていない、と反論が出るのが常である。日本でも昨年12月に財団法人日本宗教連盟が開催した第4回宗教と生命倫理シンポジウムで、日本尊厳死協会の井形昭弘理事長が「多くの国で尊厳死法が法制化されて、おぞましい事件が起こらずに行われているのに、それを阻む条件が日本にだけあるとは思いません」と発言している。
 法制化しているのはベルギー、オランダ、ルクセンブルグ、米国オレゴン州とワシントン州。「多くの国」と称することの是非は議論の分かれるところだろうが、これらの国と州の尊厳死法でセーフガードが機能していない実態が、このところ相次いで報告されている。
 5月にカナダ医師会雑誌に報告された実態調査によると、ベルギーのフランダース地方で07年に医師が処方した致死薬により死亡した患者は、死亡者総数の2%に上る。総件数は208件で、そのうち66件は患者からの明示的な要望なしに行われたものだった。多くは80歳以上で昏睡や認知症のある高齢者の病院死。論文著者らは、その特徴こそ、本人の明示的な要望なしに致死薬が使われる危険が高いと言われてきた“弱者”像に重なることを指摘し、患者保護の配慮が必要だと説いている。
 オランダでは09年に安楽死した人は2636人。ここ数年、ほぼ1割ずつ増え続けている。医師らによる法の恣意的拡大解釈が取りざたされ、安楽死に反対する団体からは、法制化以降の8年間で緩和ケアが崩壊したのが要因だとの指摘も。合法化法案の議会通過に尽力した当時の保健相は去年、安楽死が実質的に緩和ケアを崩壊させていることを認めた。
 しかし一方では、安楽死に特化した医療施設を求める声も上がっている。引き受けてくれる医師が少ない問題の解決策として、法律上の手続き一切が施設内で可能な専門クリニックを、というのだ。また、特に病気や苦痛がなくとも、70歳以上の高齢者には自己決定権として自殺幇助を認める方向で要件を緩和すべきだと主張する学者や政治家のグループもあり、4万人を目標に署名活動を進めている。
 オランダで明示的な要望なしに死なされる患者の存在は、7月の英国王立医学協会(the Royal Society of Medicine)による自殺幇助に関するカンファレンスでも話題に上った。言及したのは、05年に上院で自殺幇助法案を検討した委員会を率いたアンソニー・オジミック議員。現実に起きているにもかかわらず、そういうケースが非合法な殺人として問題にならないのは、一定の状態の人は生きるに値せず、死んだ方が本人のためだという概念が合法化によって生み出され、社会に共有されているからだ、と批判。不当に死なされる患者が出る“すべり坂”の他にも、そうした社会の意識変容が起こる概念上の“すべり坂”もある、と警告した。
 オランダで70歳以上なら自己決定で死んでもいいという主張への署名が4万人の目標に達するならば、オジミック氏のいう後者の“すべり坂”は、さらに実証されることとなろう。
 オレゴン州当局が3月に発表した尊厳死法の実施概況によると、09年に同法のもとで自殺したのは59人。過去3年間にアセスメントが必要だとして精神科に紹介されたのは自殺希望者総数の1%のみだった。08年に尊厳死法の利用を希望した人の25%がウツ状態だったことを考えると、対象者要件に外れた人がスルー状態となっている可能性が高い。
 また08年に88%、09年には97%のケースで合法化ロビー、Compassion&Choiceが関与していた。01年から7年間の致死薬の処方箋271件のうち66%は、わずか20人の医師が書いたものだ。これらのデータから見えてくるのは、自殺希望者をC&Cが積極的に“支援”しつつ、一部の協力的な医師のところへと誘導し、精神障害など要件対象外でも「処方はお望みのままに」……というシナリオでは?
 オレゴン州では98年から自殺幇助がメディケアの給付対象となった。癌患者によっては「高価な抗がん剤治療はダメだけど、自殺幇助ならOK」と言うに等しい通知が手元に届くわけだ。 こうした実態を「おぞましい」と捉えるか否かは主観の相違によるかもしれない。しかし合法化論の拠り所である“自己決定権”概念そのものが、これでは「既に崩壊し成立していない」と言えるのではないだろうか。


UP: 20101105 REV: 20110517
全文掲載  ◇児玉 真美 
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