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レジュメ「『近代日本と小笠原諸島――移動民の島々と帝国』第4章」

櫻井 悟史 20100828 第15回歴史社会学研究会

last update:20101215

■文献情報:石原俊, 2007, 『近代日本と小笠原諸島――移動民の島々と帝国』平凡社.

□第4章 水兵たちと島人たち、あるいは法と暴力の系譜学――沖縄島におけるペリー艦隊の衝撃を焦点に(一八五三-一八五四)(137-176)
●1ある水兵の死体から
◆ボード事件
1854年6月12日、沖縄島の那覇近郊・三重城の海中で水兵の死体発見
→13日、琉球王府側公文書では酔ったうえでの事故?
→7月1日、ペリー、酒の痕跡なく、東部に傷があったため、島人に襲撃されたのではと指摘(殺意までは主張せず)
→王府の法ではなく、アメリカ合衆国の法で裁くことを含意(領事裁判権と関係)
◆本章の目的
ジャパン・グラウンドの西端に位置する沖縄島の人びとが、ペリー艦隊の寄港を契機としてどのような社会変動を経験したのかを叙述し考察すること。(外交交渉、国際関係といった主権国家のまなざしではなく、人びとの生の水準から具体的に捉える)
◆本章についての先行研究:真栄平房昭、小野まさ子(ある程度のっかっている)
◆本章で使用する文献:
(1)サミュエル・モリソンによるペリー評伝
(2)ペリー自身を含む艦隊の乗組員による航海日誌類
(3)『琉球王国評定所文書』に収められた琉球王府側の公文書類

●2 沖縄島にとっての蒸気軍艦
◆大陸、ヤマトの側から眺める視点
 17世紀から19世紀前半にかけての琉球王国は、「表側」の清朝を中心とする冊封進貢体制と「裏側」の幕府を中心とするそれとが、棲み分けながら共犯関係を形作る中で、双方にとって有用な交易中継路として存続を許されてきた。
◆島の側から眺める視点
 沖縄の島々が16世紀まで持っていた西太平洋・環シナ海に開かれた交易の結節点としての働きは、幕藩体制のコントロールを受けつつも失われたわけではなかった。
 →決定的な社会変動は、ペリー艦隊が沖縄島に寄港したとき(後述)
◆海から眺める視点
 アメリカ合衆国を母港とする船舶の活動圏では、主権のエージェントとして浮上した海軍の組織的活動が、非組織的な経済活動からの差別化の度合いを強めてきていた。こうした変化の中で、ジャパン・グラウンドの島々へと航行したペリー艦隊は、アメリカ合衆国の主権のエージェントを自任しながら、商船・捕鯨船などの活動を保護・促進するための裁量を発揮した。

●3 ペリー艦隊とジャパン・グラウンド
◆ペリー艦隊、沖縄島、父島に寄港した目的
(1)ジャパン・グラウンドにおいてアメリカ合衆国を母港とする船舶が寄港可能な補給地を確保すること。
(2)沖縄島や小笠原諸島に寄港地としての社会的・経済的交通を保障し促進するような法を導入すること。(贈与ではなく貨幣を介した交換)
・セーヴォリーをアメリカ合衆国海軍籍に編入
・小笠原諸島にピール島入植者機構を発足、ピール島入植者協約という名の法を導入
→刑罰を罰金刑のみに集約、身体刑等認めず
・1854年1月、ペリー、小笠原諸島の領有・殖民計画を実質的に放棄
→セーヴォリーを海軍籍から外すように指示
◆ペリーの目指したもの:イギリス帝国とは決定的に異なって、小笠原諸島にアメリカ合衆国の主権の名による一法域を作り上げること

●4 出会いの諸相
◆上陸当初
・ペリーたち、監視下に。島人は王府側による監視と処罰を恐れて近寄らず。
→接触の管理に労力を割いた理由:(1)乗組員らが持ち込んだ貨幣と島人たちの所有物や労働力の間に交換が成立してしまうこと(2)性的な接触が拡大してしまうこと
◆交換と暴力
・船員:貨幣と物資の交換のための暴力(交換が成立しないことへの腹いせ)
・王府:隠れて貨幣交換を行なっている島人から貨幣を取り上げる。
・島人たちにとっての出会いの際の個別的実践は、船員たちからの暴力や王府側による「取揚」と処罰の危険にさらされながら、所持する物資を処分して貨幣を獲得しようとする試みだった。貨幣、(資本主義的な意味ではなく)生活向上のための私的な備蓄

●5 法の臨海領域
◆ペリー、法の改変要求(1853年7月25日から8月1日まで)
(1)スパイの禁止(2)貨幣交換の受容(3)女・子どもが逃げないようにすること
→ヨーロッパ公法を掲げる「文明諸国民」の名において、「琉球の法」は認められない
→満足な回答が得られない場合、200人の兵で恫喝→王府側受け容れざるをえない状況に
→社会的・経済的交通、なし崩し的に拡大→ボード事件発生
◆ボード事件について
・王府側:石を投げる島人たちから逃れる過程で誤って海に転落→暴力の徴候を隠ぺい→「すべての文明諸国民」の法が暴力に介入してくることへの恐れ
・ペリー側:王府側が「すべての文明諸国民」の法=ヨーロッパ公法を尊重する身振りを示す態度を望む(真相や法の執行者がだれかはどうでもよい)

●6 島人の近代経験へ
まとめ:ジャパン・グラウンドのあらゆる島々が接触領域となり得た当時の状況下で、水兵=海の移動民との出会いによって身体を外部世界に開かれてしまった沖縄の島人=島の内側の人びとは、すでに島人=海人として近代を生き延びるため独自の模索を始めていた。

*作成:櫻井 悟史
UP: 20101215 REV:
全文掲載  ◇石原 俊 
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