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レジュメ「『近代日本と小笠原諸島――移動民の島々と帝国』第7章+関連論文」

角崎 洋平 20100828 第15回歴史社会学研究会

last update:20101215

■文献情報:石原俊, 2007, 『近代日本と小笠原諸島――移動民の島々と帝国』平凡社.

■本報告の方針
◆本報告の対象
・「主権的な法と越境する生活世界――「日本帝国」占領下小笠原諸島の「帰化人」をめぐる自律的諸実践――」
『社会学評論』56巻,4号,864-881→以下、「A論文」と呼称。
・「主権的な法と越境する生――「帰化人」をめぐる自律的な交通(1877−1920年代)――」
『近代日本と小笠原諸島――移動民の島々と帝国』第7章→以下、「7章」と呼称。

 ※他、上記の2つの論文を合わせて指示する場合は「両論文」、
『近代日本と小笠原諸島』全体をさす場合は「本書」と呼称する。

◆本報告の目的
@両論文を対比しながら、記述内容を抑える。
  A論文:社会学評論掲載の論文。1本の論文として独立。
→理論的課題・視点・理論的含意などが明記されているが、紙幅の制限があり、記述が薄い面がある。
  7章 :大著(≒博士論文)の一部。→理論面は別章(2章)に記述。事実面の記述はわりとある。 
 ⇒したがって
  T:A論文にのみ記述されている理論的箇所(本書においては主に2章に記述されている)
  U:(主な部分が――そりゃあ細部は異なる)A論文にも7章にも記述されている、両論文の核となる箇所
  V:7章にのみ記述されている、歴史的事実(社会学評論で割愛された)を区別しつつ、
両論文のストーリーに乗りつつ、報告を進める。

A問題設定→結論における歴史記述の「重要性」を読み取る。
   理論と歴史的事実の接合の仕方
…overgeneralization(伊丹敬之『創造的論文の書き方』)をどう避けるか、を考える。
 ⇒したがって、@の課題を意識しつつつも、本報告の分析は(理論面の記載がある)A論文中心のものとなる。
  また、2章との重複はあえて避けない。

■課題と視点
◆両論文の背景と課題(T)

 「本稿の課題は、19世紀後半から世紀転換期にかけて「日本帝国」による小笠原諸島の占領が進行していく過程で、「外国人」のちに「帰化人」と呼ばれるようになった人々が、自分たちを標的とする主権的な法とわたりあいながら、移動民の生活世界の中で培ってきた自律的な社会的・経済的諸実践をどのように組み換えつつ生き延びていったかを――「内国」出身者の諸実践との関係も含め――(歴史)社会学的に分析することである」(A論文: 865)

 ※小笠原諸島――米・英・徳川幕府等による領有闘争→主権国家としての「日本帝国」に編入された   「ジャパン・グラウンド」の南東端に位置する諸島。

◆先行研究の状況と両論文の特色(U)
○先行研究が見逃している視点(両論文の問題意識→研究の特色)
  「外国」出身者の経済活動
   「19世紀後半から世紀転換期の小笠原諸島において、日本帝国による占領の対象となった「外国」出身者 (の子孫)たちは、日本帝国の官吏やジャーナリストたちから称賛されるほど豊かな生計」を培ってきた (7章: 270)
→かかる生計は、「「日本帝国」の法的バックアップ」とは独立して展開していた。
→なぜ、そうした展開が可能だったのか、それがどうなったのか、という問題意識
  ⇒「「外国」出身者(の子孫)たちが小笠原諸島を拠点に展開していた多彩な経済活動、とりわけ交易や漁業 などの実践が検討の対象とならなければならない」(7章: 270)

@「日本帝国」による占領直後の小笠原諸島の状況に関する先行研究
  「内国」からの入植者・植民政策の動向/入植者の経済活動・勧農政策の動向
――これらは、「内国」出身者の視点≒「日本帝国」側の視点
  →両論文のような、「外国」出身者の社会・経済的実践に注目する研究はほとんどなかった。

A「日本帝国」をめぐる漁民の活動に関する先行研究
 先行研究が扱っているのは、「日本帝国」拡大のベクトルに沿って移動する漁民の展開
 (広島県漁民の「朝鮮海」出漁)
 →両論文のような「外国人」「帰化人」の帝国のベクトルから自律した実践を扱うものではない。

◆両論文の理論的視座(T)
○主権的な法と国家について
――「法の宣言/執行の現場とその定着の過程」としての主権国家の構成をとらえる

◇ウェーバーテーゼをとらない
「主権的国家が暴力を占有する正当性を得て排他的に法の「創造と強制」を行い、合理的・客観的とみなされる法体系に基づく実践的な統治を実現する」(A論文: 866→同様の記述が2章: 85)という、国家・法・人間の関係を示すテーゼ、を筆者は批判する。「そうした見方は、法域や国境を与件とみなし「中心」において体系化された法文を万能視する弊に陥るであろう」(A論文: 866)

◇対して両論文の視座とは…
「主権的な法と国家の構成は、主権の外部領域に置かれていた人々が主権的な力に巻き込まれていく過程から、社会学的に捉えられるべきだ」

◇類似の研究@――末広厳太郎の法社会学
 法的慣行存在(または「生きた法律」(2章))――
  「対抗し合う諸力の「接触面」で、主権的な力が外部領域の生活世界を巻き込んでいく過程の「不連続的濁流」そのもの」
 →ここにみられる国家(主権)・法・人間(生活世界)関係(=法域や国境を与件としない)

◇類似の研究A――山室信一の「国民帝国」論
 閉鎖系としての「国民国家」/開放系としての世界帝国、そして…
 「近代の帝国」:「主権国家体系の中で国民国家の形態を採る本国と異民族・遠隔支配地域から成る複数の政治空間を統合していく統治形態」=「国民帝国」
→「主権的国家はそもそも始めから、いたるところで外部領域の人びとやその生活世界と接触しながら、主権の名の下にさまざまな法的措置を発動し、これをなし崩し的に定着させていく過程で、均質化を是とする国民国家の傾向性では捉えられない、いくつもの「(異)法域」を「周縁」に作り始める。国民帝国としての国家〔本書(2章)では、「帝国としての主権国家」〕は、その結果(再)構成される、複数の階層化された「(異)法域」の接合体である(A論文: 867/(2章: 102))。

■歴史記述
◆「外国人」「帰化人」と主権的な法のエージェント(T)
…本書においては、6章で記述されている事項=本題に入る前提的事項の説明。

◇「外国人」を「なし崩し的」に主権的・排他的法へ組み込む。
・1975年の明治丸官吏団の上陸→「日本帝国」の法の「遵守」を要求する。

◇その「外国人」を例外として見做す
・「外国」出身者の「内国」への移住禁止。
・「開港場」ではないにもかかわらず、外国船の出入り可能
・港であるにもかかわらず、(他の港に課せられていた)入行手数料/関税無料(5章)

◇主権的法のエージェントとしての官吏
・出先機関:内務省小笠原出張所→小笠原島東京府出張所→東京府小笠原庁
・強力な裁量的権限を持つ。

◆交易をめぐる交通の展開(U)
◇港で越境する交易――多数来航する外国船
  ・「帰化人」を中心として、外国船(および船員)向け商品販売を実施→中には大儲けする者も
(7章 :279/A論文: 872)。
→なぜ、「帰化人」が多かったのか?
  言語(コミュニケーション)の問題:「外国出身者(その子孫)」が共通言語とする、「ボニンクレオール言 語」が、太平洋を長期間移動する船員たちが使う「太平洋船英語」「太平洋ビジン英語」と関係が深く、コ ミュニケーションが容易だったから。(7章 :279/A論文: 872)

◇外国船からの逃亡/暴力事件の頻発
 ・越境的な取引と不可分な逃亡/暴力事件(7章 :279-285/A論文: 872-874)。
  →さまざまな交流。

◆漁労をめぐる交通の展開@(V)
◇近海漁業――ウミガメ漁
 ・高い技術力を持つ「外国出身者(その子孫)」のウミガメ捕獲技術→「内地」出身者にも伝播
 ・出先機関は、ウミガメ漁以外の組織的漁業も推進しようとするが、 「日本帝国のバックアップの下で進められた「内地」式の漁業振興策は効果を発揮せず、移住者の間で自律 的に培われていた近海漁業の技法がむしろ拡大していた」(7章: 287)
◆漁労をめぐる交通の展開A(U)
◇遠洋漁業――ラッコ・オットセイ漁
 ・捕鯨から、毛皮目当てのラッコ・オットセイ漁への転換
 ・優秀な射撃主(ラッコ・オットセイ漁の名手)として「帰化人」の活躍(7章 :287-291/A論文: 875-876)

◇越境する漁労
 ・多くの「帰化人」がラッコ・オットセイ漁に参加しているけれども、どうやらそれは「氷山の一角」である。
  (7章 :291-294/A論文: 876-877)
 →「主権的な法」に対する違反=例外行為であるからである。
  (1)「帰化人」は「内国」への移動を禁じられているのにもかかわらず、
ラッコ・オットセイ漁参加者の一部は、漁船に雇用されるために内地(横浜・函館)に移動している。
    (角崎:「帰化人」「外国人」に制限されているのは「移動」ではなく「移住」では???)
  (2)そもそも漁自体が国境侵犯を犯す(猟場が国境をまたぐため)
     国境を越えた漁=密漁=拿捕される危険 

  「かれらはロシア国境内に侵入したり「日本帝国」自身の「国境侵犯」に加担したりしながら、主権的な法とわたりあいつつ、複雑な移動の軌跡を描き続け、自律的で越境的な生活世界を展開していったのである」
((7章 :297)/A論文: 877)

◆切り縮められる交通(V)
◇国境の再編(7章: 297-304)
 ・「外国船」上陸の制限――ある暴力事件を契機として
 ・乱獲制限――越境漁労の取り締まり
◇「帰化人」の(再)移住(7章:304-306)
 ・1913年の大量移住:日本帝国のオットセイ保護条約の締結による生計の困難が原因か?

■結論
◆〈脱周縁化〉論(U)
○「国民帝国」論・再論
 「国民帝国としての国民国家は、放射状に拡大しながら、新たに巻き込んだ人々を、「中心」からヒエラルヒ ッシュに階層化された「周縁」の一法域に定着させようとする、求心力と遠心力の同時運動から成り立ってい る。国民帝国とは、いわば「中心」化と「周縁」化の〈〈 力が結合した運動体である。(A論文: 877-878)

○両論文の歴史的記述が示すもの
◇「周辺」の「脱周縁化」
・一旦国家によって「周縁」に置かれるつつも、「外国人」「帰化人」の自律的な生活実践によって、その枠を超えていく(しかも。それは「国民帝国」に対する明確な「対抗」を伴わない)

  「移住民たちが、「日本帝国」の内部に取り込まれていきながらも、従来から移動民の生活世界に置いて培ってきた労働の技法(言語的実践を含む)を活かしつつ生き延びていく過程で、こうした〈脱周縁化〉の力は生成し、反復していったのである」(A論文: 878)

まとめると…
両論文、とりわけA論文の課題とは、
「「外国人」のちに「帰化人」と呼ばれるようになった人々が、自分たちを標的とする主権的な法とわたりあいながら、移動民の生活世界の中で培ってきた自律的な社会的・経済的諸実践をどのように組み換えつつ生き延びていったか〔甲〕を――「内国」出身者の諸実践との関係も含め――(歴史)社会学的に分析することである〔乙〕」(A論文: 865)

であった。

甲について、歴史的記述によってその実践を明らかにしたと言える(だろう)。
その(歴史)社会学的分析が、〈脱周縁化〉であった、ということ(でいいの?)
 ≒歴史社会学とは、歴史的事実から、一般化可能な命題を引き出すこと(?)(ピーター・バーグを思い出す)

◆その後の小笠原諸島を解釈する(T)←蛇足的?
◇その後の小笠原
 ・上記の国境再編や、戦争時の強制疎開、占領と移住…
 →「「ジャパン・グラウンド」における移動民の諸実践の中で培われてきた生のあり方を組み替えつつ、生き抜いていったのである」(A論文: 879)  

◇自己表象について
  なぜ小笠原島民は、「先住民」「小笠原島民」とは言わなかったのか?   「自己表象からも逸脱するような力が、移動民の子孫たるかれらの生に織り込まれてきたのではないか」(A論文: 879)←仮説(=検証必要)

◇〈脱周縁化〉という視座
  「本稿が提示した〈脱周縁化〉という視座は、「近代」のただなかで主権的な法とわたりあってきた、島嶼社会の長い格闘の過程を、浮き彫りにしてくれるのである」(A論文: 879)


*作成:角崎 洋平
UP: 20101215 REV:
全文掲載  ◇石原 俊 
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