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「腎臓ペア交換・臓器提供安楽死」

児玉 真美 201008 月刊介護保険情報,2010年8月号

last update: 20110517

米国で“腎臓ペア交換”登録制度

最初はジェニファーさん(24)だった。5月24日に事故で帰らぬ人となり、母親が臓器提供を決めた。適合するレシピエントが見つかり、死後2日目にジェニファーさんの片方の腎臓はブレンダさん(44)に移植された。そこでブレンダさんの夫のラルフさん(48)は考えた。「かつて妻に片方の腎臓を提供しようとした際には適合せず果たせなかったが、赤の他人が妻にくれるのならば自分だって見知らぬ誰かにあげればいい」と。
 ラルフさんはジョージタウン市が3つの病院と組織している「腎臓ペア」登録制度に加わった。彼の片方の腎臓がゲイリーさん(63)に移植されると、ゲイリーさんの妻ジャネットさん(61)が片方の腎臓を見ず知らずの男性に、すると、その男性の妹が今度はまた見ず知らずの女性に……。こうして始まったチェーン移植は一般の登録ドナーからの2件を加え、最終的には5月26日から6月12日の間に14件となった。
 この出来事を「チェーン移植で14人が新たな命を」とのタイトルで報じたワシントン・ポスト(6月29日)によると、現在、米国で腎臓移植を待っている人は85000人。マイノリティには適合するドナーが見つかりにくいため、その61%がアフリカ系、ヒスパニック系、アジア系のマイノリティ(少数派民族)だという。こうしたマイノリティへの臓器供給の手立てとして、ペア交換が有効だと今回の移植関係者は力説し、移植コーディネーターは「これはスタートです。この町でできるのだから、更にエリアを広げて続けていくことは常に可能」と意気込む。すでに今年2月に米国臓器配分ネットワーク(UNOS)がペア交換の登録データベースを試験的に立ち上げており、この秋にもマッチングを開始するとのこと。
 ラルフさんはいう。「大切な娘さんが亡くなって妻に命をくれました。それなのに私が『万が一ということもあるから私の腎臓はこのまま持っておきます』というのは、余りにも身勝手というものでしょう」。
 しかし、このような物言いが「腎臓がほしければ他人にあげられる腎臓と物々交換で」というに等しい登録制度と合い並ぶ時、そこに“家族愛”を盾に取った暗黙の臓器提供の強要が制度化されていく懸念はないのだろうか。

英国では“臓器提供安楽死”の提言

一方、なにかとラディカルな発言で名高いオックスフォード大学の生命倫理学者ジュリアン・サバレスキュらは、5月にBioethics誌にShould We Allow Organ Donation Euthanasia? Alternatives for Maximizing the Number and Quality of Organ for Transplantationと題した論文を書き、“臓器提供安楽死(ODE)”を提言した。かねてより、臓器提供と安楽死の議論はいずれ繋がっていくのでは、との懸念は欧米のみならず日本でもささやかれてはいたが、ついに英語圏で「どちらも自己決定権なら、いっそ2つの自己決定を合体させれば?」と言わんばかりの声が上がった。
 保守派の論客ウェズリー・スミスが自身のブログ(5月8日)で引用している上記論文の一部と、オックスフォード大学のサイトに5月10日付で全文公開されている同じ著者による論文 Organ Donation Euthanasiaを読むと、その主張とは「生命維持治療の中止にも死後の臓器提供にもそれぞれ自己決定権が認められているのだから、生きたまま全身麻酔で臓器を摘出するという方法による安楽死を選べるようにするのが合理的。そうすれば臓器が痛まず提供意思を今よりも尊重できるし、患者本人も延命停止後の苦痛を避けることができる」というもの。「どのみち死んでいく患者だけに適用するのだ」から、意思決定能力のある患者の自己選択と、独立した委員会での承認を条件にすれば、「死ななくてもよい患者が死ぬということは起こらない」。
 その一方でサバレスキュらは、「自分は何一つ損をせずに最大9人の命を救える機会など滅多にないのだ」し、「自分が他者にしてもらいたいと望むことを他者に行えとの倫理の黄金律にもかなう」行為だと臓器提供を称賛する。しかし、“臓器提供安楽死”の提言が道徳や倫理の問題ではなく、“移植臓器の数と質を最大化するための選択肢”の問題であることは彼らの論文タイトルが明示している。
 7月17日、日本でも改定臓器移植法が施行された。「“国際水準の移植医療”を日本でも実現するために」との掛け声で改定された法律である。その “国際水準”が向かう先が臓器の“物々交換”やODEなのだとしたら、果たしてどこまで追いかけようというのだろう……。


UP: 20100909 REV: 20110517
全文掲載  ◇児玉 真美 
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