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発表レジュメ「子どもの「いのち」と女性の身体」

沢山 美果子 第10回出生をめぐる倫理研究会
2010/07/25 14:00〜17:00
於:立命館大学衣笠キャンパス志学館121教室
Word版〔doc〕

last update:20100820

■子どもの「いのち」と女性の身体
沢山 美果子

はじめに―子どもの「いのち」と女性の身体というテーマ
・研究上の自己紹介:性と生殖をめぐる問題から捨て子へ(沢山[1998][2005][2008])
    =女の身体というテーマから出発→子どもの「いのち」の問題へ
・研究会の今年度の課題との関わり:性・生殖と生殖により生まれた子どもを育てる問題 ←「いのち」の視点からつなぐ=周産期への着目
    →いのちの問題を歴史的に探る上で不可欠の視座
↓            
・報告に与えられた課題:子どもの「いのち」と女性の身体を関連付けて考えることの意味とは?関連づけたとき、子どもの「いのち」をめぐって何が見えてくるか?

1、「家」の存続と子どものいのち、女性の身体
・「家」の維持・存続と「子ども」「いのち」の視座から近世史像の再構築を試みた研究
2001(大藤修[1996]、倉地克直[2008])
 ◇大藤:17世紀後半〜18世紀:一組の夫婦とその子と中核とする「家」の成立
「家」意識成立の二側面
@子ども=「家」を連ねていく存在、A「家族計画意識の芽生え」
 ◇倉地:「いのち」の18世紀:「家」=「いのち」を支える最初にして最後の砦
  →「いのち」をめぐる選択、階層による違い(武士の頻産、農民「経験知に基づく素朴な家族計画」)

課題:「家」の維持・存続、女性の妊娠、出産、子どもの「いのち」相互の矛盾と緊張関係のなかでの人々のいのちをめぐる選択の様相を明らかに
・報告が対象とする時期:近世後期(女性の身体と子どもの「いのち」への関心の高まり)
 ◇史料:出産管理政策、捨て子禁止政策のなかで作成された史料群

2、胎児・赤子の「いのち」―選択と序列化
・出産管理政策=女性の身体の管理→「いのち」の管理、性・生殖の管理政策
 仙台藩(1792[寛政4]年)、一関藩(1811[文化8]年)、津山藩(1781[天明1]
←近世社会における「いのち」への介入の始点:生類憐れみ政策(1696年(元禄9)〜)
・出産管理政策のなかで残された史料群からみえるもの
  @妊娠観、胎児観、A子どもの「いのち」の認められ方(拒否される「いのち」)
・「いのち」の始まり(←「死胎披露書」「引導書上」)
 人の形と性別を備えた時点で胎児とみなす胎児観(≒妊娠5ヶ月)
 (「未人形ニも無之物」/「小赤子」「小子」、「男女之分も無御座候」/性別が明らか)
・胎児観と女性自身の身体感覚との密接なつながり
 妊娠のしるし:女性自身の身体に感じるしるし(「腹体重く」「腹かき」)
・妊娠の確認と「いのち」の選択
 津山藩の懐胎届(妊娠4ヶ月)⇔実際の届(妊娠6.65ヶ月)(沢山[1998]:173)
 一関藩の着帯届(妊娠5ヶ月)⇔実際の届(妊娠7ヶ月〜8ヶ月)【図1】
→懐胎届、着帯届≠女性自身の妊娠の確認=「家」としての「育てる」意思の確認か?
(着帯届〜出産までの期間と死産)
 ←赤子、胎児の生命をめぐる、支配層と民衆のせめぎあい
・いのちの序列化
 忌避される「いのち」:双子、「胞衣かかり」、早産、未熟児
 ←育児負担、忌避の理由(「戻す」行為の正当化、自らに納得さす根拠)
 一関藩の武士、農民の死胎事例と早産児、未熟児の拒否の疑い
  武士の72パーセント、農民の87パーセント:妊娠7〜10ヵ月での死産
  ←妊娠末期の死産:人為的操作による疑い(香月牛山『小児必要育草1703年[元禄16])
・男女の性別選択の可能性
    武士の死胎事例:女子は男子の2倍、第一子は男子が女子の2・6倍
 ⇒「家」の存続の点から、女子より男子を選好か?

 「いのち」の選択・序列化←「家」の維持・存続にとって必要な「いのち」を重視

3、乳を通してみた女の身体・子どもの「いのち」
・女の身体と子どものいのちの結節点、いのちの環境としての乳
 赤子養育料支給願にみる農村の「貰乳」、「乳不足之女」への「乳泉散」配布、捨て子養育への「乳代」支給:年二両余り(仙台市史編さん委員会編[2003]:357)
 乳母を頼む手当て支給(一関藩:三歳まで)
・近世社会の授乳慣行に関する研究の少なさ(鬼頭[1995]、氏家[2009])
  ←近現代社会における授乳の位置(小林[1996]、沢山[1990]:140、北山編[2005)
・近世社会における乳と、その避妊効果
・乳と捨て子―大阪、住友家文書、小林家文書の捨て子事例を手がかりに
 ◇貰う理由と乳:実子死亡、乳沢山あり
  住友家文書:捨て子事例53件中の16件(30パーセント)【表1】
  小林家文書:19件中の14件(73パーセント)【表2】
 ◇実子死亡:29件中28件は生後1年未満の死亡、捨て子死亡:28件中12件(42%)
  (近世後半:出生児の20パーセントは生後1歳未満で死亡(鬼頭[2000:144])) 
 ◇捨て子:単婚小家族としての「家」の脆弱さを補う一つの方法(菅原[1985])
  「家名相続」、「妻合」
・捨て子の死からみえる「いのち」
 ◇捨て子の死の原因(驚風、胎毒、腫れ物、虫病、疱瘡)←虫、母子一体の身体観
 ◇乳との関連:「乳汁引不申」「病身ニ而乳突返し候」←死胎の原因=「乳放」と関連
  (『婦人療治手箱底』1704年、『産科養草』1774年)
 ◇死の原因=乳を吸う力の無さ、生きる力の弱さ、赤子の死は抗えないものとみる
・乳がないこと=捨てる理由(【史料1】【史料2】)
   捨て子の養育と乳
・貰い手のいない捨て子:「身分不時之義ハ不及病気之節」
 ◇等価ではない「いのち」:捨て子の場合は、より顕著

おわりに
・近世後期の子どもの「いのち」と女性の身体
←「家」にとっての「いのち」、女の身体と子どものいのちの接点としての乳から接近

 @近世後期の子どもの「いのち」:人々の生存の基盤としての「家」の維持・存続と密接な関連を持ったものとして存在→「いのち」の選択と序列化へ
 A赤子の「いのち」を保障するうえで不可欠な乳:赤子養育や捨て子養育の重要な要
  ←妊娠、出産による女性の死亡率と乳児死亡率の高さ、「家」存続への願い
 →子どもの「いのち」をめぐる実態と観念、「いのち」をめぐる環境、「家」存続への願いと子どもの養育の実態を探る手がかりに
・今後の課題
 「いのち」の環境からみた「いのち」:具体的事例に即して考察(階層差、生殖パターンの違いも含めて)


引用・参考文献
氏家幹人[2009]『江戸の病』講談社選書メチエ
大藤修[1996]『近世農民と家・村・国家―生活史・社会史の視座から―』吉川弘文館
北山修編[2005]『共視論 母子像の心理学』講談社選書メチエ
鬼頭宏[2002]「宗門改帳と懐妊書上帳」、速水融他編『近代移行期の人口と歴史』ミネルヴァ書房
鬼頭宏[2000]『人口から読む日本の歴史』講談社学術文庫
倉地克直[2008]『全集 日本の歴史 第11巻 徳川社会のゆらぎ』小学館
小林亜子[1996]「母と子をめぐる〈生の政治学〉」『女と男の時空―日本女性史再考Y』藤原書店
沢山美果子 [1997]「仙台藩領内赤子養育仕法と関連史料―東山地方を中心に」太田素子編『近世日本マビキ慣行史料集成』
沢山美果子 [1998]『出産と身体の近世』勁草書房
沢山美果子 [2005]『性と生殖の近世』勁草書房
沢山美果子 [2006]「堕胎・間引きから捨子まで−出生をめぐる生命観の変容」、落合恵美子編『徳川日本のライフコース−歴史人口学との対話−』ミネルヴァ書房
沢山美果子 [2008]『江戸の捨て子たち―その肖像』吉川弘文館
沢山美果子 [2009]「出産と医療を通してみた近世後期の胎児・赤子と母の『いのち』」『文化共生学研究』8
島野裕子[2008]「近世産育書における『胎毒』−かにばば・胞衣・乳への配慮を手がかりに―」神戸大学大学院総合人間科学研究科修士論文
菅原賢二[1985]「近世京都の町と捨子」『歴史評論』422号
仙台市史編さん委員会編[2003]『仙台市史 通史編4 近世2』

【図1】 着帯届時における実際の妊娠月数(合計)】
着帯届時における実際の妊娠月

史料1
天保3年(1832)9月20日、暮6つ時、住友吉次郎の居宅軒先に借家住まいの河内屋元七、女房きよが、2月に産まれた生後7ヵ月になる女の子を捨てた事例。この捨て子の場合は、5月頃に夫婦とも病気になり、きよの乳が出なくなってしまったため、「難渋困難」に陥り、夫婦で相談の上捨てたものの、なんとも不憫だというので、翌朝には、子どもを返してくれるよう、長堀茂佐衛門町へ行き、頼んだが、すでに町奉行所への届け済みのため、処罰。源七女房の身分は町預け、10月3日に裁許、捨てられた小児は親元へ引き渡される。源七は「所払」の処分。

史料2
宝暦10年(1760)10月3日の事例(出典『住友史料叢書 年々諸用留 7番』)
書付の内容
 捨て子の守袋のうちに書付あり
「まもり袋赤地金らん雲龍のもやう、まもり三つ、生日入壱つ、来由書うふかミへそのお入」

  口上
一御家を見かけ、此しけと申当年二才罷成候者すて申候、此娘壱人ニて我等出世之さまたけト相成りなんき仕候、母ニはなれそれ色々と致シ、是迄者そたて申候得共、もはやよふいく得不仕、せひなく御家へ御無心申上候、あわれふびんと思召シ、宜敷御取上被遊被下候ハヽ、人間壱人御すくい、それのミならす、私シも何かたへ成共主人ミ取、二度かめいお引おこし申度奉存候間、と角此者御座候ゆへ、左様之義も相成り不申、又外々 遣シ申度候得共、おは打かひし候ろう人ものニ御座候得は、其義相成りかたく如此仕合御座候
  今月今日

■その他の当日資料
発表パワーポイント〔PDF〕
表1 住友家文書中の捨て子記事中、実子をなくし捨て子を貰い受けた事例〔PDF〕
表2 小林家文書中の捨て子記事中、実子をなくして捨て子を貰い受けた事例〔PDF〕


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