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「米国のワクチン不信と、そこから見えてくるもの」

児玉 真美 201006 月刊介護保険情報,2010年6月号

last update: 20110517
ワクチンを拒否する米国の親たち

 4年前にインターネットで英語ニュースを読み始めた時、私は日本では想像もできない事象に、いちいち驚いたり首を傾げたりしたのだけれど、その頃、頭をひねったものの1つが、自閉症児の親によるワクチン反対運動だった。とっくに否定されたはずの「ワクチン内の水銀=自閉症を引き起こす犯人」説にこだわり、怪しげな民間療法を説いては、揃いのTシャツで大規模な集会やデモ行進を行う。“闘争”と呼ぶに相応しい激しさも、民間療法への盲信も、どうにも理解を超えているように思えた。しかし、その後もニュースを読み進むにつれ、また別の面も見えてくる。
 実は、彼らのような一部の過激な親だけではなく、親によるワクチン拒否は全米に広がっているのだった。2007年、メリーランド州プリンス・ジョージ郡では、ついに裁判所が乗り出す大騒動となった。子どもにワクチンを受けさせない親が増えたために、2300人もの生徒が登校禁止処分となった挙句、裁判所が親を呼び出して「この場でワクチン接種か、個人的信条による免除手続きか、それが嫌なら、家庭が責任を持って相応の教育を担うホーム・スクーリングか」と選択を迫ったのだ。裁判所前には、強硬手段に抗議する親たちが多数押しかけた。
 現在、20州で親の個人的な信条を理由にした接種の免除が認められているが、貧困層が多かった昔とは様変わりして、高所得・高学歴の親による免除希望が増えているという。接種率の低下から、何年も鳴りをひそめていた麻疹の流行までが、とうとう、ぶり返し始めた。危機感を募らせる医師らから「拒否する親には法的措置を」との声が上がり、「公衆衛生のための公権力行使」か「個人の決定権」かと、論争が激化している。

精神科薬スキャンダル

 もう1つ、日々のニュースから見えてきたことがある。米国の親のワクチン拒否の背景には、ワクチンへの不信以前に、製薬会社や医薬行政への根深い不信があるのかもしれない。
 なぜか日本では最近まで取り上げられることがなかったが、プロザック、パキシルなど第3世代の抗うつ剤SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)に攻撃性や自殺念慮の危険な副作用があることは、米国では何年も前から社会問題化していた。1996年から2006年にかけて精神科薬の処方が倍増する中、1999年に起きたコロンバイン高校の銃乱射事件で、犯人の子どもがSSRIを飲んでいた事実がクローズアップされた。またSSRIの副作用とみられる子どもの自殺で、遺族からの訴訟も相次ぐ。
 そうした事態を受け、06年に上院財務委員会がグラスリー上院議員を中心に、製薬会社に対して大規模な調査を開始。すると数々の治験データの操作、それらの薬を推奨してきた著名研究者らへの巨額の顧問料、関連学会への活動費の提供、製薬会社が雇ったゴーストライターによる論文代筆……といった驚くべき癒着の実態が次々に明るみに出た。グラスリー議員は「製薬会社が情報を隠してFDAと国民をミスリードするような国には住んでいられない。スニーカーを売るのとは違うんだぞ」と憤った。

著名児童精神科医は「ただのサクラ」だった?

 とりわけ大きな衝撃をもたらしたのは、児童精神科の世界的権威、ジョセフ・ビーダマン医師(ハーバード大)の一連のスキャンダルだ。幼児期から双極性障害(そううつ病)を診断することを提唱し、幼い子どもへの多剤投与を推進してきた人物だけあって、オーストラリアでADHDの治療ガイドライン案がボツになるなど、世界の児童精神科医療のエビデンスそのものが揺らぐこととなった。受け取っていた金額はもちろん、高圧的に金銭を要求する傲岸、治験前から結果を約束する破廉恥と、全てがケタはずれ。New York Times社説は「専門家それとも、ただのサクラ?」と揶揄した。
 ビーダマンという名前は、今では製薬会社と研究者との癒着の代名詞。“ビッグ・ファーマ(巨大製薬会社)”は、かつての“ゼネコン”と同じく、巨大資本による企業悪の代名詞だ。米国の親たちが「ビッグ・ファーマが研究者と一緒になって、金儲けのために子どもたちを薬漬けにしている」と警戒するのも無理はない。

HPVワクチン、ガーダシル

 同様に、ここ数年、ビッグ・ファーマの動きとしてメディアが注目してきたのが、子宮がんの原因となるヒト・パピローマ・ウイルス(HPV)に有効とされるワクチン、ガーダシルを巡る売り込みロビーの激しさである。製造元のメルク社にはブッシュ政権要人との強力なコネクションが取りざたされており、FDAの素早い認可、治験の不十分、長期的な効果や安全性の未確認、特に認可からの2年間で30人を超える死者を出した、けいれん、マヒ、卒倒ほかの副作用に関する情報公開などに、疑問の声が続いている。また不妊を引き起こす成分が含まれているとの指摘もある。
 米国疾病予防センター(CDC)は現在、HPVワクチンを含めて17種類のワクチンを推奨しているが、義務付けの範囲は各州の判断となるため、製薬会社は州政府に対して激しい売り込みロビーを仕掛ける。2007年にはテキサス州知事が小・中学校に通う条件としてHPVワクチン接種を義務付けようとしたが、義務付けを提案した州政府の女性委員会にメルク社の関係者がいる事実が明らかとなり、議会によって知事の動きが封じられる事件もあった。
 結局、通学条件にするよう州に強引に働きかけるメルク社のロビー戦略は却って親の不信を深める結果となり、同社は戦略を変更。しかし当初の見込みほど女児へのガーダシル接種率は伸びなかった。メルク社は、男性の性器イボにも有効だとして、08年12月にFDAに男児対象のガーダシル認可を申請し、去年10月に認められた。

「これからはワクチンで“黄金時代”」

 最近インターネットでは、「スキャンダル続きの精神科薬には保険会社が給付を躊躇い始めたので、これ以上の旨みはないと踏んだ製薬会社がターゲットを精神科薬からワクチンに移した」との読みが流れている。確かに予防医療の重要性が強調されるにつれ、いつ頃からかワクチンに関するニュースは増えた。今では英語ニュースの中にワクチンという単語を見ない日はほとんどない。たいていは新たなワクチン開発に期待を寄せる医療欄や科学欄の記事なのだけれど、経済欄の記事も最近になって急増している。
 それら経済記事から見えてくるのは、今後5年間に次々と新たな開発が見込まれるマーケットを前に、「これからはワクチンが儲かりまっせぇ」と関連業界が手を揉む姿である。「これからは黄金時代」「がっぽり儲かる」など景気のいい言葉が踊る記事には、リスクの“リ”の字も副作用の“ふ”の字も見当たらない。9月にはビッグ・ファーマを中心に世界のワクチン関連企業が中国に集結し、ワクチン開発サミットVacChina2010が開催されるとのこと。
 今後、予防または治療ワクチンが開発され、売り出される病気としては、マラリア、エイズ、結核、パンデミック・インフルエンザ、性器ヘルペス、尿路感染、アルツハイマー病、前立腺がん、乳がん、肺炎、植物起因アレルギー、旅先での下痢、それから肥満予防、喫煙者向け肺がん予防、コカイン常習者向け離脱ワクチンなどなど。どういうものなのか私には想像すらできないけれど、DNAワクチンという新分野も有望なのだとか。
 これらが次々に開発されては、予防医療の名のもとに推奨リストに追加されていくことを思うと、何年も前に聞いたワクチン反対闘争“戦士”の言葉が頭によみがえってくる。
 「ワクチンが病気を予防する素晴らしい発明だということを疑うわけではありません。ただ、1つ1つの安全性は検査されていても、複数接種についての検査はないのです」。

 ちなみに、HPVワクチンでライバル社に押され気味のメルク社が、今年1月、50億ドル規模のワクチン部門責任者として迎えたのは、ブッシュ政権の終焉と共に職を辞したCDCの前所長、ジュリー・ガーバディング氏――。


UP: 20100706 REV: 20110517
全文掲載  ◇児玉 真美 
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