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「個人内資源移転としての貸付――ファイナンスの社会福祉的意味づけに向けた試論」

角崎 洋平 20100529 福祉社会学会 第8回大会 〈第1部会〉福祉原理  於:九州大学箱崎地区文系キャンパス


1、報告の目的
 本報告の目的は、ファイナンス(金融=資金融通)手法の、社会福祉政策としての可能性と限界を指摘することにある。ファイナンス手法の具体的形態としては、@貸付、A貯蓄、B保険が考えられるが、報告ではその中で、マイクロファイナンスの実践などの「貸付」に注目して分析する。貸付の社会福祉政策としての可能性を指摘することは、公的扶助や社会手当などの「給付」とは別の、社会福祉政策における資源移転の可能性を明らかにすることになる。一方で、貸付の社会福祉政策としての限界を指摘することは、貸付を具体的に社会福祉政策として設計する際に、他政策との補完関係を整備するための指針につながる。

2、方法
 報告では、貸付を、給付型の「個人間資源移転」と対比した、「個人内資源移転」の手法として定式化して、その可能性と限界を考察する。そのためにまず、貸付が、社会福祉目的で利用されている事例を検討する。とりわけその、貸付審査過程に注目することで、貸付の「個人内資源移転」的性質を指摘する。次いで、先に取り上げた事例を参照しながら、貸付型資源移転の「個人内」であることの有効性と、「個人間」でないことの問題点を考察する。

3、報告の概要
(1)事例分析
 貸付が、貧困・低所得者の生活改善を目的として為されている事例を分析する。報告で焦点を当てるのは、グラミン銀行のマイクロファイナンスについてである。グラミン銀行については、日本でも、金融NPO支援や、生活福祉資金貸付制度改革の指針として注目するものも多い。また、2007年策定された「多重債務問題改善プログラム」で、「日本版グラミン銀行モデル」として、取り上げられており、日本の貧困・低所得者対策への応用(移植)も検討されてもいる。ここでいう「グラミン銀行」モデルとは、@丁寧な事情聴取、A問題解決の手段としての貸付、B返済可能性への配慮、C事後モニタリングの実施、を構成要素とする貸付モデルのことである。報告ではこの「グラミン銀行」モデルを、グラミン銀行の実際の取り組みをもとに、実際の貸付審査過程に沿って分析する。
 上の分析で明らかになることは、貸付が、借手である貧困・低所得者の資金需要に基づいておこなわれることであり、その資金需要は、借手のライフプランに沿って潜在的/顕在的に発生するものである、ということである。グラミン銀行は、借手=貧困・低所得者のライフプランを丁寧に聞きとることで、彼女/彼らの問題解決の手段、またはライフチャンスを拡充させる手段として貸付を実施している。またグラミン銀行は、近年「グラミンU」という取り組みの中で、貸付事後の借手の状況変化・ライフプランの変化に応じた、返済方法の柔軟な見直しにも対応している。

(2)考察
 グラミン銀行についての事例分析を踏まえ、「グラミン銀行」モデルと呼ばれる「貸付」と、社会福祉政策として一般的な「給付」とを比較して、類似点と相違点を考察する。
 社会福祉の手段として、給付と「グラミン銀行」モデルの貸付は類似する。社会福祉政策を資源移転政策として捉えるのならば、両者とも、「健康で文化的な最低限度の生活」を送ることのできない人に対して資源(現金や現物)を交付する政策である。また、支援過程の形式に注目するならば、丁寧な事情聴取や、問題解決の手段として資源移転を仲介すること、支援事後にも適切なモニタリングが求められることについても、両者は同じである。そうした点で、社会福祉におけるソーシャルワーカーの役割と、「グラミン銀行」モデルにおける貸付機関職員の役割も類似している。
 しかし、同じ社会福祉の手段とはいえ、給付と貸付は、資源移転の形態において決定的に異なる。給付とは、支援対象者の「必要(need)」に応じた個人間資源移転であり、不遇な支援対象者の、今ある生活困難な状況を補正する、同時点内の資源移転である。一方で貸付とは、支援対象者個人のライフプランに沿って為される「将来の自己」から「現在の自己」への異時点間にわたる個人内資源移転として記述できる。
 また、支援過程の形式において給付と貸付が類似するといえども、支援対象者の何に注目するかについては、両者の重点は異なるものである。給付型の支援過程でなされる事情聴取や事後のモニタリングとは、支援対象者の「必要」についての確認であり、支援後の「必要」充足度合の確認に重点が置かれている。一方で、貸付過程でなされる事情聴取や事後のモニタリングでは、支援対象者のライフプランの聴取(確認)や、事後のおけるライフプランの達成度合の確認に重点が置かれている。
 かかる個人のライフプランに沿った個人内資源移転である貸付は、社会福祉政策として以下の点で有効なものである。第1に、個人内資源移転であるため、個人間の資源移動を伴わない政策である。したがって、個人内資源移転としての貸付は、個人間資源移転としての給付よりも資源節約的政策である。第2に、個人間比較をすることなく支援を実施することができる。「必要」に応じた資源移転である給付においては、誰が「必要」を欠いているか、いかなる「必要」を皆に公平に保障しなければならないか、を判定しなければならない。このことは技術的に不可能ではないにせよ困難な作業を伴うし、スティグマの問題を惹起することもある。対して貸付であれば、個人のライフプランを丁寧に確認しその達成可能性に配慮するのみでよいので、個人間比較を必要としない。
 しかしながら、貸付は、社会福祉政策としての限界を有する。すなわち個人内の論理であるがゆえに貸付は、個々人の間の、社会的・身体的境遇の差異を適切に配慮しえない。この限界は、まさにモデルとされたグラミン銀行の限界として実際に顕在化している。また、ライフプランに重点を置く個人内資源移転としての貸付は、ライフプランの達成可能性に配慮せざるを得ないために、その達成可能性を許容する社会構造それ自体に影響を強く受ける。したがって貸付のみでは、差別的な社会構造のもとでの被差別者のライフプランの達成可能性を、著しく限定したままにしてしまう。

4、報告の結論
 以上の考察を整理し、個人内資源移転としての貸付の、社会福祉政策としての可能性と限界を指摘する。また最後に、貸付の可能性を活かしつつ、貸付の限界を補正するためにも、個人間の差異に配慮した社会福祉政策も同時に必要であることも確認する。
 

*作成:角崎 洋平
UP:20100705 REV:
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