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「養育関係内の多文化主義
――身体状況の差異によるコンフリクト,畳み込まれたポリティクス」

片山 知哉 2010/05/16 第36回日本保健医療社会学会発表要旨  於:山口県立大学
[ワード版]

last update: 20100410
養育関係内の多文化主義
身体状況の差異によるコンフリクト,畳み込まれたポリティクス

片山 知哉(立命館大学大学院先端総合学術研究科)



こどもをケア=養育することは,人間にとっての不可避の自然的条件を成すように思える.何故なら人間は,全くの生物学的依存状態の中に生まれてくるからであり,周囲の人間はその依存について責任を感じ,具体的に応答しない限りは生まれてきたこどもは死ぬしかないからであり,そうなれば社会は再生産されないからである.
 こどものケア=養育を巡って,マーサ・ファインマンなどのケア倫理論者はこのようにして,自律した成人間に適用される正義の理論よりも,時間的かつ論理的に先行する責任を抽出した.その意義は認めよう.だがそのことは,こどものケア=養育を普遍的で非政治的な領野に囲い込むことを帰結し得ない.ケア=養育の必要性は明らかであっても,その内容は論争の対象になるからである.
 こどもをどのようにケア=養育すればよいのか.より論点を絞った言い方をするなら,養育関係においてこどもに何を,とりわけどの文化を伝えればよいのか.本報告で取り組むのは,こうした問いである.だが,直ちにこの問いの分割をしなければならない.  第一の問いは,こども一般を対象として想定し,彼らに何を,とりわけどの文化を伝えることが望ましいと言えるのか,と問う.宗教の世代間伝承を巡って,民族伝統文化の伝承を巡って,多言語状況における言語選択を巡って,積み重ねられてきた論争のひとつの推進力となってきたのは,こどもの最善の利益に照らしていかなる文化継承が妥当かという問いであったことは容易に想起されよう.
 第二の問いは,第一の問いとは異なっている.それは,こどもが生来有している身体状況の多様性に注目し,個人の身体状況と継承した文化内容との合致・非合致に焦点化するものである.異性愛優位文化は,異性愛のこどもにとっては取り立てて問題にならなくとも,同性愛のこどもには害を為し得よう.また音声言語文化は,聞こえるこどもにとっては有用であっても,聞こえないこどもにとっては無益で有害かもしれない.
 第二の問いは第一の問いと異なり,最も親密な関係性と想定されている養育関係において,身体状況の差異に基づくコンフリクトが生じうるという事態に注目する.これを養育関係内の多文化状況と名付けることにすれば,文化に関しては養育関係を単一のユニットと想定した上で文化間の価値論争を行う第一の問いは,養育関係間の多文化状況と呼べるかもしれない.
 当日の報告では,前半部分で養育関係内の多文化状況について検討し,そこで生じるコンフリクトを社会的・国家的に解決するための展望を論じたい.だが続く後半部分では,養育関係内の多文化状況のコンフリクトが,社会に現存する文化間コンフリクトと関連すること,いわばポリティクスが転移し畳み込まれること,つまりは第二の問いと第一の問いとが別の経路を辿りながら絡み合う様を示す.養育関係における多文化主義とは,この二重の意味を響かせる政治的論争の主題であり,本報告を通じて報告者が開こうと試みるもの,討議へと誘い掛けたいと願っているものもそれである.


*作成:片山 知哉
UP:20100412 
全文掲載  ◇ケア  ◇子/育児  ◇多文化主義
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