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「日本の血友病者の現代史から「医療をめぐる政治」を問う」

 北村 健太郎
 2010/05/16 第36回日本保健医療社会学会発表要旨  於:山口県立大学
[ワード版]

last update: 20100410
日本の血友病者の現代史から「医療をめぐる政治」を問う

北村 健太郎(立命館大学)

【本報告の目的】
医療を問うとき,医療に関わる事象を「医療をめぐる政治」として広い射程で捉え,事象の本質的な分析考究をしなくてはならない.このとき,患者の「当事者性」「経験」/医療専門職の「専門家支配」「知識」という二項対立や,薬害,医療過誤等を加害/被害の図式で説明するのはたやすいが,事象の本質を見誤る可能性がある.常に医療を規定する諸制度や世界経済,広く言えば「政治」に注意を払う必要がある.
本報告の目的は,日本の血友病者の"ホーム・インフュージョン"(家庭輸注/自己注射)の獲得を具体例として,第一に,「当事者性」「経験」/「専門家支配」「知識」という二項対立の問題設定が安易であること.第二に,薬害,医療過誤等を後年の知識で判断することの誤謬を指摘することである.最後に,これらへの広い意味での「政治」の関与を示し,臨床現場だけで問題が完結しないことを提示する.
上記の問いは,目新しくない問いであるが,これらは繰り返し問われてよいと考えるので,改めてここで問いかけるものである.

【報告者の研究結果】
血友病者本人もしくは彼らに深い関わりを持つ人々の視点から,日本における血友病者とその家族の患者運動の歴史を記述し,そこに立ち現れる諸問題を考察した.その結果,血友病者やその家族にとって,1960年代後半から1970年代が発展的で楽観的な時代だったことが明らかになった.血友病者とその家族が1970年代に経験した根本的な変化として,以下の点が指摘できる.第一に,"ホーム・インフュージョン"の獲得に象徴される血友病医療とそれを支える公費負担は,血友病者の社会参加を容易にした.第二に,当時は古い血友病の表象が一般的であったので,社会参加を目指した血友病者は繰り返し抗議を行ない,周囲の認識を正しく改めさせた.その過程で,血友病者は患者会/コミュニティ外部との軋轢だけでなく,内部においても様々な葛藤を経験した.1970年代から1980年代初頭に血友病者とその家族を取り巻いた"ホーム・インフュージョン"を歓迎する空気を鑑みると,HBV/HIV/HCVの単独感染あるいは重複感染は,医療が常に内包する不確実性の帰結と言える.

【今後の展望】
血友病者は,現在も血液製剤を日常的に使いながら生きている.血液製剤は,産業社会の象徴といっても過言ではない.血液製剤は人体利用の先駆であり,科学化や工業化の時流に沿った製品であり,自然との境界を曖昧にさせた一端を担っている.血液製剤は様々な文脈で理解することが可能な多面性を持つ.進藤雄三は,ウルリヒ・ベックのリスク社会論を背景に,血液製剤を治療法における「遺伝学のインパクト」と正確に捉え,医療の「個人化」の例として挙げた.血友病は,豊饒な問題系である.今後も様々な角度から分析考究していきたい.


*作成:北村 健太郎
UP:20100412 
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