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「医療化された自殺対策の行為記述水準での局所的達成と責任帰属」

藤原 信行
 2010/05/16 第36回日本保健医療社会学会発表要旨  於:山口県立大学
[ワード版]

last update: 20100410
医療化された自殺対策の行為記述水準での局所的達成と責任帰属

藤原 信行(立命館大学)

【目的】 日本国内で推進されている自殺対策において,市井の人びと,とくに家族員は,身近な者のうつ病のサインに「気づき」,彼/彼女を精神医療に「つなぎ」,療養をサポート(「見守り」)することができるように,自殺とうつ病にかんする精神医学的知識の習得を求められている.これは自殺予防のために,日常生活世界における行為記述を精神医学的知識にもとづき「医療化」せよとの要求も含んでいる.だが市井の人びとが従順に精神医学的知識を受容するとは限らない.本報告の目的は,市井の人びとが日常生活世界における個別具体的文脈で,うつ病患者をいかにサポートし,そして彼/彼女の自殺といかに向き合ったかを記述するときに,自殺とうつ病にかんする精神医学的知識がいかに用いられ,いかなる責任帰属を招来するかを明らかにすることである.
【方法】 自死遺族岡ノ裾さん(仮名.2000年代後半に義母を自殺で喪う)に非指示的(非構造化)インタビューを実施し,対象者の許諾を得てトランスクリプトを作成した.その資料から,岡ノ裾さんによる成員カテゴリー化実践において,自殺とうつ病にかんする精神医学的知識(とそのほかの知識)がいかに用いられているかを明らかにする.
【結果】【考察および結論】 岡ノ裾さんは,うつ病にかんする精神医学的知識を知っていたが,義母の挙動の変化を当初はうつ病のサインだと理解できなかった.神経内科(かかりつけ医の指示で受診)で義母がうつ病と診断されてから,彼女の挙動の変化がうつ病のサインだと理解できるようになった.岡ノ裾さんは医師からの「〔義母の〕行動には気を付けるように」という指示を,自殺予防のために「見守り」を過怠なく遂行せよとの指示だと理解した.岡ノ裾さんは服薬管理を行い,より長い時間挙動に注意を払うため自らの寝室を義母の寝室の隣に移し,義母が不安を訴えるときはいつでも寄り添い,耳を傾けた.だがある日,義母は岡ノ裾さんが仮眠を取っている間に自ら命を絶つ.岡ノ裾さんは義母の親族から責任を追及されるが,精神医学的知識にもとづいて「見守り」を遂行した自分に非はないとして彼/彼女たちによる責任帰属をはねつける.他方で岡ノ裾さんは,義母が自殺の〈原因〉であるうつ病を発症したのは義母自身の性格ゆえであるとして,自殺の責任は義母自身にあると定義する.岡ノ裾さんは,自らの義母への〈ケア〉を,精神医学的知識にもとづく「見守り」活動として記述することで,自らを精神医学的に適切な行為を遂行した者として定義し,義母の自殺にかかわる責任の帰属を斥けた.他方で岡ノ裾さんは,義母が自殺の〈原因〉となるうつ病を発症したのは義母自身の人付きあいを厭う性格によるものと定義し,自殺の責任を義母自身に帰属する.精神医学的知識を用いた行為記述としては中途半端かつご都合主義的だが,日常生活世界での個別具体的文脈においてそのような利用の仕方が可能だからこそ,市井の人びとによる当該知識を利用した行為記述が可能となり,ひいては行為記述の水準での自殺(対策)の医療化が局所的に――跛行的ではあるが――可能となるのではないか.


*作成:藤原 信行
UP:20100412 
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