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「医療社会学における基本的な問い」

天田 城介
 2010/05/16 第36回日本保健医療社会学会
理事会企画 若手テーマセッション(B) 「医療社会学における基本的な問い」企画趣旨
[ワード版]

last update: 20100410
医療社会学における基本的な問い

天田 城介(立命館大学大学院先端総合学術研究科)


 「医療社会学は何を問うべきか」という「問い」それ自体はほとんど意味のない問いである。そのような問いの「線引き」をしたところで、対象の「特定化」をしたところで、そのような「問い」が社会学的であるかどうかを「裁定」したところで、"生産的な問い"にはなり難い。自らの問いを線引き・特定化・裁定したとして、圧倒的な現実はしばしばそうした問い自体をいとも容易く無効化する。そのような作業の前に、これまでの「問いの立て方」自体を、それこそきちんと緻密に批判的に吟味したほうがよい。
この企画は理事会企画として設定された「若手テーマセッション」である。企画者は「若手」とは誰であり、その「若手」が何を/いかに問うべきであり、それがいかほどの社会学的意味なのかを裁定するかは問わない。繰り返すが、そんな問いは私たちに何かを教えてくれることは多くない。それよりはもっと「基本的な問い」、すなわち「問いの立て方を問う」という基礎的かつ大切な仕事があってよい。
今回のテーマセッションはその意味での「医療社会学における基本的な問い」を追求し、相互検討する場としたい。あえて「若手」のやるべき仕事の一つを挙げるとすれば、そのような仕事になるのではないか。過去の仕事をそのように引き受けてよいと思う。
 一つには「医療化」というこれまで幾度も反復的に設定された問いの立て方がある。そこでは「帰責」や「医療と統制」の問題をいかに設定するかも問われることがあるが、この「医療化」一つ取っても問われるべき基本的な問いは山積していると言ってよい。 一つには「当事者組織・運動」をめぐる様々な問いがある。そこでも、その病いの原因・治り難さ・性質によって、その病いの位置によって、医療との距離、制度への組み込まれ方(組み込まれなさも含む)などによってその構成のあり方は当然に異なる。
一つには、「医療の歴史」への問い方がある。実際、それぞれの時代的・歴史的文脈でのその病いと治療法の関係、その病いの痛み・苦しみ・しんどさの要素、それらを踏まえて各人がいかなる判断せざるを得なかったのか。そして、現在、それはいかなる《歴史的・制度的被拘束性》をもらたしているのか。そんな基本的な仕事がある。
一つには、「医療をめぐる得失・負担・支配」への問いである。特に、その障害の特性、その医療とその業界の特徴、その実践で予期されている家族などを問うことがある。
一つには「医療と技術をめぐる犠牲・負担・分配」への問いである。その歴史やそれらをめぐる言説(の歴史)が調べられ、考えられるべきである。これも大切な仕事だ。
このテーマセッションはこれらの「基本的な問い」をきちんと確認することにしたい。

*作成:天田 城介
UP:20100412 
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