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「看護学校の先生たちに知ってほしい「逝かない身体」と「逝かない心」の声」

川口 有美子 2010/04/25
『看護教育』APR. Vol. 51-4, pp. 296-298 医学書院

昨年12月に初の単著『逝かない身体』を上梓しました。ALSの患者会と難病支援のNPO法人、それに人工呼吸療法対応のヘルパー派遣事業所を経営しています。どうぞよろしく。『逝かない身体』はALSに罹患した実家の母と周囲を取り巻く家族や人々の12年間の変遷を描いたものです。ぜひ、お手にとってオレンジ色の装丁をご覧ください。母の葬儀の夕刻に突如現れて私を感動の渦に巻き込んだ夕焼け空です。火葬されたばかりの母があの雲に溶け込んでいるとの想いで夢中で撮影したのですが、その時の空は「長いこと、よくがんばったね」というメッセージに溢れていました。これは、家族を背後で支えて幸福のうちに看取らせてくれた地域の専門職やヘルパーさんたちが見せてくれた風景です。これから彼らの支援の秘訣をお話します。

【明け方のお告げ】

毎朝というわけではないけれど、けっこう頻繁に起きる現象に「明け方のお告げ」というのがあります。これは母が呼吸器をつけた直後から始まったのですが、今でも南側の障子がうっすら白くなってくると囁き始めます。懐かしい声の主は母。今朝のお告げはこんな感じでした。
「晃(息子)があんなにイライラしているのは、大学受験を来年に控えて自信がないからなんだ。小言を言わないようにして、美味しいご飯と会話があれば、あの子はちゃんと育つから。晃との時間を大切にね。出張もほどほどにしてね。あの子はたった3歳の時に私が発病してしまったものだから、私に母親を奪われて本当にかわいそうだった。ごめんね。甘えたい時期に甘えさせてあげられなかったからねえ。私も晃は抱っこできなかったのが悔しかった。孫たちともっと遊びたかったよ…。
それに有美子も無理できない年頃なのよ。たまには一日家にいて、じっとしていなさい。最近、酒量も増えているみたいだけど肝臓に注意しなさいよ。ママは何とか71まで生きたけど、お姑さんは74だった。平均余命なんてえのは信じちゃいけない。自覚していないだろうけど、あんたも島田家の女だ。短命を覚悟しなさい。」
こんな感じで、母は次々に話しかけてくるのです。うつろな頭にダイレクトに響く小言の数々を、私は何ともいえない穏やかな気持ちで聞いている。病床の肉親や亡くなった人の声を、こうして未明に聴いている人はもしかしたら意外に少なくないのかもしれません。

患者と会話できなくなった家族は患者の心情を察しています。何をして欲しいの?とか。ケアはこれでいいのかしら?とか。私のことどう思っているの?とか。恨んでない?とか。苦しそうに見えるととても不安になります。一方、「顔を見ていると、何が言いたいかわかるわ」とか、「夫はこう言っていますの」と自信たっぷりの妻もいる。一心同体、以心伝心という言葉が脳裏を過ぎります。
一般的なコミュニケーションでは大勢で共有できる言葉を用います。でも、ALSのように言語的コミュニケーションが難しくなる疾患だと、無意識のうちに言語以外の表現方法をたくさん使って、患者は身近な人だけに大事なことを伝えようとしてきますし、身近な人だけがそれをキャッチできる。そんなやりとりを、非言語的コミュニケーションと呼ぶそうで、私たちも常日頃から無意識におこなっているのですが、重症患者はその比重が高くなる。無言の身体が思いのほか雄弁であることは、医療や介護のみならず、教育や接客を生業にしている人なら肌身で感じているはず。私も母の身体からとてもたくさんのことを伝えてもらいました。
今度の本の第二章にも書いたのですが、眼球の動きも怪しくなってしまった母とのコミュニケ?ションは、もっぱらその身体を正確に読むことで、肌の色つや、皺、乾き(湿り)具合、汗をかく場所、分泌物や排泄物の匂いや粘性、血中酸素濃度など、実に多様なサインを読み取りながら、私たちは母の体調や気分を探ることができたのです。

以心伝心の「過剰」

ところが、私たちは「身体」を読み取ると同時に「心理」も読み取ろうとして、実に多くの「読み違い」、「読みとばし」、「読み過ぎ」をしでかしました。
うちのNPO法人さくら会の「進化する介護」(自立支援法の重度訪問介護ヘルパー養成研修会)では、「コミュニケーション技術に関する知識」という科目の中で、ALSの介護に必要なコミュニケーション技術を教えています。透明文字盤や意思伝達装置の使い方などですが、患者も参加してゲストスピーカーとしてアドバイスしてくれます。
ある時、彼女たちに「もし、家族やヘルパーがあなたの意図とは違う意味を読み取ってしまったら?」と質問をしたところ、人工呼吸歴3年目でアラフォ(40代)のよこぴぃは、「表情に(不満を)表す」。人工呼吸歴20年でアラカン(そろそろ還暦)のみさおさんの回答は「諦める」。ここからも二人のキャラクターが窺い知れるのですが、ALS道を貫いて孤独に生きてきたみさおさんは、コミュニケーションの限界を誰よりも知っています。だから、いちいち間違いを訂正しない。意味の生成も相手に託してしまったほうが良い関係を結べるから。読み間違えられても我慢することのメリットを学んでいます。言うなれば「肉を切らせて骨を切る」コミュニケーション。その点よこぴぃは新米患者で無言世界の住人としては日も浅い。間違われたら怖い顔をしても必ず訂正させるといいます。それで相手が直してくれればいいのですが、ALSの患者さんに睨まれるとすごく怖いですから、ますます誤解されることもありえます。
母が透明文字盤を使って私たちに詠みとらせた短歌に、「我が顔は能面のごとしと誤解される心の内を知る由もなく」というのがあります。表情筋も麻痺し、自分の気持ちを瞬時に表せない。だから感情が絡み合う場面ではALSは圧倒的に不利です。1つ発信する間に、相手は軽く10は発信できますから。でもこの非対称性を補う技がある。その話は第三章に書きました。
呼吸器歴の長い患者さんたちは、送受信の際に生じる意味の「ずれ」や「誤差」は含み算していて、多少勘違いされてもそこに愛情が感じられる間は我慢してでも合わせようとしています。そんな日々を繰り返しているうちに、大勢との会話にもだんだんと無頓着になってしまう。そうして、信頼できる他者だけにすべてを委ねて、年中目を閉じていても生きる価値を否定されない関係を、少数の中に探していきます。ALSの闘病とは周囲との「あうん」の呼吸を築く試練とも言えるものですが、これを自我が発揮できない悲惨な状況とは思わないでくださいね。機能喪失の連続に気落ちしながらも、患者は他者との関係性の中に、生きる場所と意味を発見していくのです。
こんなアバウトなコミュニケ?ションにいったん慣れてしまうと、家族もだんだんいい加減になってしまうのですが、ここで新たに生じる危険性は「放置」、あるいは「過剰」に読み取ってしまうこと。さらにはうちの母のように「神格化」される人もいる。患者への思いやりが嵩じた「読み取り過剰」「神話化」については、第三章にも書いていますが、天田城介先生も次のように言っています。

「「承認」や「物語」という営みには、必ずや語り得ぬものと聞き届けられえぬものが随伴しているということである。本源的には受動的な出来事を「物語」に回収して過剰に語るということは、日々の出来事に内在する「底のなさ」「途方もなさ」を忘却し、隠蔽化する作業だともいえる。したがって、この忘却を通じて事後的に語られた「物語」は、その出来事性を徹底的に陳腐化・神話化していくことになる」(天田 2004)
*「抗うことはいかにして可能か? 構造主義の困難な只中で」社会学評論55 (3) p. 240の注21の抜粋

天田先生は言語を徹底的に不自由なものといいます。そして、日常には物語にはならない「残余」があると。看護技術による的確な応答(身体のケア)と比較すれば、言葉での応答は必ずや的を外す類のもの。的外れの言葉の軍列を枕辺で「聞きながら(=耐えながら)」、日々の営みの大部分を他者に委ねて過去に送っていく患者たちの緩い諦めに気がつかいても、「ごめんね」「満足に読みとれなくって」と頭を下げない看護であれば、それこそ不誠実というものです。

冒頭の「明け方のお告げ」も、まさしく私が私のために創造した母の声なのです。母は死んでもなお、この私を叱り励まし心から心配してくれる唯一無二の人だから。死人が語りかけてくることこそ読み取り「過剰」のお手本ですが、それは私が「母」を永遠に必要としている証拠。でも、もし介護で疲れ果てた私が母の状況を強く否定するイメージを「お告げ」にかぶせて受け取っていた(創り上げていた)としたら…。

ALSの家族の多くは疲れて悲嘆に暮れていますから、「こんな身体で生きたくない」、「呼吸器外して」などという悲痛なメッセージを読み取りがちです。 しかし、看護師は同調せず患者の身体の声を正確に読み取り、的確な看護技術で忠実に応えてください。そうして、悲観した家族によって地に叩き落されそうな患者の尊厳が、「まだ、ここにあるのだ」ということを率先して示してください。

「看護師は身体を読む」。患者がひどく惨めな有様であったとしても、自分に与える課題は心理化せずに、患者の身体の苦しみを少しでも和らげるよう、看護技術で誠実に応えてください。最初から心を癒そうなどとは考えないで。身体が癒されれば心も自然と癒されるのですから。これが看護学校の先生に学生さんに教えていただきたい、とても大切なことのひとつです。

『逝かない身体――ALS的日常を生きる』表紙

◆川口 有美子 2009/12/15 『逝かない身体――ALS的日常を生きる』,医学書院,270p. ISBN-10: 4260010034 ISBN-13: 978-4260010030 \2100 [amazon][kinokuniya]


UP: 20100423 REV:
『逝かない身体――ALS的日常を生きる』  ◇筋萎縮性側索硬化症 (ALS)  ◇川口 有美子  ◇Archive
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