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「公訴局から自殺幇助起訴判断ガイドライン:英国」

児玉 真美 201004 介護保険情報,2010年4月号

laat update: 20110517

公訴局から自殺幇助起訴判断ガイドライン:英国

今年に入ってから自殺幇助関連で大きなニュースが続く。
英国公訴局長は2月25日、自殺幇助を巡る起訴判断ガイドラインを発表した。ガイドラインの策定は去年最高裁が命じたもので、いずれはスイスのDignitasで自殺したいと望む多発性硬化症(MS)患者Debbie Purdyさん(46)が、その際の夫の付き添いを巡る法の明確化を求めて08年に起こした訴訟でのことだ。去年9月の暫定案のコンサルテーションに集まった国民からの意見5000件を検討して、このたび最終決定された。
ガイドラインは冒頭、自殺幇助はこれまで通り最高14年の懲役刑に当たる違法行為であること、すべての自殺幇助事件は捜査対象となること、慈悲殺と自殺幇助とは明確に区別されるべきことなどを注記。一方、1961年に自殺法が制定された際に議会で「運用は柔軟に」と注文がつけられたことから、自殺幇助の証拠が固まった容疑者について、起訴が公益にかなうかどうかの判断を行う、とする。その公益判断で考慮される起訴ファクター16件と不起訴ファクター6件を明確に列記した点がガイドラインの眼目だ。
主要なファクターの改正点として、暫定案の「ターミナルな人、不治または進行性の重症身体障害のある人」という対象者要件を外し、「病人と障害者から法的保護を奪う」との批判に応えた。また医療者、介護者、刑務官などが職務上担当する者に対して幇助する行為を起訴ファクターとして明記。さらに現在インターネットなどを介して増加している自殺幇助アドボケイトの闇での幇助活動を起訴ファクターに加えるなど、現行法にのっとって暫定案をより明確、厳格に修正したもの。
しかし、全体としては「自己決定能力がある人が自殺したいという気持ちをどうしても変えなかったら、そして『思いやりからのみ』『不承不承』することなら、本人が自分でできない部分を少々なら手伝ってもいいですよ」と読めないでもない。「犠牲者が身体的にできることを手伝ってはならない」「手伝いは小さなものでなければならない」という部分と、「犠牲者の命を終わらせる行為は殺人または殺人未遂」という部分の間で、実際にはどういう行為までが容認されていくのだろう。また、対象者要件を外して弱者への差別が回避された反面、「死の自己決定権」を包括的に認めてしまった、ということにはならないのだろうか。
自殺幇助合法化を主張する人たちも反対する人たちも、現行法の明確化としては一定の評価をしているが、前者からは次のステップとして、やはり法改正が必要だとの主張が、後者からは「このガイドラインだけでも病気の高齢者や障害者にはプレッシャーになる」との懸念が出ている。
英国MS協会は法の明確化を歓迎しつつも、「MS患者の終末期ケアと支援を確保する責任が、社会にではなく個人に負わされたままだ」と指摘。ブラウン首相はガイドライン発表前日にTelegraph紙に寄稿し、「病者や障害者へのプレッシャーを完全に排除することができない以上、法改正よりも、誰もが緩和ケアを受けられ、良い死を迎えられるという安心感を持てる社会にするのが政府の責任」と述べて、国民に慎重な議論を呼びかけた。

手話による認知症アセスメントやケアのあり方を研究:英国

マンチェスター大学をはじめ、いくつかの大学と英国聾者協会が共同で、聾者における認知症の早期発見、治療や生活支援の方法の研究プロジェクトをスタートさせた。
いったん英語を身に付けた人が歳をとって聴覚を失う場合と違い、生まれつき聞こえない聾者は英語を習得することが困難で、英国手話(BSL)による独自のコミュニケーション文化を持つ。しかし、BSLによる認知症の診断ツールがないため、英語を通訳する方法では誤診に繋がる恐れがある。また認知症のケアや支援も健聴者の体験に基づいて考えられており、必ずしも聾者に適しているとは限らない。そこで、BSLによる認知症アセスメントのツールを作ることや、実際に認知症を患っている聾者と介護者の実態調査を行い、聾者のニーズにかなったケアと支援のあり方を訴える啓発活動につなげることを目標に、研究活動を開始する。
このニュースには、ちょっと虚を突かれた感じになった。障害のない人を基準に考えられる認知症ケアと支援の谷間に取り残されている人たちは、まだまだ沢山いる。認知症以外の病気でも他の障害でもあることだろう。「死を手助けする」ことの是非よりも、その谷間をいかに埋めていくかの問題の方が、そりゃ、どう考えたって手前にある。


*作成:堀田 義太郎
UP:20100525 REV: 20110517
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