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「日精協の『政治献金』問題について」

安原 荘一 20031110 『精神医療』4-32(107):26-38.

last update:20150201

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日精協の「政治献金」問題について
          安原 荘一(日本解放社会学会)

はじめに
 私は、七瀬太郎というペンネームで、主に昨年の秋以降、心神喪失者医療観察法案の廃案運動に東京を中心に関わってまいりました。
 そして当事者有志グループの一員として、日精協の政治献金問題の調査にも関わってきました。法案は7月10日に残念ながら成立してしまいましたが、今法案のみならず、従来からの日精協と有力与党族議員の構造的癒着という、日本の精神医療改革を今まで阻んできた構造的問題を明らかにしていくことで、今後の精神医療の抜本的改革、そしてごくあたりまえの精神障害者福祉の実現に少しでも近づくことができればと願っています。
 以下今回の政治献金問題の具体的経緯等の報告とその考察です。

T上野公成内閣副官房長官関連団体秘書刑事告発までの流れ

1.当事者有志グループによる日精協の「政治献金」調査
 心神喪失者医療観察法案の廃案運動に関わっていた、東京及びその近辺に在住している、私たち、当事者有志グループは、今年4月頃から、総務省の政治資金課に保管されている、過去3年分の日本精神病院協会政治連盟(日精協の政治資金団体で、所在地、電話番号等全く同一、代表は同じく仙波恒夫氏)の、政治資金報告書をもとに、そこに記載されている政治資金の流れを、手分けして各地の選挙公報が保存されている国会図書館等にも通いつつ調査いたしました。
 具体的には、総務省に行って、1999年度、2000年度、2001年度の日精協政治連盟の政治献金を調べ、どの政治家に、いつ、いくら渡ったかを、調べ、今度はうけとったほうの政治家の政治資金報告書にその旨記載されているのかを調べていく作業から始めました。各政党支部(○○党○○県第○選挙区支部等)や各種政治資金管理団体、政治団体(○○研究会等)に流れたお金を調べるには、どの政治家が、どこの選挙区に属しているのか、また日精協政治連盟の政治献金リストに記載されている団体が、誰の関係の政治(資金管理)団体なのかを調べるのは、いささか骨の折れる作業でした。しかしインターネットのおかげで、政治団体、政治資金管理団体の代表者、会計責任者を入力すると、実は政治家の秘書が○○研究会の代表者、会計責任者であることなどが、判明し、またその政治家の選挙区、過去の役職、経歴等も最近は本人のホームページに詳しく記載されています。この点はずいぶん効率的に調べることが出来ました。もっとも、政治資金規正法など、私も含めて、法律の名前ぐらいしか知らなかったのですが、現在法学部で勉強中の家族会のSさんが、事前に下調べをしてくださり、また具体的にどのように調べていけばよいのかや、政治団体と政治資金管理団体の違い等を、お忙しい中、一緒に3人で調べながらいろいろと教えてくださったので、総務省のファイルの山に閉じられた膨大な書類の中から、日精協政治連盟の「政治献金」の具体的な流れ、特定の政治家への政治献金の流れ等の全体像を次第に明らかにしていくことが出来ました。

2.最初の成果 
上野公成内閣副官房長官の秘書3人が代表、会計責任者を務める5つの政治団体への2001年度の日精協政治連盟からの政治献金250万円の未記載事実発見!

 2001年度の日精協政治連盟の政治資金報告書(政治献金リストと呼ばれます)を、分担して調べていた私は、最初の調査の日の帰り際に、他の調べることもまだ残っていたのですが、住宅政策研究会、住宅税制研究会、高齢者住宅研究会、の3つ団体(後2者はいずれも同じ住所 東京都港区虎ノ門3丁目6番8第6森ビル304号室)が、2001年に政治献金を、各50万円ずつ受け取っていたのが気になり、最後に各団体の政治資金報告書を調べてみました。すると、各団体とも、収入支出ともに0、あるいは、政治資金報告書そのものが提出されていなかったりです。
 代表と会計責任者は、辻修司と内田利夫という人がそれぞれ、入れ替わってやっています。
 どんな団体か、過去の政治資金報告書も調べてみましたが、収入支出ともに0あるいは、報告書未提出です。また、なぜ、日精協が、このような住宅研究関係の政治団体に政治献金するのか、も謎です。
 そこで辻修司という人物をインターネットで検索してみました。すると、上野公成参議院議員第一秘書とでて来ました。手元の国会便覧で調べると、上野公成参議院議員は、現在内閣副官房長官で、東大工学部卒、建設省課長を経て、群馬選挙区から参議院議員になった人です。森政権以来非常に長い期間内閣副官房長官という要職を勤めています。そして辻修司、内田利夫、伊藤尚之の3名は、いずれも秘書として国会便覧に名前が出ていました。
 その日は、日精協政治連盟からの2001年度の政治資金のうち、上野公成という内閣副官房長官の秘書が代表、会計を務める3つの政治団体への政治献金各50万円が、政治資金報告書に記載されていなかったことを、発見したと、新聞社等に電話して、とりあえず、みんなで初日の調査で成果が上がったことのささやかなお祝いをして、その日は解散しました。

3.その後の調査でわかったこと
 さてその後、さらに「地球環境問題研究会」「中心市街地活性化研究会」の二つの団体も同じく上野公成の秘書らが、代表、会計を務める政治団体で、各50万円づつ日精協政治連盟から受け取った政治献金を政治資金報告書に記載していないことも調べてわかり、しかも、「中心市街地活性化研究会」、「住宅税制研究会」、「高齢者住宅研究会」のある、港区虎ノ門3丁目6番8第6森ビル304号室というのは、実際行ってみると、公成会という大きな木製の看板が出ている上野公成の後援会の事務所で、郵便受けにもどこにも、上記3つの政治団体の名前は出ておりません。ビルの管理の人に聞いても、そんな団体聞いたことがないといいます。活動実態がはっきりしない上野氏関係の5つの政治団体に、日精協政治連盟から計250万円の「政治献金」が渡され、それが政治資金報告書に一切記載されていなかったのです。
 また日精協政治連盟から「政治献金」が渡された時期も大変微妙な時期です。2001年の6月8日に「池田小事件」が起きました。
 すでにその年の1月に法務省厚生労働省の合同検討会が、それまでの保岡元法務大臣の私的勉強会をうけて、発足していたのですが、池田小事件の約2ヶ月後の8月2日に日精協は「重大な犯罪を犯した精神障害者の処遇に関する新たな法制度について」という声明を発表し、「触法精神障害者」に対する特別立法をもとめます。そして、上記5団体に対する「政治献金」のうち、「住宅政策研究会」「地球環境問題研究会」「中心市街地活性化研究会」「高齢者住宅研究会」への「政治献金」計200万円は6日後の8月8日です。それ以前に日精協政治連盟から、上記団体への政治献金の事実は全くありません。また、日精協が、住宅政策や地球環境問題に急に関心を持つのもおかしな話です。日精協が特別立法をねらって、上野公成内閣副官房長官個人へはたらきかける目的で活動実態のない、実質ダミー的政治団体を通しておこなった、「政治献金」である疑いが大変強いものと思われます。

4.マスコミ報道とその後
 この件は、4月18日の毎日新聞朝刊をはじめとして、朝日新聞、またテレビのニュースでも「上野内閣副官房長官、日精協からの政治献金5件250万円記載漏れ」という形で大きく報道されました。
 国民の多くが、おそらくこの日はじめて日精協(日本精神科病院協会)というものの存在を知ったのだと思います。
 この報道は、その後の木村副大臣の法案衆議院審議期間中の「政治献金」疑惑に関する新聞報道(5月15日「毎日」、16日「朝日」)、上野内閣副官房長官の秘書3名の東京地検告発記事(5月19日「朝日」「毎日」「日経」)さらに、医療観察法案をめぐるとされる総額1億5000万円の政治献金に関する、参議院委員会での野党議員の追求に関する報道(5月16日「毎日」)、さらには、具体的に日精協からの政治献金先の政治家の一覧表を掲載した、フライデー、週刊金曜日、週刊ポスト等週刊誌による一連の報道の口火を切るものでした。
 さて上野公成氏自身は、新聞の取材に対して、日精協に知り合いがいたので受け取った。秘書のうっかりミスで、お金は貸金庫に保管していた、外部の指摘を受け、政治資金報告書は修正したなどと答えています。受け取った政治資金を貸金庫に預けていたという新聞報道が事実なら、うっかりミスどころか、活動実態がはっきりしない実質ダミー的な政治団体を通した、「政治資金」の同議員自身による、極めて悪質な個人的な受領の疑いも大変強いように思われます。
 日精協が声明を出した8月2日の直後の8月8日に「政治献金」200万円を受け取ったという時期的な事実からして、また上野氏自身、1999年には参議院厚生委員会筆頭理事であったという経歴、そして内閣副官房長官という役職は、例えば多くの新聞に連日掲載されている、首相の一日の動向の記事などを調べてみると、実に頻繁に小泉首相は上野内閣副官房長官と会っています。きわめて首相とも距離が近い関係にいるのです。この「政治献金」自体、賄賂性の疑いが大変強いようにも思いますが、私たちとしては、これ以上調べることは出来ませんでした。この問題を解明していく上で、今後捜査当局による関係者に対する、より具体的な事情聴取、捜査がぜひ必要だと思います。

5.上野公成秘書刑事告発と記者会見での内容
 さて私たち当事者グループ5名は、この件に関して2003年5月19日、上野公成の秘書ら3名を、記載しなかった事実が、政治資金規正法第12条の規定に違反するものとして、東京地検に代理人11名の弁護士の連名で、刑事告発いたしました(東京地検特捜部告発受理)。
 法務省記者クラブで、告発の後、当事者グループ有志5名で記者会見し、長野英子さんは、この件以外にも、1998年以降の政治献金と日精協の政治的要求のながれを、詳細な年表と政治献金を受け取った政治家の一覧表を作成して説明し、その中で、触法精神障害者の処遇に関する日精協側の一貫した要求と、丹羽雄哉元厚生大臣(240万円)、津島雄二前厚生大臣(100万円)、保岡興二前法務大臣(130万円)、長勢甚遠自民党法案プロジェクトメンバー(350万円)等、この間、この法案をめぐって、過去、与党の多くの厚生族議員、法務関係有力議員その他小泉首相を含む影響力の強い与党有力議員に多額の政治献金が、ばらまかれてきたことを指摘しました。
 2000年は総選挙のあった年でもあるのですが、この年第4次医療法改正がなされ、精神病床だけは、医師は一般病床の3分の1、看護職員は3分の2で良いという、「精神科特例」が、日本看護士協会や厚生労働省の案さえも、強引に押し切る形で、日精協の主張どおり、従来どおり残されることになりました。
 この年の日精協政治連盟の支出総額は約8200万円(うち選挙関係費約6500万円)であり、当時の厚生大臣をはじめとして多くの厚生族議員、公明党も含む与党有力議員に多額の政治献金が、政治資金報告書を見る限りにおいても、文字通り大量に「ばらまかれて」います。
 また2000年には、社会復帰施設に関する省令が出され、病院敷地内社会復帰施設のみならず、病棟転用型社会復帰施設も認められることとなりました。
 そして2002年1月には、1999年以降試行通知が出されていた福祉ホームB型(福祉B)と呼ばれる、病棟転換型の精神障害者福祉施設を正式に認める通知が出されました。(ちなみに、2001年度の政治献金額は約2700万円うち選挙関係費約1000万円)。 そして2002年3月18日「心神喪失者医療観察法案」が、衆議院に提出されることとなったのです。
 以上の点を長野さんは、記者会見の限られた時間内で資料を作成、配布して説明しました。参議院での審議でも週刊誌等の報道でも、医療観察法案との関係だけで政治献金1億5000万円といわれていますが、実際はそのほかにも、いろいろな問題絡んでいると考えた方が良いと思います。また一桁多いといわれる日本医師会の政治献金の問題も今後分析して見る必要があるでしょう。精神科医も当然日本医師会のメンバーなわけです。
また武見敬三議員も日精協政治連盟から毎年のように政治献金を受け取っています。
 わたし自身は、私立精神病院が89%を占める日本で、何故60年代以後の先進諸外国のように隔離収容主義を改める精神医療改革(従来の収容型精神病院の解体や大規模な縮小と地域精神医療の積極的推進)が進まなかったのか、そのひとつの原因として、日精協と与党有力政治家との癒着構造があり、具体的には政治献金の問題がある。
 ここにメスを入れないと、いまや世界一の入院患者数(33万人内半数は閉鎖病棟、5年以上14万人、20年以上5万人)、精神科特例に代表される隔離収容型超低医療の日本の精神医療体制を改革することは不可能であるという点を特に強調しました。
 また今回の法案をめぐっては、昨年(2002年)末の衆議院での審議段階で、大量の政治献金が与党議員にばら撒かれたといううわさがあるが、昨年度の政治資金報告書はまだ公開されていない。そこで、現在公開されている、過去3年間の政治資金の流れを調べてみた結果、内閣副官房長官関係の政治団体の悪質な政治資金規制法違反を発見し、今回刑事告発することにした旨話しました。
 そして短い事実記事ではありましたが、当日、翌日の「朝日」「毎日」「日経」各紙で報道されました。

U参議院国会審議における日精協(政治連盟)「政治献金問題」

1法案ついに参議院法務委員会審議入り
 今回、当事者グループが、日精協の政治献金問題に取り組んだのは、とにもかくにも、心神喪失者医療観察法案をなんとか廃案に追い込むためでした。事前の情報では、4月の統一地方選挙中にも、審議を進め、連休明けにも採決等、与党側は完全に法案反対派をなめきっていたようで他の法案との関係もあり、いっこくも早く成立させてしまおうと考えていたようです。
 法案の中身に関しては、大体衆議院で審議したし、ある程度野党側の要求も取り入れた修正も行ったから、参議院ではそう強い抵抗もうけず審議日程さえこなせば比較的簡単に、成立するものと考えていたようです。
 法案反対運動側は、東京での2.9全国集会、4.20全国集会、そして仙台、大阪、京都、札幌等全国各地での、法案を考える集会、反対集会に取り組んでいました。そして、名古屋刑務所内での、受刑者死亡問題が、4月以降国会で問題になり、森山法務大臣の責任追及問題で、法務委員会がしばらく空転したこともあって、審議入りは結局連休明けからとなりました。
 刑務所問題等をからめて審議入りを阻止する以外に、廃案の方法はないと言う意見もあったのですが、刑務所問題と医療観察法案は、参議院法務委員会では、結局、同時平行審議という形になりました。

2参議院法務委員会での審議
 衆議院法務委員会の審議では、当事者の傍聴が少ないのではないかとマスコミの方にいわれました。そういうわけで、審議の最初の日5月6日は、気合を入れていこうという事で、その日は15分間ほど、ただ単に法案を棒読みする日だったのですが、傍聴席は当事者で満席となりました。法務委員会での審議は火曜、木曜と週2回あるのですが、それ以降6月3日の「強行採決」の日まで、毎回傍聴席は当事者や支援者でほとんど埋まっていたように思います。
 実質的な審議が始まった最初の日の野党側の質問は、やや迫力に欠けたものでした。
 しかし、その次の審議から、政治献金問題が取り上げられ、俄然迫力が出てきたように思います。民主党の議員が、昨年末の衆議院での法務委員会の審議をめぐって、政治献金がばらまかれた疑いがあり、「法案が金で買われた疑いがある」と指摘し、木村義雄厚生労働副大臣が法案審議中に日精協政治連盟から受け取った政治献金の問題を資料の提出を求めて、審議を一時中断したりして追求しはじめました。
 そして、3月末に提出済みの昨年度の日精協政治連盟からの政治献金リストの公開を木村副大臣に求め、拒否されると、今度は総務省に要求しましたが、現在精査中等理由にならない理由で拒否されました。また国会に参考人として日精協の仙波会長に出席するよう法務委員会として公式に要請したのですが、最初は公務(研修に出席)、二回目は、ファックスで出席できないとの回答、厚生労働委員会の出席要請もありましたが、計3回の参議院委員会出席要請を仙波会長はことごとく拒否しました。
 当事者グループが調べた過去のこの法案をめぐる政治献金の資料も参考に、告発された上野公成氏の件のほかに、過去に日精協から丹羽元厚生大臣等多くの有力厚生族議員、保岡元法務大臣その他多くの与党有力議員に渡された総額約1億5000万円の政治献金の問題が自由党議員に取り上げられ、この法案をめぐる政治献金の問題が、過去から相当広い範囲に及んでいることが、国会の場であかるみにだされました(詳しくは週刊金曜日6月27日号等)。
 この間木村厚生労働副大臣が法案審議中の11月と12月に計110万円の政治献金を受け取っていたことが、さらに具体的に判明し、11月6日の日精協の法案成立総決起集会に出席して挨拶し、「法案成立のために一生懸命努力してまいります」と発言したこと、さらに、12月に、政治献金を受け取った直後、社会的入院患者数7万2000人を否定する日精協に、約9000万円のニーズ調査を厚生労働省が委託したこと、また年間約80億円の補助金が、厚生労働省から精神病院に支出されていることなどが、野党側議員の追及で次々と明らかにされました。疑惑を追及され窮地に立たされた木村副大臣は「政治資金法にのっとって処理しております」という答弁を繰り返すだけでした。では身の証を立てるために、提出済みの政治資金報告書の元となった帳簿の提出を求められてもこれまた拒否し、野党議員がまず「政治資金規正法どおりに処理しても、収賄罪になる場合があるのか」と法務大臣、刑事局長に質問し「一般論として、ありえる」との答弁の後、再び木村副大臣に政治資金疑惑の質問の矢を向けても「政治資金法にどおりに適正に処理しており、身にやましい覚えはありません」と繰り返し答えるばかりです。疑惑は深まる一方でした。(なお木村副大臣は当事者グループの一人により国会審議中、日精協氏名不詳氏と同時に東京地検にそれぞれ収賄罪、贈賄罪で刑事告発(7月1日)され、東京地検特捜部に受理(7月4日)されました)。

3「だまし討ち強行採決」 2003年6月3日
 政治資金問題以外の法案の内容に関する重要な質問にも充分な答弁もなく、法案の具体像もいまだはっきりしていませんでした。政治献金問題等に関する日精協仙波会長の国会出席も、また当事者が参考人として発言する機会も結局ないまま、2003年6月3日、法務委員会の運営を決める前日の理事懇で採決の提案が全くないまま、心神喪失者医療観察法案は、参院法務委員会で突如「だまし討ち強行採決」されました。4時30分社民党福島瑞穂議員の質問の終了後、いきなり与党議員の一人が立ち上がって、紙切れを棒読みしながら審議の終了を提案しはじめました。野党の理事と全委員が一斉に立ち上がって委員長席に駆け寄って周りを取り囲み、一変して場は騒然とした雰囲気になりました。
 民主党女性理事が「やめなさい、やめなさい」と叫びながらマイクを奪おうとし、他の野党議員も委員長席を取り囲んで「なんてことするんだ!やめろ」「お前それでも弁護士か!」と魚住委員長(公明党)を大声で怒鳴りつけはじめました。傍聴席に全国から駆けつけていた多くの当事者が大声で「やめろー」「抜打ち強行採決反対ー」と叫ぶのを大勢の衛視が突如入ってきて排除している最中、わずか3分足らずで法案は与党議員の数回の挙手によって文字どおり「強行採決」されました。
 衆議院と違って、参議院の法務委員会は、人数も少なく、また全体的にジェントルな雰囲気の温厚な議員も多く、各党のエリート議員が集まるところなのだそうですが、この強行採決にはさすがに野党議員全員が怒っていました。江田五月議員、福島瑞穂議員のメルマガにこの経緯は詳しく書かれています。
 最近も新聞によく強行採決という表現が出てきますが、こういう形の委員会運営のルールを完全に無視した、「だまし討ち強行採決」は本当に珍しいそうです。 与党側も実は疑惑を追及されて相当追いつめられていたのではないでしょうか。
 6月6日の参議院本会議では、衆議院では法案に賛成した自由党議員も反対や棄権にまわり、一人も賛成投票しませんでした。

4強行採決以降の国会での「政治献金」問題。
 参議院の厚生労働委員会では、仙波会長を参考人として出席させるべく、仙波会長のスケジュールに合わせてまで、審議日程を組んだとのことですが、「海外出張」を理由に出席を拒否し、合計4回の出席拒否。衆議院の厚生労働委員会は、与党側が木村副大臣問題を取り上げないと約束してない限り、審議に応じられないと与党側がなんと「審議拒否」し、委員会が長期にわたって空転したとのことです。
 7月8日に、衆議院法務委員会で、結局採決込みということで、送付法案として、2時間ほど審議がなされ、そのなかで、社民党議員が、木村副大臣問題をとりあげ、副大臣の職務倫理規定の問題やいつどこで誰がだれから政治献金を受け取ったのかと追求し、木村副大臣はその場で電話させられて、秘書が受け取った,誰からなのかはわからない等答弁しました。共産党の議員もこの問題を追及しましたが、いかんせん時間切れ。討論の後委員会採決され、2003年7月10日に衆議院本会議で心神喪失者医療法案は自由党を含む賛成多数で可決成立しました。

 以上2002年3月18日に衆議院に法案が提出されてから、3会期、約1年4ヶ月間の長期にわたる異例の審議経過をたどった「心神喪失者医療観察法案」を、日精協の政治献金問題という観点から私なりに振り返ってみました。
 この問題は、フライデーの6月27日号、週刊金曜日の6月27日、7月21日号、週刊ポストの8月1日号にそれぞれ特集記事が載っており、小泉首相をはじめとして、過去に具体的に、いくら誰に日精協から政治献金がわたったかも詳しく記事になっております。
 なお今回の法案をめぐる政治献金問題に関して2003年9月12日付けの「毎日新聞」によれば,長勢元副法相が計580万円(法案が衆院法務委員会可決の3日の12月9日に500万円),また与党修正案を提出した塩崎議員にも,委員会可決の日に100万円の政治献金がなされていたことが判明しました。その他坂口厚労相,木村副大臣、鴨志田副厚労相も,法案が衆院を通過した12月に政治献金を受けたこともあきらかになり、法案をめぐって多額の政治献金が動いていたことが明らかになりました。参院で「だまし討ち強行採決」に与党がふみきったのも、具体的に法案審議と政治献金の問題が明らかにされる前に、強行突破するしかないと判断したからでしょう。この間、当事者グループ有志が、情報公開法に基づいて、日精協政治連盟の政治資金報告書の開示請求をいたしましたが、拒否され、現在不服申し立て中ですが、いずれにせよ9月15日以降詳しいことは判明することになります。

V政治献金問題全般について
1政治資金規正法「改正」の動き
 先の国会中に、自民党の求めていた、政治資金規正法の「改正」に、公明党が合意したという新聞報道がなされました。政治献金の透明度を下げる「改悪」で、全野党が強く結束して反対したため、先の国会では、審議されませんでしたが、そのうち国会に提出されるのは確実なのではないかといわれています。
 政治献金の流れは、さまざまな抜け道があるため現在でも非常に調べにくくなっています。また総務省に行って、政治資金課のファイルを調べることは、東京近辺に在住していないと実質不可能です(ただし、すべて入力してインターネットで調べられるようにする計画も総務省内にあるのだそうです)。また地方の選挙管理委員会に行かないと調べられないこともあります。
 またわかるのは、いわゆる「表の金」だけで、裏で動いているといわれているお金は、内部告発者保護制度がない現在、捜査当局が本格的に捜査しない限りこれはもうとらえようがありません。

2日精協政治献金の「からくり」
 さていずれにせよ、日精協政治連盟が与党議員に渡してきた政治献金は、私立精神病院があげてきた利益の中から出されているのであり、その利益は低医療隔離収容主義の精神医療と国からの年間何十億円という補助金によってあげられけているわけです。そして利益の元となる医療費は、民間医療保険や自己負担分以外は、各種健康保険や税金による公的な医療扶助、公的扶助等によってまかなわれています。公的な財源等から得られた収入の一部を政治献金にまわし、現行の先進国最低の人権無視の隔離収容型の精神医療を、今後も多少形を変えて維持し続ける。
 政治献金にもいろいろあるのでしょうが、医療は患者のためにあるという、医療の根本原則を踏みにじって利益をあげるための政治献金というのは、最低の部類に属すると私は思います。そして、確実にいえるだけの根拠はありませんが、政治献金の流れ全般等をみるに、やはり有力族議員や政治家に対する政治献金によって、例えば精神科特例が堅持され、また福祉ホームBや、今回の法案をめぐる一連の動きも、相当左右されてきたものと、状況から充分に推察されます。今後日精協は、「機能分化」の名の下に、痴呆性老人向け病棟や病院敷地内社会復帰施設等に力をいれていくようですが、日精協の政治献金によって、今後も日本の精神医療政策が左右され続けていく限り、あらゆる良心的努力にもかかわらず、日本の精神医療が根本的に改革される日はそう簡単には来ないようにおもわれます。

3日本の精神医療の将来をめぐる現在の動きと政治献金
 無論日本の精神医療の問題には、従来の国の政策的な誤り、社会全体の差別意識と偏見等様々な要因があります。そして例えば現在ACT-J等厚生労働省が音頭をとって、収容主義を改めて行こうという動きもあります。
 しかし果たして5年たって本当に、例えば、社会的入院患者の数が半減し、ACT-J等の地域精神医療政策が実施されているのか、私には大変疑問です。
 無論例外的な良心的な試みもはあるでしょうが、本当の意味での地域精神医療体制にかえていこうすると、人里離れたところにあるかなりの数の精神病院を実際閉鎖し、人員再配置を行わなくてはなりません。これには日精協は組織をあげて、政治献金攻勢等もふくめて、大反対するでしょう。
 なおその一方で、現在、私立精神病院は福祉型とミックスした形での生き残りを図ろうとしています。超高齢化社会における、長期入院高齢化精神障害者、もはや身寄りもなく行き所がない低所得層痴呆性老人を収容する、現代版「姥捨て山」構想を日精協は実際現在考えているのです。
 果たしてこのような動きに具体的に政治献金がどう動き厚生族議員等がどのように関わってきたのか、昨年度の日精協の政治献金だけではなく、独自のシンクタンクを持つ日本医師会の政治献金等の動きもふくめて、今後分析していく必要があるでしょう。
 なおACT-Jに関してもう少し述べますと、たとえば「東京精神病院事情」という本に載っている東京都の精神病院の分布図をみると、八王子市や青梅市の山奥に大量の精神病院が集中しており、23区内にはごくわずかしか、存在しません。例えば東京都で具体的にどう実施するのか等、人員再配置等も含めた、具体案が提示されない限り、いくら効果を調査し費用を試算しようともACT-Jは所詮机上の空論に過ぎないように思えます。また専門家による医療リハビリモデルが、専門家依存現象を起こしているというアメリカでの報告もあります。
 それよりは、例えば当事者中心の自助グループに補助金を出したり、地域の福祉NPO等中心に当事者主体の社会復帰を進めていったほうが、本当の意味での社会的入院の解消、社会復帰、地域精神医療、福祉体制になるように私は思います。しかし、実際には、当事者によるピアカウンセリングには雀の涙ほどのお金しか出ていないのが、現状です。

4日本の精神医療の実態から見た「政治献金」
 しかし以上のことは、ずいぶん先の話でして、実際は、任意入院でも、医者の許可なしでは、大変退院しにくい、病院を替わるどころか、主治医を代えるのも難しいというのが現在の多くの精神病院の実態です。悪質精神病院はいまだにごまんとあります。病院間格差は大変著しく、また一見立派な病院でも上のほうの階や敷地の奥のほうにはもうとんでもない閉鎖病棟があって、多くの人がそこで朽ち果てて、人生を終わっているのが、現状だと思います。20年以上の入院患者数5万人とはどういう意味を持つ数字なのかよくよくかんがえて欲しいと思います。そしてこの低医療、隔離収容体制を維持すべく日精協は、今まで例えば精神科特例堅持のために政治献金をばら撒き続けてきたわけですが、人権侵害が犯罪なら、人権侵害状況を維持しつつ利益をあげるのは、大犯罪であり、その大犯罪を組織ぐるみで行なうのは、組織的大犯罪で、それを維持するために、政治家に献金するというのは、もはや賄賂の域さえ通り越した身の毛のよだつ性質のお金と呼べるのではないでしょうか。良心的にやろうとすればするほど経営は困難になり、逆に悪質にやるほど利益が上がってしまうという現在の仕組みは市場原理さえ超えた、恐ろしい状況であり、今回さらに、その現状を基本的に維持しつつ、強制医療入院施設という新たな人権侵害施設が作られることになったわけです。
 もっとも増設に次ぐ増設を重ねているイギリスの保安処分施設でも、行ったことのある人に言わせると日本の閉鎖病棟よりはるかにましな開放的な待遇だそうです。庭で編み物をしていたりするそうですから。日本の場合カイコ棚のようなベットに大量に詰め込まれていたり、赤茶けた畳の広い部屋に16人ぐらい収容されていたり、私の体験や当事者の交流で聞いた話でも、本当にひどい閉鎖病棟がたくさんあります。当事者同士の交流会等でもこの手の悪質精神病院の話が、一番盛り上がります。
 いっぱんに精神病院では長期化慢性化した人ほど、ひどい閉鎖病棟に収容されています。そして長期間閉鎖病棟に隔離され、人権侵害、超低医療等非人道的な取り扱いを受けて、もはや医者に「治らない」と完全に見放された結果、長期間、ただ単に隔離収容されているだけの人が、10万人程度はいると思います。33万人の入院患者数のうち、5年以上の長期入院患者が14万人ですからこのぐらいの数はいそうに思います。
 この問題は、「社会的入院」とはまた別のカテゴリーで、とらえて、今後積極的に取り組むべきだと思います。そして、いろいろな意味でこの分野での若い人の今後の活躍も期待したいです。

5日本社会の今後と精神医療が今後担わされるであろう役割の考察
 医療費の総抑制がさけばれ、社会保障費の自然増が切り詰められ、生活保護の見直しまで検討されはじめている今日、いかに安上がりに精神障害者を管理していくのかが、現在までの国の基本的な政策であり、今後もこのままでは基本的に変わらないような気が致します。日精協の「機能分化」の経営戦略とおおよそにおいて合致しているように思われます。
 今回の法案も、国公立病院に触法患者、処遇困難患者をまとめて収容しようという「機能分化」戦略の一環であり、先述したように今後の超高齢化社会において、家族内介護が全く不可能な、身寄りのない低所得層痴呆性老人の収容もいっそう進むものとおもわれます。現行の介護保険制度での在宅介護での対応には限界があります。
 また他方、実証的な研究でも経済格差はこの間拡大し続けています。機会均等、中流平等型日本社会が、現在実質的に崩壊しつつあることを、社会学者や経済実証分析の専門家等多くの論者が指摘しています。
 また職場での相変わらずの長時間サービス残業やリストラ等が原因で、うつが激増し、小学生にまで、うつ病が広がっているといわれている今日、企業、家庭、学校といった、従来の諸制度は実質的機能の面でも、動機付けの面でも、もはや機能不全におちいっています。今後、精神医療には現代社会の新しい矛盾に対処(尻拭い)するという、新しい機能がつぎつぎと要請されてくるわけです。精神病やこころの病の患者の「発生=発見」数、犯罪や自殺の件数といったものは、歴史的に見ても、他国の事例を見てもその社会の状況と確実に相関関係があります。現在重大犯罪が増加しているというのは、経済的状況の悪化と将来への見通しのなさが一番大きい原因でしょう。5年後には、さらに経済格差は拡大しているでしょうから、犯罪は増加し、今後一般に犯罪予防と厳罰化いう観点がさらに強まるでしょう。司法精神医学等は今後このような状況に対処する役割を担わされるものと思われます。
 教育を例にとりますと、昔校内暴力というのが話題になった時期がありました。その後家庭内暴力が話題になり、不登校児が話題になりました。一方で、むかつく、キレルという言葉が流行しました。そして、他方少年法が改正され厳罰化され、現在文部科学省は学習困難児(LD)、注意欠陥/多動性障害(ADHD)、高機能自閉症等の全国調査を行なっています。またスクールカウンセラーの導入、「こころのノート」の配布に始まる、様々な心理学的、精神医学的な介入が子供たちに対して本格的に始まりつつあります。
今回の法律も、さまざまな予防的介入が精神医療の名において全域化する前触れでしょう。今回の法案は再犯予防が当面の実質的な狙いでしょうが、やがて初犯予防へと基軸が移り、精神医療全体が「治安の道具」へと、次第に本格的に移行していくものと思われます。司法精神医学の分野での研究を、精神医療の改革に生かして行きたいとのことですから、そこで行なわれている研究が、今後何かの事件をきっかけに脚光を浴び、また今回のように検討会や勉強会が出来て、初犯予防のための初犯予測も可能だという学者も現れるでしょう。再犯予測が可能だと断言した刑法学者も実際いるのですから、初犯予測も、「研究」すればそれは一定の確率で可能なわけです。10年もたたないうちに、そのような議論が実際まじめになされかねないと思います。

 高度成長期に発生(=発見)された大量の精神病者を隔離収容してきた、日本の精神病院は、これからの時代生まれるどのような精神病者、精神障害者、そして激増する高齢者をどのような新たな形で、管理あるいは収容していくのか。そしてそこにおいて今回成立した法律や強制入院施設、強制通院制度等はいったいどんな役割を果たしていくのか。そして本当に変えていかなけらばならないのは、一体なんなのか、そのような原点に立ち戻った議論を今後も常に問題提起しつづけていかねばならないと思います。

 最後は政治献金の問題からはずれて、少々「社会学的」な「精神医学の将来予測」の話になってしまいました。 かなり悲観的な「将来予測」ですが、こういう時代ですから、人々は逆に楽観的な見通しに、期待をかけ、特に若い人ほど、そういう話の場所に現在大勢集まるようですが、私は相当に今後相当厳しいものと考えています。
 しかし、しっかりと現実をみすえて、そこにまた希望や活路を見出していくということは、人間が生きていくうえで、誰にとってもそれは一番大切なことではないかと思います。

               best wishes to all!

参考文献、参考ホームページ
日精協雑誌 2002 6月号
日本の経済格差 橘木俊昭 岩波新書 1998
不平等社会日本 佐藤俊樹 中公新書 2000
「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する実態調査」文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2002102/604c.htm
長野英子のホームページ
http://www.geocities.jp/jngmdp/


*作成:安田 智博
UP: 20150201 REV:
全文掲載  ◇安原 荘一 
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