「2000年中国の新提案」
長瀬 修 200004 『障害・障害学の散歩道』No.3(2000年4月号)
last update: 20200513
■2000年中国の新提案
中国政府は本年2月8日から17日までニューヨークで開催された国連の社会開発委員会第38会期において、「障害者の権利条約」の提案を行った。これは87年のイタリア政府による障害差別撤廃条約提案、89年のスウェーデン政府による障害者の権利条約提案に引き続く、第3回目の障害者分野の国際的条約提案である。
簡単に歴史を振り返りたい。国際レベルで、障害分野の条約を本格的に提起したのは、83年から92年の「国連障害者の10年」の折り返し点である87年にスウェーデンのストックホルムで開催された中間年専門家会議である。国際障害者年である81年に生まれた国際的な障害者自身のNGOである障害者インターナショナル(DPI)はじめ多くの障害者専門家が参加し、審議を行った同専門家会議の提案を受けて、イタリア政府は早速87年の国連総会で条約提案を行った。しかし、否定的な姿勢の政府が多く、提案は実らない。
89年に今度はスウェーデン政府が再度、条約提案を行うがやはり大多数の政府の賛同は得られなかった。しかし、スウェーデン政府は強制力のある条約が無理であれば、せめてガイドラインとしての基準づくりを求め、その努力が93年に国連総会で「障害者の機会均等化に関する基準規則」というガイドラインをもたらした。略して「基準規則」と呼ばれるこの文書は、現時点での国際的な障害分野の最重要文書である。(注1)
ちなみに日本政府は条約をはじめ、障害分野での国際的な基準づくりには消極的な姿勢を続けているのは周知の事実である。例外だったのは、1993年から2002年の「アジア太平洋障害者の10年」宣言に共同提案国として名を連ねることができたことである。
今回の「中国提案」は唐突と国際社会では受けとめられている。しかし、ロシア、ノルウェー両国政府からは既に賛意が表明されている。中国提案の指令塔である中国障害者連合会(CDPF)は、その馬力、そして半官半民というユニークな形態から、障害分野で「世界最強のマシン」であると私は見ている。実際、「アジア太平洋障害者の10年」宣言は中国提案だった。92年当時、私は障害者インターナショナルアジア(DPI)太平洋ブロック事務局員を八代英太アジア太平洋ブロック議長の下で務め、中国のDPI組織である中国障害者連合会と共に宣言の決議採択のために各国政府、ブロック内のDPIへの働きかけを行ったが、同連合会の大車輪ぶりはすさまじいものがあった。(注2)
これからに関しては、提案の進め方というテクニカルな面と、いわゆる「サブ」すなわち内容面の検討という両面から検討、取り組みを行う必要がある。後者の内容に関して検討にいれなければならないのは、昨年採択された米州機構の差別撤廃条約である。資料として一部の試訳を掲載するのでご覧頂きたい。(注3)
国連での動きというと、雲の上でのできごとのような感じがするかもしれない。しかし、例えば、欠格条項の見直し作業のような国内的動きにも当然関係してくる。そして、大きな意味で障害問題に関する取り組みを進める上で、条約提案は重要である。これまでともすれば、国連での動きを受動的に受けとめる傾向が日本では強かったが、積極的な関与をするチャンスとしてうけたいものである。
北京を台風の目として、風雲急を告げている。目が離せない情勢となった。本欄でも折に触れて報告していきたい。
(注1)この辺の経過に関しては筆者の『ノーマライゼーション』「障害者の機会均等化に関する基準規則」から見た日本の現状 「基準規則」の歴史的意義」http://www.dinf.ne.jp/doc/prdl/jsrd/norma/nrm001/n176_009.htmなどを参照して欲しい。
(注2)「アジア太平洋障害者の10年」については『ワールドトレンド』1997年6月→http://itass01.shinshu-u.ac.jp/tateiwa/0w/no01/199706b.htm、
中国に関しては『福祉労働』1997年9月http://itass01.shinshu-u.ac.jp/tateiwa/0w/no01/19970925.htm、条約に関しては『法学セミナー』1999年2月http://itass01.shinshu-u.ac.jp/tateiwa/0w/no01/200002.htmをそれぞれ参照して欲しい。
(注3)障害のある人に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する米州条約(長瀬試訳)1999年6月7日採択。
障害のある人に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する米州条約(長瀬試訳)
前文(略)
◆第1条 この条約においては、次の用語が定義されている。
1、障害(ディスアビリティ)
「障害」とは、永続的であれ一時的であれ、身体的、精神的・知的、感覚的損傷(インペアメント)であって、日常生活の不可欠な活動一つ、もしくは一つ以上を行う能力を制限するもの、経済・社会的環境によってもたられうる、もしくは、悪化させられうるものをいう。
2、障害のある人に対する差別
a)「障害のある人に対する差別」とは現在であれ、過去であれ、障害に基づく全ての区別、排除または制限、障害の経歴、以前の障害からもたらされた状態、もしくは障害の認識であって、障害のある人が自らの人権と基本的自由を認識し、享受し、又は行使することを害し、又は無効にする効果又は目的を有するものをいう。
b)障害のある人の社会統合、個人的発達促進のために締結国が採用する区別、優遇は差別とならない。ただし、区別、優遇がそれ自体で、障害のある人の平等への権利を制限せず、障害のある個人がそのような区別、優遇を受け入れるよう、強制されないことを条件とする。締結国の国内法で、本人の福利のために必要かつ適切な時、ある人が法的に無能力者であると宣言されうる場合、そのような宣言は差別ではない。
◆第2条
この条約の目的は障害のある人に対するあらゆる形態の差別を防止、撤廃し、障害のある人の社会への完全統合を促進することである。
◆第3条 この条約の目的を達成するため、締結国は次を約束する。
1、法的、社会的、教育的、労働に関する、もしくはその他の措置を講じ、障害のある人に対する差別を撤廃し、障害のある人の社会への完全統合を促進するために次を行う。しかし、以下に限られるわけではない。
a)政府機関及び、又は民間機関が商品、サービス、施設、プログラム及び雇用、交通、通信、住宅、レクリエーション、教育、スポーツ、法の執行及び司法、及び政治及び行政活動などの活動を提供する、もしくは入手可能にする面での差別を徐々に撤廃し、統合を促進するための措置。
b)新規の建築物、乗り物及び各国内で建築及び製造される施設が障害のある人の移動、通信及びアクセスを促進することを確保する措置。
c)可能な限り、アクセス及び障害のある人の使用を促進する建築、移動及び通信面での障壁を撤廃する措置。
d)この条約及びこの分野の国内法を適用する責任ある人がそうするための訓練を受けることを確保するための措置。
2、次の分野での優先順位に応じた取り組みを行う。
a)予防可能なあらゆる形態の障害の予防。
b)自立の最適レベル及び障害のある人の生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)を確保するための、早期発見・介入、治療、リハビリテーション、教育、職業の訓練、総合的サービスの提供。
c)人が対等な存在として生きる権利を危うくする、偏見、画一的な見方、及び他の態度の撤廃、障害のある人への敬意、障害のある人との共存の促進を目的とする啓発キャンペーンを通じた社会の意識の向上。
◆第4条
この条約の目的を達成するために、締結国は次を約束する。
1、障害のある人に対する差別を防止し、撤廃するために、お互いに協力する。
2、効果的な協力を次の分野で行う。
a)障害の予防、及び障害のある人の治療、リハビリテーション及び統合に関する学術的及び技術的研究。
b)平等な状態での、障害のある人の自立、自活及び社会への全体的統合を促進するための手段、資源の開発。
◆第5条
1、各国の国内法と整合性のある範囲内で、締結国は障害のある人の組織の代表、この分野で活動する非政府組織の代表、又はそのような組織がない場合、障害のある人の、この条約を実施するための措置及び政策の開発、実施及び評価への参加を促進する。
2、締結国は効果的なコミュニケーションの経路を創造し、障害のある人と共に活動している官民の組織に、障害のある人への差別を撤廃するために達成されるかもしれない規範的及び法的進歩が伝えられるようにする。
◆第6条
1、この条約でなされた約束をフォローアップするために、各締結国によって指名された一名ずつの代表から構成される、障害のある人に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する委員会が設置される。
2、(略)
3、第1回会合において、締結国は委員会に対して発出され、審査及び評価のため、機構の事務総長に対して、報告書を提出することを引き受ける。それ以後、報告書は4年に一度提出されるものとする。
(以下略)
原文はhttp://www.oas.org/en/prog/juridico/english/treaties/a-65.htmを参照。
*参考文献
「国連専門家パネル開く」『日本聴力障害新聞』2000年3月1日号(588号)、「国際障害同盟(IDA)が発足」『日本聴力障害新聞』2000年3月1日号(588号)
*作成:安田 智博