では現在、早産児の治療方針に関するガイドラインはあるのだろうか。日本では、従来、心肺蘇生法の指針として、新生児から成人までを対象とする米国心臓協会(American Heart Association: AHA)のガイドラインを採用している。このガイドラインは1974年に初めて作成されて以降、改訂が繰り返されている。特に2000年の「心肺蘇生と緊急心臓治療に関するガイドライン」は、これまでのガイドラインと異なり、ガイドラインの国際化が強調されている(American Heart Association in Collaboration with International Liaison Committee on Resuscitation 2000)。さらに、2005年11月29日に改訂され、「2005心肺蘇生と救急心血管治療における科学と治療の推奨に関わる国際コンセンサス」(以下、「コンセンサス 2005」)が公表された(American Heart Association 2005)。これを受け、米国小児科学会と米国心臓協会によって第5版となる「新生児心肺蘇生国際ガイドライン」が作成された(American Heart Association 2005)。この国際蘇生法連絡委員会によって作成されたガイドラインを基に、日本救急医療財団心肺蘇生法委員会の日本語版救急蘇生ガイドライン策定小委員会が作業を行い、「日本版新生児心肺蘇生法ガイドライン」(2007)が公表された。
2005年の「新生児心肺蘇生国際ガイドライン」では、新たに倫理的問題に関する内容が加筆された。この背景には、新生児の蘇生をどこまで行うべきかについて議論が交わされており、各国から様々な提言が出されたことにある(篠原・奥 2007)。蘇生努力の差し控えもしくは中止の適応として、妊娠23週未満または出生体重400g未満の新生児・無脳症・確定的な13トリソミーや18トリソミーが該当として挙げられている。親が蘇生を希望しないこともあり、そのようなケースでは蘇生を始めるか差し控えるかは親の考えが支持されるべきであるとしている。しかし一方で、救命できるにもかかわらず親が蘇生拒否をし、親の決定が児の不利益にあたる場合、親の希望に反して蘇生をすることは妥当であるとしている。つまり、蘇生の判断には児の疾患名が影響し、ここに救命するか否かという線引きがある。例えば、今日では、予後良好である21トリソミー児を救命する点に異議はなく、21トリソミー児の蘇生を親が希望しないケースにおいて、医療者の判断で蘇生が行われることは正当であるとされている。しかし、22週出生児は予後不良であるため、親の「強い」希望があること又は脳内出血を合併していないことを除いては、多くの医師が救命に疑問を感じており(広間ほか 2002)、蘇生が行われるとしても条件付きとなる。
出生前に児の生存の可能性などの情報は十分に与えられるべきだが、出生後の予後が不明確な場合では、とりあえず蘇生を施行することで情報を収集する時間を確保できる。そして、蘇生を試みるという医療者の努力は親の気持ちを満足させるので、このようなアプローチ方法は望ましいが、分娩後随分時間が経ってからの積極的な蘇生は、救命されても重篤な障害を残す可能性もある(American Academy of Pediatrics and American Heart Association 2006=2006)。また米国医師会(2004)の医学倫理規約では、新生児の蘇生を行う際に重視すべき点として、@治療が成功する可能性、A処置を行う、あるいは行わないことに伴うリスク、Bその治療が成功した場合、その程度延命できるか、C治療に関連する痛みと不快感、D治療を行う、もしくは行わないことによる新生児の予想される生活の質を挙げている。
では、妊娠23から25週の早産児に対しては、積極的な蘇生を行うべきなのか。欧米では、ここ数年議論が重ねられている。先に紹介した「コンセンサス 2005」では、妊娠25週未満は親が蘇生を希望しない場合、基本的に蘇生をしないとされている。オランダ小児科学会では例外的状況を別にして同様に妊娠25週未満は治療すべきでないとしている。また、イギリスのナフィールド生命倫理委員会でも、妊娠23週は親の強い希望がなければ蘇生すべきではなく、妊娠25週を超えなければ集中治療を施す意味がないとしている。
日本では、「日本版新生児心肺蘇生法ガイドライン」が公表されているが、果たして海外の指針を日本にそのまま適応することができるのだろうか。篠原と奥(2007)によれば、イギリスの早産児の治療成績は日本より悪く、欧米と日本では実情が異なる。スウェーデンでの新生児科医の蘇生に関する認識が、日本の状況に近い。18トリソミーの蘇生適応に関してみれば、「新生児心肺蘇生国際ガイドライン」の指針と日本の新生児科医の認識との間には隔たりがある。つまり、海外の指針をそのまま日本に適応することは倫理的な対応とは言えず、救命できる児を何もせず死亡させてしまう危険性が孕まれている。
このように早産児の蘇生や治療方針は国によって異なり、医療技術や倫理的観点が影響していると推測される。また日本においても、出生時の蘇生を行うか否かは、児の妊娠週数・予想出生体重・出生前診断の結果によって判断され、その判断基準は施設によって異なっている。
出生直後、すぐさま親に蘇生をするか決定を求めても、冷静な判断が下せないこともある。その一方で、親の熟慮された判断が、児の最善の利益となり、倫理的に妥当であるとも言い切れない。とはいえ、分娩前に児の情報が少しでもわかっていれば、出生後の治療方針についてある程度の方向性を決めておくこともできる。そこで、早産となる要因が出生前に明らかになった場合の治療方針について検討する。
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