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「「ターミナルな病気」という新分類と、そこから透けて見えてくるもの」

児玉 真美 200912 介護保険情報 2009年12月号

last update: 20110517

「ターミナルな病気」という新分類とそこから透けて見えてくるもの

 ここしばらくterminal という言葉にこだわっている。欧米で加速する一方の自殺幇助合法化議論(2月号当欄で紹介)を継続して追いかけていると、その中で、いつからか terminal illnessという見慣れない表現が目に付くようになった。見るたびに感じていた違和感がついにはっきりした疑問となったのは、先日、ALS患者の自殺幇助事件で「この人にはターミナルな病気があった」と書くニュースを立て続けに読んだ時──。
 「ターミナルな」というのは病気を問わず、あくまで病状の段階を指す形容詞だとばかり思っていた。「ターミナルな患者(terminal patient)」や「ターミナルな病状(terminally ill)」ならともかく、「ターミナルな病気」……? ALS患者の中には適切なケアで長く生きる人があるにもかかわらず、「ターミナルな病気」というと、まるでALSの人がみんな余命わずかみたいに聞こえてしまう……と、拘泥していたら、なんと次に聞こえてきたのは「認知症はターミナルな病気」だった。

◎「認知症はターミナルな病気」
 The New England Journal of Medicine誌の10月号で米国国立衛生研究所(NIH)の研究「終末期における末期認知症ケアのための選択、姿勢、そして戦略(CASCADE)」の結果が報告されている。ボストン地域のナーシングホームで認知症が進行した患者を18ヶ月にわたって調査したところ、約6割が調査期間中に死亡。認知症が肉体的な症状を伴う病気であること、末期には合併症が起きることへの認識が十分でないために、本人の利益にならない過剰な医療が行われていることが明らかになった。そこで強調されるのが「認知症はターミナルな病気である」。その事実を医師も家族も法定代理人も、みんなでしっかり認識して、無益な医療を求めるのではなく緩和ケアを選択するように、というのが趣旨のようだ。
 しかし「認知症の末期には合併症が起こることを理解しておこう」と言うことと「認知症はターミナルな病気であると認識しておこう」と言うことの間には、ずいぶん非科学的な飛躍があるのではなかろうか。

◎終末期プロトコルの機械的適用で脱水死
 英国では9月、緩和ケアの専門医数名がthe Daily Telegraph紙に手紙を書いて、終末期医療現場での“思考停止”状態を告発した。英国医療技術評価機構(NICE)は2004年から、死にゆく患者の苦痛を軽減するために作られた看取りのプロトコル「リバプール・ケア・パスウェイ(LCP)」を推奨しているが、このLCPがターミナルと分類された患者に機械的に適用されているというのだ。まだ回復の余地のある患者までが水分と栄養、治療薬を引き上げられ、死ぬまで重鎮静にされるなど、本来は「尊厳のある死を」と作られたLCPが、手をかけずに患者を死なせる自動的な手順と化している、と。
 この告発から間もない10月13日、ある裁判の和解が報じられて話題になった。2005年に癌が再発し、もはや打つ手はないと診断されてリバプールのホスピスに入ったJack Jonesさん(76)は、栄養も水分も与えられず2週間で死亡した。しかし死後になって、癌は再発しておらず死因は肺炎だったことが判明したのだ。病院側はJonesさんにLCPは適用していないと主張するが、患者が機械的に分類され、一旦ターミナルと分類されると、症状の観察も再評価もなく分類だけが一人歩きしているのでは……と、このニュースも終末期医療のあり方に大きな疑問を投げかけた。

◎緩和ケアとはアグレッシブな症状管理と支援
 NEJMの10月号には、NIHの研究論文以外にも、緩和ケア専門医の論説が同時掲載されている。認知症患者の終末期ケアをグレードアップして、痛みや不快をもっと丁寧にケアすべきだと訴える内容。「アグレッシブな医療か医療なしかの2者択一ではない。緩和ケアとはアグレッシブに細やかに、症状管理に重点を置いて患者と家族をサポートすることだ」という部分は、NIHの論文への鋭い反論ではないだろうか。
 ちなみにterminal illness という用語、実は英語版ウィキペディアには既に存在している。「不治で有効な治療法がなく、患者を死に至らしめることが予測される進行性で悪性の病気のこと」。なるほど、「どうせ死んでしまう病気」なのだから金も手間もかけることはない、という文脈で使われるものらしい。でも、それを言うならALSや認知症の人だけでなく、生まれてきた瞬間から人は誰もが、その悪性病にかかっているのだけど……?


*作成:堀田 義太郎
UP:20100212 REV: 20110517
全文掲載  ◇児玉 真美
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