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あとがき

天田 城介 2009/12/04
立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点 20091204
松田 亮三棟居 徳子 『健康権の再検討――近年の国際的議論から日本の課題を探る』
立命館大学生存学研究センター,生存学研究センター報告9,99p. ISSN 1882-6539 pp.97-99


 
あとがき

 本報告書は、2009年1月10日に立命館大学衣笠キャンパスで開催された国際シンポジウム「健康権の再検討――近年の国際的議論から日本の課題を探る」における報告とシンポジウム等の記録を丁寧に再構成した上でまとめられたものである。ちなみに、私はこの分野の専門ではないので、今回の「あとがき」の執筆は力不足であると編者である松田亮三さんと棟居徳子さんにお伝えしたのだが、専門外から見た本報告書の雑感を簡単にまとめてほしいとの言葉をいただいたので、以下、本報告書刊行の意義についてのみ記したい。

 本報告書の全体構成としては、松田亮三氏による「まえがき」からはじまり、ポール・ハント氏ならびにパネリスト・司会者の紹介、国際シンポジウム開催の趣旨説明が続いたあと、ポール・ハント氏によるいくつもの重要な示唆を提示している基調講演「到達可能な最高水準の健康に対する権利――その機会と課題」(日本語訳:棟居徳子氏)とフロアからの質問およびその問いに丁寧に応えられたハント氏からのレスポンスが掲載されている。
 その後、日本のモニタリング調査を踏まえた上で、日本における健康権の指標の重要性について報告した、棟居徳子氏の調査報告「日本における健康権保障の現状――健康権の指標からみた日本」もあわせて収められており、読者としては健康権をめぐる問題構成の全体性と個別性をあわせて概観することが可能となっている。
 更には、「パネル・ディスカッション――個別報告」として、垣田さち子氏の「開業医の立場から近年の地域医療の変容を考える」、藤原精吾氏の「裁判を通じての社会権(特に健康権)の実現」、井上英夫氏の「健康権の意義と課題」、そしてパネル・ディスカッション「日本における健康権保障の課題」が収録されており、日本の医療の現実における個別性を踏まえた上での健康権の理論的・実践的含意について、あるいは日本における裁判を通じた社会権(とりわけ健康権)の実現の問題性について、更には健康権をめぐる議論や問題構成それ自体が置かれた位置と文脈について確認することができる構成になっている。読者としては全体性と個別性をあわせて論考することが可能となっているだけではなく、「健康権」それ自体の理論的かつ実践的含意を確認しながら、そのような「健康権」をめぐる議論や問題構成がどのような文脈のもとに位置づけられてしまってきたのかをも確認できるような、読者としては大変読み応えのある構造になっている。
 上記の意味で、当の問題の「専門家」「研究者」のみならず、私のような全くの「門外漢」「素人」でも「健康権」の理論的かつその実現可能性の目的と重要性についてのみならず、その実現の困難がどのような理論的かつ歴史的かつ政策的な文脈と問題構成のもとにあるために生じているのか、そして、にもかかわらず、その実現の困難を評価し、その評価との差分のなかで司法的アプローチと政策アプローチを順接していくことの「社会的」な意義について確認でき、またそのような目的と意義のもとにあり、そのような文脈と構図のもとにもあるような、「健康権」をなぜゆえに、いかにしてこの「社会」において使いこなしていくことが重要であるのかをも痛感することができるものになっているのである。したがって、全ての読者にぜひ本報告書を熟読・通読してもらえればと願うばかりである。
 そして、上記の観点からすれば、いくつも取り上げるべき重要な点はあるのだろうが、あえてその中の一つだけ挙げるとすれば、井上英夫氏の個別報告にあるように、公害や労働災害や交通災害が問題化されていくなかで、「健康」を「健康権」として捉えようとする議論が、1970年前半に小川政亮氏(社会保障法学)、唄孝一氏(医事法学)、下山瑛二氏(行政法学)などによって開始され、更にはその後1980年に日弁連が人権擁護大会において「健康権の確立に関する宣言」を決議しているという歴史的事実である。そのような歴史的事実を踏まえ、そもそも「生存権」が明記されていると称される憲法25条の具体的かつ詳細な成立過程がいかなるものであり、なぜゆえにあのような文言として結実していったのか、更にいえば、戦前・戦後においてそもそも「健康」をめぐっていかなる議論がどのような文脈のもとになされ、それがどのような問題構成を形成していったのか、そして、その問題構成がいかにして――「健康権」の実現可能性の困難という問題のもっと手前のところで――「健康権」の広がりを困難にさせていったのかということが、もっと緻密に調べられる必要性を私たちは痛感することができる。もちろん、それにあわせてそれをいかなる指標からどのように評価するのか、それが実際にはなぜゆえになされていないのか、そしてそのような現実の只中でいかなることをなすべきであり、なすことが可能であるのかを深く論考することがいかほど大切であるのかを再認識することができるものになっている。
 繰り返しになるが、上記の意味において、当該テーマを専門とする方々だけではなく、一人でも多くの方々に本報告書を手にとって熟読してほしいと切に願うものである。そのことによって、私たちは「健康(権)」が過去においてどのように議論され、それがどのような問題構成とその議論の道筋を作っていき、現在の「健康権」を規程してしまっているのかを知り、それらの実証的な分析と論理的な思考を通じて考えていく道筋が見えてくるであろう。

 最後に、私たちが思考すべき/道筋を示してくれた本企画のために多大なるご尽力をされ、また本報告書の全ての編集の労をとってくださった松田亮三氏と棟居徳子氏にこの場を借りて厚くお礼を申し上げたい。また、ポール・ハント氏、垣田さち子氏、藤原精吾氏、井上英夫氏に対して深く感謝申し上げたい。本当にありがとうございました。
 加えて、立命館大学人間科学研究所事務局ならびに立命館大学生存学研究センター事務局のスタッフの皆さんに心よりお礼申し上げます。誠にありがとうございました。皆さんの多大なるご尽力のお陰で国際シンポジウムの開催ならびに本報告書の刊行ができました。この場を借りて心からお礼申し上げます。

天田城介(立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授)




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