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「障老病異を巡るメディア、テクノロジーと表象の諸問題」

篠木 涼 HP寄稿文 20091113

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「病や、老い、障害など、ままならない身体とともに生きる」とき、生き難いと思うことがある。数限りない生き難さは、「ままならない身体」の内からくることもあり、また「ままならない身体」と世界が接するときに外からくることもあるものだろう。身体がままならない、だからそれを誰かに伝え表そうとすることがある。ままならない身体によって何かを誰かに伝え表そうとするそのとき、伝え表そうとする内容、伝え表そうとする行為、これら自体がままならないこともある。あるいは自分よりも身体がままならないわけではない人と一緒に生きているとき、自分よりも身体がままならない人と一緒に生きているとき、ままならなさの異なりは、互いを巡る伝え表し方の異なりへと、意図しようと意図しまいと繋がり、これがそれぞれのままならなさで生きる人の生き難さを作り出すこともある。ままならなさは複雑であり、しかもあるときにふっと湧いて消えるといったものではなく、長い人生にわたってありつづけることもあるものだから、これらのままならなさは積み重なる。積み重なりが歴史と化すこともある。このようにして、「ままならない身体」をもって生きる人による/についての表象、「ままならない身体」をもって生きる人にとってのメディア・テクノロジーの意義、を考えなおし続けることが大切になる。人の心と身体のメディアとの関わり、この関わりの中で産出される表象の近現代が研究主題である。

UP:20091113 REV:20100108
Art and Margins研究会  ◇物語と歴史研究会  ◇全文掲載
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