◆研究の背景と課題
聴覚障害者の中には先天的ないし言語獲得前に聴覚を失ったことなどが原因で、手話を主要なコミュニケーション手段として用いている人々(いわゆる「ろう者」)がいる。日本の手話通訳事業は、手話を第一言語としている聴覚障害者が日常生活に大きな支障をきたさぬように、1970年代以降、当事者運動の要求に沿う形で公的に整備されてきた。しかしながら、公的な手話通訳事業にはまだまだ多くの構造的問題が存在するものと指摘され、関連団体(全日本ろうあ連盟、全国手話通訳問題研究会、日本手話通訳士協会)から様々な要望が提出されている。例えば、全国手話通訳問題研究会が5年毎に行なっている調査(手話通訳者の労働と健康実態調査)では、@手話通訳者における健康被害(頚肩腕症候群)の問題、A手話通訳者の低賃金と非正規雇用の問題、B手話通訳者間での技術格差と研修不足の問題等が指摘されている。また、聴覚障害者が社会の中で孤立せずに生活していくためには、健聴者との間にある情報・コミュニケーション上の格差を是正することが急務であり、手話通訳事業の更なる充実が求められている。
このような状況の下で、本研究は、手話通訳養成事業と通訳の派遣・利用状況に関する関係者(自治体職員、手話通訳事業の委託先職員、手話通訳利用者)へのインタビュー及びアンケート調査を行ない、(1)手話通訳養成事業の効果と限界、(2)手話通訳において利用者及び手話通訳者が直面する諸問題といった2つの点を明らかにすることを第一の目的とする。また、手話通訳先進国として知られるアメリカの手話通訳事業を精査することで、聴覚障害者の社会参加や手話通訳者の技術・地位向上に必要な施策を明らかにすることを第二の目的とする。最終的には、これらの調査によって日本の手話通訳制度が抱える構造的問題を明らかにし、それらの問題を改善するための政策提言と基盤の整備を行なうことを研究の目標とする。