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「自閉症の社会学へ向けて」

障害学研究会関西部会第31回研究会 例会記録
20091107 於:立命館大学大阪オフィス


障害学研究会 関西部会 第31回研究会
(共催: 立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点)
日時: 2009年11月7日(土)13:30〜17:30
会場: 立命館大学 大阪オフィス
テーマ: 自閉症の社会学へ向けて
報告者: 竹中 均さん(神戸市外国語大学)
司会:横須賀 俊司さん

●参加者自己紹介(13:35-14:45)

●竹中さんの報告(14:45-15:15)
【以下、竹中さんのレジュメ。★は当日の草稿ないし口頭での補足】

自閉症の社会学へ向けて
09.11.7 竹中均

A.拙著『自閉症の社会学──もう一つのコミュニケーション論』(2008年、世界思想社)の概要を簡単に紹介。
1.なぜ書くことになったのか
★神戸市外国語大学で日本文化と社会学を教えている。修論は「精神分析と社会学」関係。博士課程では民芸研究へ。
 高校時代は「登校拒否」で、卒業まで6年かかる。それから陶芸の訓練を経て、工場勤務へ。仕事を辞めて、その後受験して、社会学専攻へ進んだ。
 子どもが生まれて、自閉症だった。自閉症についての入門書を読んでみたが、社会学的な先行研究はともかくとして、社会学的な入門書のようなものは見つからなかった。そこで自閉症を研究テーマにした。出版社の編集者から「本を書いてみませんか」と勧められる。社会学と自閉症の両方の入門書として、読んでわかる本を目指した。
2.各章の簡単な紹介
★導入:映画「レインマン」
 1章 3つ組の障害
   スペクトラム(白黒分かれたカテゴリーでなく、健常から自閉症への連続体として捉える)
 2章 目に見えないもの
   目に見えないものとしての社会に取り組んだデュルケーム、アンデルセン『裸の王様』
 3章 ギデンズ、構造と主体
   構造化(構造と主体の関係をプロセスで捉える)を生身で生きているのが自閉症者なのではないか。
   自閉症に対する「ティーチ」という手法
   主体性をどうやってはぐくむか
 4章 クーリー(19世紀):鏡としての他者
   自閉症者:精密な模倣が出来るが、おうむ返し=鏡としての反転がうまくいっていない
   比喩的に言えば、自分自身を写真に撮るのは難しい。世界のなかに自分を置けない。
   鏡的反転が社会化に必要
 5章 G.H.ミード「IとMe」
   両者の関係がうまくいっていない
   自閉症の「積極奇異群」
   積極的なのだが、社会的ゲームをするのが難しい
 6章 ゴフマン
   電車の中での知らない人同士の相互作用
   儀礼的無関心
   自閉症者:違うタイプの無関心
 7章 エスノメソドロジー
   違背実験≒自閉症者の日常?
 8章 会話分析
   エコラリア(おうむ返し)
   自閉症者にとっては理屈っぽい話よりも雑談が難しい。雑談は複雑な構造をもつ。
 9章「アヴェロンの野生児」
   社会化の失敗だったのか?
   アヴェロンの野生児は自閉症児だった?(現時点では、一説だが)
 10章 障害とテクノロジー
   ケータイ:情報の豊かさではなく情報を制限するツールとして役に立つ。
   顔も見えず声も聞こえない、文字のみのメールがむしろ扱いやすい。
 11章 学歴社会
   学歴と就職との断絶。学歴が高いが、就職(面接)がうまくいかない場合がある。現代社会一般の問題との接続可能性?
   運動会:近代日本の国民統制。学校の秩序のシンボル。だが予定変更に弱い自閉症児にとっては秩序(ルーティン)の崩壊
 12章 時間
   時間厳守:近代以降の産物?近代的時間に対する自閉症者の立場は?
   携帯・フレックス制により、時間厳守の価値が低下してきた。
  「革命暦」
   時間は、自然秩序と社会秩序の独特の組み合わせによっている。その間で自閉症者は困惑している?
 あとがき 
   自閉症者は日本でも韓国でも、同様の意味でアウトサイダーなのか? 自閉症からみる日本と韓国の2つの社会の相違点と共通点は何だろうか?

B.アーヴィング・ゴフマンへの関心
1.小さな秩序
個々の集まり・場がどのような仕組みでなりたっているのかを描きだす「小さな秩序」の社会学
★「ゴフマンはデュルケイムが一貫して社会対個人という分析軸で理論を展開したのに対し、自らの分析軸を対面的相互行為に立ち現れる個人対個人という分析軸へと転換させる」(高橋裕子「ゴフマン理論の射程」109頁)。

2.儀式
敬意deference 回避avoidance 相手の「自分の領域」から慎重に距離をとらなければならない。
       提示presentational あいさつ、あいづち、賞賛
品行demeanor(良き振舞い)自分が他人から敬意を受けるに値する人間であることを他者に示すふるまい
★「ゴフマンによると、対面的相互儀礼は、通常他者に対する尊敬を象徴的に示す「敬意」と共に、自らがいかに礼儀を心得た人物であるかを示す「良き振舞い」とを綯い交ぜに表現する」(高橋裕子「ゴフマン理論の射程」111頁)。
「ゴフマンは、提示儀礼をデュルケイムの積極的儀礼に対応するものとして、回避儀礼をデュルケイムの消極的儀礼に対応するものとして示した」(高橋裕子「ゴフマン理論の射程」110頁)。
「デュルケイムに倣って、対面的相互儀礼が果す役割とその葛藤を考察したゴフマンの最終的な結論は、彼自身がデュルケイムから引用してきた次の文言に集約されているように思われる。「人間の人格は神聖なものである。人はそれを侵したり、その境界を侵害したりしてはならない。しかし同時に、最大の善事は、他人とのコミュニケーションにある」(高橋裕子「ゴフマン理論の射程」111頁)。
「エゴイズムが跋扈する現代社会であるからこそ、対面的相互儀礼なくして行為者は連帯の糸口を見出しえないだろうし、対面的相互行為の秩序は維持できないのである。しかし社会を成す紐帯が、行為者の聖性を巡る対面的相互行為儀礼にかかっているということは、それ自体社会の脆弱性の証左であるに違いないのであるが」(高橋裕子「ゴフマン理論の射程」109頁)。

3.儀礼的無関心──回避でもなく提示でもなく
「次の点もゴフマンはデュルケムから引き継いでいる。消極的礼拝と積極的礼拝には矛盾がある、とデュルケムはいう。「聖なるものだから」距離をとり過ぎれば、神との積極的なつながりが感じにくくなる。かといって、積極的につながりをもとうとするとタブーを冒す危険が多く、涜聖(聖なるものを汚すこと)につながる。…「儀礼的無関心」は、街かどで私たちがしている儀式での、この「矛盾」の解決法を示している。街かどで私たちはふたつのことをしてはいけない。ひとつは「凝視」。…もうひとつは「無視」。」(『社会学になにができるか』96頁)

4.修復儀礼が働かない時
「儀式のルールを破った人、「自己」を傷つけた人、あいつは「不自然な者、不完全な人間」だ、こう私たちは考える。あるいは考える「必要」がある。もしきちんとした人が「儀式」をこわし「私」を傷つけたのだとしたら、「儀式」も「私」も価値がないことになってしまう。でも、それをやった人は「ヘン」な人だ!この考えにたどり着くと、私たちは安心する。だったら、「儀式」も「私」もやっぱり確かに価値がある!こう考えることで、私のなかの不快や不安はおさまり、車内の空気は落ちついたものに戻っていく。」(『社会学になにができるか』106頁)

5.精神病への注目から、自閉症論への可能性
「本書の主要な目的は、「精神病」者の徴候学的現象が時として精神障害の性格よりもむしろ公共の秩序の構造に関係していることを示すことであった。…法的秩序を乱す者が刑務所に拘置されるのと同様に、不適切な行為をする者は精神病院に収容される。前者はわれわれの生命と財産を守るための施設であり、後者はわれわれの集まりと社会的場面を守るための施設である。」(『集まりの構造』(原著1963年)260,267頁)

6.表現・対・行為のディレンマ
「そういう時に、われわれはいやでも、「行為」と「表現」との運命的とも云える二重性≠ノ直面させられ、でき得れば、そんな相克のないいわば一義性の世界≠ノ逃避したいと思う。…ドラマを含む遊びの世界は、とりもなおさず、日常世界の多義性(ないし曖昧さ)を克服した一義性の世界なのであって、ひとびとはそこにいる間は、純粋さの中の負担免除≠味わうことができる。」(『社会学のあゆみパートU』121頁)★→自己ファンタジー、情動行動

「プロの役者が、舞台に上っていろんな役柄をこなせるように、実はわれわれも、いろんな意味世界の住人として、その都度己れを変身させつつ生きていく。いや、いろんな意味を、ほとんど同時に生きる。一見、ただの観客にみえる側の人間をも、ゴフマンは、劇世界に文字通り没入しているひと(onlooker)と、舞台上の役柄(character)よりもむしろ俳優そのひと(stageactor)を見てしまうような見物人(theatergoer)とに区分した。……すぐれた俳優がけっしてその役割(character)になり切ってしまわないように、観客もまた、あのハムレットが、実はローレンス・オリビエであることを、片時も忘れはしない。プロの俳優が、次元の違った多重コミュニケーションをこなす以上に、われわれ素人が実に、芸達者≠ノ、次元の違った世界を同時に生きるのである。」(『社会学のあゆみパートU』128頁)
 →自閉症児が、ごっこ遊びが苦手は一方、キャラクターになりきってしまうこととの対比。
★行為と表現のジレンマとの関連で、誤信念課題(サリーとアンのテストなど)を考える。

7.誤信念課題
「人間がコミュニケーションする際には、決定的な限界がある。それは、「表現しなければ伝わらない」ということである。私たちはテレパシーでも使わない限り、頭の中に思い描いたことを直接、相手に伝えることなどできない。したがって、文字、声、表情など、コミュニケーションはすべて知覚しうる何かしらの「メディア」を通じて行われている。心から友だちのことを心配している場合でも、ただ思うだけではその思いは伝わらない。伝わるよう、適切な形で表現する必要があるわけだ。」(『はじめて学ぶ社会学』187頁)
→「誤信念課題」をパスしないということは、一面では、自分の頭の中で思い描いたことと、相手が知っていることとがうまく分離していないということでもある。自閉症者が「コミュニケーションの障害」を持っているということは、コミュニケーションのための「メディア」(例えば、視覚や聴覚など)を持っていないということではない。そうではなくて、自分の頭の中で思い描いたことは、何らかのメディアを使って他者に伝えなければ共有されないということと、そうしてまでも伝えたいという欲求を持ちにくいということであろう。★→日常生活の演劇性(ドラマツルギー・アプローチ)

8.ゴフマン『集まりの構造』での自閉症への言及
「人は社会的状況には表面上は参加しながら、現実の世界あるいは厳粛な世界であると自他ともに見なしているものからは自分の注意をそらして、自分だけの遊びの世界に一時的に身をゆだねることがある。この種の集まりから遊離した心の世界は「離脱」と呼べるものであるが、それに関しては厳格な状況規制がなされる。
 おそらく、もっとも重要な種類の離脱は、過去の経験を追想したり、未来の経験のリハーサルをしたりすることである。この離脱は、さまざまの形をとってあらわれる。それは、空想、黙想、うらの空、白日夢、あるいは自閉症的思考などと呼ばれる。」(ゴフマン『集まりの構造』 77頁)
→ゴフマンは「離脱」という用語を、ベイトソンとミード共著『バリ人の性格』から援用している(279頁)。また、「自閉症的思考」に関しては、註で、ブロイラーの文献から援用している。このようにゴフマンにとっての「自閉」という言葉のイメージは、ブロイラーやベイトソン/ミードによる統合失調症イメージと結びついている。★→ダブルバインド論との関連
★「ゴフマンが、行為の多様性と重層性について説得的な議論を展開できたのは、ベイトソンからフレーム概念を援用したことによるのである。ゴフマンは、ベイトソンの「遊びと空想の理論」を評価し、「フレームという言葉を、ほぼ私が採用したい意味において提示したのは、ベイトソンの論文だった」と述べる」(高橋裕子「ゴフマン理論の射程」112頁)。

★「自閉」概念のもう一つの用例
「さて、外観を規律正しく整えるということは、まわりの人びとに敏感に反応するためのひとつの方法にすぎない。もうひとつの方法は、状況の新しい刺激に反応する精神的即応と身体的機敏さである。…ブロイラーは、このような状況に対してまったく無感動な行為の極端な例についてすぐれた描写をしている。彼は多くの精神分裂症的徴候を記述するにあたって、人間の心の内向性に触れて、次のように述べている。
 また、多くの患者は自閉症の徴候を示す(もちろん、これは無意識になされることである)。彼らは、自分のまわりのことがらに関心を示さないだけでなく、おたがいに相手の顔を避け、ただ白壁を見つめ座っている。ある時にはスカートやベッドクロスを頭にかぶって感覚をさえぎったりする。実際、患者が、自分だけの世界に閉じ込もろうとする時には、体をまげて、うずくまった姿勢になることもたびたびあった。そんな時には、患者は、自分の皮膚の表面の感覚領域をなるべく隠そうとしていたのである。
 自己の存在を隠そうとする試みは、医療機関以外の多くの面で精神病院に類似している施設においても、たびたび見られる光景である。」(ゴフマン『集まりの構造』 32頁)
→ブロイラーの「自閉」概念の援用例。ただし、訳語として「自閉症」が用いられている点に注意。

★ブロイラー・統合失調症・「自閉」の関わりの変遷
「ブロイラーが一般人口の中に決して稀ではないとした、単純型統合失調症の概念は、…構想当初の時点では、現在でいう広汎性発達障害のケースと相当の割合でオーバーラップしていたと推測する。」(『アスペルガー症候群──歴史と現場から究める』171頁)
「アスペルガー障害と統合失調性人格障害は、ともに人との(親密な)関係が欠如していることに最大の特徴がある点から、その社会技能(social skill)の特徴に注目する限り、鑑別が困難にみえる。…ちなみに、哲学者ヴィトゲンシュタインはかつては分裂気質ないし分裂病質とみなされていたのだが、最近はアスペルガー障害だとする見方が出されている。」(『アスペルガー症候群──歴史と現場から究める』157頁)
★ウィトゲンシュタインと並ぶ「発達障害の天才」?アインシュタインについてのゴフマンの言及
★「外観を規律正しく整えること」に関して
「誰にでもあてはまるわけではないが、アルバート・アインシュタインの世界は、そのよい例である。彼の服装は型やぶりでユニークであるが、許容できるものであった。彼の服装は彼がまったく現実の世界からかけ離れていたことを示唆するが、彼だけの特殊な世界は真実で有意義な世界であると多くの人が認めることができたのである。もっとも無難にアインシュタインらしく衣服を着こなすことのできる人は、アインシュタインであった。」(ゴフマン『集まりの構造』280頁)

★ゴフマンの時代における自閉症理解は、精神分析と深い関係にあった。
「自閉症というものが公式に診断として認識されたのは一九八〇年からである。その間、カナーの概念は(より多く注目された者の運命として)既に多くの追試に晒され、その結果、オリジナルの自閉症概念自体は早くから部分修正を受けてきた。たとえば、アメリカ精神医学における精神分析(精神力動論)の影響は大きく、カナー事例の両親が高知能・高学歴で共感性に欠く(単に同僚など知的な親の子どもが多かったということにすぎないと思われる)ことから、心理・環境要因が注目され、その後、自閉症は重度の情緒障害として精神療法の対象となった。この立場の極端な例は、ちょうど、同じ時期、統合失調症がユダヤ人であるアメリカの精神分析医フロム・ライヒマンによって「統合失調症をつくる母親」に原因を求められたように、オーストリア出身でナチの強制収容所から奇跡的帰還を遂げたユダヤ人心理学者、ブルーノ・ベッテルハイムによる「冷蔵庫(のような自閉症児の)母親」説である。心理・環境因説である「母原病」観は一世を風靡した。」(『アスペルガー症候群──歴史と現場から究める』20頁)

★ゴフマンとベッテルハイムの関係
 ヴァンカンによると、シカゴ大学での「社会科学U」の授業には、学外からも定期的に講師が招かれており、ベッテルハイムもその一人だった。ゴフマンがこの授業に出席した確実な証拠はないが(丸木泰史「精神科デイケアセンターとインスティテューショナリズム」69頁)。

★60年代アメリカと統合失調症をめぐる社会状況
 ゴフマンの『アサイラム』が論じたインスティテューショナリズムという言葉は、1948年にベッテルハイムが初めて用いた(丸木、53頁)。「1950年代から60年代にかけて、バートンをはじめ、インスティテューショナリズムに関して、つまり精神分裂病の長期入院患者の荒廃状態などの症状は、精神分裂病に特有の進行過程ではなく、病院やそこで働く職員が作りだしたものなのではないかということに関して、精神医学界で議論が活発になされるようになった。ケン・キージーが精神病院を舞台とした小説『カッコーの巣の上で』(Kesey 1962)を出版し、大きな反響を呼んだのもこのころである。そして同時期にこの問題を社会学の立場から論じたのが1961年に出版されたE.ゴッフマンの『アサイラム』である」(丸木、54頁)。
→当時の、長期入院による荒廃状態の統合失調症患者の少なくとも一部には、自閉症者がいたという可能性はあったのだろうか?

★自閉症をめぐる考えの変遷(環境因説をめぐって)
「自閉症を思わせる個々の記述は古くから散見される。一九四三年に、それらをはじめてグループとしてまとめたのがアメリカ合衆国の児童精神科医レオ・カナーである。彼は自分の外来に紹介されてきた子どもに共通の特徴を見出し「早期幼児自閉症」と名付けた。
 ところが、当時の米国精神医学は、精神分析理論の影響を色濃く受けており、子どもが情緒的障害を受けているというカナーの観察の一側面のみが多くの精神科医の共感を呼んだ。また、自閉症と非常に早期に発症した統合失調症との異同が議論されるのと並行して、統合失調症の病院(現在では脳機能の障害とする考えが主流)として近親の関与が大とする家族研究が広まりつつあった。精神障害の環境因説を唱える学者にとって、自閉症は格好の素材であった。カナーも当時の潮流であった力動精神医学に感化され、自説を次々と修正する羽目に陥ったようである。「とりあえず統合失調症とする」とされた自閉症では、家族機能、特に母子関係に問題があり、機械化した如き人間関係や親としての温かみを欠く強迫性が環境要因として挙げられた。
 翌一九四四年、アスペルガーは、カナーの自閉症よりも少し年長になってから異常に気付かれるグループを「子どもの自閉性精神病質」という名称でまとめて、ドイツ語で報告した。カナーの報告と極めて近い内容を有していながら、言葉の壁や第二次世界大戦の後遺症、精神分析理論全盛期ゆえの障壁などが影響したのだろう、ヨーロッパ大陸で当初から話題になり英語で紹介されたにもかかわらず、国際舞台で注目されるまでには実に二十年近くを要した。…
 六〇年頃からカナーは自閉症を発達障害として捉えていたようであるが、公的には統合失調症の幼児型と位置づけていた。そして、特異な能力の存在を肯定しつつも知的な障害の併存を認める立場を取った。
 一方、アスペルガーは自分の記述したグループを人格障害(旧概念では精神病質)とし、生物学的素因の関与が大きいことを前提としながらも、精神病というニュアンスを避けて性格の偏りに位置づけた。そのまま八〇年に亡くなるまで、カナーの自閉症とは異なるものであるとの立場をとり続けた。
 六〇年代に入ると、子どもの発達に焦点を絞った研究から、自閉症の本態を脳機能の障害と捉える見方が発展していく。この過程で「自閉症の原因は身体的なものであって親の育て方とは関係がない」ことが、より明らかになった。これらの研究に大きく貢献したのは、マイケル・ラターらロンドン大学精神医学研究所を中心とした研究者達(イギリス学派、モーズレー学派、言語・認知障害説(註:アンチ環境因説)などと呼ばれている)である。…
 七〇年代から八〇年代にかけて、カナーの自閉症はより広いスペクトルの一部であるとする考え方が台頭し、ウィングらやスウェーデンのギルバーグらによる疫学調査によってそれは促進されていく。
 自閉症に対する捉え方の変遷は国際疾病分類の変遷からも窺い知ることができる。世界保健機構(WHO)の「国際疾病分類(ICD)」では、第八版(一九六七)になって幼児自閉症が精神分裂病(統合失調症)の一型として取り上げられ、第十版(一九九二)では発達障害に区分されている。一方、アメリカ精神医学会(APA)の「精神疾患の分類と診断の手引き(DSM)」では、第三版(一九八〇)より自閉症的な病態がまとめられ、第三版改訂版(一九八七)からアスペルガー障害が取り上げられている。どちらの診断分類でも、さまざまな領域の発達に障害が及ぶという意味から「広汎性発達障害」という用語が使われた」。(『アスペルガー症候群 歴史と現場から究める』64頁)
→つまり「一九六〇年代は自閉症と統合失調症の概念が混乱し、両者とも精神分析理論の影響を受けて心因説が主流であった時期である」(67頁)。

上記のような概念(カテゴリー)の混乱の中で、『集まりの構造』意外にも、ゴフマンには「自閉」概念の使用例がある。『アサイラム』(1961年原著刊行)において、「自閉的」という形容詞は、以下のような場合に用いられている。
「セントラル病院の重症病棟の多くの患者は、標準的な一見それとわかるようなコミュニケーションの切っ掛けを、受け取りもまた与えもしないという態度を持していた。言われたことへの応答は緩慢であるか、言われたことは実際には受け取られてはいなかったということを示唆するような仕方で扱われるかであった。これらの患者にとって、自閉的な沈黙は公式的な立場であった。──おそらくはうるさく詮索する看護士や同僚の患者の両方に対する防衛であったのであろうが、不本意ながら通常の精神障害の症状と認定されたのである。…言うまでもなく、このような自閉的態度は、一度採られると、それ自体様々の制約を伴った一つの決定(コミットメント)になった。緘黙の患者は、言葉で恐怖を表現せずに医学上の様々の処置に従い、無抵抗で虐待を甘受せざるを得なかったのである。また病棟内で進行中のことに対する関心もまたそれに対する態度も隠さざるを得ず、日常的な社会生活における些細な遣り取り、取引も控えざるを得なかったのである。
 見ざる・聞かざるという態度をとり続け、しかもそれに伴うコミュニケーション上の様々の制約を乗り超えるために、重症患者の中のある者たちは自分たちの間で一組の独自のコミュニケーション上の取り決めを用いているように思われた。同僚の患者から何かを得たい、あるいは彼に何かを遣りたいと望むときは、彼らはまず相手の目を覗き込んで、それからくだんの対象、たとえば新聞とか一組のトランプ、〔患者が坐っている〕ベンチの隣の場所に目を遣り、ふたたび相手の患者の目を見る」。(258、9頁)
→ここでの「自閉的」は、アサイラム内における患者の戦略として解釈されているようである。

 ちなみに、『アサイラム』における「精神障害者」とは、ゴフマンにとっては、「病院外で彼らと社会的には近接していないとしても身体的に近接している人びとに精神医学的措置をとらせるような種類の面倒を引き起こす型の人のこと」である(『アサイラム』302頁)。したがって「精神医学的基準からすれば<病んでいる>と判定されるかも知れないが、自分自身にも他人にも病んでいると見られるには至らない未確認の潜在的患者、…個人診療所への通院患者、精神療法を受けている精神科の通院患者」は、ゴフマンにとっては「精神障害者」ではない(『アサイラム』134頁)。このように定義することで、「精神障害者として扱われるということから受ける様々の影響を、臨床家が精神病理的と診断するはずの様々の症状が個人の生活に与える影響とはまったく別種のものとすることができるのである。精神病院の患者になる人びとは、精神科医が彼らに帰属させる病気の種類や程度の上でも、専門家ではない一般人が彼らについて述べる際の様々の様子の上でも、多種多様である。しかし一度入院手続が始まれば、彼らが直面するのはいくつかの重要な点で類似した境遇であって、彼らの側もそのような境遇に対してこれまたいくつかの重要な点で類似した仕方で反応するのだが、これらの類似点が精神疾患に由来するものではない以上、類似点は精神疾患とは無関係に生ずるものと思われる。…これ以上の多様性は到底考えられないほど多様な人びとを社会が一箇所に集め、そのような多様性をもつ人間という素材に対してこの種の社会的再加工を加えることもできるというのは、様々の社会的勢力の威力によるものなのである」(『アサイラム』134頁)。
→以上のように、ゴフマンの視角は、障害の原因は何かという方向には向かず、徹底的に社会学的なものだった。それはそれで首尾一貫したものだったと言えるが、その思わぬ余波として、社会学内部では、「自閉」という言葉が上記のような文脈だけに固定化されたきらいがあるかもしれない。
 このようなゴフマンの「自閉」解釈は、現在の社会学にも影響しているのでは?

9.『社会学小辞典』での「自閉」概念
 精神分裂病「1911年ブロイラーによって命名された内因性精神病とラベリングされた逸脱行動の一つ。…そのラベリングに必要な条件としてブロイラーは、連合弛緩、感情障害、両価性、自閉症の四特徴を示した。」
 自閉性autism「ブロイラーのつけた名称で、願望や苦悩などを内にもちながら自己の殻に閉じこもり、対人関係の交流を困難にしてしまう心的状況のこと。」

★最後に憶測めいたコメントをすると
10.謎めいた人生──「カメレオン・マン」
「アーヴィング・ゴッフマンは謎めいている。多くの人がそのような印象を彼に抱く。だが、彼の生い立ちを追うことによって、その謎は少し解き明かされるだろう。…ユダヤ人としての自分のアイデンティティに対する葛藤から、最初の2年間はひきこもりのような生活を送る。その2年間の沈黙を破って学友や教師たちの前に現れるようになった彼は、ことさら自分の「ユダヤ人としての」そして「中央ヨーロッパからの移民の子としての」アイデンティティを強調するのだが、その姿はしばしば攻撃的で、「小柄の短刀(little dagger)」と称される。」(『はじめて学ぶ社会学』183頁)

「ヴァンカンはゴッフマンの生涯に関する記述を締めくくるにあたり、彼をアメリカの映画俳優ウッディ・アレンになぞらえているが、その参考となる作品に'Zelig'(1983、邦題「カメレオン・マン」)がある。…主人公のユダヤ人男性ゼリグは、会話の相手によってその話す内容はもとより、言語・顔つき・体つきにいたるまで変化させ相手に同化してしまうといった内容だ。…担当医の努力によってしだいに自分をとり戻し、自分の主張もはっきりできるようになるが、逆に他人に対して攻撃的になってしまう。この辺りは「小柄な短刀」と称されたゴッフマンと重なる。」(『はじめて学ぶ社会学』186頁)
 →この映画には、ベッテルハイムがカメオ出演している。★(ゼリグは「究極の社会適応者」とコメント)
★偶然かもしれないが、確かに本稿の登場人物には、カナーを含めてユダヤ系の人が多い。アレン自身も映画の中で、カメレオン・マンと、合衆国社会におけるユダヤ人の立場との二重写しを示唆している。しかし、ゴフマンの「謎めいた」点は、それだけで説明しつくされるだろうか。(あくまで憶測に過ぎないが)

★ゴフマンにみられる「連続体」という発想
「ゴフマンはスティグマが相互行為過程で生成されることを鋭く見抜いていた。この相互行為を直接担うアイデンティティが、社会的アイデンティティである。つまり、相互行為はその下位概念としてのバーチャルな社会的アイデンティティとアクチュアルな社会的アイデンティティの交換過程によって成り立つ。提示することを求められているのはいかなるアイデンティティで、いかなるアイデンティティが実際に提示され、それはいかに受け止められるか、である。ゴフマンは、行為者が他者に対して抱く「標準的期待」をバーチャルな社会的アイデンティティと名付け、これに対して「求められれば提示できるカテゴリー、属性」をアクチュアルな社会的アイデンティティと名付けた」。
「いかなる行為者も「標準的期待」から逸脱したアクチュアルな社会的アイデンティティを提示することで、スティグマを負う可能性があるということになる。「最も幸福な『常人』でも、半ば隠れた欠点を持ちがちであり、しかもその小さな欠点が波紋を広げ、アクチュアルな社会的アイデンティティとバーチャルな社会的アイデンティティ(行為者が他者に抱く標準的期待)の苦々しい乖離をとなって露呈するような社会的場面がある。すなわち、たまに不安定な人と、常に不安定な人とはひとつの連続体の上にある」のである(『スティグマの社会学』1963年、208頁)」(高橋裕子「ゴフマン理論に見る「構造」」41頁)。

★『アサイラム』においてもゴフマンは、連続体について次のように記している。
「私が以上で報告した第二次的調整が実際に遂行されるときは、ほとんどすべての場合、患者の様子は事理をわきまえ現実的な決定をしている人のそれであり、部外者も状況の脈略を充分に知れば、〔それは〕彼の知っている社会と異質のものではなくむしろ同類と分かり、違和感を覚えなくなるに違いない、ということだ。常人と精神障害者の間には明瞭な一線を劃することはできない、という古諺がある。むしろ一方の極に社会生活にうまく適応している常人がおり、他方の極にどう見ても精神病者という人がいる一つの連続体がある〔と言うのである〕。私としては、精神病院で一定期間を過ごし、その風土に馴化してみると、連続体という考え方も不当に押し付けがましいものに思われる、と言いたいのだ。人間の生活が行われている社会は、どのように見ても人間の社会なのだ。そこに属さない者には異様なことも、そこに属しその社会を生きている者にとっては、たとえ不本意であっても、自然のものなのである。患者たちが相互にしている交渉のシステムは、何かの〔連続体の〕極にある、というようなものではなく、むしろ人間の社会生活の一つの事例なのである」。(298、9頁)

★『集まりの構造』1963年(151頁)においてゴフマンは、「ストリート評言street remark」(ガードナーによれば「公的な場所で、ある個人が見知らぬ他者に行なう自由で評価的なコメント」)への先駆的な注目を示している。しかし、ガードナーによれば「ゴフマンはストリート評言における「開示させようとする者」と「開示せざるをえなくなる者」の問題を深く追究しなかった」(高橋裕子「ゴフマン理論に見る「構造」」49頁)。
→自閉症者の場合も、ストリート評言はしばしば問題となる。
★このように、自閉症論との関わりでは、ゴフマンの中に、時代的な制約とともに、可能性の芽を見出すことが出来るかもしれない。

11.展望
 療育におけるソーシャル・スキル訓練をゴフマン的視点(療育する側でも、される側でもない視点)から見直す(但し利用法は様々)と同時に、ゴフマンとその社会学を現代の自閉症論の見地から見直すこと。★→アサイラムにおいて、職員とも収容者ともつかない格好で自由に歩きまわったゴフマンのスタンス。
★ゴフマン
1922年生
1945年 トロント大卒業
49年 シカゴ大 修士号
54-57年 アメリカ国立精神衛生研究所研究員、病院で参与観察
58年 カリフォルニア大
68年 ペンシルバニア大
70年 『スティグマの社会学』邦訳
74年 『行為と演技』邦訳
82年没

参考文献(取り上げた順)
高橋裕子「ゴフマン理論の射程──儀礼論と行為論のはざまで──」、『立命館産業社会論集』 立命館大学産業社会学会、34巻4号、1999年。
奥村隆「儀礼論になにができるか──小さな秩序・大きな秩序」、奥村隆編『社会学になにができるか』八千代出版、1997年。
E.ゴッフマン著、丸木恵祐・本名信行訳『集まりの構造──新しい日常行動論を求めて』誠信書房、1980年。
大村英昭「ドラマツルギー」、新睦人・中野秀一郎編『社会学のあゆみパートU』有斐閣、1984年。
石井卓「アスペルガー症候群(障害)と統合失調症」、石川元編『アスペルガー症候群──歴史と現場から究める』至文堂、2007年。
岡島美朗・加藤敏「アスペルガー障害と統合失調性人格障害(Schizoid Personality Disorder)」、石川元編『アスペルガー症候群──歴史と現場から究める』至文堂、2007年。
石川元「アスペルガー症候群の歴史──統合失調症か人格障害かという論争に始まり広汎性発達障害に組み込まれはしたが発達障害と人格障害の接点としての存在意義が今後は注目されるべきだとの提言」、石川元編『アスペルガー症候群──歴史と現場から究める』至文堂、2007年。
丸木泰史「精神科デイケアセンターとインスティテューショナリズム──E.ゴッフマン『アサイラム』再考──」、『大阪医科大学紀要 人文研究』大阪医科大学、31巻、2000年。
市橋香代「ローナ・ウィングとアスペルガー症候群」、石川元編『アスペルガー症候群──歴史と現場から究める』至文堂、2007年。
E.ゴッフマン著、石黒毅訳『アサイラム──施設被収容者の日常世界』誠信書房、1984年。
M嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘編『社会学小辞典 新版増補版』有斐閣、2005年。
土井文博「ゴッフマン」、土井文博・萩原修子・嵯峨一郎編『はじめて学ぶ社会学──思想家たちとの対話──』ミネルヴァ書房、2007年。
アーヴィング・ゴッフマン著、石黒毅訳『スティグマの社会学──烙印を押されたアイデンティティ(改訂版)』せりか書房、2009年。
高橋裕子「ゴフマン理論に見る「構造」──「構造」と「主体」の関係性──」、『立命館産業社会論集』立命館大学産業社会学会、35巻4号、2000年。

【レジュメ終わり】

●休憩(15:15-15:30)

●質疑応答(15:30-17:30)
A:カテゴリーとスペクトラムの扱い方について。身体障害やその他の障害にも、制度の谷間の問題などとして、連続性を持ったスペクトラムとして捉えるべきだという考え方がある。一方で、報告のなかでも統合失調症と自閉症の違いが強調されているように、障害の違いをカテゴリーの違いとして言う必要もある。
竹中:自分の子の場合、明確なカテゴリーに入れてもらえなさそうで、このことは自分にとっても生活の問題。でも議論としてはカテゴリーを使ってしまっている。ゴフマンは病院に入ったら同じ扱いを受けるということにだけ注目する姿勢を選び、原因の違いを問わない。その姿勢のほうがいいかもしれない。
 一方で、親は、しつけのせいではないという点を明確に伝えたいから、親の立場だとどうしても、原因論に引き寄せられ、それに絡め取られてしまう傾向があるのかもしれない(自戒も含めて)。社会からの扱いは同じだが、原因は違う、という人々と連帯できるか。統合失調症の親と、自閉症の親とがうまくシームレスに連帯できるだろうか。
 (事実に反するが)もししつけが原因だったとしたら、「(普通の意味で)治る可能性があるかも」と思ってしまうかもしれない。どっちの立場に立っても、落とし穴があり、それをうまく回避するのは一筋縄ではいかないように思われる。
 スペクトラムで全部を説明するのは難しいかもしれない。たとえばの話だが、本格的な治療法のようなものが出てくれば、(親たちの気持ちの中では)スペクトラム概念はゆらぐのかもしれない。さらに、映画「X-Men」シリーズの一作でフィクションとして描かれたように、治すことの判断を誰がするのかという難問がある。
A:治療法が出てきても、治る自閉症と治らない自閉症がでてきそう。障害学はこれまでインペアメントにこだわらない方向でやってきたが、ディスアビリティだけではだんだん説明しにくくなってきていると思う。
竹中:親にはうまく判断がつかないことは多いと思う。その実例として挙げると、自分の子が怒っているパニック状態をどう受け止めていいかよくわからない。なんとか止めたいと思うが、子どもの姿を目の前にして、何をどうすれば一番適切なのか、迷うこともしばしばだ。とにかくその場を切り抜けたり、逃げようとしてしまい、悪く言えば対症療法的になってしまう。そもそも、パニックと呼ばれている状況が、苦痛を感じて怒っているのか、抗議として怒っているのか、そもそも怒っているのかどうか、現時点では(私自身のコミュニケーション能力の貧しさもあり、)本人に聞いてもよくわからない。パニック状態はディスアビリティなのか、インペアメントなのか。本人にとってどうなのか。怒った後でけろっとしてニコニコしているが、健常者の場合、そう簡単にけろっとはならないように思うのだが。周りへの抗議としてのパフォーマンスも入っているかもしれないが、どう解釈すればいいかわからないのが現状だ。
B:近年、自閉症圏の当事者が語るようになってきている。ニキリンコさんのように、生きるスタイルがある。独自の楽しみがある。治してあげようと言っても、本人はそう思わないこともあるだろう。それを治そうとするのは暴力。だから治療法が見つかっても「自閉症スペクトラム」という考え方はなくならない。社会とのインターフェイスを考えるほうが生産的。
 一方、統合失調症の人たちの語りは、自閉症の人たちの語りよりもしんどい話が多く、楽しみを語っても自閉症の人たちのような豊かさは見つけにくい。
 ただし、イギリスでは、メディアを通じて声(幻聴)が聞こえる人を集めたら、そのような人たちは一部で、楽しくやっている人も多くいることが分かった。なので、統合失調症の人でも、それなりに適応的な生活をしてる人は日本でも(まだまだ知られていないが)多くいるのではないか。
 仮にこうしたカミングアウトした当事者の語りを「ニュー・スクール」的と言うとすれば、専門家・研究者など第三者の語りは「オールド・スクール」。今日のお話は「オールド・スクール」な感じがした。
竹中:(具体的に書くのは差し控えるが、)子どもが好きでやっていることを、家ではそれなりに許容・尊重しているつもりだが、学校では、なかなかそうはいかない。現代日本の学校社会のありようや学童の日常生活様式との相互関係で、家では許容範囲のことが問題行動になったりする。本人の意図と社会の側の受け止め方のずれは、周囲の人たちを困らせ、結果的に、本人も決して居心地の良い状況にはならないようである。
B:それは自閉症だけの話ではない。固定的な話ではない。
竹中:学校社会でのずれがあったとしても、その後に、労働環境さえ確保できれば、楽しく生きていけると楽観的に思ったりもするのだが、しかし近年の日本社会のように、サービス産業が多くなればなるほど、反復性を生かせる(いわゆるルーティンの)仕事が少なくなるようで、それは(親としては)残念に思う。
B:それも自閉症だけの話ではない。自閉症でなくても、うまく適応できない人がいる。自閉症だから云々という話にしないほうがいい。「ユニヴァーサル・デザイン」の話として考えたい。カテゴリカルな話にしてしまわない方がいいのではないか。何もかも包摂してしまうのもまたよくないにせよ。
竹中:自分の経験で言えば、学校でそういうことがあったりすると、思わず、「こういうことをしてしまうのは、悪意からではなく、自閉症の特性ゆえなのです。ご理解をお願いします。」などと単純な物言いをしてしまい、お手軽に説明しようとしてしまう。この言葉をいわば、悪い意味で政治的な形で使ってしまっていると自分でも思う。理解が難しい状況では、つい、自閉症という言葉をキーワードとして使ってしまう。これが望ましいとは思わないのだが、ほかにどんなカテゴリーに託して言えるかと迷ってしまうのが正直なところである。カテゴリーを使わずにいられないが、使ってしまうと表現できないことがある。
B:カテゴリーは医療という制度と結びついている。その意味で当事者の語りによって言葉自体の役割や意味が変わっていくことを期待してもいい。
竹中:社会学という学問分野においては、社会学辞典などで見る限りでは、「自閉」という用語が今でも、ゴフマン時代とそれほど違わないイメージによって使われているような気がするのだが。現在の知見をどんどん取り込んで、もっと豊かに使っていくべきでは。
B:自閉症圏の人たちが診断を自己認知の手段として積極的に使うことで、意味変容が起きてくる可能性がある。社会的実践との兼ね合いで、どう展開されていくか。自閉症自体の社会的な認知度が昔と今とでは随分違ってきている。かつては1000人に一人と言われていたが今は100人に1人以上と言われ、その周辺の人たちも含めると、決して極端なマイノリティではない、と見なされている。こうした中でたとえば、ヴィトゲンシュタインがアスペルガー症候群というのは昔は言われていなかったが、今ではヴィトゲンシュタインの著作を自閉症のとてもよい解説と読むことすらできる。
 ゴフマンをどう使うことを考えているか?
竹中:ゴフマンはクールでわかりにくいところがある。彼の文体は多面的で、状況からデタッチメントしていて、ある意味で冷たく距離を置いて見ているところもある。その意味では、「使い勝手」は良くないかもしれない。しかしながら、2000年代の自閉症の知見を取り込んだ上で、ゴフマンのデタッチメントの姿勢を生かせないだろうか。社会福祉というきっちりした枠組みに収まるものとしてではなくて、社会学一般として。もっとも、認識の転換を引き起こしても、必ずしも実践には結びつかないかもしれないが。たぶん自分は親だから、バイアスがかかって、そう思ってしまうのかもしれない。これが良いことか良くないことか、正直分からないが。
A:父親の実践モデルとしてゴフマンがぴったりなんですね。
竹中:大したことはやっていないので、大きな声では言えないが、敢えて何か言わねばならないとすれば、父親としての自分の「しょぼさ」を(ゴフマン的な意味での)クールさに置き換えることが出来ないだろうかと考える。土台は弱いが。一所懸命な取り組みとは別の形で貢献できないだろうか。
 一般論になりうるかどうかは問題含みだが、母親は、圧倒的な責任感と熱血さで、問題と関係性を丸抱えして疲労困憊してしまう危険性があるかもしれない(私見では、母親という属性以上に、個人の資質によるところも多いと思うのだが。それにしても、分業の適切さの問題は大きいと認めざるを得ない。目の前に課題がある以上、誰かがやらねばならないのに、それを誰が背負うかについては、公平になっていないのだから。その一方で、大変さから逃げたい自分も確かにいる)。だが、それは双方にとって、しんどいことになるかもしれないと思う。何とか、特定の個人に負担が集中して、途中で息切れしてしまわないような取り組み方法はないだろうか。
A:今日は地域自立支援協議会かなと思うくらい色々な実践現場の方が来られているので、ご意見いかがですか?
竹中:先生がたは本当に大変。多様なニーズを持つ大勢の子どもたちと同時並行で関わらねばならないマルチトラック状況の中で、毎日とてもよくやってもらっていると思う。
C:通信制高校なので、自閉圏の人たちでもスムーズにやれている。社会の資源を使えるような関わりを持ってほしいといわれているが。
竹中:敢えて提起すればの話なのだが、本当のところ、学校への適応は絶対に必要なのかと思ってしまうことがある。学校社会には、独特の社会性と構造があり、それに一所懸命適応(?)するために、本人もまわりの関係者も努力を積み重ねるのだが、卒業した途端に別種の構造を持つ社会に入っていくことになり、学校社会でせっかく身につけたことがうまく生かされない場合もあるのではないだろうか。
 だから、極論になるが、学校への適応はそんなに深刻に考えなくていいように思ってしまうことが正直ある。特に学校でうまく行かない時などに、ついそう思ってしまう。卒業したとたんに別種の壁に直面しなくてはならない。学校社会とは違って、卒業も進級もないのが人生の大部分の姿だと思う。(言い過ぎかも知れないが。)
D:養護学校(知的)高等部だが、小中の視点と違って、卒業後のことをすごく考えてしまう。そうすると、母親とぶつかる。たとえば、漢字の書き取りは必要なのか。それより、困っているときに困っていると言えるほうが大切。電話をかけられるほうが大切。ソーシャル・スキル訓練へ移行したいが、親は頑強に机上の勉強にこだわる。「毎日1時間半分の宿題を出してくれ。そうでないとテレビばかり見てしまうから」といわれる。でもテレビを見て友達と話題を作ったほうがいいように思える。机に向かって勉強していることが、卒業して役に立たない。そういうことは卒業したあとでわかってもらえるけれど。
 自閉の様子を見せて考えさせるというソーシャル・スキル訓練があったが、社会的弱者に心を入れ替えなさいと言っているようで嫌だった。
竹中:もしかすると、ほんとうは「強者」に見せたいのが山々だが、そういう人たちは見たがらないから、「弱者」が自分を防衛できるようにするために見せているのかもしれない。他人の考えを変えようと努力してへとへとになるくらいなら、自分の側が変わったほうが楽と思ってしまったりもする(出来ればの話だが)。こんな考え方は敗北主義で決してほめられたものではないのは重々承知しているが、押しても駄目なら引いてみるという意味で、戦線を後退させるのも一つの戦略かも。「本人の側が変わるしかないのかな」というあきらめの気分に陥りがちなのが自らの現状である(もちろん、変わることは悪いことではないのだが)。
 今はケータイが普及しているので、漢字の書き取り教育は、かつてのような意味合いを減少させているのかもしれない。学習の基本として価値は当然残るとしても、将来的には漢字の書き取りは、今までほど重視されなくなるかも。ケータイで自分の家に電話できる力とか、ケータイを濫用しない力、というのが今後ますます重要ではないだろうか。
C:小澤の『自閉症とは何か』に「自閉は自閉」とある。昔からの自閉の会と、アスペルガーの会が分かれてきている。層が変わってきている。当事者として一緒にやるのが難しくなっている。自分とうまくつきあえている子はうまくいっているが、自分で意識していない子とはうまく手を握れない。
竹中:あくまでアナロジーの話だが、日本におけるいわゆる「外国人」問題でも、ニューカマーとオールドカマーが同じ考えを持っているわけではないし、食い違いや摩擦は当然起こりうる。無条件に「仲良くする」ことを、あまり自明の前提にしない方が良いのでは。「仲良く」出来なくても、傷つけ合わなければ、充分に意味があると思うのだが。自分自身のことを考えても、どこと連帯するか、迷いことの方が多く、確信を持てない。ゴフマン的な立場をとるなら、どちらの集団にも入らず、ある意味で宙ぶらりんに「しょぼく」生きるのが、ぎりぎりの選択かもしれない。
D:ケータイ等による問題が養護学校にも10年くらい遅れて入ってきている。出会い系サイトを使う卒業生がでてきた。その子は卒業して職場の寮に入っているが、合コンから排除されたのがきっかけで出会い系を使うようになった。出会い系の手前に排除があり、そういう形でしか男性と出会えない。
竹中:「友達をつくりなさい」と言われて、その忠告を守ろうとして努力しているのに、そういう場所しかアクセスできる選択肢がないから、消去法の結果、そうなるのだろうか。そういう場合、実際にはどう対処されるのか?
D:どこまで入ったらいいのかわからず、保健室の先生に入ってもらって、男性としての自分の視点と女性の視点と両方入れるようにした。同僚からも交際を申し込まれていたので「あとで後悔しないようにね」と助言して、その同僚と結婚した。地元から離れてしまっていて、対応しにくい場合もある。いったん出会い系に入ってしまうと、理解力の不足もあり、相手に利用されているのがわからない。相手がある時点で面倒になってスパッと関係を切られるので、寂しくなり、また利用してしまう。
竹中:その意味では、孤独のよい面も考えなければいけないかと思う。「友達100人できるかな」という旧来の学校の価値観で社会に出ると困ってしまうだろうと想像される(現在の学校では、この点に関する自省はかなり進んでいると期待している)。状況によっては、孤立が身を守ることもある。社会学も、人と人のつながりがメインテーマであることに今後も変わりはないだろうが、これまで以上に孤独ということについて、現代の自閉症論を踏まえて上で、つっこんで考えなければいけないと思う。
E:親の議論ということはすごくわかる。認知症家族の話ともシンクロする。スペクトラムだからこそ家族は認知症と言いたくなる。そのなかでどうやって本人がうまくやるか。スペクトラムの中で、どういう場面で家族はトラブルに見舞われ、カテゴリーに頼るのか。竹中さんは家族として当事者性をもって語るところにぐっとくる。
竹中:私に関して言えば、家族としてやっていることは、現実に「しょぼい」と言う他ない。ほめられた話ではない。自分の立ち位置は正直、よくわからない。敢えて、自分の「しょぼい」立ち位置をいささかなりとも正当化するとするならば、自分は、熱血ではないという意味で、休止符としての存在かもしれない。何かをすることによってではなく、しないことによって、子どもから安心されていると、無理でも考えたい。余白つまりマージンに目を向けていくことは無意味ではないかも。
E:マージナルな部分に重要性がある。
竹中:絵でなくて額縁のようなものだ。普段は気がつかないフレームを見ることの意味も考えたい。自分は、本の中で、自らにとってのフレーム、言い換えればバックステージについて敢えて書かなかったのだが、書くべきだろうか?
E:そちらのほうが実践的にも学問的にもおもしろい。エスノメソドロジーなら裏も表もない。
竹中:バックステージを書かなかったのは本をわかりやすくしたかったから。エスノメソドロジーなどの立場では(単純化をおそれず言えば)、バックステージを書くから、ある意味で、文章がわかりにくい。バックステージは錯綜しており、その記述は難しい。それに対して、フロントステージはわかりやすい。
E:自分として一番気になっているのはバックステージ。
竹中:それは意識的に封印したと思う。ゴフマン的な意味での「表現と行為のディレンマ」がそこにあったのかもしれない。
F:発達障害を診断する場にいるが、人数が多くてびっくりする。親の思い。自己認知まで行かなくて社会的スティグマのほうがまだ大きいというのがある。
竹中:今後の日本社会の課題という意味で、次の点が気にかかる。今後、入学した当初から特別支援教育を受けている子たちが卒業すると、それによって社会は変わるだろうか?これからの小学生をめぐる状況が変わっていくのだろうか?
F:中高生の相談はとても大変。小2までくらいは違ってきている。
竹中:ひとつ、悲観的な予想を言えば、特別支援教育の存在を前提にした、より複雑な「差別」のようなもの(うまく言えないが)が出てくるような気もするのだが。誤解と無知による「差別」意識とは違う次元の、「理解」した上で(?)「自分たちとは垣根を作る」意識を持つというような。
A:ADHDによるアスペルガー差別が出てきているという話がある。
竹中:違うという認識から、どう他者理解を構築すれば良いのか、正直自分にとっても難しい課題だ。
A:障害者運動の中でも、インペアメントの違いによる内部対立・内部分裂はずっとあったが、健常者に対しては見せてこなかった。
竹中:そういう困難の状況の中で、健常者の人(自分がそのカテゴリーに入っているかどうかは定かではないが)ができることは何だろうか?
A:70年代からの障害者運動にもだいぶ健常者が入っていた。健常者が通訳していた。インペアメントのまったく違う同士をつないでいた。
竹中:役割は、通訳者に限定したほうがいいのだろうか?
A:少なくとも、そういう役割は必要。バリアフリーもインターフェイスの問題。身体障害でも、介護者のパーソナリティやスキルという人間的要素が関係している。ヒューマン・インターフェイスが重要になる。自閉症児の親が望むのが、たとえば「膝すりすり」を上手に誘導して問題化させない先生。それは身体障害でも同じ。
竹中:個人的には、同じ行動でも、どの空間・時間・場面で行うかを、本人の納得(?)のもとに分節化できるようにしたいと思っている。しかし、そのような分節化は、自分の家の中ではそれなりに可能かも知れないが、学校のような公共性の高い場では、大勢で多様な人たちがいるのだから、そう簡単には実行できないだろう。こっちを立てれば、あっちが立たないことになりがちだから。その点、先生は大変だと思う。
A:でも先生は四六時中一緒というわけではないので、サービスとして要求していい。そうでないと先生が育っていかない。
竹中:学校に関して言うと、個人的に気になるのは、同級生が本心でどう考えているかはわからないという点だ。
A:それを聞きたいのがまさに「親」という立場でしょうね。
竹中:大人同士では言わないことを子どもたちはしゃべっているが、聞きたいような、聞きたくないような。子どもの本音が一番重要だと思ってしまうのだが、一番見えていない。さすがに担任の先生といえども、わからないように思う。子ども達も学級という社会の中で対面を保ちつつ生活しているのだから。
C:実社会は異年齢社会なのに、学校は同年齢社会になっている。
竹中:学校は、独特の構造を持つ社会だと思う。同年齢集団が基本という点が、特徴的だ。難しいとは思うが、私見では、同年齢という発想を根本に置くのは変えたほうがいいように思う(縦割り活動など、様々なチャレンジが行われていることに敬意を表するが)。少なくとも、これまで取り上げてきた課題に関する限り、メリット以上にデメリットが大きいように思う。江戸時代の寺子屋は同年齢でなかったはず。同年齢集団の中で生じている軋轢は、社会への警鐘なのかもしれない。
G:いま行っている保育所は異年齢保育をしているが、全国的には3割だけ。たとえば発達障害の子が泣き叫んだとき、差別的な視点を減らすためには保育者の働きかけが必要。
竹中:悲観的かもしれないが、個々人の真摯な心がけと自己反省への期待だけでは、「差別」的な視点を根絶するのは難しいように思っている。むしろ注目したいのは、個々人が抱いた個別の「差別」的視点が、同年齢集団の中でシンクロして共鳴を起こしやすいという構造上の問題の方である。共鳴を起こしてしまう構造を変えられれば良いのだが。個人の中にネガティブな感情が発生するのは阻止できないにしても、それが集団内で伝染し増幅しないように。
G:言い方を変える、ヒントを与える。
竹中:どちらの側か一方(の個人)だけに、トラブル状況の責任を帰さないように出来れば良いのだが。問題は、構造そのものにあるとするほうが、お互い傷つけ合わずに柔軟な対処が出来るのではないだろうか。

(参加者15名[竹中さん含む])


*作成:
UP: 20100202 REV:
全文掲載  ◇自閉症  ◇障害学研究会関西部会・2009  ◇『自閉症の社会学――もうひとつのコミュニケーション論』
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