HOME > 全文掲載 >

「人間とは」根源的に問いかけ――レヴィ=ストロース氏を悼む

渡辺 公三 20091106 『京都新聞』20091106:13


「人間とは」根源的に問いかけ――レヴィ=ストロース氏を悼む

  レヴィ=ストロースが亡くなった。あと3週間ほどで101歳の誕生日だった。現代思想の最後の巨星が失われた。
  レヴィ=ストロースの存在には、ひとつの学問分野の革新者というだけではない、人の心をとらえる魅力があった。何度か直接、接した機会には、著作にあらわれた、アメリカ・インディアンの神話と文化への敬意あふれる接し方と、どのような手紙にも間髪をいれず手書きの返信を寄せられる、他者への心遣いと謙虚さが、そのまま感じ取られた。
  レヴィ=ストロースは人類学という比較的新しい学問分野で「構造主義」という考え方を確立したといわれる。人間とは何かという人類学の問いを、もっともラディカルに立てたのがレヴィ=ストロースだった。人間はいかにして自然から文化へ移行したのか。人間は生物として自然であるのに、生物と決定的に異なる「文化」という生き方を獲得した。この移り変わる過程で何が起こったかを、すでに文化のなかにとどまっている人間が起源に遡ろうとしても、幻想しかえられない。レヴィ=ストロースは、幻想を脱却する方法を言語学の「構造」の概念に求めた。
  すなわち、「文化」は親族の構造によって、人間集団間に結婚によるコミュニケーションの網の目が形成されて生まれた。そして人間は、火を獲得して料理を始め、衣服を作って裸でなくなった時「文化」を生き始めた。この「文化」の起源は、神話によって語られる。自然から文化への境界線は神話の構造によって画されている。レヴィ=ストロースはこうした視点を確立した。
  この思想家の、たぐいまれな知性の源泉を支える、現代を生きるモラルのありようを、この3年ほど私は、人類学以前の文章も参照しながら、とつおいつ考えてきた。
  18歳のときに刊行した小冊子で、フランス革命末期にラディカルな平等主義を実現して革命を徹底しようと主張し、時の為政者を捕らえられ斬首された革命家バブーフに共感を寄せて論じている。社会党の学生活動家となった1930年代初め、ファシズムの台頭と第二次世界大戦の予感のなかで、ロシア革命への批判と反戦平和主義の主張を展開する。その後、1934年、西欧という狭い空間のなかでいやます緊張から逃れ、距離をおいて見直そうとするかのように、ブラジルへと旅立ち、奥地のインディアンたちと出会い人類学者となったのだ。
  出会いの経験はやがて、「未開人」と蔑まれた人々が、「文明人」を自任する人々の、理性を肥大させた「飼いならされた」思考にけっして劣るものではない「野生の思考」を生きているという主張に結晶する。それは、「文化」の側にいながらも、繊細で豊かな感覚のなかに知性が組み込まれ、自然の生命との親密な接触を失っていない思考なのだ。
  晩年、「野生の思考」によって、尊大な「飼いならされた」思考を批判する知性は、ほとんど衰えを感じさせなかった。この確かな、けれども謙虚な批判的知性を失ったことは大きい。ご冥福を祈ります。
 (立命館大教授)

*作成:岡田清鷹
UP:20091109 REV:
全文掲載  ◇Levi-Strauss, Claude クロード・レヴィ=ストロース
TOP HOME (http://www.arsvi.com)