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「「手をつなぐ育成会」における愛知県・名古屋市の位置」



渡辺 克典 2009/10/04
障害学研究会中部部会・第8回研究会報告 於:名古屋大学


■事前配付資料

0.目的

第1章 総則(目的)

第1条 この社会福祉法人(以下「法人」という。)は、多様な福祉サービスがその利用者の意向を尊重して総合的に提供されるよう創意工夫することにより、利用者が、個人の尊厳を保持しつつ、自立した生活を地域社会において営むことができるよう支援することを目的として、次の社会福祉事業を行う。

1.手をつなぐ育成会の活動 歴史

1952年 5月「児童問題研究会」を神竜小学校(神田)で開催
同年7月 参議院議員会館で創立総会 → 「精神薄弱児育成会」またの名を「手をつなぐ親の会」とする(前者は公式の名、後者はあいことば、以後、併用して用いられる)
参加地域:精神薄弱児育成会青島支部(東京、7月)、精神薄弱者育成会佐々支部(長崎、7月)、兵庫県育成会(兵庫、9月)高知精神薄弱児育成会(高知市、10月)、北海道精神遅滞児教育連盟(札幌、10月)
同年12月 会報『手をつなぐ親たち』の発刊

1954年 社団法人化へ
4月 社団法人創立発起人会 発足
※ この時点は支部は20に。しかし、「雰囲気は盛り上がって来たが、会費は集まらず財政難に悩んだ」(『50年』33頁)

財政難が悪循環の因をなして、思うような活動はできず、きわめて少数の担当者に全ての重みがかかる結果に……昭和29年度に入り、4月15日、八木沢会長から「社団法人全国精神薄弱児育成会創立発起人会」を設けて、一日も早く法人化すべきことが提案され、そのための資金募集が全国に対して行われました。(『50年』34頁)
→ 1955年2月 社団法人全国精神薄弱児育成会の設立が認可される

1959年3月23日 社会福祉法人 全日本精神薄弱者育成会となる。

名張育成園を建設し自らの手でこれを運営するようになった機会に、社会福祉法人化を申請し、昭和34年[1959年]3月25日第一種の社会福祉事業団体としての仲間入りが認められました。(『50年』65頁)

→ 支部をめぐる問題から、昭和33年[1968年]11月の第6回全国大会を期に全国各地に散在する地方支部を都道府県単位に統合し、各々を独立の法人とする方針を確立する

1995年5月22日 社会福祉法人 全日本手をつなぐ育成会と改称

1980年台後半頃以降の「用語問題」や90年代以降の「本人参加」をうけて
1989年「子どもの権利に関する国際条約」→ 参加の権利(意思表明権)
1994年「精神薄弱」から「知的障害」へ

全日本育成会は発足当時から障害名を全面に押し出して、社会に向けて、政治に向けて福祉の推進を求め強力に運動を進めてきました。しかし「精神薄弱」という呼び方は適当ではないという考え方が一般的となり、また本人たちもこれを拒否するようになってきました。こうした過程の中での会名の変更でした。(『50年』419頁)

→ 1995年10月2日 社会福祉法人 全日本手をつなぐ育成会として厚生大臣(当時)から認可される

2.愛知県(名古屋市)の特徴

2.0 支部

愛知県知的障害者育成会
熱田区 (財)健身会館内

社会福祉法人 名古屋手をつなぐ育成会
熱田区 手をつなぐ親野会福祉会館内

2.1 設立時期について

1954年12月1日 名古屋市菊井中学校手をつなぐ親の会(のちの名古屋市育成会の前身)発足
1956年10月31日 愛知県育成会発足

いずれも、育成会が社団法人になった後

2.2 育成会大都市問題研究協議会

1983年9月 第一回大都市問題研究協議会が名古屋親の会を幹事団体として開始される

協議会の目的は人口密度、土地搾取、地価騰高(ママ)、人口移動など連帯意識の弱い大都市地域で、精神薄弱者対策を振興するために親の会はどうするか。その情報交換も含めた取り組みである。

◆参考資料
全日本手をつなぐ育成会(http://www.ikuseikai-japan.jp/
『手をつなぐ育成会(親の会)50年の歩み』社会福祉法人全日本手をつなぐ育成会(2001年発刊、『50年』と略記)

◆謝辞

本研究は科学研究費補助金(研究課題番号:21730410)の助成を受けたものである。



UP:20110413 
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