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「ヘルダーリンへの応答 大津留 直歌集『仮橋』」

短歌新聞 2009/10/**
藤吉 宏子


ヘルダーリンへの応答 大津留 直歌集『仮橋』 藤吉宏子

谷の上に仮に掛けたる吊橋を歩むごときかわが思惟の道

歌集の題名『仮橋』は、ドイツの詩人へルダーリンの詩『パトモス』の一節に拠っている。人と人との間に架けられる「かりそめの橋」が可能なら、それは詩歌によるのでは、と著者は自問される。

帰り来しわがふるさとはかそかなる金木犀の香に包まるる

二十四年ぶりにドイツから帰国されたときの感慨。流れるようなリズムにのり、心静かな充実感や安堵感に加え、満ちてくる幸福感が、木犀の香に象徴される。

存ふもむごきことかと惑ひつつ父母は生かせり麻痺の子われを
老父母のたつき安かれわが麻痺をおのが咎とし思はすなゆめ
わが歩み支ふる妻の黒髪に混じるしらがの目立ち初めたり
枯芝を焚く火にほてる妻の顔わが知らざりし美しさ見す

脳性麻痺というハンデを負いながら、著者の前向きな生き方や精進努力に驚嘆する。強靭な心の奥にある他者への優しさや労りの真情が読む者に感動を与える。

山の笑ひ山の嗚咽の幾許を聴きえしわれや耳納しぐるる
焼き終へて露に濡れたる阿蘇の野は深々として足裏にやさし

自然を見る目も鋭く、詩の発見にふるえるような心情の昂揚が感じられる。大自然を前に敬虔な祈りにも似た思いが伝わる。
著者は師にも恵まれ、「あけび」主宰の大津留温氏、「歩道」の大津留敬氏という血縁の歌人の薫陶をうけられ、満を持しての待望の第一歌集である。
(短歌新聞社 二五〇〇円)
筆者=歌と評論

短歌新聞 二〇〇九年十月

*作成:岡田 清鷹
UP: 20091217 REV:
全文掲載  ◇大津留 直
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