HOME > 全文掲載 >

ここをクリックするとページにひらがなのルビがつきます。

 病名診断をめぐる問題とは何か――診断名を求め、語る声から考える

山口 真紀(立命館大学大学院先端総合学術研究科)   20090926-27
障害学会第6回大会 於:立命館大学


◆報告要旨
◆報告原稿

■報告要旨

心の状態や在り方に診断名を与えること/得ることについて、これまでに多く、医療社会学の分野から医療化との批判がなされてきた。しかし一方で、診断を求め、肯定的に語る声がある。本報告では、成人してのちアスペルガー症候群と診断されたニキリンコの主張に注目したい。近年、ドナ・ウィリアムズの『自閉症だったわたしへ』(1993=2000,新潮社)をかわきりに、自閉症やADHD(注意欠陥・多動性障害)、アスペルガー症候群と診断された人々が、自らの世界観や体験を書き記した書籍が発表されはじめている。ニキリンコは日本におけるこうした動きを牽引してきた人物でもある。ニキは、それまでに感じてきた周囲とのズレの原因に説明を求める気持ちを抱いてきたこと、二つの診断名のあいだで揺れ動いたこと、それが得られたときの安堵や了解の気持ちを記している。そして当人が病名を求めることの正当性を主張する。
 ニキの主張からもたらされるのは、診断名を得るという行いは生きづらさの承認、治療や対処への機会としてもあり、病名によって得られる場所や位置があるという認識である。このことは重要な問題提起を含んでいる。すなわち、これまでの医療化批判の議論においては、ときに行為の権力構造やラベリングによってもたらされる負の側面の指摘に傾注し、「誰にとって、何が問題なのか」という視角からの議論を取りこぼしてきたのではないかということ。さらにはニキが「制裁だけを先取りしてきた歴史」と批判しているように、これらの議論の現在形が、ニキにおいては病名を求めるという気持ち自体を否定するものとして感受されている側面が考えられる。ニキの指摘を受けるとき、診断をめぐる問題について今一度整理・検討される必要があるのではないか。報告では、ニキ自身も引用している精神科医・香山リカの議論を取り上げ、その「対立」の様相を考察する。

■報告原稿

「病名診断をめぐる問題とは何か――診断名を求め、語る声から考える」

山口真紀
gr017063@ed.ritsumei.ac.jp(@→@)


1.関心の所在――病名診断をめぐる議論の再検討
 近年、うつ病やパニック障害、慢性疲労疾患、自閉症やアスペルガー症候群などの病名が広く聞かれるようになった。これらの病名において示される症状は個人や状況によって多様に、あるいはなだらかにあらわれると理解されており、医学上の診断基準は未だ明確ではない。こうしたあいまいで広範な意味を含んだ病名の付与については、当事者や専門家の立場から様々に議論がなされている。本報告では、病名診断をめぐる議論に積極的な議論を展開している精神科医・香山リカの議論を取り上げ、考察する。そこからは、病名診断をめぐる議論の俯瞰的な全体像と、問題点が明らかとなる。
 病名診断をめぐっては、様々な生きづらさを抱えた当人から、自らの病名を認め、求める声が挙がっている。報告者は、成人してのちアスペルガー症候群と診断されたニキリンコの主張に注目した。ニキは、自身の中途診断の経験を「所属変更、あるいは汚名返上」であると記した上で、当人が診断名を求めることの正当性を主張している。報告者はこれまでに、ニキをはじめとした「自閉」者の手記を手がかりに、当人らが診断名を求めるに至るまでの思いと、診断名を得ることの効用について考察した〔山口 2009〕(註1)。「自閉」者の手記には、診断名を得たことによって安堵や了解の気持ちがもたらされたこと、またカミングアウトの作法や生活上の対処が可能となったことが記されている。そこからは、病名診断が医療の現場における権力関係の表出や、病名による経験の囲い込みといった指摘とは異なる水位において、病いを生きる人々の実践の試みへとつながっていることが明らかとなった(註2)。
 本報告ではさらに、病名診断をめぐる議論において重要なアクターである専門家の言説に焦点を当て、検討をすすめる。具体的には先述したように、病名の普及に危惧を呈する現代の代表的論者である香山リカの一連の言説を取りあげる。病名診断をめぐるニキと香山の議論は「対立」の様相を示しており、香山の議論を追うことは、専門家と当事者、双方の議論を検討する上での重要な作業と位置づけられる。

2.ニキと香山の「対立」と共振
 はじめに、ニキと香山の議論の「対立」を概観しよう。ニキは香山の以下の文章を引用し、批判している。

 「診断名というのは本来、「その人の属性の一部」でしかも「喜ばしくないもの」であるはずなのですが、ここでも「境界例(境界性人格障害と同義)」が「その人そのもの」と同じように扱われているのです。「検査の結果、あなたは糖尿病でした」と言われて「ほんとうの私とは、糖尿病のことだったのだ」と「うれしく思う」ひとはいないでしょうけれど、新しい心の病や人格障害にかぎっては、その名称が「碇シンジはサード・チルドレンだった」というのと同じように使われてしまっているのです」〔香山 1999b:190〕(註3)

 ニキは「香山のこの感想は、「発病(事実)に対する反応」と「診断(情報)に対する反応」を区別していない」〔ニキ 2002:195〕と反論し、以下のように述べている。

 「「なぜ自分から障害者になりたがるのか」という問いの陰には、「『障害者』というレッテルは誰にとっても常にマイナスのものであるはず」という素朴な前提がある。実際には、社会的に「障害者」としての承認を求めることは、決して「障害者」というレッテルに付随する蔑視を自ら求めることでもなければ、肯定することでもないのに、先の疑問はこの二つを区別せず、あたかも診断を求める者が自ら蔑視を求めているような印象を作り出しており、無意識なら不注意、意図的なら卑怯である。事実のレベルでは障害者としての承認を求めつつ、重度障害も含めた「障害」全体に対するスティグマは拒絶するという姿勢もあるはずである。身に合わない「健常者」というレッテルに苦しみ続けるか、差別もコミで障害者として認めてもらうかという二者択一に追い込まれる必要はなかろう」〔ニキ 同:201-202〕

 ニキは、香山の発言から、診断を求める声に対する否定的な判断を感じとる。であるがゆえにニキは、障害そのものと、「障害」に付随する不当なレッテルを分けて考える必要性を主張する。
 両者は病名診断をめぐって「対立」した見解を表明しているが、しかし問題意識を共有しているようにも思われる。なぜなら先の香山の引用は、「診断名」と「その人そのもの」を同一視することへの違和としても読めるためだ。香山のこの指摘は、ニキの上記の主張から導かれる視点、すなわち「医学的・科学的な診断と、自分のアイデンティティや帰属意識のよりどころとなる実存的・社会的診断は、区別してしまった方がいい」〔岡野・ニキ 2002:171〕という認識と共振するものではないだろうか。以下に香山の議論を検討していく。

3.精神家医・香山リカの議論から読みとられる論点
3−1.精神医学への反省的まなざし
 香山は、精神医学が抱える問題として、病名が医学的明証さを離れて無秩序に濫用されていることへの危惧を記している。まずひとつに、@SSRI薬が心身の状態に対する医学的解明以前に「効いてしまう」ため、実際の臨床においては、病名が後追いするかたちで付与されているという実態を指摘する。

 「一九九五年に日本でも「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」と呼ばれる新しい抗うつ薬が認可され、うつ病治療は画期的に進歩した。(…)しかし一方で、このSSRIがあまりに“使いやすく安全な薬”であることが、逆にうつ病の概念をぼんやりさせてしまったのも確かだ。副作用が少ないことに加えて、このSSRIには、「気分の落ち込みや意欲の減退から不安、焦燥感、さらには過食などの衝動行為まで」と非常に幅広い効用がある、という大きな特徴もある。そのため、その患者が、原因がなくても自然に起きるからだの病気に近い内因性うつ病なのか、それともストレス状況に反応して一過性の抑うつ状態を呈しているだけなのか、といったことが十分に見きわめられないうちに、まずは薬だけが投与されてしまう危険性があるのだ。(…)かくして、この“使いやすくて何にでも効くSSRI”が出現してから、「とにかくSSRIが効いたケースはうつ病」というように、これまでとは順序が後先に「うつ病」の診断名がつけられるケースも増えてしまった」〔香山 2007:136-138〕

 さらに興味深いのは、以下に見るようにA専門家である自身のうちにも、診断を下すさいの基準が明確に持ちえなくなっていることへの当惑を吐露している点である。

 「これは大変だな、本当に可哀想に、という自然で自明な共感というか同情みたいなものが芽生えます。それができるかできないか、というところをうつ病診断のときに自分の中のひとつのスタンダードにしたいようなところもあったのです。それが最近、もうその手が使えないのです。」〔香山・岡崎 2007:62〕

 また香山は、例えば犯罪者の性向に病名を与えようとする一般的な理解傾向に抗おうとするなど、B医学的病名を同定するさいに生じるラベリングに対して慎重であろうとする。これらの記述からは、香山が、精神医学における病名診断の不確実な実態と、診断された病名が「器質的・本質的異常」という負のラベリングを創出することに自覚的であることが伺われる。それは、自らの専門知を問い直すまなざしでもある。

3−2.病名を求める人々の増大=「社会のせい」という理解
 また香山は、病名診断を求める人々の増大という認識からも、病名の普及を危惧している。「自閉」に関わる書籍が発刊されるようになってから、「自分は自閉症だと思う」という“自己診断”を持った人々が多く香山のもとを訪れるようになった。そうした人々は「自閉症ではない」と診断されると、一様にがっかりした表情を見せると香山は述べている。人々が病名を得られず落胆する背景について、香山は、病名がさまざまに生きづらさを抱えた人々の不全感を補完するものとして作用している側面を指摘する。以下の文章に見るように、香山はいまや精神医学上の正確で慎重な診断はクリニックに来る人々に求められていないばかりか、眼前の人々の回復に有効ではないかもしれないと理解する。そこから香山は、専門家による分類論争から距離を置き、精神医学の現状を見直さなければならないとの思いを抱いているようだ。

 「今の多くの人たちが抱えているのは、「うつとかうつとかそういうもの」であり、その本態がうつ病に近いか、それとも境界例なのか解離性障害なのか、あるいはPTSDや摂食障害なのか、診断にこだわってもあまり意味がないのではないか。それよりも大切なのは、感覚的には「うつ」と呼ばれるような感情を彼らが抱えており、そのさらに奥には「自分がない」「自分がバラバラ」「心に穴があいている」という不全感がある、ということで、そこから派生した枝葉の問題に目を向けて診断したところで、それは彼らの回復には結びつかないのかもしれない」〔香山 2007:140〕

 以上の理解から香山は、人々が病名を求めるという事態の背後に、現代社会の「病理」を読み拾おうとする。香山は、現代社会を「自己責任を求める社会」であり、「自分探しを迫られる社会」として理解する。そして以下に見るように、診断名の希求とは、そうした社会の「病理」に誘導されたものであると分析するのである。

 「精神科医の前に現れて、「わたしって自閉症なんです」と語る女性たちも、本当は別のことばで自分が名づけられ、違った物語が始まるのを待っていたに違いない。あるいは、自分を中心に据えた目に見えるような物語が始まらない人生など失敗だ、と信じ込んでいたとも考えられる。しかし、そんな物語は始まりそうにない。それどころか、仕事も恋愛も自分が望んだのとは違う方向にどんどん転がりつつある。――、これじゃ、いけない。そう考えた彼女たちの起死回生の一撃が、「わたしは自閉症」というつぶやきだったのだろうか。そのマイナスの刻印を中心に、新たな物語が紡ぎだされ、そこでは彼女たちが願っていたドラマチックな展開が起こる可能性もあるではないか。そう思って、捨て身の覚悟で「自閉症」ということばを口にするのか。もしそうだとしたら、それは早期から始まるコミュニケーション障害である医学的な意味での「自閉症」と同じくらい、深刻な病いであると言える。いや、もしかしたら彼女たちは、「ぼくは自閉症ですか」と病院を訪れる“病識ある医学的自閉症者”よりももっとひどく、現代という名の毒を浴びた人たちと考えられるのではないか。」〔香山 1999a:113〕 

 「モラトリアム、ピーターパン症候群など、これまでも若者を中心に彼らが漠然と抱えている“生きづらい感じ”を社会にそして当人に解説するような概念が多数、登場した。しかし、それらはいずれも「要は心の問題なんだから解決できる可能性もある」という救いの余地を残していた。それが、ADHDやアスペルガーの“流行”に至って事情は変わった。これらは器質的な発達障害、つまり“脳の問題”であるにもかかわらず、「この際、その病気だと言ってもらったほうがよほど得心が行く」というところまで追い詰められている人が増えている、ということかもしれない。あるいは、「あなたが悪いんじゃない」と自己責任から解放されたがっている人が多い、ということか。」〔香山 2008a:185〕

 こうして香山は、診断名を希求する人々に、「自己責任から逃れようとする意識」と「自己愛的な特権意識」があることを指摘する。加えて、この人々の振る舞いについて「生理的に「鼻持ちならなさ」を感じてしまう」、「彼らの自己中心性にはこちらの陰性感情を掻き立てる何かがある」と記し〔香山 1999a:121〕、自身の苛立ちをも表明する。そしてまさにこの香山の反応こそが、ニキが以下に反論するような「多くの仲間たちが浴びせられてきた<冷たい視線>そのもの」〔ニキ 2002:217〕なのである。すなわち香山はここで、医学上のそれとは異なる「逸脱者」のラベリングを無自覚的に創出し、彼女/彼らに付与してしまっているのだ。

 「たとえ本当に発達障害を抱える人であっても、謎を解こう、納得しようとしているときの姿は、はた目には、自分が特別だという「物語」に陶酔している姿と区別がつかない。そして、たまたま外見が似ている「自己愛的な人たち」に対する「陰性感情」(それ自体が正当なものかどうかは別として)のいわばとばっちりを受けているのかもしれない。」〔ニキ 同:217〕

4.当人にふりかかる「証明義務」――専門家の<冷たい視線>に抗うことの困難
 ここに両者の議論が交錯する。ニキが香山の<冷たい視線>に憤り、批判した背景について、次のことが考えられる。ひとつに香山の、個人の在り様を社会背景へと倒していくような分析作法が、診断名を契機にして生きづらさから脱却しようとする「自閉」者らの試みを、再び「私探しへの陶酔の姿」や「怠け者」といったイメージへ包摂させてしまうということ。そして「自閉」者らはこの<冷たい視線>に抗うために、「本当の病者」であることを「証明しなければならない」という事態に直面させられるということである。この事態は、ニキが、ADHDと「人格障害」の差異や類似点、反社会的な人々の生理的な根拠について、精神科医・岡野高明に幾度も質問を投げかけるという行いからも読み取れる。ニキは以下のように質問する。

 「ADHDは人格障害に勢いをつける?」、「ADHDが境界性人格障害を呼ぶ?」、「ADHDの人は「人格障害」への敷居が低い?」、「反社会的になりやすい子どもには目印がある?」、「反社会的な人々には生理的な特徴がある?」〔岡野・ニキ 2002:274-278〕。

 ニキが上記のような疑問を抱き、幾度も確認しなければならなかったのは、診断名を得たにもかかわらず、なお終わらない問題がニキ自身に降りかかっているためである。すなわちニキはここで、自身の行動を脳が規定していると了解すると同時に、「自閉」者と反社会的行動を引き起すような存在との「違い」を意識せざるを得なくなっているのではないだろうか。
 「証明」のための弁明は、当人にとって決して快いものではない。ニキは、生理学的・解剖医学的・発達心理学的に明快な根拠が見つかることを多く期待しながら、しかし専門家医の分類論争からは距離を置きたいと述べ、以下のように記す。

 「この専門家の先生は、私を診断してくれた先生とは違う人かもしれない。(…)――そう思って、いつも「こう言ったら『その分類は違う』って思われないかなあ」と構えてしまうのは疲れてしまう」〔岡野・ニキ 2002:170〕

 ここには、ニキ当人が病名を認め、語ることの困難が示されている。専門家の言説にさらされた当人は、脱しようとしていた存在証明をめぐる困難に再び引き戻されてしまうのである。

5.むすびにかえて
 ニキと香山の議論はそれぞれ、その対象と立場を異にしながら、病名診断をめぐる問題意識を共有しているようにも思われた。すなわちそれは、医学上の病名が、付随するレッテルを堅持したまま「その人そのもの」として理解されることへの危惧である。では両者の「対立」とは、どのような問題を示すものであったのか。
 ここで、本報告の要点を整理する。@専門家医・香山リカの一連の言説においては、精神医学による病名診断の有効性への疑義が呈されていた。そして自らの専門知に対する反省的まなざしから、病名というレッテルの付与に慎重であろうとする姿勢が伺われた。しかし香山は、病名を求める人々に現代社会の「病理」を読み込み、「自己責任から逃れようとする意識」と「自己愛的な特権意識」を持つ人々を想定するとき、医学上のそれとは異なる基準の「逸脱者」という新たなカテゴリーを実体化させてしまうのだった。A一方ニキにおいても、「私たちのそれぞれが、誰を身近に感じ、誰を仲間に思い、誰に親近感を感じるかというのは、私たちの内輪の問題」〔岡野・ニキ2002:171〕という思いを抱きながら、しかし専門家である香山の視線に晒されたとき、自らの正当性を「証明」しなければならなくなるという事態に引き込まれていく。両者の議論の「対立」は、両者が「病名」のレッテルを回避しようとした場所においてなお、新たな存在証明をめぐる困難が生み出されているという問題を示していたのではないだろうか。

(註1)ニキは、自身の論文において、自閉症やADHD、アスペルガー症候群と呼ばれる傾向を持つ人々を総称して「自閉」と統一すると断り書きをしている。ニキは「自閉そのものは病気ではない」という自らの立場を示し、また「スペクトラム」と呼ばれるように症状の度合いは人により様々であるため、疾患や、臨床判断を連想させる「症」という言葉を外すことで広く意味を持たせたい、とその含意を延べている〔ニキ 2002:180-181〕。本報告は個別の診断名にまつわる問題を掘り下げるのではなく、まさにそうしたあいまいで広範な意味を含む病名をめぐる問題について考察するため、ニキの含意は親和性を持つ。本報告では以下、ニキの用法にならう。
(註2) 報告者はニキリンコの手記を主に扱ったが、もちろん「自閉」者は多様であり、個々の感覚、受け取り方は様々である。しかし報告者は、ニキの個性的な記述や主張の中に、「自閉」者を取り囲む問題についての重要な論点が含まれていると考える。そのため、ニキの主張を手がかりとしながら考察した。
(註3) 碇シンジとは、95年10月〜96年3月にかけてテレビ東京系で放送されたアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」の主人公である。碇シンジは、内向的でコミュニケーションや自己表現が苦手な目立たない少年であるのだが、突然世界を救う役割である「サード・チルドレン」に選任される。香山の文脈においては、天命により「特別」へと移行する存在の象徴として引用されていると思われる。

■引用・参考文献
・Conrad, Peter & Schneider, Joseph 1992,Deviance and medicalization : from badness to sickness,Temple University Press in PA through The Asano ,Agency=2003 進藤雄三:杉田聡:近藤正英訳『逸脱と医療化――悪から病いへ』,ミネルヴァ書房
・Feldman,M., Ford,C.V. 1994 Patient or Pretender : Inside the Strange World of Factitious Disorders,New York, NY, John Wiley & sons, =1998 沢木昇訳 『病気志願者――「死ぬほど」病気になりたがる人たち』,原書房
・Gerland, Gunilla 1996 En riktig manniska, Stockholm, Cure,=1997 A Real Person=2000 ニキリンコ 訳,『ずっと「普通」になりたかった』,花風社
・香山リカ 1999a 『インターネット・マザー』,マガジンハウス
・―――― 1999b 『〈じぶん〉を愛するということ』,講談社現代新書
・―――― 2003 『「こころの時代」解体新書2』,創出版
・―――― 2004 『生きづらい<私>たち――心に穴があいている』,講談社現代新書
・―――― 2007 『仕事中だけ《うつ病》になる人たち――30代うつ、甘えと自己愛の心理分析』,講談社
・―――― 2008a 『うつ病が日本を滅ぼす!?』,創出版
・―――― 2008b 『「私はうつ」と言いたがる人たち』,PHP新書
・香山リカ・岡崎伸郎 2007『精神科医の本音トークがきける本――うつ病の拡散から司法精神医学の課題まで』,批評社
・Illich, Ivan 1976 Limits to Medicine Medical Nemesis: The Expropriation of Health,CR: I.I.=1979 金子嗣郎訳,『脱病院化社会――医療の限界』,晶文社
・ニキリンコ 1999 「軽度障害と障害の証明義務」http://homepage3.nifty.com/unifedaut/shoumei.htm (20090926)
・――――― 2002 「所属変更あるいは汚名返上としての中途診断――人が自らラベルを求めるとき」石川准・倉本智明編『障害学の主張』,明石書店,pp.175-222
・――――― 2005 『俺ルール!――自閉は急に止まれない』,花風社
・――――― 2007a 『自閉っ子におけるモンダイな想像力』,花風社
・――――― 2008b 『スルーできない脳――自閉は情報の便秘です』,生活書院
・岡野高明・ニキリンコ 2002 『教えて私の「脳みそ」のかたち――大人になって自分のADHD、アスペルガー障害に気づく』,花風社
・山口真紀 2009「診断名を与えること/得ることについての問題の再検討――ニキの主張を起点にして」福祉社会学会第七回大会報告
・Williams, Donna 1992 Nobody Nowhere, Doubleday=1993 河野 万里子 訳,『自閉症だったわたしへ』,新潮社 
・Willey, Liane Holliday 1999 Pretending to be Normal: Living with Asperger's Syndrome, Jessica Kingsley Publishers Ltd., U.K.=2002 ニキリンコ訳『アスペルガー的人生』,東京書籍


UP:20090624 REV:20090921
障害学会第6回大会  ◇ADHD  ◇Archives

TOP HOME (http://www.arsvi.com)