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上久保 真理子「知的障害のある子どもの父親のケア役割引受をめぐって」

障害学会第6回大会・報告要旨 於:立命館大学
20090927


◆報告要旨
 上久保 真理子(医療法人社団互啓会 ぴあクリニック)
 「知的障害のある子どもの父親のケア役割引受をめぐって」

 本報告は、知的障害のある子どもの父親に対するインタビューデータをもとに@父親のケア役割引受過程、Aケア役割引受条件を考察するものである。障害のある子どもの家族における性別役割分業の固定化とその要因は多くの研究で議論されてきた。しかし、固定化打開のための具体的な方策にまで踏み込んだ研究は多いとはいえない。そこで、本報告では地方都市在住の知的障害のある子どもの父親10名への聞き取り調査を通し、上記@Aの問題を検討する。分析には修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用いた。記載の【 】〈 〉内の語はそれぞれM-GTAにおける「カテゴリー」「概念」である。
 分析の結果、以下の点が明らかになった。
 @ケア役割引受過程:障害のある子どもの父親の親役割には【稼ぎ手専業】【ケア役割引受】【社会化への活動】の3類型がある。父親を【稼ぎ手専業】にとどめる要因として、〈性別役割分業の根強い支配〉〈稼ぎ手役割に耽溺する大義名分〉や【シフトを阻むもの】が存在する。しかしながら、父親の多くは〈男だってケア〉するべきだと考えており、日常的な送迎や小学校入学等のライフイベントへの準備など【シフトを促す要因】によりケア役割を引き受けていく。さらに、より望ましい環境獲得のために〈子どものための闘争〉を行うなかで、〈障害をオープンに〉し〈先輩ならではの情報発信〉といった【社会化への活動】を展開していく。
 Aケア役割引受条件:稼ぎ手専業からケア役割への【シフトを阻むもの】の除去のために、父親がケア能力を獲得する機会と時間の保障、父親の労働条件の改善が必要となる。また、【シフトを促す要因】の強化が必要となる。特に、ケア役割引受の契機となるライフイベントにおける療育機関や地域の工夫、更に「受苦体験をわかちあうピア」集団であり既にケア役割を引き受けた「ロールモデル」を一定数擁する親の会への積極的な支援が望まれる。

◆報告原稿 ワード

「知的障害のある子どもの父親のケア役割引受をめぐって」
医療法人社団互啓会 ぴあクリニック
上久保真理子

1 はじめに
 「育児をしない男を、父とは呼ばない」という厚生省(当時)のキャッチコピーが発表された1999年から10年が経つ。世論調査によれば「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」との考え方に対して2002年には反対者が賛成者を始めて上回り、2007年には反対者が5割を上回った。「ケアラーとしての父親」言説は次第に一般的なものになりつつある。
 しかし、障害のある子どもの家族に関する障害学・社会学的な研究においては、いまだに「父親の影が薄い」状況が続いている。すなわち2000年前後から、ジェンダーの視点を用いた研究が増えているものの、「母親への研究に大きく偏っているのが現状である」といえる。これに対して、父親研究としては「先鞭をつけた」土屋と、「知的障害者家族における男性、すなわち父親の声を掬い上げ、知的障害者家族における男性ジェンダーとケアについての関係を明らかにした」中根の研究がみられる。
 一方で、障害のある子どもの家族に関する障害学・社会学的な視点からの考察の多くは身体障害を前提とした枠組みを継承するものが多く、知的障害のある子どもの家族に関する研究として筆者が把握しているのは前掲の中根の研究のみである。
 そこで、本報告では、
知的障害のある子どもの父親がケア役割を引き受ける場合、どのような過程を経て引き受けるのだろうか(ケア役割引受過程)
どのような条件が整えば父親がケア役割を引き受けられるのだろうか(ケア役割引受条件)
という2つの課題について考察をしたい。

2 調査の経過と概要
2.1 調査の対象
 本調査の対象は、とある地方都市(以下Z市と記す)に住む知的障害のある子どもの父親である。「Z市手をつなぐ親の会」の協力により、調査趣意書および協力依頼書を全会員に配布し、協力していただく父親を募った。その結果、表1に示す父親10名を分析対象者とした。

2.2 方法と具体的な配慮
 上記の対象者に対して2時間程度の半構成的インタビューを行った。インタビューでは、「子どもに障害があるとわかったときの気持ち」「障害・障害のある子どもに対する気持ちの変化」「ケア役割を現在どの程度引き受けているのか」「引き受けに至った経過」など大まかなテーマを設定し、自由に語っていただきながら適宜こちらが質問する形式をとった。
 インタビューの場所は、子どもの障害と自分の気持ちなどプライベートな内容が主になることから、@父親がリラックスできる、A誰かに聞かれると困るといった心配がない場所をと予めお願いしたうえで父親自身に選んでいただいた。結果としては自宅や父親が使う事務所などが多かった。調査期間は2007年5月22日から2008年9月24日までであった。
 インタビューにおいては、許可を得た上で録音し、プライバシーに配慮したうえで逐語録化し、インタビューをお願いした全員にデータの加除訂正をお願いした。

表1 分析対象者の背景(省略)

2.3 分析方法
 得られたインタビュー・データは、「データの解釈から説明力のある概念の生成を行い、そうした概念の関連性を高め、まとまりのある理論を創る方法」とされる修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA、以下M-GTAと記す)を用いて分析を行った。
 M-GTAにおける分析は、データを読み込み解釈し、最小単位である概念を生成し、複数生成された概念間の関係を検討し、概念の集合体であるカテゴリーを生成し、カテゴリー相互の関係図を結果図として提示するというものである。各概念の生成においては、概念名・定義・具体例からなるワークシートを作成する。本報告においても同様の分析を行った。ケア役割引受をめぐる概念は合計して21、カテゴリーは5つ作成した。以下、【 】内はカテゴリー、〈 〉内は概念である。また、本文中の「01」等の数字は、表1の事例番号に対応する。

3 分析結果
3.1 親役割の3つのパターン
 舩橋は、基本的な育児性には、「@扶養―子どもの生活費を稼ぎ、供給すること、A社会化―しつけや教育。「規範性」が鍵になる、B交流―遊び相手や談笑相手になること。「受容性」が鍵になる、C世話―食事や沐浴など身の回りのことで、子どもが自分にできないことを支援すること」の4モメントがあると述べる。
 この親役割の4モメントを本文の用語に照らし合わせると、@「扶養」は、「稼ぎ手役割」に、A社会化、B交流、C世話が「ケア役割」に含まれることとなる。もっとも、舩橋はこの4モメントを、「基本的な育児性」と位置づけているように、親としての行為がこの4モメントに全て収斂されるわけではない。特に、障害のある子どもの親役割には、障害のある子どもを対象とした保育・学童保育などの社会資源の開発を行政・福祉担当者に要求する・子どもの障害について広く理解してもらうための啓蒙活動を行う・親の会活動を行い親同士のネットワークを形成するといったAとは異なる意味での「社会化」が重要な意義を有する。そこで、本報告では、この「社会化」を障害のある子どもの親特有の5番目のモメントとして「ケア役割」に含まれるものとする。さらに、Aの社会化と区別するために、Aを「子どもの社会化」と称し、障害のある子どもの親において特に求められる社会に開かれた行為をD「「障害児」育児の社会化」と称することとする。
 父親がこの5つのモメントのうちどの要素を担うかという点で、インタビューから3つの類型が浮かび上がってきた。まず一つは、@扶養のみを行う場合(【稼ぎ手専業】)である。次に、子どもの誕生後にAからCまでの基本的モメントを引き受ける場合(【ケア役割引受】)がある。さらに、前述のD「「障害児」育児の社会化」に向けた活動を行う場合を【社会化への活動】とする。
 表2からわかるように、子どもの誕生時とほぼ同時期にケア役割を取得した父親は、その後【稼ぎ手専業】に戻ることはなく、【社会化への活動】を担う(02、03、04、06)。
 一方、子どもが生まれてしばらくは【稼ぎ手専業】だった父親も、何らかのきっかけによって【ケア役割引受】を経て、【社会化への活動】を担う(01、05、08、09、10)。もっとも、07のように、子どもの成長に伴い、具体的ケアの必要性が減り、【稼ぎ手専業】に戻るも、【社会化への活動】を担うという場合もある。

表2 父親の役割変遷(省略)

 図1 概念図 父親のケア役割引受過程とケア役割引受条件(省略)

3.2 ケア役割引受過程
 課題@「知的障害のある子どもの父親がケア役割を引き受ける場合、どのような過程を経て引き受けるのだろうか」に関しては、以下のように考える。
 父親の親役割には前述のように、【稼ぎ手専業】【ケア役割引受】【社会化への活動】がある。父親を【稼ぎ手専業】にとどめる要因としては、まず「男は仕事、女は家庭」という〈性別役割分業の根強い支配〉の存在が挙げられる。また、父親において「産業関係とかそっちの仕事しか視」えず(01)、子どものケア役割を一身に担う〈妻の苦労が理解できない〉点も要因といえよう。一方、療育・福祉サービス費用など経済的な負担がのしかかるにもかかわらず、専門機関による母親依存が強化され母親が「ケアの担い手としての生活」を余儀なくされているがために、障害のある子どもの家族においては夫婦共働きの選択はなされにくい。このため「この子にしてやれることは(中略)お金を残す事だ」(01)と仕事により邁進するといった事情(〈稼ぎ手役割に耽溺する大義名分〉)などは障害のある子どもの家族特有の要因といえる。
 とはいえ、父親の多くは本当は子どもをケアしたい・すべきだと考えている(〈「男だって」ケア〉)。しかし、【稼ぎ手専業】から【ケア役割引受】への【引受阻害要因】が存在する。
 まず、母親に稼ぎ手役割を期待できない障害のある子どもの家庭においては、父親が単独の稼ぎ手として「過剰な仕事への没入」をせざるをえない。このような厳しい労働環境がケア役割引受を阻む(〈労働条件≒ケア役割引受条件〉)。その表れとして、本来であれば障害のない子ども以上に手厚いケアが必要にもかかわらず、長時間労働などが原因で父親がケアに習熟する機会を逸することなどによる〈ケア役割からの逃走〉が生じたり、子どものケアに対して「苦手意識」を抱き、よりケアから遠ざかってしまうこともある(〈ケアは不得意〉)。
 また、「普通の子なら、比較的中途半端にぽっぽって入っても何とかなるんですけれど、こういう子、障害を持ったこの場合には〈中途半端ではいられない〉」(05)。すなわち、父親は「極端に言うと、どっちをとるかという話ですよね。仕事をとるのか、家庭をとるのか」(08)という「辛い選択」(09)を迫られる。父親のケア役割引受が即〈キャリア形成はあきらめる〉結果を伴うことになりかねず、キャリア形成の断念は経済的な損失もさることながら、中根の引用する父親の言葉を借りれば「自殺行為に等しい、重い選択」との側面も有する。よって、ケア役割引受の重要性は認識しつつもあえて引き受けないという選択をする父親も存在すると考えられる。
 以上のような【ケア役割引受】への【引受阻害要因】が存在する一方で、【引受促進要因】によってケア役割を引き受ける父親も少なくない。
 障害のある子どものケアも含めた「介護休暇」や父親を対象とした「育児休暇」は漸進的ではあるものの普及しつつある。男性のワーク・ライフ・バランスを考慮する言説も次第に一般化し、父親が子どものケアを理由に休暇をとることに対する社会や社会の理解が深まりつつあることで、〈男だってケア〉が現実のものとなっている。
 各種調査で父親の育児参加を促す要因として時間的余裕とともに挙げられるのが育児参加の必要性である。日常の〈生活をまわす〉〈送迎は不可欠〉、子どもの〈ライフイベントをこなす〉という具体的な必要にかられて、【ケア役割引受】に移行する父親も少なくない。
 一方、障害のある子どもの親として「暗闇の中の子育て」(07)をしている親たちにとって、セルフ・ヘルプ・グループである親の会は、「孤立からの解放」(02・04・06・07)を促し、「生まれるべくしてわが家に生まれた」(02・04・06・07)といった認識を醸成する。このような機能を有する親の会のメンバーなどの〈仲間の力に引きこまれる〉ことや、自分の子どものために献身的に働く専門家の姿などをみるなど、いわば〈周囲に支えられ背中を押され〉ることがきっかけとなり、「自分ひとり知らん顔できない」(08)とケア役割を担う場合もある。

3.3 ケア役割引受条件
 課題A「どのような条件が整えば父親がケア役割を引き受けられるのだろうか」の問いに対しては、【引受阻害要因】の除去及び【引受促進要因】の強化が挙げられる。
 【引受阻害要因】の除去の具体化としては、まず、ケア能力獲得の機会と時間の保障が考えられる。障害のある子どもを対象とした父親教室、両親教室の開催のみならず、このような教室に父親が参加することが不利にならないような制度的手当が必要である。また、育児支援家庭訪問事業が新たな子育て支援策として一部自治体において展開されているが、障害のある子どもの家庭の訪問においては、訪問時間を父親の休日に合わせたり、「子育てOB」として、同じような障害のある子どもの父親に同行してもらうなどの、さまざまな工夫を施すことが望まれる。もちろん、ケア役割を引き受けられるだけの労働条件の緩和も必要となる。
 また、〈中途半端ではいられない〉、〈キャリア形成はあきらめる〉の【引受阻害要因】は、家族に過重なケア責任が課せられていることに端を発する。この点に関して、宮坂は「育児は核家族のみで担えるものではなく、共同育児の実践とともに育児の社会的サポートが必要不可欠である」と述べる。同様の「社会的サポート」が設けられることで、上記ケア引受阻害要因が除去されうるといえよう。
 一方、【引受促進要因】としては、〈ライフイベントをこなす〉〈生活をまわす〉〈送迎は不可欠〉といった必要なものをこなすものと、〈仲間の力に引きこまれる〉〈周囲に支えられ背中を押され〉という外部からの働きかけが挙げられる。
 父親のケア役割引受の必要性が生じたときに、個々の家庭内での母親から父親への働きかけのみならず、療育機関のスタッフや地域での子育て支援スタッフ、親の会のメンバーなどが有形無形に父親のケア引受を支援することが有効であろう。また、入学式・運動会といったイベント参加のための休暇をとりやすくするなどの政策が望まれる。更に、親の会が障害のある子どもの親の障害・障害のある子どもに対する認識の変化、ケア役割引受・社会化への活動などさまざまな点で大きな働きをすることにかんがみ、親の会への積極的な支援を行うこと等も求められる。

4 ケアをひらく、人をつなぐ――おわりに
 本報告においては、親役割の3つのパターンを挙げ、父親の@ケア役割引受過程およびAケア役割引受条件について考察してきた。この父親のケア役割引受をめぐって本報告で検討しきれなかった点、述べきれなかった点について、今後の課題として挙げておきたい。
 まず、知的障害のある子どもの父親を対象としながらも、知的障害特有の困難さ・ケア引受の過程・引受条件を明確にしきれなかった点である。自らの意思を表明することに困難を抱えることの多い知的障害のある子どもだからこそ、「代弁者」としての自覚を有するとの発言はみられたものの、これを概念・カテゴリーとして構成することができなかった。
 次に、本報告においては子どもの年代を成人/未成年と区別しなかった。これは、ケア役割を引き受けた知的障害のある子どもの父親の経験という「調査者や読者がほとんど聞いたことのないことの声を聞く」ことを目的とする以上、ある程度対象を広くとらえる必要性があると考えたためであった。しかし、障害の有無にかかわらず父親のケア役割取得が強く求められる子どもが未成年の時期と、障害がなければ父親のケアがほとんど必要とならない子どもが成人以降の時期とでは、父親のケア役割引受過程および引受条件ともに異なるものとも考えられる。今後、さまざまな父親の「声」を聞くとともに、より緻密な分析が求められよう。
 また、このことと関連して、「脱家族」の主張と父親のケア役割引受必要性との整合性も問題となる。子どもが成人に達してもなお、家族内での父親のケア役割引受が果たして必要なのか、それは「脱家族」の主張と対立するものなのかという点である。報告者は必ずしも両者は対立するものではないと考えているが、これについては稿を改めて検討する必要があるだろう。
 藤崎はケアが「本来きわめて人間的な行為であり、個人化の進む現代において、人と人とを再び結び付ける契機ともなる」という広井のケア論を引用する一方で、「そのような豊な可能性を秘めたケアに深くコミットすればするほど、社会から、そしてときには家族内でも孤立し、疎外されていくという皮肉な現象が起こっている」と指摘する。さらに、このような現状を打開するための提案の一つとして「社会と家族のあいだの、そして家族内の性別・世代間のバランスを考慮しつつ、ケアの負担を適切に分担する必要がある」と述べる。知的障害のある子どもの家族における父親のケア役割引受は、「社会と家族のあいだ」および「家族内の性別」におけるケアの負担の適切な分担を招来し、本来ケアが有する豊かな可能性を発揮する契機となるものと解される。障害のある子どもが家庭においても社会においても豊かなつながりのなかでケアを受けられるための方策が強く求められているといえよう。

引用文献 ■
岡原正幸 1990「制度としての愛情―脱家族とは」安積純子・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也編『生の技法―家と施設を出て暮らす障害者の社会学―』藤原書店:75-100
春日キスヨ 1989『父子家庭を生きる 男と親の間』勁草書房 
――――1997『介護とジェンダー 男が看取る女が看取る』家族社
2001『介護問題の社会学』岩波書店
2005「介護とジェンダー」川本隆史編『ケアの社会倫理学―医療・看護・介護・をつなぐ』有斐閣:251‐280
木下康仁 2003『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践』弘文堂
桜井厚 2002『インタビューの社会学―ライフストーリーの聞き方』せりか書房
土屋葉 2002『障害者家族を生きる』勁草書房
―――― 2003「〈障害をもつ子どもの父親〉であること」桜井厚編『ライフヒストリーとジェンダー』せりか書房:119‐140
中根成寿 2006『知的障害者家族の臨床社会学 社会と家族でケアを分有するために』明石書店
藤原里佐 2006『重度障害児家族の生活――ケアする母親とジェンダー』明石書店
舩橋惠子 1998「現代父親役割の比較社会学的検討」黒柳晴夫・山本正和・若尾祐司編『父親と家族―父性を問う― シリーズ比較家族第U期 2』早稲田大学出版部:136‐168
2006『育児のジェンダー・ポリティクス』勁草書房
藤崎宏子 2003「現代家族とケア―性別・世代の視点から―」「社会福祉研究第88号」鉄動弘済会社会福祉部21‐26
堀智久 2005「「障害児の親」が感情管理する主体となるとき」「障害学研究1」障害学会:136‐157
宮坂靖子 2001「ポスト近代的ジェンダーと共同育児」根ケ山光一編『母性と父性の人間科学』コロナ社:106‐134
要田洋江 1999『障害者差別の社会学』岩波書店

*作成:
UP:20090905 REV:20090921
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