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高森 明・近藤 武夫「発達障害と貧困――アスペルガー当事者を中心として」

障害学会第6回大会・報告要旨 於:立命館大学
20090927


◆報告要旨
 高森 明・近藤 武夫
 「発達障害と貧困――アスペルガー当事者を中心として」

 近年、非正規雇用で働く貧困層が社会的に注目されている。こうした中には、職場で人間関 係が不器用,仕事の段取りが悪いなどといった理由から孤立、排除されやすい「不器用な若 者たち」が存在することが言及されている★01。また彼らの中には軽度知的障害、精神障害の当事者であるものの、労働にも福祉にも十分つながれていない「グレーゾーン」の障害者が少なからず存在すると言われている(川添誠・湯浅誠編『「生きづらさ」の臨界 "溜め"のある社会へ』2008年 旬報社)。発表者らは、高機能自閉症・アスペルガー症候群の当事者たちと自助グループなどに関わることが多く、その体験から「不器用な若者たち」の中に未診断,中途診断で支援を受けてはいないものの、診断を受けた発達障害当事者と同種、同程度の困難のある人々が少なからず存在しているという印象を強く持っている。しかし、そうした人々は何らかの支援団体,支援機関にアクセスしている当事者に比べて、その来歴や暮らしについての情報が少なく、調査もほとんどなされていないのが実情である。
 発表者らは、かつて「不器用な若者たち」として働き、その後貧困も経験したアスペルガー症候群の当事者2事例のヒアリング調査を行った。調査に当たって特に注目したのは、 彼らの子どもの頃から現在に至るまでの生活条件(学校環境、家庭環境、経済力、受けてきた教育、職場環境、人間関係など)である。2事例に限られるために一般化は難しいものの、学齢期における家族や友人からの孤立無援状態があること、成人期において就労や生活上の困難に直面した際に、社会資源へのアクセスから排除されていたことが共通して存在していた。またこのことは、社会資源についての情報不足、周囲との交渉の困難、本人や障害に対する否定的態度などが原因であった。
  特に,同じ貧困状態を経験した場合でも、その人が発達障害等の障害を持っているという医療的診断,または,本人がホームレスを実際に経験するなど,困難の存在について何らかの社会的な承認を受けた時点と,そうでなかった時点で,得られた社会資源にどのような違いがあるのか,またそれが当事者の生活の在り方をどのように変えたのかに注目し議論する。

◆報告原稿

(タイトル)発達障害と貧困 アスペルガー当事者を中心として
(第1発表者)高森 明
(第2発表者)近藤 武夫


(1)はじめに
 
 近年,非正規雇用で働く貧困層が社会的に注目されている。こうした中には,職場で人間関係が不器用,仕事の段取りが悪いなどといった理由から孤立,排除されやすい「不器用な若者たち」が存在することが言及されている。また彼らの中には軽度知的障害,精神障害の当事者であるものの,労働にも福祉にも十分つながれていない「グレーゾーン」の障害者が少なからず存在すると言われている★02。発表者らは,高機能自閉症・アスペルガー症候群の当事者たちと自助グループなどに関わることが多く,その体験から「不器用な若者たち」の中に未診断,中途診断で支援を受けてはいないものの,診断を受けた発達障害当事者と同種,同程度の困難のある人々が少なからず存在しているという印象を強く持っている。しかし、そうした人々は何らかの支援団体,支援機関にアクセスしている当事者に比べて,その来歴や暮らしについての情報が少なく、調査もほとんどなされていないのが実情である。
 発表者らは,かつて「不器用な若者たち」として働き,その後貧困も経験したアスペルガー症候群と診断された当事者2事例のヒアリング調査を行った。特に現在,貧困の要因としてよく知られる欠乏および排除の中で,何がアスペルガー当事者の貧困化に大きな影響を与えているのか,当該当事者に特有の傾向があるのかを明らかにしていきたい。

2) 聞き取りのポイント

 質問は主に湯浅誠が重視する五重の排除に関する質問を中心に聞き取りを行った★03。五重の排除とは教育課程からの排除,企業福祉からの排除,家族福祉からの排除,公的福祉からの排除,自分自身からの排除のことである。特に教育課程,企業福祉,家族福祉,公的福祉との接続状況については,当事者の生活条件を知る上で重要と考え,幼少期から現在に至るまで細かく聞き取りを行った。また,社会的排除の観点から単に排除されていたかだけでなく,参加できていたとすれば,どのような参加状況だったのかにも注目した★04。

3) 2事例の紹介

 聞き取り調査を行ったのはY(30代後半男性)とK(20代後半女性)の2名である。Yは30代半ば,Kは20代半ばにそれぞれアスペルガー症候群(以下,ASと略す)と診断されている。Yは高校を卒業した後,4箇所の職場で働いていたが,現在は精神保健福祉手帳2級を取得して,生活保護を受給している。2002年に1週間ホームレス状態となり,現在は元路上生活者を対象としたグループホームに入居している。Kはある有名な大学を卒業した後,2つ目の職場でアルバイトから正社員に登用され、店内管理,部下育成を担当したことがある。現在は医師より無期限の療養を言い渡され,精神保健福祉手帳2級を取得している。精神障害者としての受給期間300日を生活費の一部としているが,障害者年金を申請中である。閑静な地域で生活をしており,通院治療を受けている医療機関と相談をしながら,社会資源のネットワーク作りを進めている。

2事例から明らかになったこと
 
@暴力の負の連鎖に巻き込まれていたこと
 
 学齢期までの人間関係に目を転じてみると,Y,Kいずれも小中学校において,同級生,先輩,後輩,部活でのいじめを経験していた。いじめに対する家族,教員からのフォローはなく,中学では教員からの否定的態度,取り扱いにも苦しめられていた。Kの場合は同じ学校に通うきょうだいと比較されて,いじめを受けていた。家庭での人間関係に目を転じると,Yには酒を飲むと暴力を振るう父がおり,本人直接暴力を振るわれることはなかったが,暴力を受けた母とともに実家に逃れることがあった。Kは父の親族からの高い要求水準により育児のストレスを抱えた母に,密室で暴力を振るわれることがあった。また,障害に対する否定的態度が強い地域であったため,母からの「普通になれ」という適応圧力は強かった。以上のことからY,Kは学齢期に学校と家族における暴力の負の連鎖に巻き込まれていたことが分かる。
 高等教育段階では一時的に暴力の連鎖からはいくらか逃れられたものの,両者とも成人期には再び暴力の連鎖に巻き込まれた。Yは32歳の頃,借金が原因で失業してから,やはり失業していてギャンブルで借金を作っていた父から暴力を受けるようになった。これがYのホームレス状態となる一因となった。Kは中間管理職時代にASの診断を受け,職場に自らの職場に告知した。すると、雑用係に左遷させられ,罵声を浴びせられる,弱点を指摘されニタニタされるなどの扱いを上司から受けた。これが無期限の療養という状態に陥る要因となっている。
 大人になった発達障害者の手記においても,学齢期に学校と家庭において孤立して暴力を受け,大人になってから職場ハラスメント,パートナーおよびその実家からDVを受けた当事者の事例は数多く紹介されている。暴力のストレスによる精神疾患(二次的障害),健康状態の悪化がさらに就労などへの参加を悪影響を与えるという悪循環にも陥りやすい。従って,暴力からの自由は発達障害者のみならず福祉の対象となっていないグレーゾーン障害者にとって特に重要な生活保障と考える。

A必要な社会資源へのアクセス困難
 
 ここで言う社会資源とは必ずしも,障害者福祉には限定されない。人々が学校,職場,家庭,地域生活で困った時に利用できるあらゆる制度,サービスを含んでいる。Y,Kの事例から明らかになったことの1つは、両者とも極めて深刻な生活状況に陥るまで,社会資源へのアクセスしていなかった点である。
 Yは保育園時代に言葉の発達の遅れ,落ち着きのなさが発見され保育機関を転々とていたが,ASと診断されたのは30代半ばのことである。過酷ないじめを受けていた学齢期には自らの権利を守るためのサービスを利用することができなかった。借金が原因で失業した時も,相談機関ではまともに対応されず,ホームレスとして一時緊急保護された自立支援センターではじめて借金の整理がおこなわれた。
 Kも保育所時代にすでに担当の保育士から母に相談機関で相談することが勧められていた。しかし,家族の障害に対する否定的態度から相談機関へのアクセスはなされなかった。Yと同様,いじめがひどかった学齢期に権利擁護サービスを利用できていなかった。また,中学生の頃にすでに二次的障害の兆候が見られていたが,精神科医による治療が開始されたのは大学3年生の時だった。また,AS診断時は障害者手帳の解説を見てもメリットが分からず,取得は考えてもいなかった。手帳取得を決意したのは主治医から無期限の療養を言い渡された後である。
 問題なのは早期発見,早期対応が行われていなかった点でも,障害者福祉が利用できなかった点でもない。必要な時の必要な社会資源を利用できる状態になかった点である。YとKの事例を見る限りは,社会資源へのアクセスを妨げる障壁としては自らが利用できる制度,権利,サービスに関する情報不足、周囲の障害,社会資源を利用することに対する否定的態度,交渉ごとに対する弱さなどが考えられる。社会資源へのアクセシビリティー強化が特に重要な課題と言えるだろう。

B正規雇用,社会保険のセーフティーネット機能不全
 
 Yは4つの会社に勤務したが,いずれも正規雇用であった。いずれの会社でも雇用保険,厚生年金に加入しており,ホームレスになりかけた時期も失業手当を受給していた。しかし,4つのうち,2つの会社では「仕事をこなしきれない」ことを理由に自主退職しており,正規雇用であることは雇用の安定化にはつながっていない。また,多額の借金があったため,失業手当の受給額ではホームレス化を防ぐことはできなかった。
 Kも2つ目の職場で正規雇用になり,雇用保険には加入できていた。しかし,無期限療養の状態になって失業すると,療養期間中の生活費を失業手当の受給額と期間でカバーすることは困難になっていたのである。正規雇用による雇用の安定化,雇用保険による失業時の生活保障は防貧対策としては不十分であった。

C高教育による解決の問題点
 
 2事例のうち,Yは高校卒業後に家族の経済的な理由で就職をしている。小学校時代にそろばん,中学校時代に英語教室に通っていたものの高教育★05とは言いがたい状況だった。一方,Kは大学に進学しており,高校までの習い事も音楽,そろばん,書道,学習塾,通信教育など多岐に渡る。教育という面だけを見れば高教育の部類に含まれるだろう
 もちろん,経済的に教育を選択する余地がない状況よりは選択肢が多彩である方がよいことは言うまでもない。グレーゾーン障害者の教育機会保障自体に問題がある訳ではない。じっさい,Kは自らが高教育を受けられたことを肯定的に評価していた。
 しかし,Kに対する教育目標が,本人の特性を大切にした教育とはならず,「普通の子にする」「親族からの要求水準に応える」という方向を向いていた点については,本人のよりよい社会参加を妨げる影響があったといえる。結果的にYには過剰な負荷がかかり,後の二次的障害悪化の一因ともなってしまった。教育機会の保障は防貧対策として重要だが,それだけで貧困化を防げる訳ではない。当事者本人が何を経験していたかも問われる必要があるだろう。

まとめ
 アスペルガー当事者の2事例を中心に,グレーゾーン障害者の貧困化の要因,固有の特徴について考えてきた。要約すると

@子どもの頃から暴力の連鎖に巻き込まれてしまうこと
A社会資源へのアクセスを妨げる障壁が見られること
B教育や労働の場において負荷がかけられすぎてしまうこと

ことが特に悪影響を与えてしまう可能性が高いと言える。Aの社会資源へのアクセスについては,そもそもアクセスできないということが問題である。@Bの家族,教育,労働においては参加,所属の有無よりも、過酷な参加状況に陥ってしまうことが問題であるように思える。
 解決策としては@暴力の禁止と安全確保A社会資源へのアクセシビリティーの保障B有意義な体験ができる参加保障ということになるだろう。ただし,冒頭に挙げたようにグレーゾーンの障害者の多くは障害者福祉にはアクセスしていない。これらの解決策を,障害者福祉へのアクセス強化によって達成するか,生活に困っている人ならば誰でも利用できる社会政策によって達成するかについては議論が必要である。

★01 河添誠・湯浅誠編『「行きづらさ」の臨界 "溜め"のある社会へ』2008年旬報社,P20〜21。該当箇所を以下に引用
 三十代前半の男性は,専門学校を出てから正社員になるための就職活動をしないままにアルバイトを転々としている。現在は,派遣スタッフとして工場で働いている。(中略)人間関係をつくるのは得意なほうではなく,積極的に自分から主張するほうでもない。周囲の人とまったく関わりをもたないというわけでもないのだが,関わりのもち方がやや一方的であり、周囲は彼を「ちょっと変わった人」と見ている。仕事の段取りを考えてすすめたりするのも不器用なので,仕事仲間からも「めんどうなヤツ」と扱われがちである。なかには,仕事の段取りが悪いということを理由にイジめる仕事仲間もいる。数ヶ月の有期契約を繰り返しているので,将来の見通しがあるわけではない。彼は,この不器用さが原因で何度も解雇にあっている。
★02 河添誠・湯浅誠編前掲書P123−124。以下に該当箇所を引用
 こうしたなか,軽度の知的障害・精神障害を持つ人たち,ボーダーライン上にいる人たちが雇用のネットにも乗り切れず,社会保障の対象にもならず,真っ先に貧困化している。(中略)重篤な精神的・知的・肉体的疾患を持っていれば,病院・作業所・デイサービス・家族と,社会のなかには市場外の避難所が一定程度用意されている。しかし,上述した人たちの場合には,避難所がなく,つねに市場に押し戻される圧力が働き続ける。
★03 湯浅誠『反貧困 「すべり台社会」からの脱出』2008年 岩波新書
★04 岩田正美『社会的排除 参加の欠如・不確かな帰属』2008年 有斐閣
共著『私たち、発達障害と生きてます 出会い、そして再生へ』2008年 ぶどう社
★05 高教育とは教育に多くのお金が投資されていること。ただし,他のことを犠牲にして教育費にお金をかけている家庭もあるので,高教育であることが裕福であることに結びつかない場合もある。また,障害者家族の場合,学歴ではなく障害のある子ども向けの支援プログラムにお金をかけている場合もあるので,高教育と高学歴が結びつかない場合がある。

*作成:
UP:20090905 REV:20090921, 26
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