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「「「語りがたい」ことについて・歴史を記述することで何ができるのかについて」」

櫻井 悟史 20090918 「歴史社会学の方法論――福間良明氏の仕事を/から学ぶ」 指定質問 於:立命館大学衣笠キャンパス諒友館842教室


 福間先生にご質問したいことは二つあります。一つは、「語りがたい」ことについてです。たとえば、「「原爆マンガ」のメディア史」(福間2006b)では、『はだしのゲン』の作者である中沢啓治の「「戦争のおそろしさ」が「感動」に心地よく回収されることへの拒否感」(福間2006b:51)が、「器=メディア」の力で掻き消されてしまう点に注目されておられます。ここには、「語りがたい」ことをわかりやすく語ってしまい(あるいはそのように変容してしまい)、それが受容されていくことで、語りがたさ自体が忘却され、語りがたさの中にあった可能性すら忘れられていることについての現代への警告が読み取れるかと思います。また、『「反戦」のメディア史』(福間2006a)でも、「語りがたい心情の語りがたさに踏みとどまりながら、いかにそれを開かれた輿論へとつないでいくのか」(福間2006a:331)を構想すべきであると指摘して終わられているところから、福間先生が「わかりやすいこと」を否定し、「語りがたい」ことにこだわっておられることが分かります。そこで、この「語りがたい」ことを福間先生がどう定義されておられるのか(たとえば、「「原爆マンガ」のメディア史」と『「反戦」のメディア史』の「語りがたい」ことは同じなのでしょうか)、そして福間先生が「語りがたい」ことにこだわられる理由、「語りがたい」ことに注目されることとなったきっかけなどをお聞かせいただければと思います。
 もう一つは、歴史記述についてです。たとえば、『「戦争体験」の戦後史』(福間2009)で、福間先生は「語りがたい」ことに注目され、そこから「英霊」を顕彰しようとする議論と戦争責任を考えようとする議論が二項対立する形になって硬直してしまっているのを解きほぐし、新たな道を提示しようとされているように思われます。すなわち、歴史を記述することで、現在の議論に介入しようとされておられます。私はこうした態度に賛同する者ですが、同時に、このあと福間先生がどういったことを述べていかれるのかが分からなくもあります。私の話をすれば、私は死刑執行人の歴史社会学的研究をしており、死刑制度の存置か廃止かといった二項対立の図式になって硬直してしまっている議論に新たな光を投げかけたいと考えているのですが、その後どうすればよいのか、先が見えない状態にあります。つまり、歴史を記述することで出来るのは、新たな道の可能性を開くまでで、その後、何らかのオルタナティヴを示すには別の手法が必要になってくるように思うのです。もちろん、フーコーのようにオルタナティヴを示す必要はないということもできるかと思いますが、また歴史を記述し、可能性を開くことが重要であることについて全く異論はありませんが、はたしてそれだけでよいのだろうか、という思いがあります。たとえば、歴史社会学者のシーダ・スコッチポルは、『失われた民主主義』(Skocpol2003=2007)の中で、アメリカの自発的結社の変容の歴史を丹念に記述したあと、現在のアメリカ民主主義の新たな道を提示します。しかし、それはどこか唐突な感じがして、歴史を記述することと、新たな道の提示がうまく連結していないように思われます。
 そこで、福間先生は歴史を記述したあと、現在の硬直した議論に介入し、なんらかのオルタナティヴ(新たな道)を提示するつもりがおありなのか、そのつもりがおありであれば、どういった手法をとられるのか、その点をぜひお聞かせ願いたく思います。これは、歴史社会学にさらに何ができるのかについての質問でもあると考えております。どうぞ、ご回答よろしくお願いいたします。
(参考文献)
福間良明, 2006a, 『「反戦」のメディア史―戦後日本における世論と輿論の拮抗』, 世界思想社
――, 2006b, 「「原爆マンガ」のメディア史」, 吉村和真・福間良明編, 2006, 『「はだしのゲン」がいた風景――マンガ・戦争・記憶』, 梓出版社
――, 2009, 『「戦争体験」の戦後史―世代・教養・イデオロギー』, 中央公論新社
Skocpol, Theda, 2003, Diminished Democracy: from Membership to Management in American Civic Life=2007 河田潤一訳『失われた民主主義―メンバーシップからマネージメントへ』, 慶應大学出版局


*作成:櫻井 悟史
UP:20090922 REV:
全文掲載  ◇歴史社会学研究会
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