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杉崎 敬「知的障害当事者の<生き様>から見える多様なセクシュアリティの形――知的障害と共に生きる<彼ら/彼女らなり>の<リアリティ>とは何か」

障害学会第6回大会・報告要旨 於:立命館大学
20090927


◆報告要旨

 杉崎 敬(立教大学大学院コミュニティ福祉学研究科)
 「知的障害当事者の<生き様>から見える多様なセクシュアリティの形――知的障害と共に生きる<彼ら/彼女らなり>の<リアリティ>とは何か」

 知的障害当事者は、長い間<無性の存在>として扱われてきた経緯があり、社会全体としても、未だに<性的な主体>として認められているとは到底言い難く、言わば、「性的なマイノリティ」、あるいは「逸脱者」としてのレッテルを付与され続けてきたと考えられる。また、知的障害当事者とかかわる臨床現場における支援者の思考・感覚の中にも、一部の事業所を除き、当事者のセクシュアリティに配慮した支援は殆どなされていない現状は否定できない事実である。それは、元・支援者の立場にあった筆者の経験からも強く感じる問題意識の一つである。
 では、「なぜ、知的障害当事者のセクシュアリティに配慮していないのか、どうすれば知的障害当事者のセクシュアリティを理解することができるのか」あるいは「知的障害当事者が、自ら思考するセクシュアリティへの思いや姿とは如何なるものか」という疑問を提示しつつ、当事者に、現実社会を生きている自らの経験を、その<生き様>として、即ち<彼ら/彼女らなり>の思いがこもった<リアリティ>として発せられた語りより、また、その支援者には、当事者のセクシュアリティに対する思いや、<支援する側>のパラドックス、あるいは当事者とのコンフリクト、臨床現場における経験値から生じる語りによって、筆者なりにその疑問の解を導き出していきたいと思うのである。
 近年、障害領域における障害当事者のセクシュアリティ研究は、関連著書の出版や、メディアでの露出度が増えたこと、障害当事者や研究者の間で議論が活発化したこと等により、にわかに注目されている感がある。しかしながら、その多くは身体障害当事者をメインとしたものであるように感じるのは筆者だけであろうか。特に、身体障害当事者の体験談や自伝などの著書や、研究者による研究論文が多く出され、メディアもこぞってそれを取り上げた。一方で、知的障害当事者のセクシュアリティを取り上げたものもないわけではないが、知的障害当事者ではなく、支援者等の口を通して語られた研究である場合が多く、知的障害当事者自身による<生の語り>による研究は殆どない状況であると考えられる。なぜ、知的障害当事者の<生の語り>が見えてこないのであろうか。
 本報告は、知的障害当事者のその<生の語り>にスポットをあて、その<生の語り>から紡ぎだされる当事者それぞれが思考する多様なセクシュアリティの形を明らかにしていくものである。それと同時に、知的障害当事者独自の生き方を通じて、"一般的(常識的)な枠組み"では捉えなれない<彼ら/彼女らなり>の<リアリティ>をも浮き彫りにできるものと考えられ、また、知的障害と共に生きる当事者のセクシュアリティの理解を促進する礎になっていくものと思われる。(本報告では、知的障害当事者のセクシュアリティを恋愛・結婚・出産・子育て・家族生活等の行為と規定する)

◆報告原稿 パワーポイント

障害学会第6回大会報告原稿 2009/09/27
 立命館大学

「知的障害当事者の<生き様>から見える多様なセクシュアリティの形
     ―知的障害と共に生きる<彼ら/彼女らなり>の<リアリティ>とは何かー」

                    立教大学大学院コミュニティ福祉学研究科
                                  杉崎  敬
                                                   以上スライド1

T はじめに
【問題意識】
 知的障害当事者は、長い間<無性の存在>として扱われてきた経緯があり、社会全体として、未だに<性的な主体>として認められているとは到底言い難く、言わば、「性的なマイノリティ」、あるいは「逸脱者」としてのレッテルを付与され続けてきたと考えられる。また、知的障害当事者とかかわる現場におけて、当事者のセクシュアリティに配慮した支援は、一部の事業所を除いて、殆どおこなわれていない現状は否定できない事実である。それは、元・支援者の立場にあった筆者の経験からも強く感じる問題意識の一つである。                   以上スライド2
 では、なぜ知的障害当事者のセクシュアリティに配慮していないのか、どうすれば当事者のセクシュアリティを理解することができるのかだろうか。これにより、当事者の多種多様なセクシュアリティの<思考・感覚><わからなさ><矛盾><葛藤>などの要素を抽出できないものか。また同時に、<彼ら/彼女らなり>の多様な<経験>から紡ぎだされる<リアリティ>の意味あいをも理解することに繋がるのではないか。                          以上スライド3
【先行研究の検討】
 まず、障害当事者のセクシュアリティ研究に関して検討してみたい。一つ目として言えることは、身体障害当事者の体験談や自伝などの著書は多いということである。例えば、小山内(1998・1995)、安積(1993・1999)、牧口・河野(1983)など多数。二つ目として、知的障害当事者を対象としたもので、支援者の口を通して語られた著書・研究は数多くあるということ。最後に、知的障害当事者の結婚生活支援などの調査はあるということである。例えば、河東田(2005)、秦(2000)などがある。しかしながら、知的障害当事者の<生の語り>による著書・研究は、あまり多くないのではないか。なぜ、当事者の<生の語り>が見えてこないのであろうか。本報告では、知的障害当事者の本人の言葉で語られた<生の語り>、そして、本人の強い思いが込められた<生の語り>から当事者それぞれの<リアリティ>を考えてみたい。              以上スライド4
【障害当事者の性の語られ方】
 次に、障害当事者の性の語られ方について考えてみたい。身体障害当事者の場合は、メディアで取り上げられる「身体障害者の性」として、非障害者側からの限りなくステレオタイプ化されたフレーズの受け売りであることが多い。これに対して、知的障害当事者の場合はどうかと言うと、社会・家族・支援者が思考する「知的障害者の性」として、それらのバイアスに大きく影響を受ける性であると考えられる。もう一つの語られ方としては、ジェンダーの影響を強く受けた語りで表現されているということ。つまり、障害男性の場合は、性的な主体であることが当然、常識的であるという語りが主流であり、障害女性の場合は、性的な主体と見なされず、社会的にも無性の存在として語られるのである。                                       以上スライド5

U 研究目的と方法
【研究目的】
 知的障害当事者とその支援者が抱く、当事者のセクシュアリティに対する意識を分析することで、当事者自らが思考する多様なセクシュアリティの思いや姿、即ち、<彼ら/彼女らなり>の<リアリティ>を明らかにすることを目的とする。また本報告では、知的障害当事者のセクシュアリティを恋愛・結婚・出産・子育て・家族生活等の経験から紡ぎだされる相互的な行為と規定する。
                                                   以上スライド6
【研究方法】
 グループホーム(以下、GHとする)・通勤寮などで支援を受けている知的障害当事者と、その支援者を対象とする。対象者は、知的障害当事者20名(男性10・女性10)、及びその支援者7名とし、本報告では、特に6名の当事者(男性2・女性、一組の結婚カップル)と、3名の支援者を取り上げる。対象者に、質的項目にそって自由に語って頂く半構造化インタビュー調査を実施する。また、倫理的な配慮をしつつ調査を実施した。考察するにあたっては、ライフストーリー法を用いた。(調査期間:2009年5月〜10月)                               以上スライド7

V 知的障害当事者が語るセクシュアリティ
【知的障害当事者の語り】
1.「シングル・マザー」として子どもの為に自立する(Aさん:女性・22歳)
 Aさんは、3カ月前に女児を出産。相手の男性は、33歳の非障害者(ボーダーの人?)で、現在、音信不通の状態である。妊娠発覚からすべてが始まり、支援者との話し合いの内容は、専ら「子どもをどうするか」ということ。                                 以上スライド8
 なんとか無事に出産し、GHでは、他の当事者が子育てに参加している姿が見うけられた。現在、子育てに関する心配事は、ずっと施設で暮らしていたせいで料理が全くできないこと。
                                                   以上スライド9
 職員からシングル・マザーとしての覚悟があるか問われる。ゆらぎながらも、「子どもの為に何もかも自分でしたい」と思うAさん。以前は、「ものの名前」が言えなかった。例えば、スリッパや箸の名前が分からなかったが、一つ一つ自立の為に覚えたい。一人暮らしやお金の管理を自分の力でやることも。そして、子どもを施設には入れたくないと、シングル・マザーとして自立を決意する。                                                以上スライド10
 「Aさんの語り」から、知的障害であるAさん(母親)が、「子育て」をするという決意により、たとえシングル・マザーになろうとも、子どもの為に「自立」の一歩を歩みだすのだというセクシュアリティが見て取れるのではないか。                                以上スライド11
2.“男が好き、男性と女性をはき違えている”(Bさん:男性・60歳)
 セクシュアルマイノリティ傾向があるBさん。同じGH内に好意を抱くUさん(30代男性)と担当職員Iさん(30代男性)がいる。Bさんの自室には、Uさんの写真が数多く貼られており、その思いの強さがうかがえる。15歳から施設へ入所、その後35年間施設で育った。32歳の時に、友達(男性)との性体験をカミングアウトするBさん。それ以来、女の人との性体験を知らず生きてきた。
                                                  以上スライド12
 「自分を安定させたりしてるんだけどねー」と、自室に写真を貼るのは「安定」させるためと語る。恋愛についてたずねると、「僕はそのへんはき違えて、ホモって病気持っちゃったんですよー。男好きになって、男と抱き合っちゃったりー、男といろいろしちゃいけないことも(・・・)。でも、やりそこなって、たまたまエイズにはならなかったけど」と、あっけらかんと話Bさん。しかし、「本当だったら女性が欲しい。だけど、女性はなかなかいないんだよねー」というような語りも。また、「親がいなかったから、親の関係でそういうふうになってんじゃないか、ってMさん(GH長)も言うんですよー。親代わりになっちゃうんだってー。面倒みてあげたくなっちゃうんだって。それが理性が収まりきれなくなっちゃうと、抱き合っちゃうだってー」と支援者の解釈を語る。今、Bさんを応援してくれる人は、駅のそばの酒屋のおばちゃんで、その人には、「自分はこういう人間だ」と全部正直に話しているBさん。                                          以上スライド13
 「Bさんの語り」から、性的指向は男性? 女性? それとも両性? アンビバレントな語りを繰り返すBさんの<わからなさ>。やはりこれは知的障害だからなのであろうか。「親がいなかったから、親の関係でそうなった」という支援者の解釈を語り、Bさんなりに説明付けをしようとしているが、このアンビバレントな語りそのものがBさんのセクシュアリティなのではないか   以上スライド14
3.“もう付き合うことは出来ない”(Cさん:女性・41歳)
 過去に恋人からの虐待と叔父からの性的な虐待の経験をもつCさん。恋人と叔父からの虐待がトラウトとして未だに残っており、「好きになることはあっても、それ以上いかない。好きな人が出来ても、次に付き合う人も暴力的な人かなー、って思ったりして、なかなか進展しなくて」と語る。そして、「芸能人や職員だったら、憧れ的に思っていても暴力を振るうこともないからー。だから、そういう恋愛しかできなくなったみたいな。一般の人を好きになるのが怖くて(・・)   以上スライド15
 「Cさんの語り」より、虐待経験のトラウマにより、男性に対する不信感を強く持ち、恋愛に発展することがない芸能人や職員に対する憧れを抱くにとどまる恋愛しか出来なくなった。恋愛願望はあるものの、あえて憧れのみの恋愛を受け入れているセクシュアリティの姿がそこにはあった。
                                                  以上スライド16
4.母親との関係を引きずる(Dさん:男性・22歳)
 どこにでもいる“不良少年”のような感じのDさん。「勝手に施設や養護学校に入れられた」「親を恨んでいる」「本当は普通校に行きたかった」と話す。中学時代には、母親からの虐待を受け、なかなか母親に「甘えられなかった」らしい。障害児施設時代に、年下の子どもとよく遊んだ経験があり、本人は「子どもが好き」と。将来は保育の仕事がしたいと嬉しそうに語る。 以上スライド17
母親が酒・タバコ・薬(睡眠薬)付け、本当の父親は離婚しておらず、母親の愛人を「お父さん」と呼び、母親の妹(おばさん)が料理を作る。家計は非常に苦しく生活保護である。「親(母親)は凄い凄い人でしたよー。包丁でオレのことを刺そうとしたりとか、それを親は憶えていないんですよねー。薬のせいで。(中略) お母さんを殺そうかなーっていう時もあったんですよねー」と凄まじい体験を話す。大学や施設職員の前でしばしば自分について語ることが多いDさん。なぜ話しているのか聞いてみると、「(自分を)健常者の人たちに知ってもらいたいのだ」と言う。「少しでも虐待とかが無くなればいいかなーみたいな」とも。また、話した後はスッキリするらしい。「相手(聞いてくれる人たち)からの言葉が欲しいんですよねー。どんなふうに返ってくるかが楽しみなんですよ。返ってくる言葉が欲しいんです」と、語る訳を説明するDさん。          以上スライド18
 以上のように「Dさんの語り」から、母親または家族と自分との関係を人前で語るということにより、語られた側から返ってくる言葉を期待している姿が見て取れる。また、母親に「甘えられなかった」という思いを引きずりながらも、語るということで得た聞き手の言葉により、自らゆれながらアイデンティティを確立しようとしているセクシュアリティとは言えないだろうか。   以上スライド19
5.“我慢させないと自分みたいになる”(Eさん:夫・30歳、Fさん:妻・23歳)
 通勤寮の自立生活アシスタント派遣事業(М市委託)を利用して、夫婦共にアパートで生活をしているE・Fさん夫婦。結婚形態は「入籍婚」。2歳になる子ども(女児:障害有)がいる。二人の「子育て観」をたずねてみた。「職員は、『なるべく我慢させないように』って言うんですけど、我慢させないと自分みたいになってしまうし。私(Fさん)、小・中時代特殊学級にいたんですが、いじめられてきたから。絵の具を(体に)つけられた(・・)。子どもにはそうなってもらいたくないんです」と妻(Fさん)は語る。続けて「強くなったほうがいいし、やられっぱなしはダメだと思うんです」と。
                                                  以上スライド20
 この「Fさん(妻)の語り」から、知的障害当事者であるFさんの「子育て観」、即ち、障害を持っていることによって「いじめられた」過去の辛い経験から、同じ障害を持つ子どもに、「強くなれ」「やられっぱなしではダメ」と、厳しい姿勢での子育てを貫き通す「障害当事者の母親」としてのセクシュアリティがそこには読み取れる。                             以上スライド21

W 支援者が語る知的障害当事者のセクシュアリティ
【支援者の語り】
1.みんな“家族が欲しいんじゃないか”(職員Aさん:女性・30代)
 出産は、「産ませない支援ではなく選択させる支援」であると言う職員Aさん。その際には、必ず「本人だめし」をして、当事者の本心を確認するということ。「家庭的に難しい当事者たちは、本当に家族が欲しいんだなーって」と語る。「愛情をきちんと受けていない当事者は、愛し方が分からない。愛し方は、持って生れるものではなく教えられるもの」。            以上スライド22
2.「後追い支援」「疑似的家族」(職員Bさん:男性・50代)
「覚悟」を感じる(職員Cさん:男性・20代)

 職員Bさんは、性はすべて「後追い支援」であると語った。当事者の恋愛は、「浅い思い」の繰り返しで連続性がないのが特徴である。特に男性にその傾向が強いのではないか。GHという「場」は、「安定」「安心」を提供出来る場であり、当事者の関係性が回復できる。これは、「自分が相手や異性に認められるからですかねー」と職員Bさん。「GHの家族性」「疑似的家族」と言えないだろうか(以上、「職員Bさんの語り」から)。
 比較的若い職員Cさんは、当事者の子育てを見て、その「覚悟」を感じると言う。つまり、「覚悟」を感じさせるだけの強い思いがそこにはあると言うのだろうか。しかし、職員(支援者)の立場としては、正直、性に関する支援は難しいのだとも語る。例えば、必要以上に身体接触を求める女性当事者の思いをどこまで受け入れるべきなのか…。職員Cさんは、当事者の「甘えの行動」と分かっていても、職員(支援者)としての「ケジメ」をつけたと語った。「自分の中で葛藤があった」らしいが。そこには「支援者と当事者」の関係、つまり、<支援する側−される側>という関係が大きく影響し、その関係性が支援者のパラドックスを引き起こすのである。          以上スライド23
以上述べたことをスライド24にまとめた。                       以上スライド24

X 考察
【生き様としてのセクシュアリティの形】
<いま-ここ>で<語り-語られる>という「覚悟」
 当事者が<セクシュアリティを語る>という「覚悟」と、筆者の<セクシュアリティを語られる>という「覚悟」。はたして当事者はどのような「覚悟」で語っているのであろうか。語られる側の筆者は、当事者の抱くセクシュアリティに関しての「生き辛さ」「語り辛さ」「苦しみ」「悲しみ」「ずるさ」「わからなさ」「愛らしさ」「喜び」「尊さ」「「奥深さ」などの<彼ら/彼女らなり>の多様な<リアリティ>を真剣に受けとめようということが、筆者なりの「覚悟」であると考える。

<生き様>から見える様々な「覚悟」
 知的障害当事者の<生き様>から見える様々な「覚悟」とは、まさに人間らしい「生き方そのもの」である。
 ・シングル・マザーになっても、子育てを契機として自立しようとする「覚悟」
 ・“同性が好き” カミングアウトをして自分に素直に生きていこうとする「覚悟」
 ・「辛い虐待経験を語る」 憧れのみで、その先を求めない恋愛を決意した「覚悟」
 ・“子どもの頃甘えられなかった” 母親との関係を引きずりながらも、自分を語ることで、ゆれながら、学びながら、自分のアイデンティティを確立しようとする「覚悟」
 ・「いじめられた」という過去の辛い経験から、自分と同じ障害を持つ我が子の子育てに、厳しい
姿勢をもってのぞむ「知的障害当事者の母親」としての「覚悟」
                                            以上スライド25
【知的障害当事者のセクシュアリティの理解に向けて】
 1.「セクシュアリティを理解するということ」
 家庭的に難しい知的障害当事者(A・B・C・Dさん)は、愛情をきちんと受けていない、愛し方が分からない人たちが多い(「職員Aさんの語り」より)。職員Aさんの言うように、「愛し方は、持って生れるものではなく、教えられるもの」であることから、当事者に「愛情を注ぎ、愛し方を教えること」こそ、当事者のセクシュアリティを理解する方法の一つになるのではないか。
 GHという「場」は、当事者の関係性を回復させるのではないか(「職員Bさんの語り」より)。言い換えると、自分が相手や異性に「認められること」で、「安心」「安定」が得られるということである。その「場」において、「一人一人のリアリティに寄り添いながら、互いに認めあいながら、こちらもゆらぎながら、そして、学びながら、共に成長していくという関わり方」が知的障害当事者のセクシュアリティを理解することに繋がると思われる。

 2.「知的障害当事者がセクシュアリティを語るということ」
 「知的障害当事者がセクシュアリティを語るということ」が、知的障害と共に生きる<彼ら/彼女らなり>の、まさに<リアリティ>を理解するための<糸口>になり得るのではないか。知的障害当時者の<語り>には、そうした<力>がありそうである。
                                                  以上スライド26

【参考文献】
・安積遊歩 『癒しのセクシー・トリップ』 太郎次郎社 1993
・安積遊歩 『車イスからの宣戦布告』 太郎次郎社 1999
・安積遊歩・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也 『生の技法』(増補改訂版) 藤原書店 1995
・旭洋一郎 「障害者のセクシュアリティと障害者福祉」 『東洋大学児童相談研究』  1996
・Ann&Michael Craft, Sex Education&Counselling for Mentally Handicapped People, Costello, 1983
・Ann Craft, Mental Handicap and Sexuality, Costello, 1987
・石川准・長瀬修編著 『障害学への招待』 明石書店 1999
・石川准・倉本智明編著 『障害学の主張』 明石書店 2002
・市野川容孝 『身体/生命』 岩波書店 2003
・井上芳保編 『セックスという迷路』 長崎出版 2008
・上野千鶴子 『性愛論』 河出書房新社 1989
・上野千鶴子 『構築主義とは何か』 剄草書房 2001
・上野千鶴子 『脱アイデンティティ』 剄草書房 2005
・大井清吉・山本良典・河東田博編著 『ちえおくれの親と教師に  男女交際・結婚・家庭生活のガイド』 大揚社 1988
・大井清吉・山本良典・河東田博編著 『ちえおくれの親と教師に  男子の性と生活のガイド』 大揚社 1995
・小山内美智子 『車椅子からウィンク』 文藝春秋 1988
・小山内美智子 『車椅子で夜明けのコーヒー』 文藝春秋 1995
・河東田博・河野和代 『知的障害者とセクシュアリティ −子宮摘出問題と結婚生活のありかたを中心に』 平成5年厚生省心身障害研究
・河東田博 「性の人権と性をめぐる諸問題」 松友了編 『知的障害者の人権』 明石書店 1999
・河東田博・小林繁市・中里誠・坂本光敏・林弥生・大槻美香 「知的障害者の結婚生活支援のあ
り方に関する研究」 『障害のある人々の結婚・就労・くらしに関する研究』 2004年度日本財団助 成研究事業 2005
・河東田博 「知的しょうがい者のセクシュアリティ・結婚支援をめぐる実態と課題」 『立教社会福祉研究』第26号 2007
・河東田博 『ノーマライゼーション原理とは何か』 現代書館 2009
・金井淑子編著 『ファミリー・トラブル』 明石書店 2006
・河合香織 『セックスボランティア』 新潮社 2004
・倉本智明編著 『セクシュアリティの障害学』 2005
・桜井厚 『インタビューの社会学』 せりか書房 2002
・桜井厚・小林多寿子編著 『ライフストーリー・インタビュー』 せりか書房 2005
・障害者の生と性の研究会編 『知的障害者の恋愛と性に光を』 かもがわ出版 1996
・障害者の生と性の研究会編 『障害者が恋愛と性を語りはじめた』 かもがわ出版 2000
・障害者の生と性の研究会編 『ここまできた障害者の恋愛と性』 かもがわ出版 2001
・全日本手をつなぐ育成会編 『親になる』 全日本手をつなぐ育成会 1999
・全日本手をつなぐ育成会 『性とその周辺を理解する』 全日本手をつなぐ育成会 2000
・全日本手をつなぐ育成会 『性・say・生(せい・セイ・せい)』  全日本手をつなぐ育成会 2005
・谷口明広 『障害をもつ人たちの性』 明石書店 1998
・土屋葉 『障害者家族を生きる』 剄草書房 2002
・中根成寿 『知的障害者家族の臨床社会学』 明石書店 2006
・西浜優子 『しょうがい者・親・介助者』 現代書館 2002
・“人間と性”教育研究協議会編 『ヒューマン・セクシュアリティ』19 東山書房 1995
・“人間と性”教育研究協議会・障害児サークル編 『障害児(者)のセクシュアリティを育む』 大月書店 2001
・秦安雄 「知的障害者の地域生活支援に関する研究 −知的障害者の結婚と子育て支援について、ゆたか福祉会の事例からー」 『日本福祉大学社会福祉論集』第103号 2000
・ベンクト・ニィリエ著(河東田博・橋本由紀子・杉田穏子訳編) 『ノーマライゼーションの原理』 現代書館 1998
・ヴォルフェンスベルガー著(中園康夫・清水貞夫編訳) 『ノーマリゼーション』 学苑社 1996
・牧口一二・河野秀忠編 『ラブ』 長征社 1983
・松兼功 『この子がいる、しあわせ』 中央法規出版 2004
・山下幸子 『「健常」であることを見つめる』 生活書院 2008
・要田洋江 『障害者差別の社会学』 岩波書店 1999            以上スライド27・28

*作成:
UP:20090904 REV:20090921
全文掲載  ◇障害学会第6回大会  ◇障害学会第6回大会・報告要旨

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