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杉野 昭博「DM不正の行政責任と障害者団体向け郵便割引制度の沿革」

障害学会第6回大会・報告要旨 於:立命館大学
20090927


◆報告要旨
 杉野 昭博(関西学院大学人間福祉学部)
 「DM不正の行政責任と障害者団体向け郵便割引制度の沿革」

  2009年の上半期における障害者団体向け郵便割引制度を悪用したダイレクトメールの不正発送事件の報道を紹介し、事件の過程で行政が不適正に発行した「障害者団体証明書」が重要な役割を果たしていることを指摘する。また、実態のない団体を、郵便割引制度の対象としての障害者団体として認定する証明書を発行したのは厚生省だけではなく、ほかに、港区と大阪府で不適正な認定がおこなわれた疑いが報道されている。本報告では、こうした障害者福祉行政の責任について強調する。
  つづいて、事件の結果、郵便事業会社は「心身障害者用低料第3種郵便物」利用審査を厳格化したために、「8割以上が有料購読者」という条件を満たせずに従来の機関紙発行を断念する障害者団体が出ていることに着目し、この制度の沿革について二日市(1986;2001)に基づいて紹介する。1971年の制度発足前に、障害者団体側は自分たちの機関紙に近い郵便物である「通信教育教材」などの「第4種郵便物」としての扱いを求めたが、郵政省と厚生省社会局更生課の話し合いの中で「第3種郵便物」として扱うことが決まり、障害者団体側にその旨提案されている。この経緯から考えると、郵便当局は最初から、障害者団体機関紙が「第3種郵便物」としての規定に合わないことは承知の上でこの制度を導入したことがうかがわれ、今さら一般雑誌や新聞紙なみの「第3種郵便物」としての基準を求めることは矛盾していると言える点を指摘したい。
4時間介助を受けて生活をする当事者の立場から、生活の様子他、スライド写真なども用いて、「これからの時代の利用者/介助者の関係性」、また、「人として、心豊かに生きること」への考察を、介助者の立場からの意見を取り入れながら発表します。

◆報告原稿

DM不正の行政責任と障害者団体向け郵便割引制度の沿革
関西学院大学 杉野昭博

1.DM不正事件に関する報道
 2009年5月6日、「ベスト電器」(福岡市)のチラシ広告を、「障害者団体の機関紙」と偽って、1通8円の割引料金で不正に発送した罪で、大阪地検は10名を起訴した。起訴された10名のうち氏名が報道されている8名は、不正DMの広告主であるベスト電器元部長K氏(51)、不正DMの印刷を請け負ったとされる大手通販・印刷会社「ウイルコ」(石川県白山市)前会長のY氏(57)と、執行役員のM氏(64)、不正DMの作成にかかわったとされる広告会社「博報堂エルグ」(福岡市)執行役員のI氏(47)、不正DMの取引をウイルコに持ちかけたとされる広告会社「新生企業」(現・伸正、大阪市)社長のU氏(53)と元取締役のA氏(55)、新生企業と提携したとされる自称・障害者団体「白山会」(東京)会長のM氏(69)、同じく自称障害者団体「健康フォーラム」(東京)代表のK氏(61)である。
 5月6日以降も、健康食品販売の元気堂本舗や、紳士服大手のフタタ、通販大手のセシール、ベルーナなども、不正発送の事実や、不正への関与の疑いが発覚している。つづいて、5月19日、障害者団体向け郵便と偽った大量のダイレクトメール(DM)の不正発送を黙認し、正規料金との差額計約3億円を免れさせたとして、大阪地検特捜部は、郵便事業会社(日本郵便)社員2名を逮捕した。
 さらに5月26日には、障害者団体としての活動実態がない「凛の会(現在の白山会)」のために、障害者団体であることを証明する厚生労働省の稟議書を2004年に偽造した容疑で、同省障害保健福祉部企画課係長のU氏(39)と、「凜の会」(現・白山会)の元会長K氏(73)と元会員K氏(68)の2名が逮捕され、続いて、6月14日には厚生労働省係長U氏の当時の上司だった厚生労働省雇用均等・児童家庭局長M氏(53)が逮捕され、不正DM事件には、郵便事業会社のみならず、障害者福祉行政や政治家事務所などまでが関与していることが疑われることになった。

2.見過ごされている行政の責任問題
 たんなる民間企業や広告会社がでっちあげた実態のない「幽霊団体」に対して行政機関が「障害者団体」としての不正な認定をおこなえば、障害者団体用の郵便割引制度の根幹が崩れることになる。今回の郵便割引制度を通学定期券の割引制度にたとえるならば、学校が生徒以外の者に対して、通学定期の割引証明書を不正に発行したことにより、生徒でない者が大量に格安の通学定期券で電車を不正に利用したようなものだと言えるかもしれない。だとすれば、ここでもっとも責められるべきは、不正に団体証明をおこなった行政機関であり、郵便会社はむしろ被害者である。郵便会社の側にも、不正な郵便物とうすうす、あるいは、明確に知りながら黙認、もしくは不正に受け付けた罪はあるかもしれないが、相手は正規の割引証明をもっているのだから郵便会社としての不正チェックには限界があるだろう。
 このように、障害者団体としての実態がないことを知りながら、不正に「障害者団体」としての認定をおこなった行政機関にこそ、今回の事件の根本的な原因があると言えるのだが、そうした行政機関が厚生労働省だけではない点にも注意すべきだろう。東京都港区の健康食品販売会社の元気堂本舗も、自身のDMを不正に発送するために、「健康フォーラム」という幽霊団体を発足させ、2005年6月に港区から障害者団体としての認定を受けている。(アサヒコム5月14日)この件については、元港区議の都議会議員(64)の「口利き」疑惑が報道されているが、実際に障害者団体としての証明書の発行をおこなった港区職員の責任は追及されていない。
http://www.asahi.com/national/update/0514/OSK200905130134.html 
 また、大阪府でも、新生企業が名義を使用した疑いのある障害者団体「出藍荘」の認定が2006年4月に大阪府庁内で不正におこなわれたのではないかという疑惑が報道されている。疑惑の根拠としては、「出藍荘」への障害者団体証明書に、通常付される文書番号がないこと、文書の公印が部長でなく室長であること、この証明に関わる審査資料や決済文書などが見つからないことなどが報じられている。(アサヒコム6月24日)「出藍荘」は大阪府茨木市に実在する障害者授産施設で、社会福祉法人藍野福祉会が運営している。藍野福祉会は、病院、大学、専門学校、福祉施設などを幅広く経営する「藍野グループ」の一つであり、「藍野グループ」については関西の精神障害関係者の間では知る人も多いだろう。ところで、この件についても、証明書の発行に関わった可能性のある大阪府職員への内部調査はおこなわれているが、どこまで責任追及されるのかは不明確だ。
http://www.asahi.com/national/update/0624/OSK200906240074.html 

3.「氷山の一角」「昔からおこなわれていた」
 「白山会」による不正DM発送は、白山会の前身「凜(りん)の会」代表で、元国会議員秘書のK氏(73)が2004年からおこなっていたと報道されている。この事業を政治家の紹介を介してK氏から引き継いだのが「白山会」会長のM氏だとされる。(毎日新聞2009年4月20日)また、障害者団体を騙った不正DMは、10年以上前から新生企業以外の多くの広告代理店によってさまざまな企業に勧誘があったとも言われている。(毎日新聞2009年5月6日)つまり、今回の事件で表ざたになったのはほんの「氷山の一角」であり、障害者団体向けの割引制度は、長年にわたって数多くの「詐欺師」たちによって悪用され、数多くの企業が、不正を知りながら、あるいは、知らずに、もしくは、うすうすおかしいとは思いながらも、これを利用してDMを大量に不正発送してきたらしい。
 たとえば、新生企業元取締役A氏は、1980年代に福島県の広告会社「新企」を経営し、1994年頃から割引制度を悪用したDMの印刷や発送を扱っていたという。99年以降、福岡と大阪に支店を開くなど急成長。01年には社員50人余、売上高も約41億円に達した。 一方、日本郵便によると、新企がこの制度を使った取扱件数は、99年度が3千万通、00年度が6千万通、01年度が1億通、02年度が1.1億通と急伸。4年間で約3.6倍になった。 理由は不明だが新企は03年度初めに倒産。同年度の取扱件数は、前年度比で一気に約4割減って7千万通になった。 その後、A氏は04年、新生企業の幹部に就任。まもなく大手通販・印刷会社のウイルコとの間で契約を交わし、同社を通じて博報堂やベスト電器の仕事も受注するようになると、制度を使った取扱件数は03年度の落ち込みから再び上昇。04年度に8千万通、05年度に1.1億通、06年度には1.3億通まで増えたという。(2009年4月20日アサヒコム)

4.本当に悪いのは誰なのか?
 このように、障害者団体向けの低料金郵便制度を悪用し、まさに、障害者福祉を「食いもの」にしたのは、大量のダイレクトメールを発送する通販業界や大量販売チェーンなどのDM発送主および、その業務を請け負う広告会社であるが、これらの企業の担当者全員が、必ずしも「違法行為」に対する意識が明確だったわけではないと思う。DM発送主の多くが「違法とは思わなかった」と述べているが、あながち嘘とも言えないだろう。新生企業や「凛の会(白山会)」などは、DM発送主に対して「正規の割引制度」だと説明していたようだし、その説明の根拠となっているのが行政機関が不適正に発行した「正規の障害者団体証明書」である。DM発送主がもしもこの説明を信じていたとすれば、むしろ被害者であり、事件の構図は、「障害者団体証明書」の不正発行による「詐欺事件」であり、被害者はDM発送主企業と郵便事業会社であり、加害者は、障害者団体証明書の不正発行を依頼した者と、これを助けた行政機関などだろう。
 ベスト電器やキューサイやメガスポーツなど、不正DMの発送主は、正規の郵便料金との差額を自主返還することを発表しているが、「障害者団体証明書」を不正に発行した行政機関も違法DM発送に加担したのであり、差額の返還義務があるのではないだろうか。障害者福祉を「食いもの」にしたのは、新生企業、凛の会などの詐欺師たちと、その詐欺の片棒をかついだ障害者福祉行政そのものなのではないかと思う。


5.二日市安さんと「身定協」

 ところで事件の舞台となった「障害者団体向け郵便料金割引制度」というものが、1970年代の日本の障害者運動史における重要な運動成果の一つであることは、あまり知られていない。この制度の創設に尽力したのが昨2008年2月に亡くなられた二日市安さんである。http://www.arsvi.com/w/fy03.htm
 二日市さんは、「後藤安彦」の筆名で活躍された翻訳家で、ハヤカワミステリをはじめ多数の翻訳書がある。また、「しののめ」「青い芝の会」の会員でもあり、このほか二日市氏が中心的な役割を担った障害者組織を列挙すれば、「国立身体障害者センター更友会」「障害者の生活保障を要求する連絡会議(障害連)」「革新都政を支える身障者連合会(革身連)」「障害児を普通校へ・全国連絡会」「自立生活センターHANDS世田谷」「BEGIN障害者総合情報ネットワーク」など、まさに日本の戦後障害者運動の歴史を歩んだ人だと言える。
 こうした二日市さんの活動の一つが1974年に設立された「身体障害者団体定期刊行物協会(身定協)」であり、障害者団体向けの郵便料金割引制度のいわば窓口になるような団体であり、二日市さんはその最初の事務局長だった。実は、今回の事件でも、「凛の会」の代表者たちは当初は、障害者団体定期刊行物協会(元身定協)に加盟して障害者団体向けの割引制度を利用しようと画策していたという報道もあった。(協会への不正加盟自体も厚生労働省の職員に示唆されたようにも報道されている。厚生労働省職員が、自ら手を汚すことなく、「障害者団体定期刊行物協会」が誤って加盟を認めることを期待していたとしたら許しがたい卑劣な行為だ。)しかし、「凛の会」を「ニセ障害者団体」であると見抜いた協会によって加盟が拒否されたために、凛の会関係者たちは再び厚生労働省に出向いて障害者団体としての認定証明を得て、直接、郵政公社にこれを提出したらしい。(産経新聞大阪本社ニュースサイト2009年5月27日・毎日新聞大阪夕刊2009年6月16日)
http://www.sankei-kansai.com/2009/05/27/20090527-010316.php 
http://mainichi.jp/kansai/news/20090616ddf041040018000c.html 

6.「身定協」設立の経緯
 二日市安さんは、自らの障害者運動経験についていくつか書いたものを残している。本報告でおもに参照しているのは2001年に全国自立生活センター協議会が編集・発行した『自立生活運動と障害文化』に掲載された回顧録(二日市2001)と、1986年に刊行された『講座 差別と人権 第5巻 心身障害者』に収録された「身体障害者の歴史」という論文(二日市1986)だが、ほかに、国立身体障害者センター闘争(1962年〜1967年)を記録した『私的障害者運動史』という著作(二日市1979)もある。二日市さんの記録によれば、障害者団体向けの郵便割引制度が出来たのは下記のような経緯による。
 まず1966年の郵便法改正により、同人誌などを対象とした「第五種郵便物」制度が廃止された。それまで「第五種」として低料金で不定期刊行物を郵送していた「しののめ会」などの障害者団体は制度の存続を求めたが、政府は年賀はがき売上金から総額100万円の「助成金」を「一時金」として障害者団体に交付することで結着をはかった。この交付金の名目上の受取人として「身体障害者定期刊行物協会」(身定協)が設立された。(二日市1986:31, 32)
 つづいて1971年、郵便料金の大幅値上げが閣議決定され、「しののめ」の同人を中心に、障害者団体の刊行物を「学術雑誌や通信教育教材」などと同様の「第四種郵便物」として認めてもらうよう政府への要望書を作成する。この要望書には、

 「障害者団体の発行する刊行物が障害者の精神生活のうえでどれほど大きな意味をもつものであるか、また経済的に貧しい障害者会員たちにとって刊行物郵送料の値上げがどれほど致命的であるか」が記されていた。(二日市1986:30)

 国会議員などの協力にも助けられて、政府はこの要望に対応するが、「第四種」ではなく、一般の新聞・雑誌などの「第三種」郵便物として扱う方向が模索された。第三種郵便物には、一定数以上の発行頻度や発行部数の条件があったが、複数の障害者団体を便宜上一つの団体として扱うことにより、この条件をクリアする「方便」を郵政省と厚生省社会局更生課が、障害者団体代表者に示した。
 政府からの提案を受け、「身定協」に参加する13団体は政府との交渉を進め、1971年6月から8月にかけて「身定協」を名目上の発行人とする2種類の刊行物が「第三種」の認定を受けた。(二日市1986:32-33)これが日本の「障害文化」の担い手の一つともなった「SSK刊行物」の最初だった。その後この低料金割引制度は多くの障害者団体に利用され、二日市さんが事務局長をしていた東京の協会の加盟団体は「400団体近くになり、しかも障害者の定期刊行物協会は関西にも、名古屋にも、北陸、北海道、九州など全国各地方ごとにも」設立されるようになった。(二日市2001:183)そして、2000年には「身定協」は、知的障害や精神障害の運動との連携を重視する立場から、「障害者団体定期刊行物協会(障定協)」と改称したのである。(二日市2001:187)
 また、二日市さんは、身定協の活動意義を、たんに障害者団体運営のための郵便割引制度の維持存続だけではなく、日本の障害者運動の展開において歴史的役割を果たしたことを強調している。身定協の運動や活動を通じて、多くの障害者団体が連携する機会が生まれた。また、郵便割引制度がなかったら、これほど多くの「SSK機関紙」は発行されなかったろうし、「SSK機関紙」そのものが日本の「障害文化」だと思うし、障害者運動を研究する上でも貴重な資料にもなっている。

7.とんだ結末
 このように障害者団体向け郵便料金割引制度は、日本の障害者運動の歴史的成果であるとともに、それ自体が障害者団体の各種刊行物を産む基盤ともなってきた。DM不正事件は、そうした障害者運動の成果を悪用し、食いものにしたのであるが、それは「ニセ障害者団体」をでっち上げたり、一部の団体を隠れ蓑にした詐欺師たちだけによってなされた犯罪ではなく、障害者福祉行政もその犯罪に加担していたのである。
 ところが、事件はとんでもない結末に至る。6月17日付けのasahi.comの<障害者郵便の審査「厳しくなりすぎ」 利用団体が悲鳴>という記事によれば、DM不正事件をうけて郵便事業会社が制度利用審査を厳しくしたために、障害者団体の機関紙が従来の低料金で発行できなくなっているという。
 利用審査で問題になっているのは、「8割以上が有料購読者」という条件が急に厳格に運用され始めたことである。この条件は、本来、一般に広く購読されている新聞・雑誌などを流通しにくい離島や山間地に郵送するための料金割引制度という「第3種郵便」の趣旨に照らせば合理的な条件なのだろうが、そもそも障害者団体の発行物は、「第3種郵便」制度にはなじみにくいものであり、1971年当時、二日市さんたち身定協側は、学術雑誌や通信教育教材などを対象とする「第4種郵便」制度の適用を政府に要望していたのであり、これを「第3種郵便」制度にあてはめようとしたのは、前項で述べたとおり、当時の郵政省と厚生省社会局更正課である。今回の郵便事業会社による「第3種郵便」規定の「厳格運用」は、「心身障害者用低料第3種郵便物」制度の歴史的経緯を無視した対応だと言えるだろう。
 郵便事業会社による利用審査の厳格化を受けて、「全国障害者団体定期刊行物協会連合会」は、総務省や日本郵便などに制度の運用や利用条件の見直しを求めているようだ。交渉の結果、障害者団体向け郵便割引制度が改善されることが望まれる。

参考文献
二日市 安
 1979 『私的障害者運動史』たいまつ社
 1986 「身体障害者の歴史」磯村英一ほか編『講座差別と人権第5巻 心身障害者』雄山閣17-51頁
 2001 「やれるときに、やれるだけのことを」全国自立生活センター協議会編『自立生活運動と障害文化―当事者からの福祉論』現代書館177-187頁

*作成:
UP:20090906 REV:20090923
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