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小川 喜道「我が国におけるダイレクト・ペイメント論議の課題整理――英国でのFrances Haslerらの諸活動を通して」

障害学会第6回大会・報告要旨 於:立命館大学
20090927


 小川 喜道(神奈川工科大学)
 「我が国におけるダイレクト・ペイメント論議の課題整理――英国でのFrances Haslerらの諸活動を通して」

  英国障害者団体協議会の代表であったJane Campbellと障害学の第一人者であるMichael Oliverは、その著書Disability Politics(1996)の中で、ダイレクト・ペイメント法Community Care (Direct Payments) Act 1996の成立を「1948年のNational Assistance Act以来、非合法であったものに認めさせた。この立法化はひとえに障害者運動に起因するものである」と言わしめている。そして、Colin Barnsは最近の報告(2007)の中で、ダイレクト・ペイメントが「革新的で、フレキシブルで、個別化されたサポート・システムとサービスの発展を促進している」と述べる一方で「過疎地や高齢者の多い地域、あるいは大手スーパーなど多数の就労場所が確保される地域でパーソナル・アシスタントを見つけることの難しさ」を率直に述べている。
 このダイレクト・ペイメントは、しばしば現金(直接)給付と訳される。しかし、実際に現金を受け渡したり、口座から引き出したりするのではなく、主に小切手支払いであり、最近ではデビッドカードでの扱いも試みられている。重要なのは、利用者が自らのライフスタイルを保つために、その障害に応じて適切なケアを選択、コントロールする「手段」として機能しているところである。多民族社会にあって、介護は"資格"よりもその文化、慣習を同一にしている人が行うよさがあり、また、多様な障害や程度に応じて常にフレキシブルなものでなければ、ライフスタイルは依存的なものになってしまう。こうした暮らしや介護関係のフレキシビリティを満たす一つの方策に過ぎない。
  発表者は、英国のコミュニティケア(ダイレクト・ペイメント)法が成立した年である1996年に、同法の実現化に貢献したロンドン障害者協会( GLAD)当時代表Frances Haslerへの聞き取りを行ったが、その段階では高齢者を包括することの難しさが語られていた。その後Haslerが全国自立生活センター(NCIL)の代表になり、ダイレクト・ペイメントを発展させるための諸活動についても、継続的に調査してきた。つまり、高齢者、知的障害者、精神障害者等の利用促進、サポート機関の設立支援、行政担当者への働きかけなどである。今回、その経緯を通して、また、我が国の障害者に対する関連制度とも比較し、ダイレクト・ペイメントに関する課題整理を試みた。

◆報告原稿

「障害学会」2009 小川ポスター報告概要

我が国のダイレクト・ペイメント論議の課題整理
− フランシス・ハスラーの諸活動を通して −

神奈川工科大学 小川 喜道

1. はじめに
 ここでダイレクト・ペイメントを取り上げるのは、社会サービスに対して現金給付されることの可否というよりもむしろ、日々の入浴や排泄などの介助が、不特定の、自らが指名しない人によって行われていること、ふと外出しようとした時に望まない人によって介助されることについて、それを当然のこととして受け入れなければならないのだろうか、という疑問からである。ダイレクト・ペイメントを論ずる際、“現金給付”ということを主題に考えるのではなく、障害ある人が普通の、当たり前の暮らしをするための方策、自己決定・自己選択・本人主体の方策を求めるには、どのような制度設計になるのかを検討する上での素材であると考えている。
 まず、イギリスのダイレクト・ペイメントがどのような現況にあり、自立生活運動の一環で進められたこの仕組みはどのように発展したかについて、フランシス・ハスラーの著作から探る。その上で、我が国で論議すべき課題を挙げる。

2. イギリスのダイレクト・ペイメントの現況
 ここでは、ポスターに示す図表を文章化するが、ごくおおまかな記述となるので、当日発表時にその詳細を報告する。
 まず、ダイレクト・ペイメントは障害者に対する一連のコミュニティケア・サービスの一つに過ぎないことを示す。
 2007年度のイングランドでのサービス利用者153万5,000人についてみると、ホームケア57万7,000人、デイケア22万7,000人、配食サービス7万7,000人、そしてダイレクト・ペイメントは6万7,000人となっている(ポスター表1。他項目を含めて障害別に示す)。この6万7,000人を多いとみるか少ないとみるか、は切り口によって異なると思われるが、年次経過でみるとはっきりと増加傾向を示している。ここに2年ごとの数字を挙げると、01年度5,300人、03年度14,000人、05年度37,000人、07年度67,000人となっている(ポスター図1。障害別推移を示す)。

3. ダイレクト・ペイメントの推進力
 このようにダイレクト・ペイメントが増加傾向を示す背景について検討を加える。それは、対象者の範囲拡大、サポート機関の設置促進、ダイレクト・ペイメントの柔軟な活用、などが影響していると考えられる。しかし、それらの法制度整備をみるだけで、その変化を証明できない。それら制度的な変遷の背景に自立生活運動の中心となっている全国自立生活センターの関わりがある。それを検証材料として、ここではフランシス・ハスラーの著作の内容とその発行時期を示す。
 フランシス・ハスラーは、全国自立生活センターの創始者の一人であり、所長として活躍してきた。経歴としては、障害者の地方組織にも中央組織にも関わり、自立生活問題に焦点を当て続けてきた。彼女のダイレクト・ペイメントに関わる著作は、多数出ており、その全てがいわゆる実践的な制度構築へ向かっているものである。
 ポスターにて詳細な内容を示す(ポスター表2)が、ここでは取り上げる著作のリストのみ掲載する。
 1999年『自立へのダイレクトなルート−ダイレクト・ペイメントの地方自治体による実行とマネジメントについてのガイド』(具体的な支援職種などを紹介、またパーソナル・アシスタントの面接表や予算組みなども紹介)、2002年『ソーシャルワークとダイレクト・ペイメント』の前書き(「障害者が自立するのを阻害しているものは、彼らをサポートするサービスを自らコントロールできないことである」としてダイレクト・ペイメントの意義を主張)、2004年『ダイレクト・ペイメントを機能させる−実行に対するバリアの特定と克服』(重大なバリアの一つは、自治体財政部からの情報不明確。そして、自治体内のコミュニケーション改善などを提言)、2004年『ダイレクト・ペイメントへの円滑なルート−サポート体制の設立』(サポート機関を設置する方法を細かく、わかりやすい表現で呈示)、2004年「ダイレクト・ペイメント」(誰かによってコントロールされるサポート形態に対して、ダイレクト・ペイメントは障害者がサービスをコントロールする機会を与えるもの)(Disabling Barriers ? Enabling Environments, SAGE Publications, pp.219-25)、2004年「障害、ケア、サービスのコントロール」(自立生活とは、自分自身でできることよりむしろ、選択とコントロールをもつものとして位置づけ)(前掲書, 2004, pp.226-32)、2004年『健康な選択?ダイレクト・ペイメントとヘルスケアへの包含』(保健と社会サービスが協働する傾向にある中で、ダイレクト・ペイメントがイギリスの保健サービスにどのように選択を取り入れられるか、また、慢性疾患をもつ人にどのようにサポートできるか、そうした論議)、2006年「ダイレクト・ペイメント促進基金」(ダイレクト・ペイメントを展開するための基金900万ポンドを向こう3年間で活用することになったが、そこで全国自立生活センターNCILの評価機能を提示)(Developments in Direct Payments, Policy Press, pp.149-58)、2006年「夢をつかむ: ダイレクト・ペイメントと自立生活」(ダイレクト・ペイメントが自立生活へ結びつけることを阻害している要因を、「予算という冷酷な現実」と「ケアの保護的モデルが支配」という点を挙げているが、障害者がこれまで達成してきたことに誇りをもち、ダイレクト・ペイメントを生み出したこともその一つである、と。)(前掲書, 2006, pp.285-92)
 以上は、フランシス・ハスラーの主な著書の一端である。これらをダイレクト・ペイメントの法・制度整備の動きと照らしてみると符合している点が多い。つまり、自立生活センター及び自立生活運動を通して、ダイレクト・ペイメントが拡大、柔軟性を増してきたと解釈できる。

4.我が国のダイレクト・ペイメント論議の課題整理
 フランシス・ハスラーを通して、障害者の自立生活運動とダイレクト・ペイメントが強く関連していると理解できる。我が国でダイレクト・ペイメントの考え方と共通する制度として挙げられるのは、各自治体で行われていた全身性障害者介護人派遣事業、自薦登録ヘルパー制度、そして生活保護他人介護料、重度訪問介護などが挙げられよう。これらは、すくなくとも利用者が介護者をマネジメントする、利用者主導の仕組みに近いと言えるが、介助を必要とする全ての障害者に情報がいきわたっておらず、障害種別や程度を超えてもいない。障害者自立支援法の中には明記されておらず、いわばクローズな取り決めに近い。また、重度訪問介護は極端に障害を限定している。原則、障害程度区分4以上、二肢以上に麻痺、認定調査項目のうち歩行・移乗・排尿・排便の“いずれも”「できる以外」などとなっており、行政交渉でたどり着いたものとしても制度上違和感をもつ。イギリスのダイレクト・ペイメント制度をみていると、コミュニケーション、人間関係の課題から不特定の人が援助に入ることが適当でない場合に、もっとも適切な介護者を選びパーソナル・アシスタントとして雇う。その意味から、認知症のある高齢者、行動障害を伴う知的障害者にも機能している。それでは、我が国ではどのような論議を求めるべきであろうか。
 その主な点として、(1)介助関係のあり方(例えば、パーソナル・アシスタントという障害者主導の考え方)、(2)介助者選択の制度的裏づけ(例えば、事業者との契約関係の再検討)、(3)介助者の質・資格(例えば、重度訪問介護従事者の形式的講習の必要性、真に求められる質的要素)などが挙げられる。ここで、介助関係のあり方について問題を挙げてみよう。(a)身体介護、家事援助、移動支援などについて、障害別及び障害程度を越えて「自薦」「介護者選択」の必要性はないのか。(b)現行制度は、介護を受けるストレス、不安などの心理的要素を軽視していないか。(c)前項の事柄は、身体、知的、精神の各障害をもつ高齢者にとっても重要な視点であるが、そうした高齢者を障害分野は見据えてきたか。これらを検討する際に、ダイレクト・ペイメントのシステム、パーソナル・アシスタンスの仕組みが対比素材として役立つと考える。
 なお、イギリスのダイレクト・ペイメントに関して収集した文献リストをポスター発表時に配布する。

*作成:
UP:20090904 REV:20090920
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