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「障害」とは何か

障害者福祉制度の谷間に落ちる難病者の現状と課題について

大野 真由子(立命館大学大学院先端総合学術研究科) 20090926-27
障害学会第6回大会 於:立命館大学


◆報告要旨
◆報告原稿

■報告要旨

 障害者基本法第2条によれば、「障害者」とは「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、長期にわたり日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」をいう。難病者がここでいう「障害者」に該当するかについては、本文中に明示的な記載はなされていない。もっとも、2004年改正において「国及び地方公共団体は…難病等に起因する障害があるため継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者に対する施策をきめ細かく推進するよう努めなければならない」と附帯決議の第16条「障害の予防に関する基本的施策」で触れられている。このことは「障害の予防」という枠組みの中で難病を捉えることにより、難病者を一応の適用対象としつつも、その判断に当たっては病気そのものを見ているのではなく、難病から起因して生じてくる「身体障害」をもって「障害者」としていると解釈することが妥当である。
 我が国の障害者福祉制度は、もっぱら機能障害にその焦点が当てられている。難病患者が福祉サービスを利用するためには、身体障害者福祉制度の対象となる必要があり、そのためには身体障害者手帳を取得しなければならない。しかし、判定には症状が固定しているなどの条件があり、症状が不安定で進行する可能性もある難病者にとっては非常に利用しづらいものとなっている。また、身体的な機能障害としては明確に現れない神経症状(例えば、痛みや痺れ)や、機能障害として発現するまでに時間を要するケースなどについては現在のところ不十分であるといわざるを得ない。
 本報告では、難病であるCRPS(複合性局所疼痛症候群)患者へのインタビュー調査から得られたデータをもとに、障害者手帳の要求する「機能障害」には該当しない身体的不自由とそれに伴う社会生活上の困難について現状を明らかにする。また、患者の語った「困難さ」を社会福祉学的視点から考察することによって、現行制度ではどこまでの救済が可能なのか、救済できない場合に生じる不都合性とは何か、不都合を補うにはどのような制度の見直しが必要であるのか、といった難病者をめぐる障害者福祉制度における課題を提示する。従来の「障害=機能障害」という枠組みを超え、生活上の支障・困難といった当事者のニーズを中心とする多義的観点から、「障害」とは何かについて再定義していくことを目的とする。

■報告原稿


「障害」とは何か
――難病者をめぐる障害者福祉制度における現状と課題―― 

                                  立命館大学先端総合学術研究科 
大野真由子

T.問題と目的
 「障害者」とは「身体障害、知的障害又は精神障害があるため、継続的に日常生活又は社会生活に相当な制限を受ける者」と 障害者基本法第2条に規定されている。では、難病者は「障害者」 に該当するのだろうか。 この点、同法第三章や2004年の参議院付帯決議などからは、「障害の予防」という枠組みの中で難病を捉えることにより、難病者についても一応同法の対象としながらも、その判断に当たっては病気そのものを見ているのではなく、難病から起因して生じてくる「身体障害」をもって「障害者」としていると解釈することが妥当である。
 問題はわが国の障害者福祉の対象が、機能障害に基づいており、生活上の支障・困難といった「生活モデル」を中心に考えてこなかった点にある。難病者が福祉サービスを利用するには、身体障害者福祉制度の対象とならなければならず、身体障害者手帳の取得が必要となる。だが、手帳の申請や決定は機能障害の有無で判断する「医学モデル」を前提としていることから、難病者には適応しづらいものとなっている。難病は医療と雇用の「制度の谷間」「たらい回し」が起きやすく、生活実態の調査が今後の課題として挙げられている。そこで、本研究では、難病患者の社会生活上の困難について現状を明らかにすること、患者の困難と現行制度の関わりを考察することによって難病者の障害者福祉と就労をめぐる課題を提示することを目的とする。

U.対象と方法
 CRPS患者(以下、info.と記載)7名(男性2名、女性5名、20代前半〜60代前半)に半構造化面接を行った。面接開始前には、研究概要書を示しながら、研究の目的、方法、プライバシーの保護、拒否の権利、結果の公開について十分に説明し、協力意思を確認後、承諾を得た。データ収集期間は2007年8月〜11月である。インタビューでは半構造化面接を用い、患者が「おおむね語り尽くした」という内容を口にした時点を終了とした。

V.CRPS患者の身体・社会・経済生活における困難

1.痛みとの闘い
 CRPSの主症状は慢性化した焼けつくような激しい痛みである。痛みは能動性を持って向かってくるものであり、体力・気力・時間といったすべてのものを侵蝕する。そして、その痛みがコントロール不能であるということは、「一瞬一瞬が闘い」という言葉に表現されるように、常に安全を脅かされながら生きている状態である。

2.日常生活の不自由
 生活上のすべての行為において生じる不自由は、それまでの健康な日常との断絶を否応なしに感じさせる。24時間続く疼痛や神経の萎縮、筋肉の拘縮のため、健常者が当たり前にこなしている日常行為のひとつひとつにinfo.は多大な労力を必要としている。生活上の不自由は、主に、睡眠、食事、着衣、入浴、集中力の低下に大別され、程度の差はあれどのinfo.も困難を感じている。なかでも、痛みによって睡眠を妨げられていることが、info.にとって最大の苦痛となっている。十分な睡眠がとれないことにより、体力が落ち、徐々に気力も減退していくという悪循環に陥っていく。

3.経済的困窮
 医療費については、診断が確定するまでに要した検査費と、確定してから治療に要した治療費、の大きく2つに分けられる。

(1)診断確定までの検査費・交通費等
 医療現場での認識不足もあり、通常の怪我や病気と比較して、CRPSと診断されるまでにはかなりの時間を要している(Info.が発症してから診断名がつくまでに要した期間は3ヶ月〜2年)。Info.は最初の病院で「思い込み」、「治っているはず」、「症例がない」と言われるが、「あきらかにおかしい」痛みに耐えられず、なんとか原因をつきとめようと全国様々な病院を駆け回り(info.の訪問した病院件数は3〜7件)、検査費や交通費に多大な出費を支払っている。

(2)診断確定後の治療費・交通費等
 1回の治療にはおよそ7千円〜1万円程度を必要としている。高額療養費に対しての返還制度があるとはいえ、2週間に1度の診察では政府の定める自己負担限度額を超えるまでにはならないことも多い。高額療養費は同月内同一医療機関を原則としているため、月をまたがった場合や医療機関をまたがった場合は合算されず、返還が受けられないこともある。治療には専門的技術を必要とするため対応できる病院が限られており、通院交通費にも多額の費用がかかっている。CRPSは慢性的な難治性の病いである。月日を重ねるにつれ治療費が家計を圧迫していき、治療を中断せざるを得ない者もいる。

4.働く場所の喪失
働く場所の喪失は社会的役割の喪失、社会とのつながりの喪失を意味している。社会的認知度が低く、症状が可視化・数値化できないため職場の理解を得ることが難しいこと、難治性の病気のため復職の見通しが立たないこと、症状の悪化などを理由として7名全員が発症を契機に職を失っている。

5.再就労の諦めと希望
20代・30代のinfo.(4名)にとって、働くことはそれ自体が自己実現ともいえる重要な価値を有するものである。働き盛りといわれる年齢層にありながら働けないということに自責の念を感じ、苦労して積み重ねてきたものを発揮する場がないことに対する悔しさが切々と語られた。また、この4名がいずれも専門性を有する仕事に従事していたこともあってか、再就労に対する諦めと希望の入り混じった激しい葛藤がみられた。

W.CRPS患者と福祉・雇用制度

1.「障害」認定をめぐる問題と課題
 患者の語りからは、現行の障害者福祉サービスを受ける前提条件である障害者手帳の取得をめぐる問題点が浮かび上がってくる。それは、@痛みのように可視化・数値化できない症状は「障害」として認められにくいこと、A障害認定がなされても実際の困難に見合った等級認定がなされないこと、という2つに大別できる。

(1)「障害」認定の問題
 身体障害者手帳の申請は「治ったとき」を起算点としている。だが、CRPSの場合、怪我が治癒しても、病気としての症状が継続しており、症状が不安定であることから症状固定の判断がしづらい。固定したか否かという判定がしづらい。治癒する/しないという既存の分割システムを採用する「障害」認定制度の前に、怪我であり病気でもあるこの病気は行き場を失っている。

(2)等級認定の問題
 CRPSは痛みを主症状とするため客観的測定が困難である。神経症状や痛みといったものは臨床場面では軽視されており、障害認定はなされても手帳の交付外であることも多い。例えば、肢体不自由の場合、等級上は7級が存在するが、7級単独の障害では身体障害者手帳は交付されないため実際上何の保障も受けることができない。

(3)障害者基本法と身体障害者福祉法
 障害者基本法は、すべての障害にかかわる具体的な法制定や国および地方公共団体の施策の根拠となるものであり、その目的を実現するための手段として身体障害者福祉法が存在する。にもかかわらず、下位の法規範である身体障害者福祉法の「障害」の定義が上位の法規範である障害者基本法の射程を狭め、実質的に理念の実現を妨げるものとなっている。障害のある人を医学の対象としての「身体機能障害」という一面で見るのではなく、生活者としての「生活機能障害」という視点から捉えていくことの必要性を感じさせられる。

2.「勤労の権利」をめぐる問題と課題

(1)障害者雇用制度の対象外にある難病者
 「障害者の雇用促進に関する法律」には事業主の障害者を雇用する責務、「ファーストステップ奨励金」や特定就労困難者雇用開発助成金の増額などが規定されている。だが、いずれも対象は身体障害者手帳や精神障害者保健福祉手帳など手帳を所持している障害者に限られている。また、2009年度予算案では、発達障害者と難病のある人を対象とする雇用促進のためのモデル事業が創設されたが、こちらも身体障害者及び政府から特定疾患として認定されている難病と筋ジストロフィーのみが対象とされ、それ以外の難病者は適用の範囲外に置かれている。就労意欲があり、条件さえ整えばその力を発揮できる可能性があるにもかかわらず、その機会を保障するための対策を講じないことは、憲法第14条の「平等権」、第27条の「勤労の権利」の侵害だといわざるを得ない。
 
(2)就労阻害要因の具体的検討
 患者の語った困難から就労阻害要因を分析すると、クーラーによる温度の低下、姿勢保持の困難、制服や靴の着用、天候などが挙げられた。身体障害と同様、身体症状から派生する様々な問題についても、個別に検討し、物的・人的支援を整えることによって就労支援モデルを構築する必要がある。「<調子のよいときは>働ける」のであれば、そのような機会を保障することこそが真の「ノーマライゼーション」ではないだろうか。

(3)難病者の「勤労の権利」
 2006年に国連で採択された「障害者権利条約」では、障害者の労働の権利を認めるとともに、その機会を得る権利についても保証されている。また、ICF(国際生活機能分類)では、障害を「心身機能」、「活動」、「参加」という3側面で捉えることによって、医学モデルと社会モデルを統合した相互作用モデルを提供し、職場環境整備を前提とした障害者の就労支援を実施している。このようなモデルを難病者にも適用することで、彼らの社会参加への道を検討していく必要がある。難病者が就労に関する必要な情報を得られ、援助を受けることのできる開かれた窓口を設け、各疾患、各個人の就労阻害要因を正確に把握し、職業安定所などの関係機関と連携することが求められる。そのようにして、個々人の課題をひとつひとつ解消していくことが、長期的な目でみたとき難病者全体としての社会参加へとつながっていく。身体障害者手帳を持っているか否か、特定疾患として認可されているか否かにかかわらず、すべての人にとっての「勤労とその機会を受ける権利」の保障を、今、改めて問い直す必要がある。

X.おわりに
 世界の国々では、自国の総人口に占める障害をもつ人の割合を発表している。例えば、北欧の国々は30%代と高比率を示しているが、アジアの発展途上国などでは3%以下という低比率な状況にある。その理由は、実際に障害者の人口が少ないということではなく、各国の「障害」概念が異なることに起因する。つまり、障害者福祉が充実している国々は「障害」の射程範囲が広いため、自ずと障害者比率が高くなっているのである。どの時代のどの世界でも通用する絶対的な「障害」の定義というものは存在しない。障害者基本法の基本理念である「完全参加と平等」を実現するには、当事者の「生活者」としての声に耳を傾け、真のニーズに対応した制度を構築する必要がある。そのためにも、まずは現行制度が前提とする「医学モデル」から脱却し、当事者の生活上の困難という「生活モデル」という視点から「障害」を柔軟に捉えることが求められる。「障害」の定義は誰のため何のために必要なのか。障害者福祉の本質とも思われるその問いを再考する機会を与えてくれたinfo.の方々にこの場を借りて感謝の意を表したいと思う。


UP:20090624 REV:20090920, 0921
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