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太田 啓子「インクルーシブデザインにおける障害のある人の仕事の可能性」

障害学会第6回大会・報告要旨 於:立命館大学
20090927


◆報告要旨
 太田 啓子(大阪市立大学大学院生活科学研究科)
 「インクルーシブデザインにおける障害のある人の仕事の可能性」

  筆者は、奈良・たんぽぽの家でインクルーシブデザイン事業に関わってきた。インクルーシブデザインは最終的にはソーシャルインクルージョンを目指していると考えられている。筆者らは、2008年度に、東京・神戸でインクルーシブデザイン・ワークショップに参加した18名の障害のあるユーザーに、インタビュー調査を実施し、障害のある人がワークショップに参加して立場の異なる人との関係性の中から学びを得ていること、そしてその学びは障害のある人だけでなく、ワークショップに参加したデザイナーなども相互的に得ていることが示された(太田 2009)。さらに、ユーザー参加型のワークショップを主催するファシリテーターなどにもインタビュー調査を行い、障害のある人にユーザーとして「伝える力」「評価する力」「提案する力」の3つが必要なのではないかという仮説をたて、ワークショップやレクチャーなどのユーザー教育プログラムを実施した。つまりこれまでインクルーシブデザイン・ワークショップでのユーザーの役割を関係性に強く依拠してきたが、ユーザーリテラシーを高めることで「仕事」につなげようと考えてきた。
  本年度は、インクルーシブデザインにおける障害のある人の仕事の可能性をさらに探ることを目的とした調査研究を行っている。筆者らは企業との商品開発型ワークショップにも取り組んできたが、実際に商品開発に結びついたというよりも、社員教育の向きが強かったと思われる。つまり、ユーザー参加型のワークショップは、企業にとってCSRの目的が強いといえるのが現状である。そのためユーザーの参加もワンショットにとどまっている。本報告では、インクルーシブデザインにおける障害のある人の仕事の可能性を考える上で、何が問題となっているのかという現状を整理し、どのような条件整備が必要なのか検討することを目的とする。

◆報告原稿

「インクルーシブデザインにおける障害のある人の仕事の可能性」
 大阪市立大学大学院 太田啓子

1.研究の背景と目的
 たんぽぽの家では、2005年度よりインクルーシブデザイン事業を行ってきた。インクルーシブデザインは最終的にはソーシャルインクルージョンを目指していると考えられている。私たちは、企業との商品開発型ワークショップにも取り組んできたが、実際に商品開発に結びついたというよりも、社員教育の向きが強かった。 つまり、ユーザー参加型のワークショップは、企業にとってCSRの目的が強いといえるのが現状である。そのためユーザーの参加もワンショットにとどまり、継続的な「仕事」としての位置づけが確立されていないのが現状である。本報告では、インクルーシブデザインにおける障害のある人の仕事の可能性を考える上で、何が問題となっているのかという現状を整理し、どのような条件整備が必要なのか検討することを目的とする。

2.インクルーシブデザインとは
1)インクルーシブデザインとは
 イギリスにおいて、インクルーシブデザインとは、「年齢、ジェンダー、または障害に関係なくすべての人々を含むプロセスであり、マネジメント、活動、情報、またそれらの情報、またそれらに関連する生活環境、製品、サービスなどすべての分野を含むデザインの手法」として定義されている。日本では、「特別なニーズを抱えた消費者をデザインプロセスの上流工程へと積極的に巻き込んでいく手法」とされている(財団法人たんぽぽの家  2006:4-9、塩瀬 2007:282−294)。インクルーシブデザインの対象は、モノのデザインからシステムのデザインまで、あらゆる分野を含むと解釈されている。インクルーシブデザインでは、ユーザー独自のニーズからあらゆる人に広く適用できるためのマルチプルシナリオを描き出してきた。また、困難なことや不便さを指摘するだけでなく、デザインという具体的な「見せる」形として提案する点も特徴である。
 日本で広く知られているユニバーサルデザインとは、「みんなに使いやすい」という意味ではインクルーシブデザインとほぼ同義ではある。しかしながら、後者では障害のある人がデザインプロセスに積極的に参加するという点でユニバーサルデザインとは大きく異なる。

2)インクルーシブデザイン・ワークショップの種類と流れ
 現在、筆者が関わっているインクルーシブデザイン・ワークショップのタイプは2つある。企業の依頼を受けて行う「商品開発型ワークショップ」と、参加者全員の何らかの「学び」を目的とする「レクチャーワークショップ」である。インクルーシブデザイン・ワークショップの典型的な流れは、以下の通りである(塩瀬ほか 2007):
 (1)フィールドワーク
    ・ユーザーとチームのメンバーが共に「行動」をしたり、ユーザーの日常生活の話を「聞いたり」する。
 (2)気づきの共有
    ・ユーザーは、テーマに沿った自分の日常生活の中での様子や工夫をメンバーに話したり実際に見せたりすることで「伝える」。
    ・チームのメンバーは、ユーザーの何気ない行動からユーザーが意識化言語化していない困難や工夫に対する「気づき」を得る。
 (3)アイデアスケッチ
    ・ユーザー個人から始まった「気づき」(2)を今度は他の人にとっても便利な「マルチプルシナリオ」という視点に拡げて具体的なデザインを考える。
 (4)プロトタイピング
 (5)ユーザー検証
 (6)プレゼンテーション
    ・試作品やパワーポイントなどで「見せる」形として提案する。
典型的なインクルーシブデザイン・ワークショップでは、これらを1日かけて行う。
 筆者がこれまで関わったすべてのインクルーシブデザイン・ワークショップでは、障害のあるユーザー(1名)、企業のデザイナー(3〜4名)、デザイン系の学生(1〜2名)、ファシリテーター(1名)で1つのチームが構成されていた。1チームは7〜8名程度である。メンバーは各々の役割を予め理解し、ユーザー独自のニーズから発信されたデザインを共同してつくりあげていく。役割について、たとえば、デザイナー、デザイン系の学生はユーザーの行動に対する新たな視点の獲得が求められる。ファシリテーターは、ユーザーとデザイナーとのコミュニケーションの橋渡しやユーザーへの情報保障を役割としている。

3)インクルーシブデザイン・ワークショップにおけるユーザーの役割
 前述したようにインクルーシブデザイン・ワークショップでは、障害のあるユーザーの存在が欠かせない。ユーザーは、言葉や身体表現などによって、自分の経験に由来する困難や工夫を他のメンバーに呈示する役割をもっている。つまり、障害のあるユーザーは自己の生活様態を他者に伝えるとき、「他の障害者は〜である」「障害者とは〜である」と一般化をするのではなく、「私は〜のような場面が困難だ」「私は〜のような工夫をしている」という表現方法を採るのである。
 障害のある人の多くは、日常生活において遭遇する困難に対して工夫を無意識に行っている。そこで、筆者らは障害のある人にインクルーシブデザイン・ワークショップでユーザーを依頼する際、ユーザーにはWS前にできるだけ生活上の困難や工夫について意識化してきてもらうことをお願いしている。
 ユーザーは、上述のようにフィールドワークで自分の生活状況を他者に呈示する。また自己呈示をする役割以外にも、気づきの共有、デザインへの展開、プレゼンテーションなど、ワークショップの最初から最後までのプロセス全体に積極的に関わり、チームメンバーとともにデザイン提案を行う。

3.インクルーシブデザインにおけるユーザー教育プログラムの開発
1)ユーザーへのインタビュー調査
 たんぽぽの家では、2008年度に、商品開発型ワークショップに参加したユーザーへのインタビュー調査を行った。下記はインタビュー結果の一部抜粋である。
 ・企業の人が使う専門用語を同じように使用してコミュニケーションがとれなかった。
 ・ユーザーは、ワークショップ前には、量販店などで個人的に調査しておくべきだ。
 ・ユーザーは、ワークショップ前に、その商品の失敗のエピソードをいくつか考えてきたほうがよい。
 ・ワークショップでは、空気をよんで自分の位置を確認していかなければならない。
 ・自分に対してみんなが興味をもってくれたことがうれしかった。
 ・自分では思いつかない考えにたどりついたのがおもしろかった。
 ユーザーインタビュー調査から、ユーザーは、人前で自身の経験や困難なことを呈示する方法や無意識に行っている工夫を意識化して伝えるコミュニケーションスキルを「学び」として捉えていたことが明らかとなった。また、ワークショップ前にユーザーが独自で「調査」しておく重要性も示された。すなわち、単なるクレーマーとみなされてしまわないために、ユーザー自らが既存のものに対して慣れたり我慢するのではなく、なぜ使いにくいのか、どうしたら使いやすいものになるのか、という日ごろからの気づきを溜めておくことが重要であるといえる。

2) ユーザー教育プログラム
 以上の結果から、インクルーシブデザイン・ワークショップに参加するユーザーには、次の3つの力が必要ではないかと考えられた。すなわち、
 ・「評価する」力→ユーザーリテラシーにつながる
 ・「伝える」力 →一般化するのではなく、自己呈示
 ・「提案する」力→積極的に関係性をつくり、提案していく
である。たんぽぽの家では、これらをもとに、2008年4月から5月にかけて、ユーザー教育プログラムを実施した。つまりこれまでワークショップでのユーザーの役割を関係性に依拠してきたが、ユーザーリテラシーを高めることで「仕事」につなげようと考えてきたのである。しかしながら現状としては、ユーザー教育プログラムについての効果の検証はまだできていない。

4.インクルーシブデザインにおけるユーザーの仕事の可能性
1)企業が求めていることとユーザーの思いの違い
 そもそも企業が障害のある人に求めていることとユーザーが企業に求めていることとは、必ずしも一致しない。
 企業は、従来の「モニターとして」、「クレーマーではなく優良な障害者とワークショップをしたい」。いくら守秘義務契約を結んでいるといっても、実際の商品開発は、社員がするものである、という考えである。そのため、ワークショップは「社員のコミュニケーション教育」と割り切っている部分がある。
 一方で、ユーザーは立場の異なる人たちとのコミュニケーションを楽しみ、ワークショップに参加する社員が対等な議論の相手であることを求めていた。
現在のところは、ユーザーという仕事を確立するためには、企業のニーズにあったユーザーの派遣が前提となるのである。

2)インクルーシブデザインにおけるユーザーの仕事の可能性を考える上での条件整備
 企業とユーザーをつなぐものとして、コーディネーターの存在が不可欠である。コーディネーターであるたんぽぽの家としては、以下の準備が必要である。すなわち、企業に派遣できるある程度、コミュニケーション能力のあるユーザーを多数抱える必要性や、企業がワークショップの開催を依頼してくるときにその商品を使ったことのある人を指定してくるので、幅広い分野のユーザーをそろえる必要性である。また、ユーザーは様々な属性をもっているので、属性の同じユーザーを多くそろえる必要もある。
インクルーシブデザインにおけるユーザーの仕事の可能性を考える上での条件整備としては、以下が考えられた。
 ・社会と障害のある人との調整役として、強いコーディネーターが必要である。
 ・ユーザーの役割を企業に示し、それに応じた謝金体系を確立する。
 ・ユーザーのコミュニケーション力をあげる。
 ・企業での継続的なワークショップを体系化し、商品開発など成功事例をつくる。
 中間組織であるたんぽぽの家は、仕事として成立させるために、まずは企業に対してワークショップは障害者にとって社会参加のメニューの一つであること、まず置かれている立場をしっかりと把握し、言語化して伝え続けることが重要である。

(参考文献)
財団法人たんぽぽの家(2006)『インクルーシブデザイン ハンドブック』.
塩瀬隆之(2007)「ワークショップによる対話教育」,やまだようこ編『質的心理学の方法―語りをきく―(第19章)』.282−294,新曜社.
太田啓子(2007)「インクルーシブデザイン・ワークショップにおけるユーザー役割と課題」『児童・家族相談書紀要』24.29-41.
太田啓子(2008)「障害のある人の『学び』に関する一考察−インクルーシブデザイン・ワークショップ後のユーザーインタビューから−」『日本ボランティア学会』2008年度.100-115.


*作成:
UP:20090905 REV:20090916
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