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真下 弥生「南太平洋島嶼国における、障害を持つ子どものための教育プログラムの試み」

障害学会第6回大会・報告要旨 於:立命館大学
20090927


◆報告要旨
 真下 弥生(大学非常勤講師)
 「南太平洋島嶼国における、障害を持つ子どものための教育プログラムの試み」

 本発表は、南太平洋地域のある島嶼国における、障害を持つ子どもの生活状況および、2006年に試験的に実施した教育プログラムについての報告を行う。
 当地の障害を持つ子どもは、南太平洋のおおらかな風土と相俟って、家庭集団から排除されることなく育てられている。一方、権利に基づく社会参加の基盤が確立されていないため、義務教育制度があっても、自力で移動が出来ない子どもは学校に通うことが出来ず、結果として社会の中で周縁的な存在となってしまう等の不利益も存在する。
 発表者は、現地赤十字社の協力を得て、障害を持つ未就学の子どもに対して、家庭訪問による識字・造型教育プログラムを4週間にわたって行った。プログラムは潜在的なニーズを発掘する一助となったが、発表者が帰国して以降の継続には至らなかった。その反省を含め、今後につなげるひとつの手立てとして、この国における障害児・者の教育への提言をまとめる。なお、当該国では今年、障害者団体が初めて設立され、障害者の権利条約の啓発もその活動の一環に含めるなど、南太平洋地域の障害者運動と連動した新しい動きも始まっており、その最新の動向も併せて紹介する。
 また、この発表は、文字と画像によるポスターの展示のみならず、触地図やスライドショー、CD-ROMによる報告書の配布等、また、ポスターのデザインにも工夫を加えるなど、多方向的な表現方法を用いた、アクセシブルな発表を目指す。発表者は、美術史・美術教育に携わる者であり、教授法・学習のユニバーサルデザインの研究実践をテーマのひとつとしている。本発表は、米国の学会で行ったものを原型としているが、今回はそのフィードバックを踏まえた改訂版を発表することによって、日本においてもプレゼンテーションのアクセシビリティの評価・批評を得る機会とすることも目的である。

◆報告原稿

南太平洋島嶼国における、障害を持つ子どものための教育プログラムの試み

 はじめに
 南太平洋の赤道直下に位置する島嶼国・ツバルは、総面積約26平方q、人口約12,000人の、世界で最も小さな国のひとつである(CIA World Factbook 2009)。この国における障害者の総合的な生活状況は、障害者に関する調査統計が行われておらず、十分に分かっていない。一方、親兄弟のつながりが強いこの国の社会において、自身の核家族の中には障害者がいない場合でも、拡大家族の中に何らかの障害を持つ人がいる、という認識も共有されており、障害者の存在は、この国の人々にとって、決して遠いものでもないようである。
 心身に障害を持つ子どもたちについても、家庭集団の中で愛されて育てられ、温厚な国民性も相俟ってか、排除されることはあまり見られない。しかし、行政・司法の面において、障害者に対する成文化された権利の保障・擁護の体制は確立しておらず、結果として、彼らが地域社会の中で周縁化してしまう実情もみられる。学校教育体制を例にとると、初等教育については無料の義務教育制度が敷かれており、この国の高い識字率の実現・定着に寄与しているが、自力で移動をすることが出来ない子ども、あるいは重度の知的障害のある子どもは、学校に行くことが出来なくてもやむなしとされてしまい、字の読み書きや計算のスキルを十分に身につけられない、学校というコミュニティでの社会性を身につけられないなどといった不利益が生じる。その結果、働くスキルを身につける機会を失う、地域社会の意志を決定する構成員とみなされないなど、二次的、三次的な不利益の中に絡め取られてしまう。社会からの排除はされないものの、自身の持っている能力を伸ばす機会から取り残されてしまう現状も、また存在している。
かつて現地赤十字社では、障害児学級を非公式に運営していたが、財政上の困難から継続が難しくなり、中止せざるを得ない状況に追い込まれた苦い経験がある。今もって再開の見通しは立っていない。

 障害児のための家庭訪問型教育プログラムの試み
 発表者は、2006年1月から2月の5週間、首都フナフチにおいて、現地赤十字と共働し、学校に通うことが出来ない障害児を対象とした、家庭訪問型教育プログラムを試験的に実施した。障害者に対する制度をすぐに変えることが出来ない中でも、家庭内でも可能な障害児の教育・エンパワメントを試みることが目的である。
 滞在期間中、最初の1週間は、ニーズ・アセスメントの作成、対象となる子どもとの面談、個別プログラムの作成、教材制作に費やし、実際にプログラムを開始したのは2週目からとなった。最終的には、異なる障害を持つ4名の子どもに対して、それぞれの発達の度合い・ニーズに合わせて、基礎的な英語の読み書き・算数・自由な造形活動を組み合わせたカリキュラムを組み、週5回・毎回30分程度のプログラムを、それぞれの家庭に訪問して実施した。

 教材制作上の留意点
 限られた国土の中では、教材や教育用玩具の作成に必要とされる材料もまた、非常に限られている。たとえば紙ひとつとっても、自国で製造することは出来ず、すべて海外からの輸入に頼らざるを得ない。
 一方、ツバルもその一端に巻き込まれつつある、グローバルなモノの移動によって、教育用玩具の一種のだぶつきともいえる現象も見られる。たとえば、現地赤十字事務局には、国際NGOから寄贈された、決して廉価とは思われない玩具が所蔵されていたが、使われないまま放置されていた。現地で実際に必要とされているかどうかを確認せずに、外部から支援やモノを送った結果、形だけの援助となってしまった例である。また、島内の雑貨店では、ビニール製のアルファベット型抜きマット、英語ボキャブラリーのポスターなど、おそらく中国製とみられる廉価な教育的玩具が販売され、家庭内にも浸透していたが、バリエーションのある遊び方が出来ないため、子どもは他の単純な玩具(ボール等)を好む傾向が見られた。また、一度破損すると十分な修復が出来ないため、すぐに捨てられて資源ゴミを増やす結果ともなっていた。
 発表者は、個別プログラムの作成と平行して、実際の指導に使用する教材を制作することにした。持続可能で、かつ実効性を維持するプログラムにするためにも、外部から高価な教材を手に入れるのではなく、無理なく入手可能な材料を用いて教材を作成しなければならない。滞在期間中は4種類の玩具(アルファベット・数字のカード、計算タイル、形合わせ)ならびにそれらの収納ケースを制作したが、材料となったのは、すべて近隣の商店から譲り受けた使用済みの段ボール箱や紐、針金であり、仕上げに際しては、玩具同様、赤十字事務局で放置されていた寄贈品の絵具と糊を使用した。これらはすべて国内で手に入れ、かつ金銭のコストは一切かかっていない。
 教材はそれぞれ、子どもが実際に手にとって、皮膚感覚で数の概念やボキャブラリーを把握・理解することを目的とし、遊び方も一通りではなく、子どもの発達に合わせて、弾力的な使い方が出来るようにした。また、島内は年間を通して湿度が高いため、水分を含んでも簡単に壊れないように十分な補強を行い、壊れてもすぐに修復が出来るよう、単純な構造にした。
 これらの教材の作成にあたっては、ユニバーサルデザインの7原則を念頭に置き、特に、第1原則の「公平性」の概念を広く捉え、物理的デザインのみならず、金銭的コストとテクノロジーを極力使わないことを心がけた。ツバルのように、国内の現金収入、資源やエネルギーが少ないために、テクノロジーの利用が困難な場であっても、質の高い教育に「公平に」アクセスするためには、ローテク、ノーテクでも利用が可能な教材・カリキュラムを工夫しなければならないためである。

 プログラムの成果と反省
 対象となった4名の子どもたちは、プログラムに拒絶反応を示すことなく、課題に積極的に取り組んでいた。特に、絵画、工作などの自由造型は効果があり、子どもたちは、自らの手を動かし、新しい色彩や形を生み出すことに喜びを感じている様子で、発表者の帰国によるプログラム終了後も、自主的に継続する可能性を見せていた。
 プログラム開始当初は、障害を持つ子どもの家庭をスタッフの側が訪ねて、試験的に参加・協力してもらうという形を取っていたが、滞在中盤、ラジオのニュースで発表者のことが紹介されたことをきっかけに、障害児の親から問い合わせが寄せられるようになった。そうした子ども・家族との面談も行ったが、どの家族も、子どもを大切に育てながらも、その将来に不安を覚えており、子どもの発達に合った教育を受けさせ、持っている力を伸ばしてやりたいという希望を強く抱いている様子がみられた。また、中には障害が軽度で、学校に通っている子どももいたが(実際、実施した4名中2名も、学校には通っていた)、その子どもの個別のニーズに合わせた授業が行われていないため、勉強に十分ついていっているとは言えず、やはり現状に対する強い不安を隠さなかった。障害を持つ子どもへの個別の教育の機会が求められつつも、社会の中で表面化・認識される機会がないことが伺えた。
 プログラムの継続は、立案時からの懸案事項であった。しかし、プログラムの実務を担う人材―具体的には赤十字スタッフは、プログラムの継続に興味はあっても、障害関係以外の仕事に時間を取られ、プログラムの実施のために1日2〜3時間を割く余裕はなかった。特に、彼らは教育についての専門的なトレーニングを受けていないため、子どもの発達・変化に合わせたカリキュラムの作成は難しく、スタッフを養成するにも、5週間の滞在期間は余りにも短すぎた。教材は自由に使えるよう、一定の使い方・破損時の修理の方法などの手引きを作成したが、それでも、人なくしては実際に活用されることは期待できない。
 また、発表者は十分にツバル語でのコミュニケーションが出来ないため、英語以前にツバル語を身につける必要がある子どもへのニーズには十分に応えられなかった。ツバルではツバル語・英語が併用され、印刷物や公文書はほぼ英語で作成されるため、英語を身につけることは生活のために必須ではあるが、彼らの生活の核となるのは、やはりツバル語である。英語を十分に習得していない子どもに対し、複雑な指示を出す際には家族に通訳してもらうなど、プログラムに家族を巻き込むひとつの契機となったが、やはり第一言語でのコミュニケーションが可能で、現地社会のコンテキストを十分に理解している、ツバル人の教育者を養成する必要性を痛感した。

提言事項
 ツバルの障害者福祉・機会平等実現への課題として、まず国全体の実情を把握するため、実効性のある障害者の調査・統計を行うことが求められる。かつて現地赤十字では、アンケート用紙配布・回収方式による障害者生活調査を試みたことがあるが、回収率が悪く、有効な内容とはならなかった。また、調査は首都のある島のみならず、離島でも等しく行わなければならない。移動手段が船のみという地域も多く、情報の伝達にも時間がかかるため、首都との種々の格差が生まれないためにも、こうした地域の実態も適切に把握する調査計画を立てる。そのためにも、調査準備の段階から、島内の協力者を養成し、具体的な障害者対応を実施してからも、連携を続ける。
 また、障害児教育・障害者問題についての、ツバル人の専門家・実務家を養成することが急務である。現在の国内における、障害者に対する具体的な対応は、赤十字のやる気のあるスタッフが、仕事の一部として障害者団体の実務を担い、また小学校の教師の中で、教員養成課程在学時に障害児教育の授業を履修した経験のある者が、学校に通っている障害児に出来る限り対応しようと努力しているのが実情で、熱意は持ちながらも、十分な時間も後方支援も得られない状態である。行政側では、発展途上にある経済やインフラの問題が優先され、障害の問題は常に後回しにされてしまう。海外から専門家を招き、一任するというやり方もあるが、国内で、少数ながらも障害児問題の解決を試行する人々が存在する中、その熱意を最大限に生かし、彼らの中から人材を養成することが、今後、息が長く、充実した障害者対策を実現する鍵になると思われる。

 新しい動き:史上初の障害者団体の設立
 2009年5月、現地赤十字の若手スタッフにより、国内初の障害者団体、Fusi Alofa Association of Tuvalu (FAAT) が設立された。障害当事者および家族が定期的に集まり、今後の活動計画を共に話し合い、障害者の権利条約の学習、資金集めのためのイベント等を行っているという。
 また、赤十字スタッフは、南太平洋諸国の障害者・障害者団体のネットワークである太平洋障害フォーラム (PDF) の会合にも積極的に参加し、障害者運動の国際的な潮流の情報を得ながら、この地域の島嶼国に暮らす障害者が共通して抱える問題を共有している。必ずしも先進国の支援をあてにせずに、現実的な解決を模索する姿勢を、PDFの自治意識やノウハウから学んでいるとみられる。
 FAATは現在、政府に対してNGO申請を行っており、認定され次第、PDFへの正会員申請を行うとしている。


 ポスター発表の方法について(アクセシブル・マルチモーダルなポスター発表の試み)
本発表では、多角的に本プログラムの試みについて知ってもらえるよう、ポスター以外の媒体を多数用意した。立体コピーによる現地の地図、再現した教材、現地で撮影した記録写真のスライドショーなど、触覚・視覚・聴覚等、さまざまな感覚を通して、そして発表者との対話とによって、多層的な方法で発表にアクセス出来るようにすることがねらいである。これらの試みは、教育の分野でも応用され始めているユニバーサルデザイン、特に学習のユニバーサルデザイン(複数の手段による教授・複数の手段による応答・複数の手段による取り組み)の応用でもある。
 プログラム報告書(英文・付和文抄訳)の形態はCD-ROMとし、紙への出力、CCTV、読み上げソフトなど、個別の読書スタイルに合わせて読めるようにした。また、ポスターの文字のサイズや色のコントラストにも試行を加え、見えにくい人にとっても分かりやすい表現となることも目指している。
 発表者は、プログラムについての提言ならびに、プレゼンテーションのアクセシビリティについても、学会参加者の意見・評価を得たいと考えている。会場での発表者との直接の意見交換はもちろん、アンケート用紙・データも用意し、記入・もしくは後日メールで返送してもらうことも歓迎する。

*作成:
UP:20090905 REV:20090922
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