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井狩 恵「障害者雇用促進法の成果と限界――障害者、企業の多様性に注目して」

障害学会第6回大会・報告要旨 於:立命館大学
20090927


◆報告要旨
 井狩 恵(京都府立大学大学院公共政策学研究科)
 「障害者雇用促進法の成果と限界――障害者、企業の多様性に注目して」

 障害者の労働市場における就業率は非障害者と比べて極端に低い。そのため、政府は「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下、法)を制定することにより、企業等での一般就労機会の拡大を図ってきた。この法は、義務雇用、雇用納付金、職業リハビリテーションの3つの制度を柱として、雇用主、障害者双方に向けた施策を規定する。本研究では、法が障害者の就労機会拡大に対して、限定的な有効性しか持ちえず、むしろ結果的に障害者雇用の阻害要因となっていることを明らかにする。
 法は雇用主側である企業に対し、社会連帯の理念の下、企業規模や産業形態等といった個別の要素を考慮しない一律の雇用率を義務付け、それを達成しない場合には納付金の支払い義務を課している。しかし義務雇用や納付金制度は「負の強化策」として機能しており、企業に対して障害者雇用の責務を感じさせてはいるが、一方で積極的に障害者を雇用しようとするインセンティブをもちにくくさせている。
 法は障害者に対しても、職業リハビリテーション(以下、職リハ)制度を中心に能力の向上・開発を図ってきた。企業等における一般就労には、最低賃金以上の労働が求められるため、それを満たすために職リハは有効であると考えられている。しかし本研究では職リハの有効性は限定的であると指摘する。その限定性を明らかにするために、本研究では現行の一般就労において、4つの障害者層を想定する。そこでは、障害ゆえに職リハによってもその能力が非障害者に追いつかない障害者の層が存在することを明らかにする。この障害者層は、既存の障害程度区分では重度と判定されず、職リハによる能力の向上が期待される層である。この障害者層は一般就労が困難であり、結果的に福祉的就労に留まらざるを得ない。福祉的就労から一般就労への移行率が年1%という現状は、職リハと義務雇用の間に留まる障害者層の存在が考えられる。
 現制度は、障害者雇用の促進に対して有効でないばかりか、企業の積極的な障害者雇用に対するインセンティブを削ぎ、また障害者の就労希望を減退させる要因となっていることを指摘する。

◆報告原稿

2009年9月26日/27日                          障害学会 第6回大会
於:立命館大学

「障害者雇用促進法の成果と限界――障害者、企業の多様性に注目して」

京都府立大学・公共政策学研究科・M2
井狩 恵(いかりめぐみ)

0.はじめに
 障害者の就労を論じる場合、福祉施設内おけるいわゆる福祉的就労ではなく、労働市場における一般就労がその目指すべき方向とされることが多い。その前提として想定されていることには、(1)障害者自身が一般就労を望んでいること、(2)国際的なノーマライゼーションの流れのなかで、障害者の社会参加が目指されてきたことがある。これらの前提からは、障害者が職業的自立を通じて社会参加をすることが、障害者にとっても社会にとっても望ましいことだという結論に帰結する。そしてこれを実現していくために、企業が障害者に雇用の場を与えること、同時に障害者も一般就労に向けての意識向上、職業能力の開発を行っていくことが要求される。
 実際に障害者の就労に関する政府の方針には、障害者の「経済的自立」や「職業的自立」が謳われ、「障害者の雇用の促進等に関する法律」(以下、雇用促進法)を中心に、一般就労を目標に据えた施策が展開される。
 しかし周知の通り、企業に課された障害者の法定雇用率は雇用促進法制定以来一度も達成されたことがなく、また雇用率の未達成企業数は、対象企業の半数を超える。
 本発表の目的は、こうした現状に対して講じられる制度・施策がいかなる有効性と限界をもつのかを、障害者と企業のそれぞれに注目して検討することである。そのための手順は以下の通りである。(1)障害者の一般就労の全体像を把握する。(2)続いて、障害者の一般就労をめぐる実態を確認する。企業に目を向けると、産業形態別で雇用する障害種別が異なること、また産業形態により法定雇用率達成割合に差が生じていることが分かる。障害者に目を向けると、多くの福祉的就労者の存在が問題とされる中で、一般就労を望まない障害者も多数存在することが分かる。これらから、企業/障害者の多様な実態を確認する。(3)以上の実態を把握した後、障害者雇用促進制度・施策の特徴及びその射程を検討する。具体的には、制度・施策が企業に対しては「負の強化策」、障害者に対しては「自助努力の要請」を強調していることを確認する。最後にこうした制度・施策が、企業/障害者の多様性を考慮していないことを検討する。その結果、障害者の中には制度によって生みだされた福祉的就労層が存在することを示す。最後に、本発表の課題をあげる。
1.報告の解説
1.1 障害者の一般就労の全体像
 厚生労働省の発表によると、障害者の就業率は身体障害者が43%、知的障害者が52.6%、精神障害者が17.3%となっている。これらから知的障害者の就業率が最も高く、精神障害者のそれが最も低いことが分かる。しかしこの就業率には、労働市場におけるいわゆる一般就労だけではなく、授産施設や作業所での福祉的就労も含まれる。一般就労と福祉的就労の割合をみてみると、順に身体障害者が51%と7%、知的障害者が20%と61%、精神障害者が35%と41%となっており、特に知的障害者や精神障害者において、福祉的就労の占める割合は非常に大きいことが分かる。
 続いて、民間企業における障害者の実雇用率をみてみると、近年実雇用率が上昇していることが分かる。特に重度障害者1人を雇うと2人分としてカウントされるダブルカウント制度により、重度障害者の雇用が増加している。
以上をまとめると、障害者の就業形態としては一般就労だけでなく福祉的就労の存在も大きく、特に知的障害者の場合、福祉的就労の割合が一般就労の3倍となっている。
一方、一般就労に注目すると、企業の雇用率は上昇傾向にあり、とくにダブルカウント制度による重度障害者の雇用増加がうかがえる。

1.2 障害者の一般就労をめぐる企業、障害者の実態
1.企業
 各産業形態別で雇用される障害種別をみてみると、次のような特徴が浮かび上がる。身体障害者に関しては産業形態による偏りはほとんどみられないが、とくに知的障害者は産業形態による雇用割合に著しい偏りがみられる。身体障害者を最も多く雇用している産業形態と最も低いそれとの差が4.37ポイントであるのに対し、知的障害者の差は23.8ポイントである。雇用されている知的障害者の全障害者に対する雇用割合の内訳をみてみると、「金融・保険・不動産」(0.98%)、「建設業」(1.38%)、「情報通信業」(1.79%)の順に低く、「飲食店・宿泊業」(24.78%)、「卸売・小売業」(14.64%)、「医療・福祉」(14.01%)の順に高い。また企業の雇用率達成割合を産業形態別でみてみると、「情報通信業」(21.5%)、「金融・保険・不動産業」(31.2%)、「卸売・小売業」(33.1%)の順に達成割合が低く、逆に「医療・福祉」(57.4%)、「製造業」(55.3%)、「運輸業」(51%)の順に高い。これにも産業形態別の偏りがあるといえる。

2.障害者
 多くの障害者が福祉的就労にあることは先にみた。厚生労働省によると約20万人が授産施設利用者とされる。これは一般就労者約24万人と比べても、非常に大きな割合であるといえる。またこの福祉的就労者のうち、一般就労への移行率は年間1%程度と言われており、一般就労への移行の厳しさがうかがえる。政府はこうした福祉的就労者の多さ、移行率の低さを問題視し、「働くことを希望する障害者が・・・・就労を通じた社会参加を実現するとともに、職業的自立を図るため」雇用の場を拡大させるといった対策を図っている。しかし福祉的就労者の多さ、移行率の低さはほんとうに問題といえるのであろうか。
 このことを検討するために、障害者自身の就業意欲に注目してみる。不就業の障害者に、希望する就業形態をたずねた調査結果では、知的障害者の21%が常用雇用、15%が臨時・アルバイト、37%が授産施設等での福祉的就労を希望している。また精神障害者の、40%が常用雇用、30%が臨時・アルバイト、12%が福祉的就労を希望しており、希望する就労形態が多様であることが分かる。また福祉的就労者に、今後の就労形態をたずねた調査結果では、身体障害者、知的障害者の7割近くが一般就労を希望しないと答えている。さらに一般就労を希望しない理由をたずねたところ、「能力に自信がない」及び「働く自信がない」といった回答と、「今の生活で満足している」及び「無理をしたくない」といった回答が過半を占めた。このうち前者の回答は「一般就労に対する不安」を表明しているといえ、これを「移行不安層」としてとらえることとする。また後者は現在の生活に概ね満足しいるといえ、これを「現状維持層」としてとらえることとする。このことから、一般就労を希望しない障害者にも大きく2つの層が存在すると考えられる。
 以上からは、必ずしも障害者自身が一般就労を希望していない場合も多いことが分かった。この点から考えると、先の政府が問題視する福祉的就労者の多さ、移行率の低さも問題ではない場合があると考えられる。また一般就労を希望しない障害者にも、「移行不安層」と「現状維持層」が存在すると考えられる。

1.3 障害者雇用促進制度・施策の特徴及びその射程
1.企業
 企業の障害者雇用に対する中心的な法は、雇用促進法である。この法は「雇用義務制度」と「納付金制度」を大きな柱としている。「雇用義務制度」は、一定規模以上(従業員数が56人以上)の企業に対し、全従業員の1.8%以上となる障害者雇用を義務付ける。法制定時(1960)には努力目標であったのが、76年の改正で義務雇用となった。またその雇用率も法制定以来数回にわたって引き上げられてきたという経緯がある。「納付金制度」は、企業の雇用する障害者数が当該企業の雇用すべき障害者数に満たない場合、企業に対しその「不足する障害者数」と「一定の金額(毎月5万円)」を掛け合わせた額の支払いを義務付ける。
 こうした法制度を背景に、障害者の雇用率を上昇させるため政府は企業に対し規制強化の方針をとってきた。毎年発表される「6月1日現在の障害者の雇用状況について」においては、2002年以来「雇用率達成指導の強化」を中心的な対策として掲げてきた。具体的には、雇用改善の特に遅れている企業に対して行われる企業名の公表を前提とした「特別指導」の件数が、2002年以降はほぼ毎年増加している(2002年→4件、2003年→11件、2004年→14件、2005年→14件、2006年→24件、2007年→25件、2008年→31件、2009年→46件)。また雇用率を達成していない企業に対する「雇入れ計画の発出命令」の件数も、2004年の21件から、最も多い2008年の143件と約7倍になっている(2004年→21件、2005年→51件、2006年→71件、2007年→124件、2008年→143件、2009年→123件)。
 以上のように、政府の対策は規制や指導の強化(「負の強化策」)が中心となっており、企業の産業形態といった多様性を考慮した制度・施策はほとんど存在しない。

2.障害者
 雇用促進法における障害者に対する一般就労支援制度は、「職業リハビリテーション」(以下、職リハ)である。この制度は職業訓練や職業紹介等を通じて、「障害者が障害のない人と同様に、その能力と適性に応じた雇用の場に就くことができる」ことを目指すものである。職リハは全国に設置された「公共職業安定所」や「障害者雇用支援センター」、「障害者就業・生活支援センター」に加え、民間の職業能力開発施設及び社会福祉法に基づく「法定授産施設」、それ以外の「小規模授産施設」において実施される。これらの実施機関においては非障害者と同様、職業相談や職業紹介も行われるが、中心となるのは職業訓練である。政府の基本方針においても、「職業リハビリテーションの推進」、「職業能力開発の充実」を中心に、障害者の就労を通じた社会参加の実現、職業的自立を図るとされている。つまり、職業訓練を通じた一般就労の実現が目指されるということである。職業訓練に重点を置いた職リハが有効であるといえるためには、障害者が職リハを行った後、一般就労に就いていることが求められる。しかし、福祉的就労から一般就労への移行率が年1%程度であるというのは先にも述べた通りである。このことの理由には、一般就労を希望しない障害者がいること、企業における障害者雇用が拡がらないことに加え、職リハの有効性が限定的であることも考えられるのではないだろうか。
 ここで職リハの有効性を検討するために、障害者の「就業能力の多様性」を考えてみたい。職リハの有効性に関して、「職リハによって生産能力が非障害者と同等かそれに近くなる障害者」(T層)、「職リハによっても、生産能力が非障害者と同等にならないが、重度とも判定されていない障害者」(U層)、「職リハによっても、生産能力が非障害者と同等にならないが、重度と判定されている障害者(ダブルカウント適用者)」(V層)、「重度のため、就業が困難な障害者」(W層)に大きく分けることができる。T層には、職場復帰を目指す中途障害者や非障害者と同等の条件・雇用形態で働くような障害者が考えられる。U層には、就業能力の低さを理由に福祉的就労に留まるような障害者が考えられる。V層には、重度と判定された障害者が考えられる。このV層がU層と異なる点は、ダブルカウント制度が適用されるか否かである。W層には、年金等の所得保障制度で生活するような障害者が考えられる。
 この階層分けによれば、職リハが有効であるのは主にT層であると考えられる。就業能力を高めることを目標に据えた職リハは、就業能力が低い障害者を、その低さを理由に福祉的就労に留め得ることが考えられる(U層)。V層にはダブルカウント制度による、就業能力によらない雇用機会の増大が考えられる。
 以上では、職リハが有効なT層、ダブルカウント制度が有効なV層と、こうした雇用促進制度の効果を受けにくい層としてのU層の存在を検討した。またこのU層には、職リハ制度によって福祉的就労に留まらざるを得ないような障害者が生み出されていることも検討した。このことから雇用促進制度は、U層のような障害者をその射程内に取り込めていないということができる。

2 おわりに
 本発表は、企業/障害者の多様な実態に注目することによって、従来の制度・施策のもつ有効性を検討した。具体的には企業の「産業形態別の多様性」、障害者の「就業意欲の多様性」及び「就業能力の多様性」を提示したが、この典型例の抽出と実証的確認作業は今後の課題である。さらに障害者及び企業の多様性に即した具体的な制度・施策の検討も今後の課題である。しかし企業に対する「負の強化策」、障害者に対する「自助努力の要請」といった制度の射程にはおさまり切らない問題の在り処を示すことはできたのではないだろうか。

*作成:
UP:20090905 REV:20090921
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