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重度障害者の在宅支援体制の事例検討
長谷川 唯
(立命館大学大学院先端総合学術研究科) 20090926-27
障害学会第6回大会
於:立命館大学
◆報告要旨
◆報告原稿
■報告要旨
【問題意識・研究背景】2008年度からすでに実施している難病(ALS)患者の在宅独居生活支援活動を報告する。家族を持たない重度障害者が地域で一人暮らしをすることは極めて困難である。医療的ケアの管理や医療と介護の連携など、従来家族の仕事とされてきたことを担う制度的体制も整備されていない。本研究は、とくに医療的ケアを要する障害者が地域で一人暮らしをするために、必要な支援内容を具体的に明らかにし、制度化に結びつく情報として整理して提示することを、最終的な目的とした。
【研究方法】昨年度から実施している難病(ALS)患者の在宅独居生活支援活動を継続し、その過程を記録・分析をし、支援の仕方とかかわり方について検討を行った。また本人と福祉・医療機関からのヒアリングを通し、安定した在宅生活をサポートするために望ましい連携のあり方についても考察を行なった。調査対象者:60歳男性、病名は筋萎縮性側索硬化症(以下ALS)を対象とした。調査期間:2008年4月〜2009年8月。
【結果・考察】安定した在宅生活を維持するには、@医療機関との密接な連携、A症状の進行に合わせた柔軟な制度設計、B本人の病状の進行に合わせた適切なニーズ判定と支援が必要である。特に進行性難病患者の場合、その時点での「真の」ニーズを必ずしも本人が常に自覚・認識をしているわけではない。また周囲が常に正しくニーズを把握することも難しい。本人の要求が優先され、医療的アセスメントを妨げる場合がある。在宅生活を維持するためには、医療と福祉の密接な連携が必要であることが明らかになった。
進行性疾患による身体状況の変化に即応した支援体制を構築するためには、医療と福祉の連携に基づいた重層的なサポートが必要である。また、進行性疾患をもつ中途障害者が自立生活障害者になるためには、アドボカシーが必要な場合があると考えられる。
■報告原稿
立命館大学先端総合学術研究科の長谷川唯です。
2008年6月より京都在住のALS患者Sの支援を大学院の人たちとしています。
特に気管切開をするために入院をして、在宅生活に戻るまでにあった困難なできごとについて発表したいと思います。
この研究は、病状の進行に伴い在宅独居生活が困難となったSの一事例を通じて、その要因を分析し、独居者の安定した在宅生活に資する重層的なサポートを探ることを目的としました。本報告では、とくに医療的ケアを要する障害者が地域で一人暮らしをするために、必要な支援内容を具体的に明らかにし、制度化に結びつく情報として整理し提示することを、最終的な目的としました。
研究対象としたSの現時点での概要をまとめました。
Sは一般企業に長年勤務していましたが早期退職をされて、それからはタクシーの運転手をしていました。
事情により10年程前からひとり暮らしをしています。
2006年夏頃より左手の握力や感覚の低下を自覚して近くの病院を受診しました。
そのときは原因不明で様子を見ることになったのですが、自転車で転倒したりと症状が悪化したため、再び病院を受診するとALSと診断されました。
それからもひとりで在宅生活を送っていたんですが、2008年2月よりデイケアに通所するようになり、そこから支援の輪が広がりました。
今年一月に気管切開をされ、コミュニケーション方法も透明文字盤と変わりました。今は退院されて24時間他人介護で生活されています。
Sのこれまでの流れを大まかに示した表です。
SがALSを発病したのは2006年夏です。診断されたのは2007年6月でした。
Sは1月20日に気管切開のため入院しました。そして4月に退院しました。
気管切開のために入院してから退院するまで一回しかカンファレンスは開かれませんでした。
次に入院中の困難について説明します。Sは、1月20日に気管切開手術を受けるために入院しまた。そこでもいくつかの困難がありました。
まず、病棟ナースが医療的ケア以外の日常生活における介護ニーズを把握できていませんでした。その要因としては生活介護が家族に委ねられていることが考えられます。
病院では気付いて言えば、ある程度のことは看護師さんがやってくれました。医療的なケアについては気付きも気遣いも良かったです。しかし、枕の位置の調整や服のしわ、手の位置など、Sの在宅でのケアにおいて重点をおいてやっていたことについては、言わなければ気付かれなかったし、支援者が何回か伝えても見落とされることが多かったです。
そもそもこうした在宅でのケアを伝える家族がいないことがSさんにとっては大きな問題です。
また、看護職員の人数不足、他職種との連携不備も考えられます。
医療ケア重視の病院体制の中では、個別に患者のADLや生活のニーズを十分に把握できないといった現状もあります。
そもそも日常生活ではなく医療ケアがメインの病院では、介護ニーズが過小評価されてしまいます。
Sも「車イスに移動したい」と言いましたが、病棟看護師に、介助者の方が来られたときだけにしてほしいと伝えられました。
手術後、コミュニケーション方法が透明文字盤に変わったことも要因としてあげられます。
またSは看護師さんに介助してもらった際に、右手が腰の下になったままにされたので、何とか伝えようとしたけど伝わらずに、看護師さんはそのまま気付かずに行ってしまったそうです。
Sは右手をなんとかしようとベッド上で必死にもがいてたら、ベッドから落ちてしまったそうです。
それでも看護師さんに気付いてもらえず、15分ぐらい床に落ちたままで、たまたま通りすがった医師に助けてもらったそうです。
Sによると看護師さんは文字盤を読み取ってくれないのではなく、文字盤そのものを手にとってくれないとのことでした。
看護師さんはSにいろいろ聞くけど、文字盤で読み取ろうとはしなかったそうです。
文字盤を使えば読み取れるニーズも文字盤そのものを手にとってもらえなければ、伝わりません。特に吸引などの医療的なことではなく日常生活のニーズは看護師さんもわからないし勘も働かないので、文字盤を手に取り読み取ってもらわなければなりません。
そうした慣れないコミュニケーションもニーズ把握の壁となりました。
Sは、そうした入院中のストレスもあって、退院を強く望みました。
だけども、吸引や胃ろう管理の医療的ケアが必要なSの生活を支える体制を整えるのには時間を要しました。
毎日の訪問看護と吸引をしてくれる介護事業所の確保、そして介護に入るヘルパーの吸引と文字盤の練習と習得が必要でした。
Sは、学生ヘルパーを使いながら24時間他人介護で生活していますが、学生ヘルパーは時間を見つけて病院に通い、文字盤の練習をしました。
吸引については、主治医の先生がヘルパーにSの病室で直接指導してくれました。
でも一回だけでは覚えられないので、何回も練習する必要があります。
手技をデイケアの看護師であり支援者であるNが病棟の看護師に確認してくれましたが、在宅のやり方があるからとのことで決めてもらえず、結局Nが中心となって訪問看護師さんと相談しながら手技や手順を決めました。
学生ヘルパーは主治医の先生の指導と、Nが作ってくれた吸引のマニュアルを参考にしながら、病棟からかしてもらったQちゃん人形などで練習をしました。
また実際に病院で看護師さんに教えてもらいながら、Sさんの吸引をしました。支援者のNにも教えてもらいました。
でもこうした吸引の練習や指導は、病院に来なければできないし、空いた時間で行なうことなので、習得に個人差がありました。
医療的ケアが必要となりコミュニケーション方法も変わって、どういうふうに生活が変化するのか、どんなケアが必要となるのか、など日常生活をイメージすることが難しく、どういう体制で生活を支えていくのかS本人と医療者、介護事業所、かかわる人たちで密に話し合い決めることが必要でした。
しかし、退院までにカンファレンスは一度しか開かれずに、「Sの強い希望」のみで退院が決定しました。
Sさん自身は、退院したくて仕方がなかったでしょうが、生活を支える支援体制が整備されていない中での退院は、S本人にも介助者にもリスクが生じます。
そのような場合は、本人の要求をすべてニーズとして認めていいのでしょうか。
また今回のように医療的ケアが必要など、干渉できる範囲があるとして、その本人の要求をニーズとして誰がいかなる基準で決めるべきなのか、それはとても大きな課題です。
次に在宅に戻ってからの困難について説明します。
退院日Sの家には、これから介護に入る事業所、訪問看護、在宅支援室の人たちが集まりました。
そこで初めに確認された点は、吸引の仕方でした。
入院中に確認して練習していた吸引方法とは違うやり方を言われました。
しかし、吸引方法は、在宅の主治医が決めることだからといわれ、結局在宅の主治医と相談して決めてほしいとのことでした。
後日、診療所の訪問医に相談すると、まだデイケアの医師と相談ができておらず、どちらが主治医になって、チューブやアルコール綿などの物品をどちらが出すかも決められていないとのことで、一応の吸引方法については知らされましたが、まだわからないとのことでした。どちらが主治医になるかで吸引の方法が決まるとのことでした。
しばらく、吸引の方法がしっかりと決まりませんでした。
介護に入るヘルパーたちは、そうした中で吸引を行っていました。ヘルパーのやり方もまちまちです。
医療的ケアについて誰がどのように指導し、決めるかは課題です。
その他にも、ケア内容やできること/できないこと、などの把握ができていない状態だったので、S自身もそうした介護体制がなかなか整わない中での生活はしんどかったようで、イライラされることが多かったです。
また本人の要求が優先されてデイケアに行かなくなりました。そのため、必要なリハビリなども不足し、できること/できないことの適切な見極めに困難が生じました。ヘルパーはどこまで本人の意思を尊重するのか、かかわり方も難しくなりました。
最後に課題をまとめます。課題をまとめると、つぎの4点があげられると思います。
まず、単身生活者の生活を支える体制の構築です。
いくらケアニーズが認められたとしても、それを担う介護者、介護事業所がないとはじまりません。
とくに、Sように吸引や胃ろうなどの医療的ケアが必要な場合は、そうした医療的ケアを担ってくれる訪問看護や事業所が必要です。
二点目に、ニーズの適切な評価です。
先ほどもお話ししましたように、病院では医療的ケアニーズについてはある程度適切なアセスメントに基づいて充足できるかもしれませんが、介護ニーズに関しては明らかに過小評価されます。他方、在宅生活の場面では、医療的ケアニーズは評価困難です。本人の要求が優先され、場合によっては医療的アセスメントを妨げる場合もあります。
またニーズを誰がどのように評価し、判断するのかという問題もあります。
今回のSの退院場面でもみられたように、「退院したい」と強く希望するSさんの要求はニーズとして認めていいのでしょうか。Sはケアや吸引の習得など周りの進み具合に合わせていると、いつまでたっても退院できないといいました。たしかに制度的に認められずボランタリーな練習に任せていると、支援体制の構築は遅れてしまいます。しかし支援体制が構築されないままでの退院は、Sにも介助者の双方にリスクを与えるものであります。
三点目に、吸引などの医療的ケアの指導体制の構築です。
吸引など医療的ケアを指導はとても重要です。Sが在宅生活を維持するためには、吸引が必要になります。しかし独居の場合、その吸引指導は誰が行なえばいいのでしょうか。家族がいる人は、家族が病院から吸引の仕方を教わり、在宅に戻ってヘルパーさんに教えたりしています。でも独居の場合は、そうはいきません。
訪問看護が指導することは、ヘルパーと重なり合って入ることができないので、どちらかがボランタリーな業務になってしまいます。また今回は病院の先生やNから指導を受けましたが、やはり病院で教えてもらいやるのと、実際に家でやるのとでは、物品や手技も異なります。そうしたフォローも含めて、吸引などの医療的ケアの指導体制の構築が必要です。
最後に医療的ケアを必要とする人が在宅生活を維持するためには、医療と福祉の密接な連携が必要で、医療と福祉の連携をどのように図っていくのかは課題です。
あろがとうございました。
UP:20090624 REV:20090925
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障害学会第6回大会
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ALS
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難病/神経難病/特定疾患 2009
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