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青木 千帆子・渥美 公秀「障害者労働の場にある交換に関する人類学的試論」

障害学会第6回大会・報告要旨 於:立命館大学
20090927


◆報告要旨
 青木 千帆子*・渥美 公秀* *大阪大学大学院人間科学研究科
 「障害者労働の場にある交換に関する人類学的試論」
  第1希望:B

  昨今文化人類学においては、市場交換と贈与という2つのシステムがひとつの社会のなかでどのような相互関係を保ちながら並存しているのかを分析する研究が盛んになされている。モノは独占され交換されることによって商品となり市場交換の文脈に埋め込まれる。同様に、モノが分配され共有されればそれは贈与の文脈に埋め込まれるものとなる。このような研究は、贈与と市場交換の関係を二項対立的に扱ってきた人類学的研究に対するアンチテーゼであると同時に、市場交換に対し無力化され続けてきた贈与に意味を取り戻すための取り組みである。
  一方、障害者労働に関しては、例えば作業で求められる機能や能力に関しどのような場合にそこから派生する選別が認められ、その傍ら「働けない身体」がどのように正当化されるのかという議論が多くなされてきた。それらは概ね労力の市場交換に基準を置き議論するものである。
  本発表においては障害者の労働の場を事例とし、そこにある交換システムに関して先述したような人類学的観点を参照しながら分析する。労働の場には市場交換だけではなく贈与も存在し、しかしながら2つの交換システムによる説明がいびつに混同されることで「仕事」に関する不安定な語りが存在することを指摘する予定である。
  当日は、発表者が障害者従業員を雇用している事業所Xにボランティアスタッフとして属しフィールドワークを実施した際のフィールドノートを分析の対象とする。フィールドワークは2008年9月から現在も継続している。また、発表者は2002年4月〜2005年3月まで関西圏に所在する身体障害者通所授産施設Yにて作業指導員として働いていた。当時の経験や、今日における同僚との会話も参照する。

◆報告原稿

障害者労働の場にある交換に関する人類学的試論

大阪大学大学院人間科学研究科 青木千帆子
大阪大学大学院人間科学研究科 渥美 公秀

  1 目的
 平成18年に施行された障害者自立支援法がそのねらいを「障害者がもっと『働ける社会』に」としているように、近年障害者の就労は国全体を上げて推進されている。このような状況を背景に、発表者らはこれまで障害者労働の場を分析してきた(例えば、青木・渥美, 2009)。
 とりわけ障害者の就労は、「経営者は経営努力し従業員を雇い続け、従業員も経営努力し事業所を存続させなければならない」という今日広く共有される価値の場に「インペアメントを含めたありのままの存在を承認する」という価値を持ち込む。このような価値の対立の場で生じる根源的な問題は立岩(2001)や田中(2005)により指摘されている次の2点が挙げられるだろう。
 1. 労働の場で求められる機能や能力と障害者の備える機能と能力の問題。そしてこれと相関的に生じる差別、選別、格差をどう考えるのか。
 2. 障害者にとって労働とは何か。個人の生産性によって存在の価値を評価されることをどう捉えるのか。
 労働と福祉をとりまくこの2つの問いに対し、双方に整合性のある回答をすぐに見出すことは不可能ではないかと思われる。実際障害者の労働場面で調査を進める過程においては、このような2つの問いが複雑に絡み合ったかに見える現実に直面することが多々ある。今回の発表ではこの点について考えたい。
 ここではまず、例として本発表の議論の題材となるフィールドノートを報告する。これは発表者が障害者従業員を雇用している事業所Xにてフィールドワークを実施した際のフィールドノートである。次に、フィールドノートに登場する事業所Xと授産施設Yという組織の特徴を補足しながら整理し分析へと移る。
 このようにして2つの問いが複雑に絡み合った場面で、現象として立ち現れる作業や交換される財の側から考察していくことで、上述した2つの問いに答える手がかりを現象学的な立場から模索しようとしているのである。
 
  2 方法
 日時:2008年9月〜
 場所:事業所X 
 対象:健常者従業員A〜C、障害者従業員D〜E、その他障害者雇用部署に関係する従業員
 方法:参与観察
 発表者は2008年9月から現在まで障害者従業員受入事業所にボランティアスタッフとして属し、フィールドワークを実施した。ここではフィールドノートを取った。  
 また、発表者は2002年4月〜2005年3月まで関西圏に所在する身体障害者通所授産施設Yにて作業指導員として働いていた。考察においてはこの時の経験や、今日も交流のある同僚との議論も参照している。

  3 結果
  3.1 フィールドノート
 事業所Xに出入りをし始めて初めての軽作業。雨天であり、初めて室内での作業に関わった。
 前半は廃棄処分することになった書類のシュレッダー処理作業だ。廃棄する書類の山を見るとこれは何日雨が降っても終わらない…という印象であった。当初は健常者従業員が調査者に話しかけるなど和気藹々とした雰囲気で進んでいたが、しばらくすると皆沈黙して作業をしていた。基本的にシュレッダーにかける作業であるが壁一面に廃棄する書類が箱に入れられ積み上げられており、これは一体どれくらい時間がかかるのだろう...と何度も考える。作業には合う合わないがあるのかもしれないが、黙々と手を動かす人とややぼんやりしてしまう人と...これは健常者従業員も結構よく見ていて、シュレッダーにかける人と、一定枚数に分けたりホッチキスをとったりする人とをローテーションさせていた。しかし、これまで保管書類の廃棄にどれくらいのお金がかかっていて、事業所Xで引き受けることでどれくらいの利益が生じるのかが少し心配だった。
 後半はリサイクル封筒作り。ビニールテープで接着面などを補強した上で、表に宛先記入欄を印刷した用紙を貼る。封筒作り作業は、非常に既視感のある作業であった。障害者従業員が作ったものを、健常者従業員が点検・チェックする。調査者はほとんど作る方に回り点検は最後に少しやる程度であったが、「障害者が作り健常者が点検する」という構図にふと授産施設Yにいた頃の感覚がよみがえり、作業をしながら様々な回想をしてしまった。
 ただ、以前の身体障害者通所授産施設Yと比べると、室内作業に関してはゆるく、雰囲気も和やかである。同じような系列団体がある組織でありながら、実施している作業の違いがあることを考えると、相互に現在取り組んでいる活動が実施されてしかるべきであると思う。例えば、授産施設Yでの作業には、近隣にある家電工場からの下請け、関連施設の印刷物の印刷、関連施設DMの封入〜発送作業、病院で使用する枕などの制作、などがあった。一方で事業所Xでは、シュレッダーがけ、事業所内用リサイクル封筒作成、構内清掃である。互いに参考にしたならば、随分業種が広がるだろう。
 しかし、同程度の労働をしておきながら、月に数千円〜2万円程度しか支払えない授産施設Yと、きちんと雇用保険に入れるだけの月給を支払える事業所Xの差は、一体何から生まれるのか。先に予算を確保しているかいないかの違いにグループ経営による搾取が重なっていることが、要因なのだろうか。いや、本当は最低賃金を下回らない給与が、授産施設Yで予算として準備されていないことの方が驚くべきだったのだろう。でも、当時は自分自身が1時間で500円分の売り上げしか作れないのに、どうしてみんなの給料が払えるのかが分からなかった。
 その翌日の晩、身体障害者通所授産施設Yに勤めていた頃の先輩が調査者の家に遊びに来る。この日の作業で感じたことを話してみると「うち(授産施設Y)はどうしようもないけど、そっち(事業所X)の状況も普通の就労とは言えないよね」と指摘された。彼女の主張は、「障害者だということで過度に保護されている」というものである。先に予算が確保されているならば、頑張って働こうと働くまいと関係がない。努力することによって収益につながる、という一般就労ならば普通に得られる労働の手応えは、今の事業所Xの労働からは得られないのではないか。「自分が作業した以上のものを障害者だからといってもらうっていうのはおかしいと思う。そうじゃないと働く意味が無くなってしまう。やっぱり自分ががんばって努力して働いて稼ぎ出したお金を、給料として受け取るべきだと思う。」
 「じゃあ先輩は自分で稼ぎ出しただけの給料を手にしているのか?」と訪ねると「職員の給料は、そこは社会福祉施設だから、税金でまかなわれている」とのこと。就労訓練の場なのだから障害者は自給自足で、職員は税金で、というのは正論にも聞こえそうだが、そもそもある不平等をどう考えるのか、その不平等を克服するための税金ではなかったのか、とごちゃごちゃ分からなくなる。(2008年10月23日のフィールドノートより)

  3.2 事業所Xと授産施設Yの特徴
  3.2.1 事業所X
 事業所Xにおいて障害者従業員が取り組んでいる作業は、廃棄書類処理、リサイクル封筒作成、事業所内清掃と実はあまり明確な納期が決められていない作業である。このような作業ゆえにそこに参加した発表者にとって「和気藹々とした雰囲気」「ゆるく、雰囲気も和やか」という印象を与える。
 一方でそれらがどれほどの利潤を生むのかが不明な作業でもある。優先順位が低く後回しにされ続けたため倉庫一つ分ほどの廃棄書類が溜まっているのであるからもちろん必要な作業ではあるが、その経済的効果が詳細に計算されているかどうかは不明であり「事業所Xで引き受けることでどれくらいの利益が生じるのかが少し心配」だ。しかし、週5日9時〜16時までの6時間勤務条件に対し最低賃金を守る月給が準備されている。
 事業所X全体としては民間事業所であるために当然ながら経営努力が求められる。それ故か、障害者従業員が所属する部署は他の部署とあまり関わりのない位置づけになっており、これが当該部署に所属する健常者従業員にとって違和感を生じさせる原因となっている。
 先に報告したフィールドノートには含まれていないが、調査者が採算に関してたずねた際、事業所Xの従業員からは次のような返答が聞かれている(注1)。
 ・ 経営的に?あの、その意味が分かれへんけど、経営言ったら利潤を生むことやからね。利益の中から人件費を生み出す。ここの場合は利益はないんや(健常者従業員A)。
 ・ (一定の収入は入っているが細かい部分で健常者従業員が作業を補っていることを説明し)できるところまでもっていく人の役割を誰が負担するのか。…それ(採算をあわせること)についてはもう考えたくない(健常者従業員B)。(2009年7月17日、31日フィールドノートより)
 
  3.2.2 授産施設Y
 一方、授産施設Yにおいて障害者従業員が取り組んでいる作業は、近隣の家電工場からの下請け作業や地域の授産事業振興センターから紹介された内職作業、関連施設の印刷物の印刷やDMの封入・発送作業、病院で使用する枕カバーなどの制作である。枕カバーの制作以外はすべて納期のある作業であり、発表者が所属していた当時は私語禁止の中での作業に加え厳しい検品プロセスがあった。
 授産施設Yでは障害者従業員(注2)に月給数千円〜2万円が支払われていた。例えば、授産施設Yでの仕事の一つにポケットティッシュにチラシを入れて箱詰めするという単価1円の作業があった。これは発表者自身が行っても1時間に500個完成させるのが精一杯の作業である。つまりは健常者が働いたとしても1時間あたり500円の利益しか生み出せないものであり、こういった採算の合わなさが月給数千円〜2万円という形で現象していた(注3)。ちなみに、授産施設Yも朝9時から夕方4時まで週5日の週30時間勤務である。

 障害者労働の場として類似した要素をもちながらもこのような数々の差を示す現実は発表者だけでなく、授産施設と一般事業所双方に所属した経験のある健常者従業員、障害者従業員も一様に違和感を覚えている。中でも労働対価として支払われる額の差は大きく、どのような背景からこの差が生じるのかという疑問は禁じえない。事業所Xでの清掃作業の合間に発表者を交えて健常者従業員と障害者従業員とで交わした会話には次のようなものがあった。
 ・ 健常者従業員C:ここに来てみると、(以前勤めていた)施設でやっていたことは一体何なんだったのだろうと考えてしまいます。
知的障害者従業員D:それは、私も思ったね。 (2009年4月23日のフィールドノート)

  4 市場交換と贈与(注4)
 ここでは上に報告した内容をもとに、それぞれの組織において正当化されている交換システムに関して人類学的観点を参照しながら分析を進めたい。
 文化人類学においては、市場交換と贈与という2つのシステムがひとつの社会のなかでどのような相互関係を保ちながら並存しているのかを分析する研究が盛んになされている(例えば中川, 2007; 丸山, 2007; 中川, 2009)。財は独占され交換されることによって商品となり市場交換の文脈に埋め込まれる。同様に、財が分配され共有されればそれは贈与の文脈に埋め込まれるものとなる。このような研究は、贈与と市場交換の関係を二項対立的に扱う人類学的研究に対するアンチテーゼであると同時に、市場交換に対し無力化され続けてきた贈与に意味を取り戻すための取り組みであるとされている。
 中でも中川(2009)はヴィトゲンシュタインによる言語ゲームの概念を援用し、規範によって一定の価値観を維持するシステムを「ゲーム」とよび分析を進めている。発表者もこれに同意し、障害者労働の場に「市場交換ゲーム」と「贈与ゲーム」とが並存してあると想定してフィールドノート捉えなおすと分かりやすいのではないかと考える(注5)。
 例えば、フィールドノートにおいて取り上げられている事業所Xは経営努力をしその収益によって組織を維持している。この点から市場交換ゲームの中にある事業所であるといえる。一方授産施設Yとは、福祉実践を行うことで税金を基にした運営費を国や地方自治体から需給し組織を維持している。この点から贈与ゲームの中にある事業所であるといえよう。しかし、以上の結果に示されている事業所X、授産施設Yの実態はそれぞれ市場交換ゲームだけ、贈与ゲームだけで維持されているというわけではない。

  4.1 市場交換ゲームの下にあると想定される事業所X
 市場交換ゲームの下にあると想定される事業所Xにおいて市場交換ゲームのものとして現象していた事柄は、経営努力が求められ、最低賃金を下回らない給与が確保されていること、労働契約が結ばれていることなどが挙げられる。また、事業所Xの従業員からは「ここは福祉じゃないですからね(健常者従業員C)」という語りも聞かれている。
 しかし、贈与ゲームのものとして現象していた事柄もある。障害者従業員による作業による利益や採算が不明確であること、事業所Xにとって必要な作業ではあるが厳密な締め切りや検品がないことなどが挙げられる。これらの特徴から事業所Xの従業員からは「経営的に?あの、その意味が分かれへんけど…ここの場合は利益はないんや」という語りが聞かれると考えられる。
 これらの分析からは、市場交換ゲームの下にある事業所Xの内部に 贈与ゲームが支配的な部署が内包されているが、交じり合わず障害者従業員の所属する部署のみ孤立した集団が形成されている様子がうかがわれる。表面的には市場交換ゲームに取り組む事業所でありながらも、現実には贈与ゲームにより場が維持されている違和感に従業員がさらされている現実を「ここは福祉じゃない」と「それ(採算)についてはもう考えたくない」という矛盾する2つの言説が示しているといえよう。
 
  4.2 贈与ゲームの下にあると想定される授産施設Y
 贈与ゲームの下にあると想定される授産施設Yにおいて贈与ゲームのものとして現象していた事柄は、最低賃金を下回る月給、労働に伴う社会保障の欠落、1時間あたり500円以下という利益や採算、健常者従業員の給与が社会保障予算に基づくものであることが挙げられる。
 一方市場交換ゲームのものとして現象していた事柄は、市場交換されている下請け作業や内職作業を受注している点。それらの作業には厳しい締め切りと検品システムが存在した点。こういった仕事の性質に伴い一切の私語の禁止や9‐16時の労働形態と出来高性による給与体系といった労働規範が存在した点が上げられる。これらの特徴から授産施設Yの職員からは「障害者だということで過度に保護されている」「自分が作業したもの以上のものを障害者だからといってもらうのはおかしい」という市場交換ゲームに基づいた語りが聞かれると考えられる。
 このように、授産施設Yは市場交換ゲームを主とする社会からは一線を引きながらも、施設の内部ではどちらかというと市場交換ゲームに基づく価値観が支配的である点が伺われる。それは授産施設の役割が、「就労移行支援」や「就労継続支援」と呼ばれているように、市場交換される労働への接点であるが故に市場交換ゲームを重視することが社会的に正当化されているからかもしれない。しかし、そもそも授産施設Yが贈与ゲームの文脈に置かれているのであるから、自身の給与を贈与によってまかなわれている授産施設Yの職員が市場交換ゲームのルールによって事業所Xのあり方の価値判断をすることは、サッカーのルールで野球の審判をするようなおかしさがある。

  5 複合化する交換ゲームと財の不均衡
 以上のように例としてあげた事業所Xと授産施設Yという障害者労働の現場を分析してみると、そこには鏡に向かう像のような共通しつつ相矛盾するルールが存在している事に気付く。それはいうなれば、事業所Xにみられるような「期待されている労働と賃金との採算が直結しない」という価値と、授産施設Yにみられるような「実際にやっただけの労働に見合う賃金が払われなくても仕方がない(注6)」という価値である。いずれも「労働に見合うだけの賃金が支払われる」ことの否定形であり、提供する労力と労賃との等価交換の前提を否定している。つまり、一般就労の場、福祉的就労の場どちらにおいても2つのゲームが混在し複合化することでそれぞれの交換システムによる説明がいびつに、ただしどちらかというと市場交換ゲームに一元化されて用いられるようになる。
 発表者自身、市場交換ゲームに基づいて事業所X、授産施設Yの現状を判断し、どちらの交換も財の不均衡を起こすように思える現実を前に、その背後にあるシステムの違いを無視して是正する方法を思い描いたわけだ。「同じような系列団体がある組織でありながら、実施している作業の違いがあることを考えると、相互に現在取り組んでいる活動が実施されてしかるべきであると思う。…互いに参考にしたならば、随分業種が広がるだろう」と。
 市場交換という言語ゲームは、労働における市場交換に関するものを記述し分析することを可能にする。そこから経済学の諸理論やマルクスによる理論に見られるような優れた考察が生まれているが、その言語的限界を乗り越えているわけではない。人類学研究やフェミニズム研究によって繰り返し指摘されてきたように(例えばモース, 2009; 上野, 1990; ポランニー, 2003)、労働を形成するものは市場交換だけではない。市場交換の外部には家族や国家が存在し、その土台には贈与交換が編み込まれている。
 この特徴は障害者労働においても全く同じであり、事業所Xに関しても授産施設Yに関しても、市場交換ゲームの言語によってのみそこでの労働を分析することはできない。だからといって贈与ゲームのみの真空状態を作り分配的正義一つで現実を構築することができると考えているわけでもない。市場交換ゲームに加え、贈与ゲームの言語を併せもって労働を記述し分析することによって初めて、労働の周辺に置かれている者の立場からの目線で障害者労働に関する議論に取り組むことができるのではないだろうか。

  6 引用文献
青木千帆子・渥美公秀(2009)「障害者」の無力化に規範が及ぼす影響――就労場面を通した分析 障害学研究5. 164-186.
Karl Polanyi (ポランニー著 玉野井 芳郎 石井 溥 長尾 史郎 平野健一郎 木畑洋一 吉沢英成 訳 2003 経済の文明史 ちくま学芸文庫)
Marcel Mauss (マルセル モース著 吉田禎吾 江川純一訳 2009 贈与論 ちくま学芸文庫)
丸山真人(2007)資本に転化しない地域通貨. 内堀基光(編)資源人類学5 貨幣と資源. 弘文堂
中川理(2007)地域通貨のリアリティ:南フランスSELの事例から. 内堀基光(編)資源人類学5 貨幣と資源. 弘文堂
中川敏(2009)言語ゲームが世界を創る:人類学と科学 世界思想社
立岩真也(2001)できない・と・はたらけない:障害者の労働と雇用の基本問題 季刊社会保障. 37(3). 208-217.
田中耕一郎(2005)障害者運動と価値形成:日英の比較から 現代書館
上野 千鶴子 (1990) 家父長制と資本制―マルクス主義フェミニズムの地平. 岩波書店
Wittgenstein., L. (1953) Philosophische Untersuchungen. Basil Blackwell(ヴィトゲンシュタイン著 藤本隆志訳 哲学探究 1976 大修館書店)

(注1) ここでの返答は、求められる機能や能力と提供する機能や能力の差をどう考えるのかという問いに続く「経営的にはどうなのか」「採算は合っているのですか」という問いかけに対する回答である。
(注2) 従業員と記述しているが実際は福祉サービス利用者である。支払われている金銭も給与ではなく工賃と呼ばれる。
(注3) 厚生労働省が2007年に発表した平成18年度の福祉向上及び授産施設の平均工賃は12,222円である。
(注4) ここでは贈与を返礼の義務のある交換の一種として扱う。交換とは財の双方向的な転換を指す。また財とは、モノや貨幣、労働、情報、技術、知識など目的を達成するための手段的な財(経済財)に加え、敬意や愛情、感謝などの表出的な財(非経済財)を指している(伊藤, 1996; 上野, 1996)。
(注5)ここでいうゲームとは大澤(1990)の言葉を借りていえば規範の作用圏のことである。大澤は規範の作用圏が複数ある場合に起こる伝達に関して考察し、その運動は原理的には一方向的であるはずだと述べている。そこで贈与=略奪と交換という人類学的用語を用いて規範の伝達のあり方を解説しているが、本稿における贈与や交換という用語は財のやり取りのされ方を指して用いている。
(注6) 制度に則った言い方をするならば「実際にやっただけの作業に見合う工賃が払われなくても仕方がない」と言い換えられる。このことは職業訓練であることを理由に制度上正当化されている。


*作成:
UP:20090905 REV:20090921
全文掲載  ◇障害学会第6回大会  ◇障害学会第6回大会・報告要旨

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