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「認知症患者への抗精神病薬の過剰処方問題」

児玉 真美 200908 介護保険情報 2009年8月号

last update: 20110517

英国アルツハイマー病協会が政府の“ぼったくり”を非難
 英国アルツハイマー病協会が怒った。それもハンパな怒り方ではない。なにしろ6月3日に精神科医師会の年次大会で講演した同協会会長のニール・ハント氏は、英国政府の行いは“ぼったくり(daylight robbery)”だと非難したのだ。
 発端はGP新聞に報告された調査だった。保健医療データ・マネジメント企業IMS Healthが2008年1年間に各地方の薬局で購入された処方箋データをまとめたもので、それによると、地方によってバラツキは大きいものの、抗アルツハイマー病薬であるコリンエステラーゼ阻害薬を処方されている患者の20%が、同時に抗精神病薬を処方されていたのである。データは同一の処方箋で両者が処方された件数のみを拾っているため、実際にはさらに多くが抗精神病薬を処方されているとみられる。ハント氏は「抗精神病薬は死のリスクを2倍に、脳卒中のリスクを3倍に高めるだけでなく、認知症の症状を進める。抗精神病薬は例外的な状況で激しい症状を治療するために短期に限って用いるべきものだ」。実は、もともと去年10月に保健省から全国認知症戦略(4月号当欄で一部既報)が発表された際に、認知症患者への抗精神病薬投与の実態調査の結果も同時に公表されることになっていた。それがズレ込んだまま、この夏にもやっと発表かと言われていた矢先、IMSのデータの方が政府の調査結果に先んじて明らかになった格好なのだ。
 認知症患者のケアはNHSではなく地方自治体によって提供されるため、所得制限が設けられて有料となることが多い。ケアが長期に渡り、終末期には入所施設での濃厚なケアが必要となる認知症患者では、家族への負担が大きく、経済的に破綻する家庭もある。お粗末なケアを改善するとの約束はさっぱり守らず、こんな危険な薬を不必要に飲ませて法外な料金をふんだくるとは、なんたる“面汚し”、これでは政府による“ぼったくり”ではないか、と激しい言葉が飛び出すこととなった。
 しかし、アルツハイマー病協会がここまで憤る背景には、実はもう1つ、薬をめぐる政府への憤懣が潜んでいる。2006年5月に国立医療技術評価機構(NICE)が出したガイドラインによって、NHSではアルツハイマー病の軽症患者に対してはアリセプトなど3薬の処方が認められなくなった。理由は、軽症者では処方のコスト効率がよくないとのNICEの判断。
 この問題については、その後、コスト効率判断の公正性をめぐって製薬会社から訴訟が起こされている。去年5月に上訴裁判所が判断の根拠となった医療経済モデルを明らかにするようNICE側に求めたのを受けて、NICEも同協会を含む関係者らにモデルを公開し、意見を聴取していた。そんな中、MIS Healthのデータでは、英国のコリンエステラーゼ阻害薬の処方総量がヨーロッパの中では低いことも明らかになったのだ。これでは、本来の病気を治療する薬をケチる一方で、患者に害のある抗精神病薬の方は盛大に飲ませるのか、と協会がキレのも無理はない。
 「認知症ケアの専門的なトレーニングを義務付けてくれれば、患者のQOLが向上するだけでなく、年間3500万ポンド(約54億円)のコスト削減に繋がる」。ハント氏が精神科医師会でそう訴えた1週間後の11日、NICEから改定ガイドラインが発表された。しかし、アルツハイマー病の軽症患者をアリセプトなど治療薬処方の対象外とする規定は変わらなかった。

認知症末期患者のビデオを見せて終末期医療の選択“支援”を、と米国の研究者
 米国では、認知症末期の患者の姿をビデオに撮って高齢者に見せたうえで終末期医療の選択をさせると、延命治療も身体機能維持のケアも拒否して、安楽ケアのみを望む人が多くなった、との調査結果がマサチューセッツ総合病院の医師らによって報告されている(Medical News Today, 5月30日)。ニュースのタイトルは“Video Can Help Patients Make End-Of-Life Decisions”。認知症末期の患者の姿をビデオで見せることによって、高齢患者の終末期医療の判断を”支援“してあげましょう、というわけだ。
 「終末期医療の選択は複雑で抽象的になりがちだが、ビデオを見ることによって、その選択がリアルなものになる」と研究者らは言うが、この調査、認知症状のない高齢者が被験者だったというのだから恐れ入る。「手厚い緩和ケアを受ける末期がん患者のリアル映像による終末期の選択支援」よりも、「認知症末期患者のリアル映像による終末期の選択支援」の方が、そりゃ、はるかに”コスト効率“は良いのだろうけれど……。


*作成:堀田 義太郎
UP:20100212 REV: 20110517
全文掲載  ◇児玉 真美
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