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「母体胎児外科手術の倫理問題」報告要旨

第21回日本生命倫理学会年次大会 於:東洋英和女学院大学 横浜校地5号館 2009/11/14-15 
堀田 義太郎櫻井 浩子


第21回 日本生命倫理学会年次大会 報告要旨

日時:2009年11月14日(土)・15日(日)
会場:東洋英和女学院大学 横浜校地 5号館

演題名 母体胎児外科手術の倫理問題

氏名(所属) 堀田義太郎・櫻井浩子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
専攻分野 生命倫理学
キーワード 母体胎児外科手術、母子の利害対立、真の意思、母性主義

発表要旨

 母体胎児外科手術(maternal-fetal surgery:以下「胎児手術」とする)が問題になるのは、医学的にみて、胎児の利益と母体の利益が対立するからである。胎児手術は、母体に対する侵襲度の高い介入を含むが、潜在的母親(potential mother)は健康であり、介入は生理学的には害でしかない。
 この点は、母親に対する義務と胎児に対する義務の衝突という枠組みで論じられている。母親にとって介入は端的に危害なので、医師にとって、母親に対する無危害の義務と、胎児に対する善行義務が衝突する。通常、誰かの利益になるからといって他人に危害を加えることは正当化されない。正当化のためには、害が軽微であることに加えて当人の同意が必要になる。したがって胎児手術には母親の同意が必要になる。
 これに対して、帝王切開に関する判例に基づき、胎児の利益が大きく、侵襲が軽微ならば、母親の意に反して介入が認められる場合もある、という議論もある。しかしもちろん、この議論をそのまま胎児手術全般に一般化することはできない。
 たしかに、一般に、本人の意思があまりに不合理に見えるときには、それは何らかの原因で歪められているのであり、本来の意思ではない、という判断が下されることがある。その場合、私たちは、歪められた意思を変えるように、たとえば説得した方がよいと考えている。そこでは、「真の」意思が、当人の実際の意思を超えて想定されている。そして、胎児手術に対する母親の意思をめぐる議論も、当人の意思に対して、手術を推奨する立場と忌避勧告する立場に分かれる。
 胎児手術を推奨する立場は、胎児手術に対する母親の同意を合理的判断として評価する。逆に、手術を拒否する母親を、医師は同意に向けて説得すべきだとされる。つまり手術を拒否する親は合理的ではないとされている。たとえば、アメリカ小児科学会はこの立場に近い。この立場からすれば、母親には、身体的不利益(害)を凌駕して手術に同意する理由があるはずだ、ということになる。
 他方で、母親に忌避勧告する立場もありうる。つまり、身体の安全を犠牲にするような決定を下す者は、たとえば母性主義(maternalism)への過剰適応などにより、真の自己利益を見失っているのだから、むしろ同意する親を拒否に向けて説得すべきだ、という立場である。この立場は、母親には自己の身体を傷つけてまで子に利益を与える必要はない、という認識を前提にしている。
 いずれにしても、胎児手術に対する母親の意思に関する判断は、胎児手術によってもたらされる利害の評価に基づいている。判断に相違が生ずる一つの理由は、胎児手術がもたらすとされる利益の評価は、親子(母子)関係に関する認識と価値観に部分的に依存するからである。
 本報告では、胎児手術をめぐる議論が想定する利益の内容とその評価について、とくに親子関係に関する認識と価値観に依存する部分に着目しつつその是非を含めて検討し、問題点と論点の整理を試みたい。

*作成:堀田 義太郎
UP: 20090702
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