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「LTMV/TPPVの開始・不開始・継続・中止の諸条件に関する文献研究」

『厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患克服研究事業)分担研究報告書』 pp. 188-193 2008/03 
堀田 義太郎川口 有美子


LTMV/TPPVの開始・不開始・継続・中止の諸条件に関する文献研究

堀田義太郎(立命館大学衣笠総合研究機構 ポストドクトラルフェロー)
分担研究者 川口有美子(NPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会 理事)

研究要旨
目的:(1)LTMV/TPPVに関する議論の検討、(2)医療行為の開始と不開始および継続と中止の条件の再吟味。
結果:概観した文献の多くは、拒否の決定の背景にある《家族に負担をかけざるを得ない状況》を前提として、これを拒否の決定理由に含めていた。
考察: 医療行為の諸条件の吟味により、治療拒否(不開始・中止)が許容される要件は《利益を相殺する不利益の存在》である、という点を確認した。また、この不利益の内容と性質を精査する必要性をあらためて確認した。
結論:LTMVに関する自己決定や事前指示をめぐる最大かつ最優先の課題は、LTMV患者が家族に負担をかけずに在宅で生活できるような選択肢の保障である。また、LTMVに対する患者の拒否の自己決定の単純な肯定は、家族に負担をかけずに在宅で生活できるような選択肢を保障する、という方向性に対立せざるを得ない。


A.研究目的

(1)人工呼吸器をめぐる欧米の議論を概観・検討し、その問題点を抽出すること。
(2)ALS患者の治療方針をめぐって考慮されるべき論点を、医療行為の開始と不開始および継続と中止の条件に関する吟味を通して、明確化する。
 なお、今回レビューした文献では、LTMV(Long term mechanical ventilation)という語をTPPV(Tracheostomy Positive Pressure Ventilation:気管切開下陽圧換気療法)と互換的に用いている文献が多かったため、以下でも両者を互換的に用いることにする。

B.研究方法

 文献研究に基づく。とくに人工呼吸治療とケア提供者の負担に着目した研究という基準で文献を選別し検討した。
 倫理面への配慮の必要性はとくに認められなかった。

C.研究結果
C−1.オーバービュー

上記の基準から今回検討対象として選別された文献は、以下の19件である。

(1)Neudert C, Oliver D, Wasner M and Borasio GD. "The course of the terminal phase in patient with amyotrophic lateral sclerosis," J Neurol. (2001) 248: 612-616.
(2)Smyth A et al. "End of life decisions in amyotrophic lateral sclerosis: a cross-cultural perspective," J Neurol. Sci. 152 [Suppl. 1] (1997) 93-96.
(3)Olney RK & Lomen-Hoerth C. "Exit strategies in ALS: An influence of depression or despair?" Neurology 2005; 65: 9-10.
(4)Rabkin JD et al. "Prevalence of depressive disorders and change over time in late-stage ALS." Neurology 2005; 65: 62-67.
(5)Albert SM et al. "Wish to die in end-stage amyotrophic lateral sclerosis," Neurology 2005; 65: 68-74.
(6)Oliver D et al. (eds.) Palliative care in amyotrophic lateral sclerosis: From diagnosis to bereavement. 2nd eds. Oxford University Press 2006. (80).
(7)Borasio GD et al. "Mechanical ventilation in amyotrophic lateral sclerosis: a cross-cultural perspective," J Neurol (1998) 245 [Suppl. 2]: 7-12.
(8)Gelinas DF, O'Connor P and Miller RG. "Quality of life for ventilator-dependent ALS patients and their caregivers," J Neurol. Sci. 160 [Suppl. 1] (1998) 134-136.
(9)Rabkin JD et al. "Predictors and course of elective long-term mechanical ventilation: A prospective study of ALS patients." Amyotroph. Lateral Scler. 2006; 7:2: 86-95.
(10)Kaub-Wittemer D et al. "Quality of life and psychosocial issues in ventilated patients with amyotrophic lateral sclerosis and their caregivers." J Pain and Symptom. 26-4 (2003) 890-896.
(11)Moss AH et al. "Patients with amyotrophic lateral sclerosis receiving long-term mechanical ventilation: Advance care planning and outcomes," Chest 1996; 110: 249-255. (251)
(12)Pool R. Negotiating Good Death: Euthanasia in the Netherlands. Binghamton, The Haworth Press. 2000.
(13)Chi? A. et al. "Caregiver burden and patients' perception of being a burden in ALS," Neurology 2005; 64: 1780-1782.
(14)Hecht MJ et al. "Burden of care in amyotrophic lateral sclerosis," Palliative Med. 2003; 17: 327-333.
(15)Chi? A. et al. "A cross sectional study on determinants of quality of life in ALS," J Neurol. Neurosurg. Psychiatry 2004; 75: 1597-1601.
(16)Borasio GD and Voltz R "Discontinuation of mechanical ventilation in patients with amyotrophic lateral sclerosis," J Neurol. (1998); 245: 717-722.
(17)Burchardi, N et al. "Discussing living wills: A qualitative study of a German sample of neurologists and ALS patients," J Neurol Sci. 237 (2005) 67-74. (72)
(18)Mitsumoto H and Rabkin JG. "Palliative care for patients with amyotrophic lateral sclerosis: "prepare for the worst and hope for the best"" JAMA, July 11. 2007. vol. 298. no. 2 : 207-216 (210).
(19)Benditt JO et al. "Empowering the Individual with ALS at The End-of-Life: Disease-Specific Advance Care Planning," Muscle & Nerve, 24 (2001- December): 1706-1709.

※ なお本研究の対象論文の一部、文献番号で(8)(10)(15)は、本報告書所収の「ALSにおけるQOL評価の意義と課題」において扱った文献と重なっているが、分析視角が異なる。

 数少ない例外を除いて、LTMV/TPPVはそもそも、ALS患者にとっての通常の症状緩和手段(たとえば「褥瘡防止ケア」など)の一環とはみなされていない(1)(2)。
 また、LTMV/TPPV導入をめぐる問題は、「ALSにおける生命の終わりの諸問題(end-of-life issues in ALS)」として位置づけられている(3)(4)(5)。
 人工呼吸治療は、患者が事前に(治療/非治療を)選択すべき対象とされており(16)、事前指示を欠いた状況で人工呼吸治療が開始されることは、否定すべき事態とされている(11)(17)。
 この点に関して(10)は例外的に、事前指示なく緊急で装着された患者がしかし、人工呼吸器装着を事後的に肯定するケースを報告している。
 この(10)は、人工呼吸器装着患者とその家族ケア提供者のQOLも同時に調査した研究であり、(13)(15)はケア提供者のQOLに焦点を絞った研究である。人工呼吸治療を受ける患者に対して、家族等のインフォーマルな領域で(すなわち無償で)ケアを提供する人の負担の重さは、24時間の在宅ケアが公的に保障されていない状況では、とくに顕著である。
 したがって当然であるが、人工呼吸治療の主要なケア提供者である家族に大きな負担が課されることになる。実際、患者とケア提供者(家族)のQOLを比較した調査のすべてが、ケア提供者のQOLの低さを報告している。
 (10)によれば、自分がケアを提供している患者よりも、自分のQOLのほうが低いと感じるケア提供者が3割存在していた。また、ケアを提供する配偶者の75%が、現在自分がケアしている患者がもう一度選択しなおすことがあったとしても治療選択を支持すると答えたが、自分自身に人工呼吸治療が必要になった場合に治療を選択すると答えたのは50%だった。
 (13)は、気管切開以前の患者とそのケア提供者を対象とした調査から、患者のQOLとケアを提供する家族の負担とのあいだに相関関係があることを指摘し、「ALS患者に最大限のケアを保障するためには、ケア提供者の負担が可能な限り縮減されるべきである」と結論している。また(15)では、患者のQOLの向上にとって「最も重要な課題」とは、過重な負担を負っているケア提供者家族に対する社会的サポートである、と指摘している。

C−2.LTMVに対する事前指示および自己決定

 ALS患者が人工呼吸治療に対する事前指示書の作成にあたって考慮すべきだとされる情報の項目は共通していた。

 @ 効果(呼吸不全の解消と生存期間の延長)
 A 身体的負担(声の喪失、感染の可能性)
 B 予後(ロックトインステイトに至る可能性)
 C 経済的コスト(6)
 D ケア提供者の負担(7)

 とくにACDの不利益に着目すると、まず、C経済的負担 を理由に治療の不開始ないし中止の決定が肯定される、という議論を展開した文献も、それを示唆する文献も存在しなかった。また、A人工呼吸器装着患者のQOLは低い、という見方についても、必ずしも当たらない、と指摘されていた。つまり、医師や周囲の人々そして患者当人の事前の予想にさえ反して、人工呼吸器装着後の患者のQOLは、ケアの質量が充実している場合にはそれほど低下しておらず(8)(9)(10)、「患者のQOLが低下する」という見方は「先入見(prejudice)」である(6)、という点が共通認識として成立していた。
 他方、Bについて、とくに家族ケア提供者の負担を、人工呼吸治療の意思決定の要素として言及していたのは(6)(19)のみである。

 事前ケア計画は、患者個人の価値観に確固とした基盤を置くべきであり、その個人は、自分自身と家族の両者に対する決定の帰結を理解している個人である。(6): 45

 ALS患者の多くは、愛する人(loved one)に降りかかる、経済的・感情的そして身体的負担を非常に気にしている。事前ケア計画は、これらの心配事を、患者と家族とのあいだの、開かれた、より率直な議論のなかに置く。(19): 1707

 (19)にはケア計画書モデルが提示されており、その一項目には、「私は、もし私に対するケアが家族に多大な経済的困難やその他の負担をもたらすならば、それを継続しないことを望む」(19: 1708)と書かれている。これら(19)および(6)は、治療の利益を相殺する不利益として考慮されるべき要素として 《家族のケア負担》を位置づけている、ということになる。

D.考察
D−1.自己決定(権)の位置と条件

 治療行為に対する患者の同意と自己決定が重視されるのは、治療行為の多くは、通常は暴行あるいは傷害になるような行為だからである。治療行為は――ケア行為も――、対象者(患者)の身体に対する直接的な接触と侵襲を含む。
 医療行為が暴行や傷害にならないようにする(違法性を阻却する)ための条件は、医学的適応(医学的に必要がありかつ治療効果がある)、患者の同意(自己決定)、手技の適切性である。
 しかし、医学的適応・患者の同意・手技の適切性の間の条件としての優先順序や重み付けに関して、あらゆるケースに適用可能な普遍的なルールは存在しない(小林公夫2007)。
とはいえ、一般にこれらの条件間には、医学的適応(見込まれる利益)が大きい場合には他の条件は緩和され(たとえば救急救命のケース)、逆に、医学的適応が少ない場合(美容整形術や生体間臓器提供など)には当人の同意に高いレベルでの「真正性(ないし真摯性:authenticity)」が要求される、というかたちでの関係が成立する。
 医学的に見てほとんど不利益が存在せず、多大な利益をもたらすような治療については、それを施すことは合理的である。したがって、もし患者がそれを拒否した場合にも、その治療実行の合理性を覆すだけの強い理由の提示が求められることになる。
 逆に、美容整形術のように、医学的に見て客観的な利益が存在しないような施術については、それを施すことは合理的ではない。したがって、それを望む患者の自己決定には、それをさせるだけの強い理由がなければならない。
 たとえば、「じょくそうケア」の必要性が認められる場面と、「美容整形術」を行う場合とでは、患者の「自己決定」への要求はまったく異なる。「じょくそうケア」は、患者に利益をもたらすことが明らかであり、例外的な場合を除いて不利益はほとんど存在しない。たとえば「locked in state」の患者に対してじょくそうケアが必要とされる場合に、いちいち事前指示や家族の意向を確認する必要はないし、誰もそうしない。
 医学的適応(=効果)が明らかな治療で、不利益がない場合には、治療・医療的介入の開始・継続は合理的である。したがって、特段の理由がない限り、不開始・中止は認められない。
 逆に、医学的適応がない介入、たとえば美容整形や性別適合術は、当人の自己決定だけしか介入・侵襲の違法性を阻却する事由が存在しない。したがって、医学的適応が客観的に認められない介入を開始・継続する場合には、当人の決定が真正なものであるか否かを慎重に問わなければならなくなる(医師は患者を誘導して施術に同意させてはならない)。
 実際、私たちはつねに、医学的適応性と自己決定(同意)との重みづけを行っている。医療倫理の諸問題の多くも、この重みづけの要素に対する解釈の問題へと還元されうる。問題は、多くの場合、この重みづけとその要素の選別の妥当性について、厳密に吟味されていないことである(堀田, 2006, 2006, 2007, 2007)。

D−2.決定の真正性/真摯性(authenticity)

 医学的適応の多寡に応じて、治療介入の決定における患者の自己決定の重みは変わる。
「真正性」という概念を導入することに対してはしばしば、「他者や社会の影響を全く受けない自己決定などありえない」といったタイプの批判がある。誰もが一定の社会状況の制約を受け、その影響下で自己決定している以上、真に周囲の圧力や影響から自律した自己決定などありえないのは当然である。
 だが、私たちは、決定内容に応じて、その決定の条件――外的状況による圧力の有無など――を問題にしている。たとえば、貧困下での臓器提供の自己決定に関して、「当人の決定だから問題ない」とは言わない。また私たちは、たとえば、インドの「寡婦殉死」について、仮に本人が自己決定していたとしても、当人の決定だから問題ないとは言わずにその「決定」をとりまく文化や経済的状況を問題にする。つまり、誰もが何らかの社会的状況に制約されているとしても、決定内容(その影響の性質と大きさ)に応じて、決定条件を問題にすべきだ、と私たちは考えているのである。
 問題は、いかなる決定について、どの程度の真正性を担保するために、決定をとりまく状況から外的圧力になりうるような要素を排除すべきだ、と(誰が誰に対して)言えるのか、である。「外的圧力を排除すべきである」という当為命題のなかの「外的圧力」の範囲そして、「べき」という当為の性質・強度は、決定対象と内容に対応するからだ。
 以上の点を、治療の効果を縦軸、決定に要求される真正性を横軸として、簡単に図示しておこう。

■ 任意の治療行為の「開始/継続」の条件
(効果/自己決定の真正性の比例関係)
縦軸:効果

(+)   じょくそうケア

    人工呼吸治療?




      美容整形術

(−) 性別適合手術/末期がん患者の積極的治療

(−) 横軸:要求されるauthenticity   (+)
 縦軸は治療効果の多寡であり、横軸は開始・継続に対する自己決定に要求される真正性のレベルである。
 医学的適応(=効果)の高い処置については、開始(継続)に対する合理的な理由があるため、決定の真正性に対する要求は厳格ではない。他方、美容整形術など、医学的見地から何の効果=利益のない侵襲の開始(継続)の自己決定には、高い真正性が要求される。

■ 任意の治療行為の「不開始/中止」の条件

(+)   じょくそうケア

    人工呼吸治療?





(−) 性別適合手術/末期がん患者の積極的治療

(−)                  (+)

 縦軸は同じく効果の多寡であり、横軸は不開始・中止に対する自己決定に要求される真正性のレベルである。
 医学的適応(=効果)が客観的に――主観的・心理的ではなく――高い処置、たとえば「じょくそうケア」については、その不開始・中止は合理的ではないため、拒否の自己決定に対しては、その理由に要求される真正性と強度は高くなる。逆に、美容整形術など、それ自体として医学的な効果=利益がない侵襲については拒否のほうが合理的なので、拒否の決定についてわざわざ理由は吟味されずに受容される。つまり効果がゼロの場合、患者の拒否の理由の内実は問題にならない。たとえば、生体間臓器提供については単に「嫌だ」と述べるだけで十分である。
 人工呼吸治療がこの二つの図のどこに位置づけられるかは、その効果(利益)と不利益についての理解によって決まる。

D−3.人工呼吸治療に想定されている不利益

 C−2で概観したように、今回のレビューでは、複数の文献で、人工呼吸治療がもたらす利益を減殺ないし相殺するような「不利益」のなかに、家族ケア提供者の負担が含まれていた。
 問題は、人工呼吸治療の必要性と効果に対置されている「不利益」の内容に、家族ケア提供者の負担を含めることは妥当かどうか、である。この点をあらためて吟味するために、ここまでの考察を簡単にまとめておこう。

@ 一般に、治療 不開始や中止が 問題になるのは、その治療がもたらす 利益(効果)を相殺するような不利益が存在する場合であり、かつその場合のみである。(じょくそう予防ケアは、通常利益を相殺するような不利益がないため、不開始・中止は問題にならない)

A 利益/不利益は基本的に医学的な (したがって非主観的な)観点から比較される。問題になる不利益は、医学的に同定可能な身体的なコストやリスクである。精神的理由での介入は許容されない(性別適合術が医学的適応の対象になるのは障害認定が条件である)。

 医学的介入の条件としての「自己決定」に要求される真正性の程度は、治療がもたらす医学的効果の高さに比例して低くなる。もちろんここで、治療効果の程度は、非治療の場合の予後に相対的に決まる。
 したがってたとえば、

・「末期がん患者」に対する積極的な治療
・ALS患者に対する気管切開人工呼吸治療

 の二つを対比してみると、選択の結果として患者に与えられる医学的利益/不利益が質量ともに明らかに異なるため、両者を同列に並べて考察することはできない。たとえば、前者に認められるのと同じく後者についても拒否を認めるべきだ、などとは言えない。
 人工呼吸治療がALS患者にもたらす医学的効果は、非装着の場合よりも、大幅に生存期間を延長するという点にあり、これは、末期がん患者に対する積極的治療の効果とはまったく異なるからである。人工呼吸治療の「拒否」の自己決定に要求される真正性の程度は、末期がん患者が積極的治療を拒否する場合よりも高くなる。
 以上の考察は、もしLTMV/TPPVの「拒否」の自己決定の背景に、医学的な不利益以外の、社会的に解消可能な状況に起因する圧力が存在しているとすれば、まずはそれを解消することを目的とすべきである、ということを示している。

E.結論――社会的サポートの充実が優先

 (13)(15)が示唆しているように、在宅でLTMV装着患者が24時間のケアを受けて生活するための社会的サポートが充実していない状況は、患者に生存を断念させる圧力になる。
そしてこの状況は、社会的サポート体制の充実によって改善可能である。家族ケア提供者に過剰な負担がかかる状況は、社会的サポート体制の充実によって改善可能だからであり、じっさいに改善されているケースが存在するからである。
 社会的に改善可能な状況を前提にした「治療拒否=死」の自己決定と、他の(たとえば末期がん患者の)身体的負担を理由にした治療拒否の自己決定を混同することはできないし、混同すべきではない。
 この点はすでに、厚生経済学においては「適応的選好形成(adaptive preference formation)」をめぐる問題として、多くの議論蓄積がある。つまり、諸個人の主観的な「選好」に基礎を置く功利主義的な議論では、選択肢そのものを欠く劣悪な社会状況のなかで諦念を重ねた結果として内面化された倹しい「選好」や「欲求」をも、社会的決定の基礎として認めてしまうことになるが、それは社会的公正を目指す理論としては不適切である、という指摘である。
 この議論のエッセンスは、主観的な選択や欲求に基づく決定が当人自身の「福利(well-being)」を否定するようなケース(その典型は自死や自傷)では、当の選択の「形成過程」を問題にすべきであり、主観的な自己決定を鵜呑みにできない場面がある、という点にある。
 今回概観した文献はその多くが、

@ 家族に負担をかけざるを得ない状況(社会的サポート体制が充実していない状況)を自明視した上で、
A 「家族への配慮」に基づいて自らの生命を短縮する患者の「自己決定」を肯定している。

患者が家族に負担をかけざるを得ない状況は、社会的サポートによって解消可能である。
 LTMVに関する自己決定や事前指示の問題にとって優先される課題は、LTMV患者が家族に負担をかけずに在宅で生活できるような選択肢を社会的支援によって保障することである。
 LTMVに対する患者の拒否(死)の自己決定を肯定することは、家族に負担をかけずに在宅で生活できるような選択肢を保障する、という方向性に対立せざるを得ない。

F.健康危険情報

特になし。

G.研究発表    
1.論文発表

堀田義太郎. 国際的に見た人工呼吸治療の事情. 難病と在宅ケア. Vol. 13, no. 10. 19-22. 2007

2.学会発表
的場和子・藤原信行・堀田義太郎. 英国における尊厳死法案をめぐる攻防1――2003〜2006. 日本保健医療社会学会. 第33回大会. 新潟県医療福祉大学. 2007.5.19.
堀田義太郎・的場和子. 英国における尊厳死法案をめぐる攻防3――英国Leslie Burke裁判Munby判決の再評価. 日本保健医療社会学会. 第33回大会.新潟県医療福祉大学. 2007.5.19
的場和子・堀田義太郎. 延命治療の差しひかえ/中止に関するガイダンスの意味するもの――英国の場合. 第12回日本緩和医療学会大会. 岡山コンベンションセンター. 2007. 6.23.
Ando M, Hotta Y, Kawaguchi Y, Tateiwa S. "Examining the capabilities of ALS patients," Conference of the HDCA (the Human Development and Capability Association): "Ideas Changing History" September. 17-20, 2007 in NY New School University.
堀田義太郎. 「ケアの社会化」を再考する――有償化=分業化の可能性と限界. 社会思想史学会. 第32回大会. 立命館大学. 2007.10.17.
堀田義太郎. 介護・介助の労働化の条件. 日本生命倫理学会. 第19回年次大会. 大正大学. 2007.11.10.

H.知的財産権の出願・登録状況 

 特になし。

文献

堀田義太郎. 遺伝子介入とインクルージョンの問い.障害学研究. 明石書店. 第1号 64-87. 2005.
堀田義太郎. 生体間臓器提供の倫理問題――自発性への問い. 医学哲学・医学倫理. 第24号. 31-41. 2006.
堀田義太郎. 研究利用目的のヒト胚作成と卵子提供をめぐる倫理的問題. 生命倫理. 第16巻1号. 91-98. 2006.
堀田義太郎. ピーター・シンガー著『生命の脱神聖化』書評. 週刊読書人. 2007 (10/5).
小林公夫. 治療行為の正当化原理. 日本評論社. 2007.

*作成:堀田 義太郎