「精神障害者の地域生活支援の在り方の一考察――ある精神障害者の生活史聞き取り調査より」
第7回福祉社会学会原稿
於:日本福祉大学 2009/06/07
吉田 幸恵
精神障害者の地域生活支援の在り方の一考察――ある精神障害者の生活史聞き取り調査より
吉田 幸恵(立命館大学大学院)
1・目的
日本の障害者法制における障害・障害者の定義は、障害名と障害程度の羅列に終始しており、制限列挙的である。特に精神障害に関しては、その実態が見えにくく症状も様々であり、身体・知的障害者福祉に比べ、不完全な福祉法しかないため、他障害に遅れをとっている実状がある。さらに歴史的な背景や一見わかりにくい障害であるが故、精神障害=犯罪などのマイナス面ばかりが一般的には注目されることが多く、社会的に孤立してしまう可能性が高くなっている。厚生労働省の発表による、現在の精神障害者は推定300万人を越え、年々増加の一途を辿っている。これは現代社会の問題として包括的に考えなければならない問題である。
障害者自立支援法(以下・自立支援法)が成立し、それまで障害のかやの外にあった「精神障害」も含まれることになった。それ自体は評価に値すべき事項ではあるが果たしてその支援法は地域生活を送る精神障害者にとって有益に働いているのであろうか。本報告は筆者が出会った、地域で暮らす精神障害者の生活史聞き取りの中で現状を明らかにし、自立支援法の評価を含めて、その支援の在り方を考察することを目的としている。
2・ライフヒストリーを聞き取る
本調査では、地域生活を送る、ある精神障害者の生活史を聞き取った。統合失調症をはじめとする精神病は、長期化そして慢性化する傾向がある。その中で、当事者の病状の変化や、家族、周りを取り巻く他人の変化、出来事を経験する事になる。時間の経過の中で、変化や出来事を経験しつつ、当事者(や家族)が自分の障害をどう捉え、おかれた状況をどう意味付けし、そしてそれがまたどのように変化していくのかといった過程が明らかになる。当事者本人が語ったライフヒストリーから支援の在り方を考察してみる。
対象者…Nさん・50歳(2008年現在)市営住宅にて一人暮らし
■<家族構成>精神疾患(詳細不明)により8年間入院生活を送った父親(既に死去)、母親(既に死去)、一つ下の弟(そう遠くはない場所で一人暮らし)
■28歳の時から幻聴が聞こえだす。それをあまり不思議だと思わずに生活するが、30歳の時に「殺すぞ」と脅迫するような幻聴が聞こえ始めパニックになる。自ら当時勤めていた会社の上司に「刑務所に入れてくれ、もしくは精神病院に連れて行ってくれ。そうでないと殺されてしまう」と頼み、精神科病院に入院(半年間)。そこで統合失調症という病名を付けられる。薬漬けの日々を過ごし、半年後退院。以後両親と自宅にて生活するが、すぐに生活保護をもらいながら市営住宅にて一人暮らし(現在に至る)。後にも先にもこれ以外の入院経験はない。
2-1・ライフヒストリーより
■ 普段の生活
両親が残してくれた市営住宅に一人暮らし。家賃は月2万円で、この費用は生活保護費より捻出している。驚くほど部屋は散らかっている。主に洗濯物やゴミが目立ち、山積みにされている。そして台所には最小限のものしかない。冷蔵庫は古いものと新しいものが2台ある。その理由は新しいものを購入した時に古いものをどうしたらいいのかわからなかったからである。
間取りは3DKだが、奥の二部屋(3畳間と4畳半)は物置状態で、その部屋にたどり着く廊下にも荷物が散乱しており、とても行ける状態ではない。本人もしばらく行っていないと言う。Nさんは台所に繋がった6畳間で1日の大半を過ごす。そこには万年床が敷いてあり、布団の周りにはCDや本が大量に積み重なっている。埃まみれになった本は漫画から聖書までジャンルは様々である。
毎週水曜日の午後に2時間だけホームのヘルパーTさんがやってくる。Tさんと一緒にスーパーへ買い物に行き、昼食を作ってもらう。作ってもらった昼食を食べながら談笑する。それが楽しいようである。自立支援法成立により、以前は2人で来ていたのが現在は1人になってしまったのが残念だとNさんは言う(詳細については後述)。
ヘルパーへの支払いは月2万円程。保護費からなのか保険から捻出しているのか、その仕組みはよくわからないと言う(本人は生活保護費から支払っていると主張しているが詳細は不明)。昔はヘルパーが2人来ていたが保険から支払っていたので自己負担はゼロだった。しかし自立支援法に変わって自己負担金が多くなり、そんなに出せなくなったのでヘルパーは1人に減った。
現在は生活保護費だけで生活しており、加算金などを含めて月11万円ほどになる。そこから生活費全般を支払っている。治療などにかかわる金額は障害年金から支出されている。生活保護費は銀行口座に毎月振り込まれる。そこから自分で引き出して必要なものを買う。特に不自由はしていない様子である。
食事は肉、魚、乳製品は口にしない。米、野菜、豆のみを口にする。週に1回・2時間だけやってくるヘルパーは「料理介助」という名目で来てもらっているので水曜の昼食のみヘルパーが調理する。他の日は自炊している。ヘルパーの作業時間の大体の割合は、買い出し(Nさんとともに)20分・調理10分・談話90分である。
■ 病気についての本人の認識
現在Nさんは、統合失調症(20年前入院した際につけられた)、躁うつ病(自己判断→自発的)、パニック障害(自己判断→自発的)の3つの病名が付けられている。躁うつ病とパニック障害については、自分に起こる細かい症状に合わせ「これは躁うつではないのか?これはパニック障害ではないのか?」と自分で判断し、医者に迫り、他の病名を「勝ちとった」。つまり、統合失調症以外は自己申告したものなのである。
「パニック障害やうつはだいぶ治った。今はそうがひどい」などと言う。これも医者に診断されたわけでなく自己診断である。「自分の症状は自分が一番わかっている」と語る。このようにNさんは自分が病気であると確認し、安心するのだそうだ。そして「自分は気が狂っている」とよく言う。テレビで見る所謂「精神障害者がおこす犯罪事件」に関して「あの人たちは自分のことがわかってないんだよ」と笑う。
しかし、作業所やデイケアに通うことは拒否している。以前通ったことはあるものの「あそこのいる奴らとは話はできない、あそこに居る人たちと俺は違う」。
自分のことは「著名な作曲家である」と思っている。テレビから流れるヒット曲はどれも彼が作曲したものなのだと言う。「全部前に僕が作った曲。盗作ってやつだね。昔は腹がたっていたけど今は自分の曲を世に出してもらっているんで誇りに思う」。
このことに関して「今僕が言っていることを君が"ウソだ"と思っていることもわかっている。でもこれは僕にとって真実だから」と言う。「幻聴」と「現実」の境目を理解しているように思えた。
■ 薬に関する本人の認識
現在、13種類の薬を服用している。一つの袋にこれら13種類が一緒に入っており、どれがどう作用しているのかは実際よくわからない。しかし、ひとつひとつがどのような作用があるかなどは詳しい。
この量は通院しているクリニックでも1.2位を争う量である。医者がこっそり量を減らすと激怒する。「これに頼るしかない。タダだし」と言う。病院側はなんとかして薬の量を減らしたいと思っており、診察のたびに「これとこれはいらない」と本人に言うが、全く聞かない。
2006年12月にNPO法人全国精神障害者ネットワーク協会が行ったユーザーアンケートで「薬を1日に何種類飲んでいるか?」の問いに「10種類以上」と答えた人は全体のたった5%だった。その5%のユーザーも「薬の量を減らしたい」と答えているが、その事実を知っても「へぇ。じゃ、俺はすごいんだね」と少し自慢げだった。
薬を減らしたい(医者)と薬を減らしたくない(本人)がいる。医者は決して自分の利得のために薬を出しているわけではないことがわかった。
3・一般的な障害への取り組み―障害者自立支援法―
自立支援法は、「障害者及び障害児が、その有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営むことができる」ことを目的とし、2006年10月より本格導入された(一部は2006年4月より施行)。従来の支援費制度に代わり、障害者に原則1割負担を求め、福祉サービスを一元化するもので、「自立」を「支援」するものであるといわれている。厚生労働省によると、障害者自立支援法は「共生社会を目指す、新しい障害保健福祉制度である」となっている。
この障害者自立支援法は、施行当初から様々な問題点が指摘されていた。特に精神障害領域においては、その特異性から理解されるのに長い年月が費やされている。症状に加えて「疲れがすぐに出る」「対人関係がうまくいかない」「一人だと不安」など様々な生活の困難も強いられることになる。そういった精神障害者に対して、医療政策は入院中心に展開することになる。そのため、他の障害者福祉施策から更なる遅れをとり、今現在においても殆ど改善されていない。しかし少しずつ精神障害者への福祉的支援が広がろうとした中で、「3障害を一元化」という謳い文句の自立支援法が登場した。当初、他障害の福祉的支援から立ち遅れていた精神障害領域の関係者は賛意を示したというが、内容が明らかになるにつれ、障害特性をふまえた支援が難しいという事もわかってきた。
まず、応能負担から応益負担への移行による経済的負担の増加が挙げられる。「公平に」をスローガンとしているが、原則1割自己負担は障害者(そしてその家族)にとっては、最も頭を悩ませる事態である。Nさんは、今まで支払っていた金額で、今後も賄おうとし、当初2人だったヘルパーを1人にし、更に週2回だった訪問を1回に減らさざるをえなくなったと言う。ヘルパーとの時間を何より楽しみにしていたNさんは「しょうがないよね、お金ないもん」と諦め気味である。
ヘルパーとの関係の中で、Nさんは信頼できる人間を自ら選択し、自分の生活に必要な「信頼」を得ていたと言える。一人で市営住宅で生活する上で、毎週来てくれて家事援助を行い、話し相手になってくれる人の存在は大きいことは会話の中からもわかる。自立支援法成立によって、ヘルパーの時間と人数を削減しなければならなかったと考えているNさんであるが、今では仕方がないので納得して受け入れている。自立支援法は障害者にとって支えではあるかもしれないが、Nさんにとっては今までの生活を変えざるをえない、制約された法律となってしまった。
しかし、実際のところNさんの場合、本人は「増加した」「大変だ」と言ってはいるが、生活保護世帯であるので自立支援法に切り替わって特段出費が増加したとは考えにくい。医療費に関して言えば、日本障害者協議会が行なったアンケート調査において、自立支援法が施行されたあとの医療費負担はゼロ(生活保護世帯や地方自治体の助成制度を利用した場合など)が39%、平均月額〜2500円が42%、平均月額〜5000円が16%、平均月額5000円〜が3%という結果となり、医療費が発生している人の金額平均は月約3500円である。これからもわかるように、自立支援法に切り替わっても、Nさんの場合医療費は無料なのである。
にもかかわらず、「大変」「お金がかかる」と実感しているのは、その手続きの煩雑さにあるだろう。所得階層によって通院医療費の上限が決められているため、一人ひとりの医療費を管理する「自己負担上限額管理票」という必要書類が増えた。これに関して「わからない」「必要性を感じない」としている人が多く、Nさんも「よくわからない」と答えた。自分では管理不能なのでかかりつけのクリニックに預けているようだ。生きるために必要な日常的な手続きが今までより煩雑で複雑になったことは手続き的侵害にも等しく、「自分のことを自分が管理できない不安」「今後はどうなるのだろうという不安」に陥れる結果となってしまっているのだろう。経済的な負担は変化はないが、心理的な負・精神的な負担はかなり増加していることがNさんの語りから窺うことができる。彼自身の「大変さ感」はどんどん高まる一方である。
4・地域生活を送ることが可能になる要因の分析・考察
Nさんが自身を語る中でわかったことは一言で言えば、自立支援法成立以降も「そこそこ生活ができている」ということである。「自立支援法後大変になった」というNさんのその「そこそこの生活」を支えているものは生活保護やヘルパー派遣といった「行政支援」及び「偶然性に任せたものではあるが構築できた人間関係」があるからこそである。しかしNさんは「行政支援」をうけているにもかかわらず「サービスは特に必要がない」と言う。何故そのような発言が出るのか。そこには「公的支援」と「人的支援」の曖昧な境界線が存在するのである。
ここでは、便宜上、行政からのサービスを(1)「公的支援」、そうではない人間同士の繋がりなどを(2)「人的支援」と呼ぶことにするが、Nさんが地域で生活する上で必要なものはほとんどが(1)「公的支援」で賄われている。しかし、本人はそうとは考えていない。「公的支援」と「人的支援」が入り交じって今のような人間関係はできている。Nさんの生活を支えているものは(1)-(2)といった対立図式ではなく、この両端が複雑に絡み合っているのである。
Nさん自身にとっては、例えば「統合失調症」という言葉は単にその病気の名前を意味するだけでなく、偏見や差別に用いられるメタファーとなっているのは残念ながら事実である。そのため、精神障害のある人はスティグマのために、自分の疾患情報をどのように周囲に伝えるかということも課題のひとつである。「自分の病気を理解する」ということと「病気のレッテル」のはざまでせめぎあっている。それを秘密裏にして生活していくのは、もっとも容易なスティグマの回避法かもしれないがそれには限界がある。だからといって、周囲に自分の病気をひとつひとつ説明し、受け入れてもらうのも困難である。そしてそれは自然ではない。拒絶されない信頼できる人間を選択し、意見交換を行い、適切な距離を保った人間関係を構築していくことが、地域で生活するうえで重要な事柄であると考えられる。逆に言えば、「その関係さえあれば十分=だから支援は必要ない」ということなのかもしれない。
また、病気・薬に対する認識や、「支援」に対しての考え方は彼の無知からくるかもしれないという可能性もあるが、ケースワーカーやヘルパー、周囲の人間関係から話を聞くと、一概にそうとは言いにくい。彼なりの生活スタイルを彼の意思で確立させていると言った方が適当であると考えられる。先にも触れたが、このような認識は彼の周囲を取り巻く人間関係が良い意味で大きく影響している。しかしながらこの人間関係は、Nさん自身の持つ生活能力及び選択する力が備わっていたため自分の生活に必要な人員を自ら選択して、人間関係を構築していけたのであってあくまで偶然性に任せたものであった。
このような関係があったからこそ彼は「支援は必要ない」と発言するに至ったのだと考えられるが、実際のところは生活保護やヘルパー派遣という「支援」は受けている。彼はこれを「支援」とは考えておらず、自分が生活するためのただの必要条件として認識しているのである。ここに「支援」と「非支援」の間で埋もれた地域生活を送る障害者の実態がある。
彼のように、ソーシャルワーク実践では「支援困難者」として扱われてしまう人も、実際には「支援」は必要である。彼自身が何が「支援」というものかのラインを決めており、支援に対して理解しているようで理解してない多面的な捉え方をしていることが図からもわかる。
実際のところ、今現在そこそこ生活できているのだから良いのでは?という考えではいけないだろう。Nさんにとって何より必要な「人間関係(話し相手)」がもし何らかの事情でいなくなったらどうするのか。Nさんの話からわかることは「支援」といった形式張ったシステムのもと集う人間ではなく、自発的かつ適切な距離を保つことができるいわば「友だち」のような関係が必要であるということである。この点は今後どうカバーできるだろうか。
自立支援法と介護保険と統合しようとする動きがあるが、身体・知的障害と性質の異なる精神障害者のこのようなニーズにこたえることは出来るだろうか。目で見てわかりやすい身体的な介護・支援はNさんの場合必要でなく、本当に必要なものは生活支援的な支援であることがNさんの語りから明らかになった。他の精神障害者にも同じようなことが言えるのではないだろうか。
よって、身体的な介護度の高さによって適用を決める介護保険制度のしくみをそのまま障害者施策に適用することは、良いとは言えない。考えられるニーズアセスメントの中でNさんのようなニーズにこたえることは可能なのだろうか。これが今後の社会福祉領域で考えていかねばならない大きな課題であろう。
参考文献
American Psychiatric Association編,高橋三郎・大野裕・染矢俊幸訳,2003,『DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引』,医学書院
Goffman,E、石黒毅訳,1963=2003,『スティグマの社会学―烙印を押されたアイデンティティ』,せりか書房
Gordon.R.Lowe、茨木俊夫訳,1975,『精神障害と人間関係』,岩崎学術出版社
Spicher,P、西尾祐吾訳,1987,『スティグマと社会福祉』,誠信書房
池田光穂・奥野克巳編,2007,『医療人類学のレッスン―病いをめぐる文化を探る』,学陽書房
きょうされん障害者自立支援法対策本部編,2007,『精神障害のある人と自立支援法』,萌文社
崎山治男・伊藤智樹・佐藤恵・三井さよ編,2008,『<支援>の社会学-現場に向き合う思考』,青弓社
藤本豊・高橋一・林一好編:『コメディカルスタッフのための精神障害Q&A』,中央法規出版,2007
宮本忠雄,1977,『精神分裂病の世界』,紀伊国屋書店
向地谷生良,2009,『統合失調症を持つ人への援助論』,金剛出版
*作成:吉田 幸恵