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「1990年代以降の高齢者医療政策の変容――「入院期間の短縮」から「早期退院」へ」

第7回福祉社会学会報告予稿
於:日本福祉大学 2009/06/06
仲口 路子有吉 玲子野崎 泰伸



1990年代以降の高齢者医療政策の変容――「入院期間の短縮」から「早期退院」へ
○仲口 路子(立命館大学大学院/京都橘大学)・有吉 玲子(立命館大学大学院)・野崎 泰伸(立命館大学非常勤講師)

1. 報告の目的
1990年代から2000年代は,日本の(高齢者)医療の政策的展開においてさまざまな意味で大きく舵取りがなされたといえる.その中から本報告では特に,「入院」と「退院」をめぐる政策的展開に照準して考察する.医療現場では古くから「早期離床」や「入院期間の短縮」ということは言われ,それが目指されても来た.しかしそれはここで政策的課題として明示されている「早期退院」に端的に収斂される問題ではなかった.そこで,ここに関わる政策展開と影響について,具体的な政策の変遷と言説を参照しつつ,ここで指摘しうる一種のパラダイムシフトにかかわる問題を整理する.

2. 90年代の変遷:バブル崩壊から「自立」へ
1990年代から2000年代における高齢者,とりわけ「寝たきり老人」をめぐる言説と日本の医療/福祉制度の転換について,われわれは先の「第6回福祉社会学会」で報告した(1).その詳細はここでは触れないが,おおまかな流れとして概観するならば,それは「財源の不足」と「財政」の問題が顕在視され,ひとつにはそれがしだいに「自立」(あるいは自律)といったタームに収斂されていった過程としてみることができるだろう.
90年のバブル経済崩壊による財政の急激な悪化を背景として,とくに政策立案者側からは「租税以外の財源として保険料,とりわけ高齢者自身の保険料負担導入が注目されるようになって」〔和田勝2008:13 〕〔1〕くるなか、この時期すでに医療の必要のない老人の長期入院が,医療費削減のための介入対象として「社会的入院」という表現を通して注目されていた.この観点からは,「社会的入院」が財政的な問題として,例えば「年間5,000億円ないし1兆円を超えると推計されていた」〔ibid:41 〕〔2〕といわれるような重要な要因として認識されていた.しかし80年代〜90年代に「社会的入院」を 批判した言説は単に医療費削減目的の立場からのものばかりではなかった.「社会的入院」は一方で,「家族介護力」の低下の現実を示す典型例とされ,家族介護負担軽減のための「介護保険」制度導入を支持する―「日本的福祉社会」論批判に重なる―立場からも問題とされていた.また,当時の朝日新聞を中心とした 「寝かせきり」批判が一定の影響力を有していた.この「寝かせきり」批判は、「寝たきり」にさせられる高齢者の利益擁護を意図する立場から,本来「寝たきり」にならずに済んだはずの人が長期入院で「寝かせきり」を余儀なくされている,という形で「社会的入院」を批判した.そして1994(平成6)年12月「高齢者介護・自立支援システム研究会」(同年7月〜)は、「今後の(高齢者)介護の基本理念として‥(中略)‥高齢者が自らの意思に基づき、自立した質の高い生活を送ることができるように支援すること、すなわち『高齢者の自立支援』〔3〕を掲げ」 ,介護保険制度策定に向けた動きが本格化したといえよう.1990年代の高齢者福祉をめぐる制度の変遷は,このような言説構造を有する中で,本来は対立し合うはずの利害と 意図をもつ様々な立場から出された言説が,高齢者の「自立」というキーワードに収斂して(あるいは回収されて)いったといえるだろう.そしてさらにわれわれは、これらのことを踏まえて,「『予防』する医療と福祉の取り組み」への肯定的な言及について考察した.ここには「寝たきり/寝かせきり」の区別や,欧米の政策への評価をめぐって,さまざまな論者において認識の相違や対立がある.しかし,1990年代の高齢者,とくに「寝たきり老人」をめぐる言説構造には,「自立」を尊重する欧米/高齢者を医療・福祉に依存させる日本を,前者に対する肯定的評価を含めて対比しつつ,現在に至る「自立」をキーワードとしているという点で共通性が見られているのであった.そしてそれらは,近年の介護保険の制定,そしてその後の介護保険改正の中での「介護予防」の位置づけへと続いているように考えられる.
これらのことをまとめると,ひとつには「寝たきり」の状態はさまざまな観点から「よい」わけではなく,そのためには本人の「残存能力」を維持・向上させる,といった意味での「自立」(3)と,これはまた一方で,1989年の,寝たきり老人ゼロ作戦を含むゴールドプラン策定,1995年の新ゴールドプランへの変更,1996年の福祉関係八法改正や1999年のゴールドプラン21,そして2000年の介護保険制定,さらには2001年6月に答申される「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(=「聖域なき構造改革」「骨太の方針」)に至る政策的展開の中での,「自ら選ぶ」「自己決定する」主体的存在としての「自立」がそれぞれの文脈の中で統合的に強調され,「自立」といった概念に集約されていった過程として概観することができる,ということである.

3. 2000年代の変遷:医療制度改革と専門職集団の順応
 続く2000年代は,小泉政権(2001年3月〜2006年9月)の医療制度改革が行われ,それには2つの側面があった.1つは歴代政府で初めて医療分野への市場原理導入(新自由主義改革)方針を閣議決定したこと,もう1つは伝統的な医療費抑制政策を一層強めたことである.前者については,2001年6月に閣議決定された「骨太の方針」に3つの新自由主義的改革が盛り込まれた.@株式会社の医療機関経営の解禁,A混合診療の解禁,B医療機関と保険者の直接契約の解禁.これ以降,政府・体制の内外で激しい論争が繰り広げられたが,最終的には新自由主義的改革の全面実施は見送られ,ごく部分的な実施にとどまった.他面,小泉政権は,歴代の自民党政権と比べてもはるかに厳しい医療費抑制・患者負担拡大政策を強行した,とされている〔二木2007 他〕〔4〕.(4)2000年といえば「介護保険法施行」ではあるが,さらに,とりわけここではその両輪とされる「後期高齢者医療制度」に注目する必要があるだろう.「後期高齢者医療制度」は医療制度改革の一環として、第3次小泉改造内閣が提出し成立した「健康保険法等の一部を改正する法律」(2006年6月21日公布, 2008年4月1日施行)により,法律名を従来の「老人保健法」から「高齢者の医療の確保に関する法律」に変更し,その内容を全面改正するとともに,制度名を「老人保健制度」から「後期高齢者医療制度」に改められ,またその目的も変更されている.それは老人保健法第1条にあった「健康の保持」から「医療費の適正化の推進」の文言というふうに変更されているものである.
後期高齢者医療制度についてわかりやすい記述として,看護学生一般に広く読まれている雑誌であるNursing Collegeの一文を参照する.そこには,

後期高齢者医療制度(長寿医療制度)どんな制度なの?
後期高齢者医療制度は,75歳以上(後期高齢者)を対象とした独立した医療制度・保険制度です.国民の健康保険(国保)などに加入している人たちが75歳の誕生日を迎えると,後期高齢者医療制度の被保険者資格を得て,国保などから脱退することになります.例えば東京都であれば,東京都後期高齢者医療広域連合が事務作業や保険料の徴収を行います.財源は,▽後期高齢者の保険料(財源の1割),▽健保組合や国保などを介する形での現役世代からの支援金(同約4割),▽公費(同約5割)などです.保険料は,後期高齢者全員が納めます.健保組合に加入している息子さんの被扶養者となっていて保険料を納めていなかった後期高齢者も,これからは保険料を納めなければなりません.ただし,被扶養者の保険料負担は,平成21年3月まで凍結・軽減されます.上記のような被扶養者も含め,後期高齢者の所得や経済状況は様々です.そこで,各都道府県の後期高齢者医療広域連合では,所得を考慮して保険料を決めます.
ここを押さえよう!
(1)後期高齢者医療制度は「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づく制度です.この法律は,これまでの老
保健法の名称が,今年4月から改められたものです.
(2)急速な高齢化に伴って,医療費の増加が見込まれています.それを考慮し,75歳以上の心身の特性を踏まえた独立した医療制度を創設して,保険財源の責任を明確にするとともに,高齢者に対する現役世代の負担の公平化を図るのが同制度の目的です.
(3)昨年3月の参議院選挙で与党が大敗したことから,与党では高齢者などの票を意識し,急きょ,後期高齢者医療制度の仕組みを見直すことにしました.このため,行政などで混乱が起こっています.
(4)今年4月,後期高齢者医療制度は「長寿医療制度」と呼ばれるようになりました.しかし,法律のなかでは「後期高齢者医療制度」という用語が使われており,「長寿医療制度」はあくまでも通称です.
(5)平成20年度診療報酬改定で後期高齢者医療制度の診療報酬も決められましたが,別体系にはされず,既存の診療報酬体系に一本化されています .
〔5〕

とある.またこの流れを受けて2000年代で注目しておかなければならないことは「平成20年度診療報酬改定」である.診療報酬改定はおよそ2年ごとに行われているが,「後期高齢者」の入院に関連して概観するととりわけ今回の改訂には特筆すべき事柄が多いように思われる.「全国保険医団体連合会ホームページ」によれば,今回の改訂に関して以下のような記載がある.

○入院から在宅、介護への誘導
厚労省は、患者の病態などに応じて、入院・在宅を選べるようにするのではなく、「入院から在宅へ」「医療から介護へ移るよう」に、診療報酬や介護報酬を通じて促していく計画だ。今次改定で、一般病棟に90日を超えて入院する後期高齢者のうち、「脳卒中の後遺症・認知症」が原因の重度障害者等の患者は、低い定額点数になり、平均在院日数の計算対象となった。
また、特殊疾患病棟、障害者施設等には、厚生労働大臣が定める状態の患者を一定割合入院させなければならないが、「脳卒中の後遺症と認知症」が原因の重度 障害者等の患者は、対象から外された。10月から実施予定だが、このままでは、障害を持つ入院患者が退院を余儀なくされることが危惧される。
高齢者の長期入院が多い療養病床の入院基本料も、全体的に引き下げられた。
一方で、5月の介護報酬改定では、療養病床から「転換型」の老健施設を創設した。現在の老健施設より高い介護報酬とし、施設内で看取ったときの「ターミナルケア加算」などが算定できる。
後期高齢者医療制度に伴った今回の改定では、75歳を境にしてあからさまな差異はつけられなかったが、将来的に国民1人1人に対する公的支出を削減する 「医療費適正化」政策のための手段として、2010年、2012年に予定されている診療報酬改定を通じて、拡大されていくことが懸念される。患者負担の軽減と医療費総枠を増やす政策への転換が強く求められている 。
〔6〕
このように,「裁量権」が担保され続けている「医師」側からでさえ,このような危機感が表出されていることは特筆すべきことであるといわざるを得ないだろう.
さて,このような変遷を受けての医療専門職集団,とりわけ医師・看護師らの動きはどのようなものがあったのだろうか.ここでは特に「クリティカルパス」に着目してみる.「クリティカルパス」は1997年ごろから日本に導入されてきたとされ,その後の医療制度改革の動きと相俟って多くの病院に浸透した,とされている〔坂本2007:2-3〕〔7〕.以下,同書のクリティカルパスの導入にかかわる記述を参照する.「クリティカルパスとは,標準的で質の高い治療・ケアを,コストを抑えながら効率的に患者に提供するために,時間軸と治療・ケア項目を表にしたものである.医療職者共同で作成し,入院中のすべての診療予定をまとめた「治療計画書」ともいえる.クリティカルパスを直訳すると「臨界経路」である.もともとクリティカルパスとは,工業の複雑な生産工程を管理するために,1950年代にアメリカで開発されたものであった.工程の各作業の順番関係を作業の順番や時間をフローで示し,作業開始からの時間的効率性を追求した経路のことを「クリティカルパス」と呼ぶ.アメリカでは1983年にDRG/PPS(Diagnosis related group/prospective payment system:アメリカで使用されている疾患別の患者分類であるDRGをもとにして,疾患ごとに実際にかかった額にかかわらず,一定の診療費が支払われる(PPS)のこと)が導入され,質が高く効率のよい医療を提供することが病院に求められるようになった.このことを契機にクリティカルパスは医療界へ応用されるようになったのである.」しかしまた同書ではクリティカルパス普及の背景として日米で異なる点があることを指摘している.すなわち,「アメリカではDRG/PPSの導入に際して,(クリティカルパスは)在院日数と医療費の削減を目的として導入されたが,日本では,当初,"医療の質の向上"と"患者中心の医療の展開"を主な目的として導入され,次にDPC(diagnosis procedure combination:診断群別包括支払制)で拍車がかかり,驚くべき速さで普及していった.これにはさらにいくつかの要因が考えられるが,今日の医療がおかれている状況が関係している.」〔ibid:3-4〕〔8〕という.そしてその現状は,「日本医療マネジメント学会が2006年に実施したアンケート調査によると,全国835病院(200床以上)のうち,クリティカルパスを導入している病院の割合は89%と高値を示している.」〔ibid:はじめに〕〔9〕すなわち現在のクリティカルパスは「多職種協働」から発して,電子カルテにつながり,そして「地域連携クリティカルパス」として地域連携をレベルアップするツールとして期待が高まっており,これこそが現在の「医療費削減強調政策」に合致しつつ,かつ「質の高い医療」「患者中心の医療」への求心性を高める有効な手段として定着してきている,ということができるだろう.

4. 「入院期間の短縮」から「早期退院」へ:問題のすり替え?
 歴史的に概観してくると,とくに1973年の老人医療費無料化から,1982年の老人保健法制定,すなわちそれは「高齢者の医療費の負担の公平化と壮年期からの総合的な保健対策による高齢者の健康の確保を目指して」いた〔10〕のであるが,これに至る契機として「悪徳病院批判」〔和田1982:187〕〔11〕あるいは「病院のサロン化」や「スパゲッティ症候群」のような言説や用語が一定の効力を有していた.すなわち,医療は国家財政にたいする影響が大きく,これを「無料化」していると窓口での患者個人の負担がない,すなわち問題が表面化しづらいのでそれを「悪用する病院」や「知らずに悪用してしまう患者」あるいは「(不必要に)悲惨な状況」が現れ,それがひいては国家の財政や,あるいは「健全な」医療の運用が困難化してしまう,といった言説の流れから,「医療費の負担の公平化」が図られたのであるが,これは端的にその「悪用する(できる)システム」が問題化(視)される必要があったのにもかかわらず,そうではなくて,医療の権力と不当な金儲けや悲惨な状況の発生がときに親和性を持つことに立脚した批判,すなわち,政策立案者側からの批判として,その「不当な金儲け」やあるいは「不必要な医療支出」について,また利用者側への批判として「わけもなく多用する」ことがあり,またその政策転換を後押しする民意として「悪徳病院」「スパゲッティ症候群」などが存在した,というわけである.そしてその解決策としての「公平な負担」の導入,これはまた「選択して利用する自立した個人」という形でのたち現れを伴って,その導入,ということにつながっていた.ここにひとつの問題の転換の仕掛けがあるだろう.さらに言及するならば,これは「採算の合わない患者」は「在宅へ」〔立岩2004:295〕〔12〕といったことをそのまま正当化し,そういった言説の再生産にも寄与してしまっている,といった指摘も可能なのではないだろうか.
 さらに,90年代から2000年代の変遷を概観しつつ,ここではとくに「早期離床」や「入院期間の短縮」から「早期退院」への流れを確認しておく.そこでの流れはすでに見たとおり,端的に「予防」に力点を置きつつかつ,入院加療が必要となった場合には「早期退院」を目指す,そのためにはその「工程」を明確化し,それにのっとり「計画的に」診療・治療・看護ケアを整備する,ということであった.また一方で受け皿としての「在宅」(地域支援)を整備し,「社会的入院」の問題をも解決していこうとするものである.そこで,われわれは先に見た80年代の問題のすり替え,ないしは「問題の転換の仕掛け」に再び陥ることのないよう,ここに十分注意し考察することが必要なのではないか,ということを述べる.
それはもちろん「早期退院」といったイデオロギー(思想傾向)の再生産・強化の問題として真っ向から検討する必要があるのだが,ここではそこに対峙するべき(あるいはしている)医療専門職について言及する.先に述べたとおり,「国家財政の悪化」と「財源不足」の問題と医療制度施策の変遷/動向には密接な関連がある.それを受けて医療専門職者らには,「EBM:Evidence-based medicine=根拠に基づいた医療」に代表されるような,行為の「根拠」を明確にする「説明責任」と,またさらにその工程の無駄を省き,「効率」あるいは「効用」(5)を最大限に引き出すようなツールを開発することが期待され,それに応えてきたといえるだろう.しかしそれはまだまだ改善される余地がある.そもそもの問題として,その有効な手続きとして開発され続けている「クリティカルパス」はもともと工業の分野で,さまざまな複雑な過程・工程を整理し,それをいかに合理的に生産・処理していくことが可能であるのか,といったことを主眼として開発されてきたものなのであった.それを医療の分野に応用したことは,必ずしも失敗ではなかったといえる.しかしこのツールはいまや医療を縦断して,すなわち先に言及したような「地域連携クリティカルパス」という拡大路線上におかれているという.現在の地域連携クリティカルパスは「施設間の連携」を念頭において整備が進められているが,これが「在宅医療」に踏み込むことについても考察しておかねばならない.すなわち「医療」と「福祉」の接点に,あるいはその入り組んだ複雑な領域に近い将来「パス」が浸透してくる可能性がある.再三の言及ではあるが,「早期退院」という「行政用語」の乗り物に乗ったさまざまなモノや価値観は,一般的な傾向として正当性を帯びやすく,それが強調されてしまっている.しかし,工業における生産の「工程」は「製品」が「均一」であることと,「不良在庫を持たない」円滑な循環過程を目指していることを忘れてはならない.これを医療に言い換えるならば,「均一」であることは,すなわち「標準的技術が確立し,それが保障される」こととなり,一定の健康レベルを保つといった点では目指されるのかもしれないが,すでにここから議論が不十分であるのと同時に,「高度化」した医療の,何をどのレベルで「標準」とするのか,言いえるのか,といった議論も必要であろう.この問題はまたすでに,1992年改正,翌年から施行された医療法の第2次改正によって医療機関の機能別区分が制度化され,すでにそれぞれが特化されることとなってもいる.また「不良品」が生産されることを抑制する,とはどういうことなのだろうか.パスの用語で説明するならば,それはすなわち「バリアンスの発生を抑える」ことになるのかもしれない.しかしそれにも現実の問題として一定程度の限界があると思われるがそれをどう考えるのか.また「不良在庫を持たない」ということはまさに「社会的入院」の解消,といったことが目標となるのかもしれないがそれについての詳細な考察は別に必要となるだろう .〔13〕ようするに「材料」を厳選し,「能率的かつ合理的な生産工程を整備」し,「均一」な消費財を提供する,という理念に沿った「パスに乗る」ことは「早期退院」の方針にとても合致し評価もされやすいが,そうではない場合の評価が不十分なのではないだろうか.また,ここで強調せざるを得ないことは,「材料の厳選」という問題である.この厳選とは一般的には「医療材料/機材/器材」,あるいはその「(医療職者としての)人材」というふうに思われがちなのではあるが,より危機感を抱かざるをえないのは「患者」の厳選,といった問題すら,すでに浮上している(6),という指摘である.
このように,医療や福祉には工業などと目標を共有する領域もあればもちろん,そうではない領域も存在する.さらに工業においてさえ,よりよいものを目指してのさまざまな研究・開発においては「試行錯誤」といったことが行われ,それはパスには乗らないことは承知の事実である.医療におけるこのような研究事業としては例えば「特定疾患治療研究事業」などが行われている(7)が,これにおいても小泉財政改革のあおりを受けて国の負担率が低下(8)しているという.
 医療と福祉の線引き(綱引き)の問題を背景に,あるいは前提としながら,「財源の不足」といった根拠付けの言説が強化されてきたことはこれまでに述べてきたとおりである.入院期間は短いほうがよい,あるいは「不必要な入院」はないほうがよい,といったことはたしかにあるだろう.しかし,その解決策としての「早期退院」に飼いならされる以前に,「質を保ちながら同時に開放的なやり方を見つけていくこと」〔立岩 2004:316〕〔14〕が重要なのではないだろうか.われわれがここで熟慮しなければならないことは,なぜ,「入院期間の短縮」や「早期退院」というのか,ということである.それは端的に言って「入院期間の『適正化』」として表現されてしかるべきところなのではないだろうか.ここで指摘する問題は,われわれがこれまで経過してきた現実において『効率性』というとき,なぜかアプリオリにそれが『医療費削減』に滑ってしまう,ということの認識構造を意識することの重要性である.たとえばアマルティア・センは選考の単層性についての考察で「合理的愚か者(rational fool)」という言葉を鍵に正統派経済学の情報的貧困さを批判した〔15〕が,それを参照するというところまでこの論考では及ばないにせよ,さまざまな立場からの「効率性」があるということを抜きにして,即座に「医療費削減」が目指されるということには議論の余地がある.そしてそれはもちろん,医療費はどのような場合にも無尽蔵に拠出されうる/されるべきである,ということを正当化するものではなく,これもまた十分な論考がなされる必要がある.すなわち,これは『「基本的ニーズは無条件に保障されるべきだ」という規範が、「資源の有限性」に優先されるということ』〔16〕と符合している,ということである.



(1)仲口路子・北村健太郎・堀田義太郎:「1990年代〜2000年代における「寝たきり老人」言説と制度−死ぬことをめぐる問題−」福祉社会学会第6回大会報告.2008.06.7-8.http://www.arsvi.com/2000/0806nm1.htm参照
(2)そこには,「2-3 社会的入院・介護サービスの質・介護サービス提供基盤の整備確保の問題」として,「日本の医療の特徴の1つに、入院日数が欧米と比べて著しく長いこと、看護や介護のケアの体制が不十分であることが指摘されてきた。「付き添い」に伴う保険外負担は平成4(1992)年の健康保険法等の改正に伴う新看護体系の実施により解消されたが、改めてクローズアップされたのが社会的入院問題である。 社会的入院とは、医療の必要性が乏しいものの、特養などの介護施設が不足していること、特養入所は病院入院に比べ世間体が悪い、病院のほうが費用が在宅や 特養の場合よりも安い、病院のほうがより高度のサービスが受けられる期待が持てる、などといった社会的理由から長期にわたって入院している者をいう。当時、いわゆる社会的長期入院の費用は、年間5,000億円ないし1兆円を超えると推計されていたが、単に社会的費用負担が高くつくということだけではなく、そこで提供されるサービスの内容が高齢者の介護ニーズにとってふさわしくないという実態も指摘されており、何とかそこにメス を入れないと,ということもあった(p.12の表2-2表5-1)。これらの視点からの制度的対応の1つが、日本の介護保険制度の導入であり、その一環である要介護認定およびケアマネジメントの制度化である。」という記載がある.
(3)厚生省大臣官房老人保健福祉部老人保健課監修:「寝たきりゼロをめざして―寝たきり老人の現状分析並びに諸外国との比較に関する研究―」中央法規出版.1989.12. 10.には,「わが国で老人の寝たきり化を予防する方策」として,「寝たきり老人を作らないためには、自立に向けての「生活意欲」を各老人が持つこと、さらに、社会全体がそれを支援していくことがまず出発点である。具体的な予防の方策は、まず「寝たきり」に導く原因疾患の発生を予防すること、原因疾患が発生したらそれによる障害を予防すること、不幸にして障害が発生したら障害の悪化を予防するため、逆に積極的にあらゆる方策を用いて「動かす」ことが重要である。これらの諸方策は数多くあり、種々のレベルで複雑に絡み合っている。今回提言を明確なものにするため、あえて重複を恐れず、二つの別の立場から、つまり一つは老人個人に着目し、個人に必要とされる諸方策を、健常な老人から障害を起こすまでの時間的経過に対応して整理し、また、もう一つは実施・支援する側に着目し、例えば実施・支援する人や場に対応して整理し、さらに、この二つの方策を推し進めるための地域ケア体制の確立のため、国、自治体等が行うべき方策について以下にまとめた。」p23.とある.
(4)ほかに二木立:「医療改革と財源選択」保健医療社会学会論集19巻2号.2009.02.15.
近藤克則・二木立「早期退院の経済効果―効率向上を図るプログラム―」理学療法.2000.06.15.
など
(5)ここでは「財・サービスが人の欲望を満たし得る能力の度合い」〔広辞苑 第5版〕の意程度で使用.
(6)患者のたらいまわし等の問題は顕在化している.
小松秀樹:「医療崩壊―立ち去り形サボタージュとは何か」朝日新聞社.2006.05.など
(7)特定疾患治療研究事業についてはhttp://www.nanbyou.or.jp/kousei/index.html 参照.
(8)http://ameblo.jp/tinju/entry-10172001338.htmlによれば,「河北新報の記事より《平成20年11月30日」難病患者の医療費負担を支援する「特定疾患治療研究事業」で、国の補助率が下げられ、都道府県の負担が重くなっている。事業実施要綱は「国は予算の範囲内で2分の1を補助する」と定め、10年前はほぼ5割の補助率だったが、補助金改革のあおりで予算規模が縮小し、今では3割弱に。一方で患者数は増え続けており、財政難にあえぐ地方からは「国の肩代わりをさせるのはおかしい」と不満の声が上がっている。」とある.

引用文献

1. 和田 勝 編:「介護保険制度の政策過程−日本・ドイツ・ルクセンブルグ 国際共同研究」東洋経済新報社.p13.2007.09. 06.
2. Ibid. p41.
3. 新たな高齢者介護システムの構築をめざして:http://www.umin.ac.jp/govreports/nursing/intro.txt より
4. 二木 立:「日本の医療制度改革−危機から希望へ」総合臨床.VOL.56 NO12.2007.12.
5. 「医療情報に迫る!後期高齢者医療制度(長寿医療制度)」Nursing College.p27.2008.06.
6. 全国保険医団体連合会ホームページよりhttp://hodanren.doc-net.or.jp/iryoukankei/seisaku-kaisetu/080403kourei.html
7. 坂本 すが監修:「ナースのためのつくれる・使えるクリティカルパス」学習研究社.p2-3.2007.07.30.
8. Ibid.p3-4.
9. Ibid.はじめに.
10. 厚生白書 http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaz200001/b0038.html
11. 和田 努:「老人で儲ける悪徳病院」エール出版社.p187.1982.08.
12. 立岩 真也:「ALS不動の身体と息する機械」医学書院.p295.2004.11.15.
13. 印南 一路:『「社会的入院」の研究』東洋経済新報社.2009.04.07.
14. 立岩 真也:「ALS不動の身体と息する機械」医学書院.p316.2004.11.15.
15. 後藤 玲子:「正義の経済哲学」東洋経済新報社.p231.2002.06.29.
16. 仲口 路子・有吉 玲子・堀田 義太郎:『1990年代の「寝たきり老人」をめぐる諸制度と言説』障害害学会第4回大会報告.2007.09.16-17. http://www.arsvi.com/2000/0709nm1.htm参照.


*作成:仲口 路子・有吉 玲子・野崎 泰伸
UP: 20090609
全文掲載  ◇第7回日本福祉学会  ◇本報告要旨
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