「老年者控除廃止がもたらした可処分所得への影響――2000年代以降における高齢者をめぐる税制改正の現在」
〇牧 昌子(立命館大学大学院)
北村 健太郎(立命館大学ポスドク研究員)
野崎 泰伸(立命館大学非常勤講師)
1 問題意識・報告の目的・方法
1990年代後半から、所得が低くなるにつれて社会的固定費(税・社会保険料など)の割合が高くなり、近年では低所得高齢者世帯が税や社会保険料を徴収されることによって貧困に陥る要因となっている。
2004年度与党税制改正を背景とした高齢者に対する増税策は、本来なら負担を求めるべきではない低所得の高齢者に対し、次々と負担を重ねる手法によって、所得税・住民税・国民健康保険料・介護保険料が連鎖的に負担増しをもたらした。その重要な鍵が老年者控除の廃止であった。
本報告は、こうした状況を明らかにするために、A氏66歳、年金250万円、配偶者61歳で無収入(確定申告実施済み)の世帯を仮定し、65歳以上の高齢者に対する所得税の控除制度、とりわけ、特別な人的控除である老年者控除の廃止による税制の影響を具体的な数字で提示する。
もうひとつは、国民健康保険料・介護保険料改正に着目し、A氏の保険料負担の変化を具体的な数字で提示し、所得税と住民税と合わせた可処分所得変化の検討を追尾する。
1990年代からの社会保障改革は、1990年6月の老人福祉法等8法改正にはじまり、93年2月、社会保障の理念の見直し、95年7月、社会保障制度審議会勧告「社会保障体制の再構築」(95年勧告)では、新たな社会保障の理念を自己責任論とし、97年には介護保険法が成立、社会福祉の保険化が始まる。
一方、高齢者に対する税制改正は、1990年代後半の高齢者ゆたか論にはじまり、2000年の税制調査会「わが国税制の現状と課題」、2001年12月、高齢者対策本法に基づく高齢者対策大綱では、65歳という年齢で高齢者を別扱いする制度、慣行の見直しが検討された。2002年3月、「あるべき税制の構築に関する基本方針」、同年11月の中期答申では、高齢者に摘要されている老年者控除や種々の割増・加算のほか、公的年金等控除についても2004年度の年金制度改革を考慮して見直しを検討すべきあるとされた。2003年6月、「少子・高齢社会における税制改正のあり方」が答申され、2003年12月、2004年度与党税制改正大綱で、65歳以上の公的年金等控除の縮小、老年者控除廃止が決定される。
2 税制の所得税控除=老年者控除の位置づけ
老年者控除とは、税制の所得控除で特別な人的控除に区分され、65歳以上の高齢者に対して年金も含めた多様な収入を対象にした所得1千万円以下の者に50万円を控除するものである。
所得税の特徴として、税を徴収されるにあたり総収入から直ちに税をかけることにはなっていない。個人的な事情を加味して税の調整がされている。給与には給与所得控除があるように、年金にも公的年金等控除(65歳未満と65歳以上では控除額が異なる)が収入を得るための経費として控除され所得額が決定する。この所得額から、基礎的な人的控除・特別な人的控除・その他の控除(所得税と住民税では控除額が異なる)が差し引かれ課税所得金額となり、税率をかけて税額が決定する。
老年者控除は、1949年のシャウプ勧告により戦後日本の税制が見直され、所得の合算制を廃止し、個人を課税単位する所得税中心税制が確立された。その際、障害者や高齢者にも課税枠を拡大するために、障害者や高齢者は賃金を得るために通常の人と比較して追加的な費用が必要であることへの配慮として、福祉政策的な内容を税制に反映させたものである。1950年には不具者控除(1959年に障害者控除に名称改正)、1951年、シャウプ第2勧告で老年者控除、未亡人控除(寡婦・夫控除)、勤労学生控除が設けられ、これらが特別な人的控除と位置づけられた。
3 2004年度与党税制改正大綱による個人所得税改正、および、国民健康保険・介護保険料改正の概要
1)2004年度与党税制改正大綱での個人所得税改正の概要
2001年からの小泉政権では、税制改正を構造改革の一環と位置づけ、最終的な目的は2011年初頭には、消費税率の引き上げよってプライマリー・バランスを黒字化することにある。この方向は、1997年の橋本政権での6大改革構想(経済構造改革、財政構造改革、金融システム改革、社会保障構造改革、行政改革、教育改革)による規制緩和の推進や、官邸機能の強化など、小泉改革を可能にする機関(経済財政諮問会議)の基盤があった。2004年度与党税制改正大綱による税制改正はこうした改革の中間的な税制改正であり、2000年の年金改正「附則」では、2004年度には基礎年金の国庫負担を3分の1から2分の1に引き上げが法定されている。税制改正の目的のひとつは、その財源を確保するために65歳以上の公的年金等控除の縮小、老年者控除が廃止され、恒久減税(定率減税)の廃止による税収も基礎年金の国庫負担引上げ財源とされた。もうひとつの目的は、三位一体の改革の一環である国から地方への税源移譲を所得税率と住民税率の改正によって達成させようとするものである。住民税では200万円以下は5%から10%へ、700万以上は13%から10%となり、フラットな税制となる。所得税では195万円以下は10%から5%となり、段階の刻みは従来の4段階から6段階に改正され、最高税率1800万円以上は40%となったが、住民税率で引き下げた3%分を所得税に上乗せされ、所得税と住民税を合わせた最高税率の50%に変わりがない。これらの改正が、2005年分の収入から毎年連続して実施された。
2)国民健康保険・介護保険料改正料改正の概要
国民健康保険料は、医療分と介護2号の合計額で決定する。平等割、均等割、所得割の合計額が納付額となり、最高限度額が定められている。医療分の所得割の計算方式には4種類の方法があり、例えば、市町村民税額方式であれば、住民税を基準に計算されるため、住民税が非課税であれば保険料の所得割は発生しない。一方、旧ただし書き方式は住民税に依拠せず、保険料は、所得額(公的年金等控除後)から基礎控除のみが適用される。つまり、旧ただし書き方式に変更された自治体(京都市他)では、低所得者の保険料が大幅に増える。また、介護保険料の介護第1号(65歳以上)の保険料は、住民税が基準とされ、住民税が課税か非課税かで段階区分が大きく変わることで老年者控除廃止の影響は大きい。また、2006年4月から改定介護保険法では、所得段階区分が5段階から9段階となった。
4 老年者控除廃止による所得税・住民税の変化/国保・介護保険料改正=可処分所得の変化
A氏の場合、公的年金等控除の縮小(140万円→120万円*住民税の最低保障額125万円が廃止)、老年者控除(所得税50万円、住民税48万円)廃止、及び、社会保険料改正等による所得税・住民税、社会保険料の変化から可処分所得の変化は下記のようになる。
2005年分までは、年金250万−公的年金等控除140万円=所得額110万円−(基礎控除38万円+配偶者控除38万円+老年者控除50万円)=△16万円で所得税非課税・住民税も控除が低く非課税。
2005年度から:年金250万−公的年金等控除120万円=所得額130万円−(基礎控除38万円+配偶者控除38万円)=54万円で所得税・住民税の課税者となる。A氏は、確定申告で社会保険料を控除しても所得・住民税を合わせて6万円弱の納税額が発生した。
老年者控除廃止による国民健康保険料への影響は、旧ただし書き方式に変更されたことによるもので、A氏の場合、所得割が0円から10万円強と大幅に増えた。そのため、可処分所得は2005年度の収入から一挙に約18万円減少となった。その後は、確定申告を行えば社会保険が増えた分が社会保険料として控除され、激減された状態が継続される(単身者や申告を行わない者は激減が大きい)。
5 考察
老年者控除の廃止は、単に65歳以上の低所得者が課税対象者となり可処分所得が減少したばかりではなく、療養病棟に入院した場合、食事代の負担額、介護保険の利用上限、入院・入所の食事代、入院・入所中の居住費などの軽減等が適用除外となりさらに負担増しとなる。つまり、老年者控除は、低所得者に微税を徴収しないことで生活困窮者を生み出させない税制の福祉政策的な目的があって、廃止による高齢者の貧困は、いままで保障されていた制度の剥ぎ取りにより生じたものといえよう。
*作成:牧 昌子・北村 健太郎・野崎 泰伸