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「ニューヨーク市のワークフェア政策II」

第7回福祉社会学会原稿
於:日本福祉大学 2009/06/07
小林 勇人


福祉社会学会 第7回大会 自由報告 第4部会(福祉社会政策) 司会:上村康裕
2009年6月7日 9:30〜11:30 於:日本福祉大学名古屋キャンパス・北館
ニューヨーク市のワークフェア政策II――受給者のプログラム参加後の状況を中心に

小林 勇人(立命館大学衣笠研究機構PD)
 HP http://workfare.info

1.アメリカの福祉改革
 アメリカで福祉といえば主に公的扶助の一範疇である「要扶養児童家族扶助(Aid to Families with Dependent Children: AFDC)」を指し、アメリカのワークフェアによって行われる福祉改革とはAFDCの改革に他ならなかった(注1)。AFDCは、扶養が必要な児童のいる貧困家族への現金扶助であったが、1996年福祉改革法と呼ばれる「個人責任と就労機会調停法(Personal Responsibility and Work Opportunity Reconciliation Act: PRWORA)」によって廃止され、「貧困家庭への一時扶助(Temporary Assistance for Needy Families:TANF)」に転換された。
 TANFは、受給者の福祉「依存」からの脱却ひいては就労を通した「自立」を目的とし、現金扶助と就労支援プログラムを統合する制度であった。またTANFは、連邦政府から州政府への包括補助金の交付を通して貧困家族に現金扶助と就労機会を提供するとともに、受給要件の厳格化や受給期間の制限(一生のうち5年間)などを導入することによって、就労を前提とする一時的な救済措置として公的扶助を位置づけなおすものであった。AFDCのもとで現金扶助は、一定の要件さえ満たせば支給される権利(entitlement)の性質を有していた。これに対してTANFのもとで受給者は、原則として労働を義務づけられ、労働するか労働関連の活動に参加しなければ現金扶助を受給できなくなった。
 1996年福祉改革法によって、連邦政府からの権限委譲を通して州政府が独自の施策を実施できる裁量が強化される一方で、TANF包括補助金の交付を通して州・地方政府にはTANF登録件数を減少させるための財政的インセンティブが与えられた。他方でアメリカでは公的扶助受給者の受給資格決定事務について民間団体への委託契約が可能になるなど、委託契約を通した社会福祉のプライバタイゼーションが推進されるなかで、公的扶助受給者への就労支援プログラムも州・地方政府から民間団体への委託が進む傾向にある(木下2007)。分権化の流れのなかで、州・地方政府にTANF登録件数を減少させる財政的インセンティブが与えられるとともに、地方政府や委託先機関の現場における裁量が強化された結果、就労可能な受給者への労働を義務づけるワークフェア政策が進展するようになった。

2.ニューヨーク州の福祉改革
 連邦政府による1996年福祉改革法の制定を受けて、ニューヨーク州では1997年「ニューヨーク州福祉改革法(The New York State Welfare Reform Act: WRA)」が成立し、「家族支援(Family Assistance: FA)」(同州におけるTANFの名称)と「セーフティネット扶助プログラム(Safety Net Assistance Program: SNA)」が設置された。公的扶助のなかにはTANF以外にも州と地方政府が独自の財源で共同実施する「一般扶助(General Assistance: GA)」が存在するが、SNAは同州におけるGAの名称である。SNAは、単身者や児童を扶養しない夫婦などFAの受給資格のない者、あるいはFAの受給制限期間を超えた者に対して行われる現金扶助や諸サービスである。
 WRAによって、FAにおいては就労要請が強化され受給期間の制限が設けられる一方で、SNAにおいても就労要請が強化されるとともに現金扶助の受給期間が2年間に制限され、それを超過すると居住扶助などの現物給付のみに扶助は限定されることになった。同州ではFAやSNAの運用は地方政府が行うことになっており、FAの財源として一般的にTANF包括補助金によって連邦政府から50%が交付されるとともに残りを州・地方政府で折半し、SNAの財源は独自に州・地方政府によって折半される。

3.ニューヨーク市のワークフェア政策の概要
 ニューヨーク市は、ジュリアーニ市政(1994年1月〜2001年12月)のもとで、公的扶助(FAとSNAの両方を含む)受給者数を、ピーク時である1995年3月の1,160,593人から2001年12月の462,595人まで継続的に約70万人減少させた。またその後も受給者数を2008年4月の346,740人までほぼ継続的に減少させ、ピーク時と比べて約70%減少させている。この受給者数の大幅な減少をもたらしたのが、ワークフェア政策であった(小林2007)。
 ニューヨーク市のワークフェア・プログラムの核には、「労働経験プログラム(Work Experience Program: WEP)」がある。WEPは、主に市が受給者を雇用して受給者に労働義務を果たさせるものであるが、連邦政府による1996年福祉改革法の制定に先立って行われていた(注2)。他方で1996年福祉改革法の制定後は、福祉事務所をジョブセンターに置き換えるなどの組織再編成が行われ、公的扶助の申請者に対しても審査期間中に求職活動が義務づけられるなど、就労可能な受給者に対する労働義務を強化する方向で包括的な福祉改革が行われた。
 さらに2000年以降は、WEP以外のワークフェア・プログラムの民間委託が整理統合されて、「技能査定と就労斡旋(Skills Assessment and Placement: SAP)」と「雇用サービス就労斡旋(Employment Services Placement: ESP)」の就労支援プログラムが展開されるようになった。SAPは公的扶助申請者に対して申請期間中行われる就労斡旋プログラムであり、申請が受理されて受給者になると受給者にはESPによって就労斡旋プログラムが提供される。公的扶助受給者はこれらのプログラムへの参加を義務づけられるが、民間団体の就労支援プログラムでも就労できない受給者は、WEPを通して主に市に雇われ労働義務を果たすことになった。

4.プログラム参加後の状況――WEPをもとに
 一般的に就労可能な公的扶助受給者がワークフェア・プログラムに参加した後の状況は、次のように整理できる。第一に、民間の営利団体に雇用され、稼得所得が受給資格水準を超過した結果、TANFの受給資格を失う。これはワークフェア・プログラムに引き続き参加する者と、参加しない者、さらには職を失い再び受給者となってプログラムに再参加する者に分かれる。第二に、民間の営利団体に雇用されたものの稼得所得が受給資格水準を超過するには至らず、稼得所得に応じていくらか減額された給付金を受給する。第三に、民間の営利団体で職を見つけることができず、民間の非営利団体に雇用され、稼得所得に応じていくらか減額された給付金を受給する。第四に、民間団体で職を見つけることができず、政府に雇用される。第五に、民間ならびに公的団体で職を見つけることができず、TANFを受給しながらWEPによって労働義務を果たす。第六に、「適切な」理由がないのにプログラムに参加しないなど労働義務を果たさず、制裁措置として給付金を減額あるいは停止される。第七に、TANFの受給期限を使い果たす一方で、一般扶助の受給期限を使い果たすか一般扶助を利用できない結果、あるいは制裁措置として給付金を停止された結果、互助や自助など公的扶助以外の扶助に頼る。
 本報告では、ニューヨークのワークフェア政策の核であるWEPに着目し、第五のTANFを受給しながらWEPによって労働義務を果たす場合の状況について述べる。
4−1.WEPの概要
 WEPは、就労可能な福祉受給者に労働経験を積ませて雇用能力を高めることで、福祉からの脱却しいては就労を通した自立を目指すプログラムである。WEPは、最低賃金を基準にして週に最大35時間まで受給額を満たすだけの時間活動するよう受給者に要請するものであるが、1日7時間で平日5日間の35時間の活動が基本モデルであった。WEPを割り当てられた受給者は、非営利団体で働くこともあったが、原則的には市の各機関で働いた。
 WEP参加者の大半は、公衆衛生局や公園管理局で、午前5時から9時までゴミ掃除を行った。平均的な参加者は、ゴミ集積所に着くと近隣40ブロック分の清掃を割り当てられるとともに、ゴミ箱を渡され街路に沿ってゴミ収集を行うよう指示された。雇用環境は劣悪であるが、参加者は常にスーパーヴァイザーによる制裁を恐れ、作業に従事した。WEPは就労訓練プログラムではないので参加者が新たに習得するものは何もない(Dulchin 1999: 754-5)。実際、WEP参加者のうち受給期限に達したか、もうすぐ達しそうな人々の91%が、職に就けない見込みであった(根岸2006: 188)。
4−2.WEP参加者や公務員組合からの批判
 1996年福祉改革法の成立直後に、ニューヨーク市ではワークフェアネス(The Workfairness Organization)と呼ばれる組織が設立された。同組織は、WEPを割り当てられた受給者によって構成され、結成当初は約1300人が参加し、 (1)同一労働同一賃金、(2)労働に従事する際の発言権、(3)受給資格を剥奪する政策の撤回、(4)組合賃金での正規雇用、(5)全日制の教育を受けることを可能にすること、(6)給付金の削減の阻止、(7)全ての移民に対する十分な受給資格の付与、(8)同組織が選出した代表の公聴会への参加、を掲げて活動を行った(Holmes and Ettinger 1997: 25)。
 他方で公務員組合は、WEPを「組合つぶし」として批判した。市が、ストライキ参加者を解雇しWEP参加者に業務を代替させる一方で、福祉受給者を雇う結果組合の雇用の伸びが抑制されることが懸念された。またWEPによって公的機関に割り当てられた受給者の就労が困難なのは、民間セクターにおける職の数が十分ではないからであり、民間セクターでの雇用創出が求められた(Clark 2005: 174-5)。
4−3.市の対応
 市の人的資本課は、WEPの受託先機関がプログラム参加者を訓練し監督するための新たな職員を雇うことができるよう助成金を提供した。この助成金を用いた典型例として、公園管理局が設立したプログラム(Park Career Training Program: PACT)が挙げられる。PACTは、主に参加者の訓練を行うものであるが、プログラムへの参加は自発的なものであるが、参加希望者のうち前科がある者、労働経験がない者、長期受給者などは除外された。参加者は、教育プログラムを受けた後に、PACTのスーパーヴァイザーを身元照会先として求職活動を行い、1994年4月から2001年6月までの間に合計1,846人が、平均時給10.82ドルの職に就いた(Clark 2005: 182-3)。
 他方で受給者を職に就かせるより効果的な方法が模索され、WEPの「3+2」モデルが実施されるようになった。「3+2」モデルとは、ESPに2週間参加しても職に就けない受給者を対象とし、週の平日の3日間(1日7時間)をWEPに参加し、残りの2日間はESPに参加することで、WEPに雇用サービスを組み合わせるものである。下図に示すように、WEP参加者のうち基本モデルに従事した者は、1999年11月に約27,000ケースを越えていたが、「3+2」モデルへの移行に伴い2001年11月には2,000ケースを少し上回る程に低下した(Nightingale et al. 2002: 38)。

図表(jpg)
# of recipients in workfare

4−5.WEPの機能
 WEPに訓練プログラムが付加されるとともに雇用サービスが組み合わされるようになったことは、労働経験を積むだけでは就労に結びつかないと市が認めたことを意味する。一般的にWEPを経て職に就ける受給者の割合は極めて低く、プログラムに従事している期間も受給期間として計算されるので職に就けないまま受給期限に達する者の割合は高い。そのためWEPの活動を回避したい受給者は、ESPのもとで積極的な求職活動を行い職に就くか、活動に従事することを拒否して制裁を受け受給資格を失うことになった。すなわちWEPは、単に求職活動を行うだけではなく、職に就くか、職に就けないのであればWEPの活動に従事させることによって、就労可能な受給者に労働義務を果たさせる機能をもっていたといえる。


1.アメリカの福祉改革全般については、根岸(2006)を参照のこと。
2.ワークフェアは、職業訓練・教育プログラムを重視する人的資本開発モデルと、即座の就労斡旋を重視する労働力拘束モデルに分類される。アメリカの福祉改革は、1980年代には二つのモデルが競合していたが、1980年代後半から1990年代前半にかけて労働力拘束モデルが優勢になった(小林2009)。ニューヨーク市のWEPは労働力拘束モデルの典型例である。

文献
Clark, James, 2005, "Overcoming Opposition and Giving Work Experience to Welfare Applicants and Recipients," Savas ed., Managing Welfare Reform in New York City, Lanham: Rowman and Littlefield, 171-209.
Dulchin, Benjamin, 1999, "Organizing Workfare Workers," St. John's Law Review, 73(3): 753-60.
Holmes, Larry and Shelley Ettinger, 1997, Workfare Workers Organize: Workfairness and the struggle for jobs, justice and equality, New York: International Action Center.
木下武徳,2007,『アメリカ福祉の民間化』日本経済評論社.
小林勇人,2007,「ニューヨーク市のワークフェア政策」『福祉社会学研究』4: 144-64.
――――,2009,「第2章 カリフォルニア州の福祉改革――ワークフェアの二つのモデルの競合と帰結」渋谷博史・中浜隆編『アメリカ・モデルの福祉国家I(仮題)』昭和堂(近日刊行予定).
根岸毅宏,2006,『アメリカの福祉改革』日本経済評論社.
Nightingale, Demetra Smith, Nancy Pindus, Fredrica D. Kramer, John Trutko, Kelly Mikelson and Michael Egner, 2002, Work and Welfare Reform in New York City During the Giuliani Administration: A Study of Program Implementation, Washington, D.C.: Urban Institute Labor and Social Policy Center.

*作成:小林 勇人
UP: 20090615
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