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「長期療養の重度障害者の退院支援――筋ジストロフィー患者の事例から」

第7回福祉社会学会予稿
於:日本福祉大学 2009/06/06
伊藤 佳世子

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last update: 20160120


長期療養の重度障害者の退院支援――筋ジストロフィー患者の事例から

伊藤 佳世子 (立命館大学大学院博士後期課程)

 日本では国策として、筋ジストロフィー(以下、筋ジスという)患者に1960年代から長期療養のできる病棟を用意してきた。よって、30年以上にわたり長期療養している筋ジス患者も少なくない。
 報告者は病院で長期療養をしている筋ジス患者にスポットを研究を行っている。今回の発表では長期療養の筋ジス患者が病院を出て、地域に戻った2つの事例を挙げる。医療に囲まれた生活から、福祉へのシフトは制度上の困難、病院にいたほうがよいという偏見、介護者の確保の困難さと、更に医療を適切に受けられなってしまう点が挙げられた。本報告ではこれから増えると思われる重度障害者の退院支援をどのような医療と福祉の連携で行うことが望ましいのかを検討する。
筋ジス病棟ができた1960年代ころの重度障害者たちは「就学猶予」で学校に通うこともままなかった。その後、彼らは国立療養所の中に筋ジス病棟を作ることで、就学が可能となった。国立病院に施設ができ、民間施設も増え、施設や病院に収容する政策が行われてきたことで、寝たきりの生活から外へ出られるようになった。歴史の上で、必要不可欠であったことは間違いないが、近年福祉制度や医療の発達から、病院以外の生活の場の選択肢ができて、重度障害者の生活も過渡期を迎えていると報告者は考えている。
 特に、平成18年の障害者自立支援法の「重度訪問介護サービス」という重度障害者の見守り支援ができたことで、重度障害者が24時間他人介護で制度の中で地域生活を営むことが可能となったことは大きい。以降、病院を出て地域で生活をする選択肢をもてるようになっている。報告者は二人の長期療養者の退院支援を行ったアクションリサーチから、医療と福祉の制度上のシフト、役割分担、責任問題などを検討し、現に地域で生きる障害者の医療ケアを訪問看護、往診とヘルパーがどのように分担しているかを検討する。
 具体的には医療職が「生命の保持」を念頭において、医師法17条などの制約の中、仕事を行うのに対し、福祉職は当事者の意思と「自立の支援」に念頭に生活の支援全般を行うので、齟齬があることが挙げられる。その中で当事者の利益を守りながら、専門職たちが連携して支援を行うことの困難さがあることを明らかにし、報告を通じて連携のあり方の糸口を見出したい。
@倫理的配慮
この研究の倫理的配慮については、研究対象になった2人に研究の趣旨を説明し、その目的、方法、倫理的配慮について説明を行い、RとM(イニシャルでの記載については本人からは直接同意を得られている。よって以下はR、Mと記す)両人に同意を得てアクションリサーチを行った(注1)。
A方法
ここでのアクションリサーチは、参加型アクションリサーチと呼ばれるものである。具体的にはある二人の長期療養生活を行う筋ジス患者の地域生活移行をする支援である。地域移行を行うにあたり、計画的にアパート探しを一緒にしたり、引越し、身の回りの物をそろえたり、ヘルパーの事業所を探したり、行政交渉に行く移動支援を行う予定であった。しかし、計画通りには行かず、結局地域移行を実現するためには報告者が社会資源として重度訪問介護を行うヘルパー事業所をつくらずにはならなかった。
それに伴い、報告者が社会資源となった経緯、ニーズをうめる支援を行わなければ地域移行が実現しなかったこと、その支援の過程で時系列で起こったことをメモし、課題などを定期的に記録した。また、その過程で生じた困難の要因を振り返って分析した。
B期間
調査は、平成19年7月から平成21年4月にかけて行った。
 B結果
Rの調査は、家族は同じ病気の兄がいることもあり資金と介護の援助が難しく、家族からの介護面と金銭面などすべての支援を受けることができないという事情からも、フォーマルな支援のみで自立生活への移行となるので、制度の実情が明らかになりやすい面があった。他方で、Mの調査は医療的ケアをめぐる医療と福祉の連携の困難さが明らかになる事例であった。
 長期療養をした筋ジス患者の地域意向を阻害する制度上の要素は、以下の表にまとめられる 
・ 制度上の困難
生活保護障害福祉サービス相談支援事業者
入院時の申請が不許可となってしまう独居先が変わるので、支給時間が退院まで不透明管轄により、病院にいるときと退院後は変わった
申請から決定まで一ヶ月以上かかる上記により、事業所側のヘルパーの確保の困難病院内の支援が困難
居住場所に制限があり標準支給量を超えて、審査会にかかると時間がかかる多くの件数をかかえているため、まめな支援が困難
 また、医療的な面では医師法17条問題からくる、医療職と福祉職の連携の悪さが挙げられる。適切な医療を受けることが困難になりがちである。その連携のとりにくさの一つに難病患者の療養場所は病院がよいという偏見も医療側や社会に大きくあると言えた。
 具体的には、病院を出るということは、難病患者の命の責任を誰が取るべきかという議論から始まった。医療的な管理下におくことが、本人のQOLを高め、一番よいのだという見解が医療側にあった。よって、在宅になることは、適切な医療が受けられないことを了解したものとみなされがちである。医療職は医療的ケアについて医師法17条の絡みから、ヘルパーに研修をすることはできないという。ただし、ヘルパーが行わずには生活もできないので、自分たちはヘルパーが勝手にやることを黙認するという。よって、日常の生活を見ているヘルパー側には医療の技術などが一切連絡されない中で、支援をスタートすることになる。これでは、結局は本人が適切な医療が受けられないことになる。 また、ケース会議でQOLについて話をしても、医療者は医療をどのくらい受けられるかという意味でQOLという言葉を使っており、福祉職は本人の意思を尊重した生活という認識でQOLを語っているために会話がかみ合わない状況であった。医療からの適切な治療を受ける権利と本人の意思をめぐって、支援をどのようにすべきかを検討する必要がある。
このようなアクションリサーチから医療と福祉が連携するために必要なものは何か検討する。


※1 アクションリサーチとは、心理学、教育学、組織論で発展してきた実践的な手法であるが、それぞれ少しずつ異なる。しかし、「アクションリサーチは当事者の力づけによって社会実践の改善を目指すための一連の研究活動である」(草郷 2007;254)という点では共通しているとする見解もある。


*作成:伊藤 佳世子
REV: 20160120
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